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2.偽物姫と入れ替わり命令。

 ゆっくりと意識が浮上して、けほっと咳をすると、口の中で苦味とともに鉄の味が広がった。

 あぁ、そうだ。私は双子の姉イザベラの代わりに会食に出て、その席で毒を盛られたのだったと自分の置かれている状況を思い出す。


「お目覚めですか? リィル様」


 穏やかな声で私に話しかけたサーシャ先生が水差しとタライを差し出す。私はそれを受け取ると、すぐさま血を吐き出し口をゆすぐ。


「……大抵の毒にはずいぶん慣れたはずなんだけど、まだ私に効果があるものがあるなんてね」


 倒れる前に解毒薬は飲んだはずなのだけど、未だにに動悸が収まらず、痛みに胸が締め付けられる。

 この毒消しも、ずいぶんと効きが悪くなって来た。毒が効かなくなるということは、薬も効かない。そういうことだ。


「先生。私はあと、どれくらい生きられますか?」


 私の質問に先生は顔を強張らせる。


「長くは、ないのでしょう? 自分の身体ですから、それくらいは分かります」


 随分と無茶を重ねて生きてきた。毒に侵されなくても、心臓を直接鷲掴みにされたような痛みと息苦しさを感じ、吐血を繰り返す。

 その症状には覚えがあった。


「私もリープ病、かしら?」


 リープ病。それは私のお母様を死に追いやった病の名前。


「リィル……様」


 私の名を呼ぶ先生の表情を見て、診察結果が芳しくないのだと悟る。

 薬師とはいついかなる時でも患者の前で笑顔を崩してはなりませんよと私に教えてくれていたサーシャ先生。

 その私の師の表情は、私に現実を受け入れさせるには十分だった。

 

「それで、どのくらいこの身体は持ちそうですか?」


 私は淡々とした口調で先程の質問を繰り返す。


「……持って、あと1年程かと」


「そう」


 苦しげな先生は己の無力さを握りしめるかのように固く拳を握る。


「リィル様、ご提案が」


「半年」


 先生の提案を遮り、私はそう告げる。


「どんな副作用があっても構わない。半年、確実に動けるようにして欲しいの」


 私は天色の瞳で真っ直ぐ先生を見つめる。


「私にはどうしてもやらねばならぬことがあります。今ここで倒れるわけにはいかないのです」


「何を、なさるおつもりですか?」


 そう尋ねた先生に私が曖昧に微笑み返したところで、軽くノックが響き、許可を出す前にドアが開く。

 顔を覗かせたのは、この離れを支配する年配メイドのメーガンだった。


「リィル様、国王陛下がお呼びです」


 淡々とした口調で表情一つ変えず、メーガンは用件を告げる。


「なっ! リィル様は先程毒で倒れられたばかりで」


 私は抗議の声を上げる先生の手に自分の手を重ね、首を振る。

 陛下の命でイザベラの代わりに会食に出たのだ。私が毒に侵されていることなど、あの父親は当然知っている。

 否、と唱えるだけ無駄なのだ。


「分かったわ」


 それにしてもつい先程毒を盛られて倒れたばかりの娘に医師を派遣するでも見舞いをよこすでもなく、お前が来いと呼び出すなんて我が父ながら本当にどうしようもないロクデナシ。

 そんなだから考えもなく帝国に挑んで負けるのよと心の中で毒吐く。

 それでも国王陛下に呼ばれて行かないという選択肢は私には存在しない。第二王女でありながら、この世に生を受けた瞬間から私は罪人だからだ。


「ご苦労様。用が済んだなら下がりなさい」


 私は短く返事をすると、真っ赤なローブを羽織り、深くフードを被る。


「その格好で陛下の御前に出られるおつもりですか?」


 非難めいた声でメーガンがそう言ったけれど、正直着替える事すら身体がしんどい。

 どうせ陛下は忌み子の私が何をしても気に入らないのだし。


「顔が見えなければ問題ないわ。非公式の謁見だもの」


 真っ赤なローブは確かに目立つ。宮中に時折現れるレディレッド(謎の人物)

 ふらりと城内に突然現れて、追いかけた先にはもういない。それは人々の好奇心を掻き立て、怪奇現象のように語られているらしいけれど。


「噂なんて、大した問題でもないでしょう。他に、私が纏える色なんてないのだし」


 "黒"は高貴な色。

 "白"は神聖な色。

 "青"は王族の色。

 "紫"は魔術師の色。

 そして"赤"は不浄()の色。

 国王陛下(お父様)から厭われる私はこの中で"赤"以外纏う事を許されない。

 突然現れて消えるのは隠し通路を使っているから。

 怪奇現象の真相は残念ながらそれだけだ。

 そう言えば、メーガンはそれ以上何も言わなかった。


「それじゃ、行ってくるわ。先生、例の件よろしくお願いします」


 それだけ告げると私は足早に部屋を後にした。


 玉座の間。

 静かに出向けば人払いされたそこには国王陛下である父と双子の姉イザベラがいた。

 私がお父様に会えるのはそこだけで、一般的な父と子のような交流など一切ない。なぜなら私は出来損ないの方だから。


「毒に犯されたと聞いたが、まだ生きていたか。さすが我が娘イザベラの生を食っただけはあるな」


 そう言って落ちてくるのは、高圧的で嫌そうな声。


「生まれた時から罪深い、忌々しい不浄の子め」


 お父様はいつものように私をそう呼んだ。

 双子の片割れ。それは、存在するだけで罪深い。

 人は1人で生まれてくる。魂は1人に1つ。双子とは本来1つであるそれを2つに分けた不完全な存在だ、とこの国では信じられていた。

 本来であれば、生まれた瞬間に殺されなければならない存在。だけどそうならなかった。

 王の血を引く以上、私を勝手に殺す事は誰にもできず、それが唯一できたはずの父は私が生まれた瞬間城内にいなかったためだ。

 第一王女の誕生に沸いたその後、第一王女の世話をさせに使用人を下がらせ、人払いをしたその部屋でお母様はメーガンの手を借りひっそりと私を産んだ。

 双子の片割れとして生まれた私を離宮に隠したお母様は、そのまま何年も私の存在を隠したままイザベラと共に育ててくれた。時々イザベラと私を取り替えながら。

 一卵性の双子、ましてや物言わぬ赤子。入れ替えても誰にも気づかれなかったらしい。

 そうして、お互いの存在と癖を覚え込ませ、イザベラと私を入れ替えても分からないレベルで教育し、数年たってもお父様が私達を見分けられない事を確信してからようやく(リィル)をお父様の前に出した。

 この国の第ニ王女(イザベラの影)として。


「そのまま聞け」


 顔を上げることすら許されず、私は床に視線落としたまま陛下の言葉に耳を傾ける。


「この度の戦についてはお前の耳にも入っていることだろう」


 もちろん知っている。

 クローゼア王国は古くから存在する。その歴史ある自分達は尊く優れた種族だなんてよく分からない理屈で、資源欲しさに蛮国と見下す帝国に戦をしかけ負けた。

 今はその戦後の会談中だ。


「あの蛮族め。和解の条件として、イザベラを要求してきおった」


 まぁ、そうでしょうねと私は内心でため息を吐く。今後クローゼアを大人しくさせるためにも、人質は必要だ。

 が。


「あんな蛮族に嫁ぐなんて、絶対嫌っ!!」


 私には耐えられない、と天色の瞳から涙を落とすイザベラ。イザベラの特技は秒で泣ける事だ。最近はさらに特技に磨きがかかった気がする。


「ああ、可愛い我が娘よ。もちろんだとも」


 あーハイハイ。いつものパターンですね、分かりますーと私は決まりきったやり取りを白んだ気持ちで眺める。


「あんな低俗で野蛮な人間の元にイザベラをやれるものか」


 低俗で野蛮、ねぇ? と私はオゥルディ帝国皇帝陛下セルヴィス・ロダリオ・オゥルディ様の事を思い浮かべる。

 内乱や紛争の絶えなかった地域に追いやられていたはずなのに、そこから近隣諸国や属国をまとめ上げ悪政を強いていた前皇帝を粛正し、その座を奪い取った帝国の若き支配者。

 冷酷非情な性格で、帝位に着いた際一切の情けをかけることなく、父親と兄弟を斬り捨てたと聞く。

 なんとまぁ、羨ましい話だと私は内心でため息をつく。


「リィル。お前がイザベラとして帝国に嫁ぐのだ」


 そんな私の頭上から決定事項として降り注ぐいつもの無茶振りが降ってきた。

 戦争で負けた上に、穏便に済ませてやろうという帝国からの申し出を踏みにじって、騙そうとするなんて。

 やっぱりこの国の王様はロクデナシの上に頭がおかしいわ。

 バレたら今度こそ国が滅びかねないというのに。

 とはいえ私に言えるセリフなんて決まっている。


「拝命いたします」


 行かなければ、何も始まらない。

 私は王陛下の命令に従う事にした。

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