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20.偽物姫と答え合わせ。

 休憩を取るか、とセルヴィス様が告げたのは日が傾きかけた頃のことだった。

 宿には連泊分の支払いを済ませてあるので、今日は活動時間に余裕がある。そんなわけで、昨日とは違うエリアで屋台の食事を取ることにしたのだけど。


「……呪い、かぁ」


 ため息とともに思わずそんな言葉が口から溢れた。

 あの後、私はセルヴィス様と集団中毒が発生する条件を考えながら、考えられる限り様々なところを視察した。

 けれど、未だに何の成果も上げる事ができず、時間だけが過ぎてしまい焦りが募る。

 考え込んでいる私に、


「とりあえず、食え」


 冷めるぞ、とセルヴィス様がフォークと一緒に食事を差し出してくれた。

 お礼を言って素直に受け取った私は、火傷に注意しながらゆっくりそれを口にする。


「スープ、温まりますね」


 野菜が沢山入ったそのスープは港町らしく魚介類が贅沢に使われていた。


「港町は寒いからな。今年は特に冷える」


 その分具沢山のスープの売れ行きが伸びているらしい、とセルヴィス様が仕入れてきた情報を聞かせてくれる。

 私はスープの中身を確かめながら、うーんと頭を悩ませる。

 疫病ではなく、吐き気、めまい、下痢……etcの症状で死亡事例も多発している、それ。

 事象としてそれらが引き起こされているのだから、発現するためには必ず特定の原因に暴露されているはず……なのだけど。


「浮かない顔だな」


 また手が止まっている、とセルヴィス様から指摘が入る。


「……なんだか、すっきりしなくて」


 そもそも"中毒症状"である、という前提が間違いなのだろうか? と考え、否と私は首を振る。

 沢山この目で売り買いされる品を見て回ったけれど、特別怪しいものはなかった。

 でも、と私は自分に待ったをかける。

 "何か"を見落としている気がする。

 それは長年毒に晒されてきた経験からくる"勘"のようなものだけど。


「一体……何を?」


 私は、見落としているの? 

 自分自身の問いかけに対し、脳内が高速に記憶を情報として巡らせはじめる。


『世の中には"毒"になりうるもので溢れているのです』


 ふいに、サーシャ先生の言葉が蘇る。


『覚えておいてください、リィル様。綺麗な花には"毒"がある」


 彼らはか弱い存在に擬態しているだけで決して"弱者"ではない、のだと。

 その生き方は、まるで"偽物姫"。


「とにかく、明日は実際の患者も見てみるか。錯乱している者もいると聞くが、どうにか療養所に入れるよう渡りをつけよう」


 データだけでは分からない事もあるだろうと言ったセルヴィス様がスープに口をつけようとしたところで、私はその手からスープをはたき落とした。


「……いけません」


 私は自分の口にしたスープを吐き出して、すぐさま口を濯ぐ。


「"呪い"の原因、見つけました」


 それは、ごく普通の食材に混ざった"毒"だった。



「イザベラ、具合は?」


「……大袈裟ですわ、陛下」


 碌に飲み込んでもいないのに、と苦笑する。

 私の目の前に座るセルヴィス様はもう平民の装いなどしておらず、険しい表情を浮かべた私の知っているいつもの皇帝陛下だった。


「調べさせた。アレは"スイセン"というのだな」


「ええ、時期になれば綺麗な花を咲かせますよ」


 そして、その植物には毒がある。


「はじめは、港町である特性からテトロドトキシン系の毒ではないかと思っていたのです」


 テトロドトキシンとは自然界に存在する神経毒。特定の魚に蓄積され、毒素を取り除かずに摂取することで中毒症状を引き起こし、呼吸困難により死亡することもある。

 でも、カルディアではその危険性が十分認知されており、適切な処理がされていた。


「これだけ交易が盛んなら、帝国に"スイセン"が持ち込まれている可能性を考えておくべきでしたね」


 スイセンにはアルカロイドという毒があり、食せば中毒症状を引き起こす。

 スイセンの葉は帝国でよく食される野菜に酷似している。花が咲いていなければ見分けるのは難しいだろう。

 それぞれ単体なら匂いで気づくこともできるけれど、混ぜられてしまえそれさえ難しい。

 そしてこの植物は少し前の帝国には存在しなかったので、その危険性の認知度が極めて低いのだ。


「当然、身体の小さな子どもほど毒に侵されやすい。でも、単純にスイセンによる食中毒であれば、男性だけが特異的に高い、という状況はできないはずなのです」


 そして、スイセンの毒では幻覚症状は引き起こされない。

 別の毒が混ざっている。

 スイセンの毒を隠れ蓑にした別の何かが。


「イザベラには心当たりがありそうだな」


「なくはない、ですが。ここから先は私の勝手な妄想です。なので、明確な発言は控えさせて頂きます」


 元敵国の王女という立場上、善良な帝国民を疑って人生を終わらせたくはないですしとわざとらしく肩を竦める。


「ヒントは私達の目の前にありました。後は点と点を繋ぐだけ。単純な絵合わせですよ」


 私がそう言ったところで面会時間が終わり、女官がセルヴィス様を呼びに来た。

 席を立ったセルヴィス様は、


「そういえば、イザベラの提案した経口補水液を導入して以降、症状が緩和した者が多いと報告が上がっている」


 と私に現状を教えてくれた。

 サーシャ先生の配合に間違いはない。私も何度も助けられたのだから。


「それは、ようございました」


 あとはこれ以上、被害者が出ない事を祈るばかりだ。


「ああ、そうだ。陛下、黄色より赤い花(・・・)の方が人々を魅了するとは思いませんか?」


 こちらを振り返ったセルヴィス様と視線が絡む。

 私の真意を攫って汲み取ろうとする、紺碧の瞳は、


「なるほど。だが、生憎赤い花は好きじゃなくてな。見舞いには別の……白いダリアでも持ってくるとしよう」


 ふっと口角を上げそういうとセルヴィス様は去って行った。

 完全に一人になってから私はポスっとベッドに横たわる。


「伝わったようで良かったけども」


 白のダリアの花言葉は"感謝"。


「……チョイスが悪い」


 絶対わざとだわと私は顔を伏せる。

 花言葉はもう一つ。


『豊かな愛情』


 私に一番縁遠い。

 なのに、心臓が掴まれたように痛いのはきっと、病状が悪化しているからだと自分に言い聞かせた私の元に本当にダリアが届けられたのはもう少し先のお話。

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