19.偽物姫の矜持。
現地調査、とはいえ目的も詳細も告げられていない私はただセルヴィス様について行く事しかできない。
目立たぬように妻同伴の観光客を装っているのだろうから、私に大した役割は求められていないのだけど。
「セス、隙あらば私になんでもかんでも買い与えるのはおやめくださいっ!」
もうこれ以上いりませんからっ! と私はドンドン増えていく荷物を指して抗議の声を上げる。
「なんだ、物欲しそうに眺めていたから買ってやっただけだろうが」
「た、ただ物珍しかっただけで。別に物欲しそうにしていたわけでは……」
実際、こんなに大きな貿易港を自分の足で歩くのは初めてで、ちょっと浮ついていた感は否めない。
確かに物珍しさからきょろきょろしちゃったけれど、断じて買ってくれなんて強請った覚えはないっ! そう言って抗議する私に、
「妻を飾りたてるのは、男の甲斐性だ」
と言ったセルヴィス様は軽く私の髪を引いて慣れた動作でそこに口付けを落とし、驚く私の反応を楽しむように口角を上げ、ネックレスをふわりと私の首にかけた。
「なっ!?」
硬直する私を尻目に、
「おおー、さすが旦那様お目が高い! 奥様は愛されていんすな〜」
店主がセルヴィス様をよいしょする。
「そちらの品は"聖女の涙"と呼ばれとるアイテムで、様々な病を退ける万能浄化の効果があるんす」
病を退ける?
万能な浄化アイテム?
私は聞いた事のない話に首を傾げ、まじまじとネックレスを観察する。
聖女がいた、とされる最後の記録が約150年前。
場所はこの帝国から随分と遠いビビアナ公国。
歴代聖女は特異的な"奇跡"を起こしたとされるが、できることはその人によって様々。
その時の聖女様は豊穣の聖女と言われ、彼女の祈りで様々な植物が生を吹き込まれ、どんな環境下でも育ったという。
その奇跡で飢餓の危機を脱したという記録をクローゼアで読んだ事がある。
だがこの品は、
「……年代が」
合わない、とつぶやいた私の声をかき消すように、
「ほう、それは素晴らしいな」
聖女様の奇跡の品か、と笑いかけたセルヴィス様は、
「ちなみにどこの聖女様の祈りが込められているのだろうか?」
と店主に尋ねる。
「へい。バルキアの聖女ヘルメス様のご加護でっさ」
ヴァルキアの聖女エルメス様は特に逸話が多く有名だが、彼女の生きた時代は豊穣の聖女より更に昔。どう見積もってもこのネックレスの製作時代とは合わない。
それよりも店主の訛りが気になる。帝国の共用語で話してはいるが、流暢とは言い難い。この特徴的なイントネーションは、確かと記憶を検索していると。
「ところで店主。物珍しいアイテムが多いが、これらはどこから入手してくるのだ?」
「そいつは企業秘密でして」
という二人のやり取りが目に入る。
にこにこにこと笑うその表情はどこまでも嘘くさく、狡猾な狐のようだ。
まぁ、獲物を狩る狼のような本性を隠したセルヴィス様の目の方がずっと怖いけど。
「あなた、私コチラとあと……これも欲しいですわ」
効率重視で元敵国の姫を囮に使うような人が無駄な事をするわけなかったわね、と先程まで動揺していた自分を恥じた私は、じっと並べられた品を観察したあと商品を追加で強請った。
店から離れ、人気のない場所で立ち止まった私は、
「お返しします」
必要でしょうとセルヴィス様にネックレスと強請った染め物のショールを渡す。
「ペンダントトップはただのガラス玉ですけど。細工は見事なものです。近年有名なティティのデザインですね」
この細工の技法が開発されたのはせいぜい五〜六十年前。聖女様のいた時代とは合わない。よってこの宝飾品に聖女が浄化の祈りを込めることなどできるはずもない。
つまり偽物なわけだが、セルヴィス様にとってはわざわざ購入するだけの価値がある、という事なのだろう。
「……なぜ、この染め物を選んだ?」
私が差し出したそれらを無言で受け取ったセルヴィス様がそう尋ねる。
「植物染料で青色自体は珍しくないのですが、色味が独特なので。染料として使用された植物が取れる地域がある程度絞れるのではないかと」
私は薬学研究の一環としてクローゼアで植物を扱っていた。その延長で植物染料もしていたのだが、使用する植物によって本当に色味は様々だった。
が、このような色味の出る植物は取り扱った事がない。
「あとは、シルクの手触りですね」
値段が安すぎるんですと私は気づいた点を上げる。
クローゼアではシルクはすべて輸入品。
だというのに、王族の衣装にはこれでもかというくらいシルクがよく使われていた。
まぁ、理由は国王陛下がシルクの肌触りをいたく気に入っていたせいなんだけど。
とにかくバカ高いそれを国内生産できないかとイザベラと散々調べたが、シルクを作るための材料がカイコというものだというところまでしか分からず、飼育方法はおろかシルクの製法も分からなかった。
まぁその時の結論から言える事は。
「カイコの餌が違うのか種類が違うのか。いずれにしてもここまで上質な品がこの値段で流通するのはおかしいな、って」
ってくらいなのだけど。
それが実現できてしまうだけの技術のある国を絞り込むなんて、きっとセルヴィス様にとっては造作ないだろう。
「参考になりました?」
求められた解になっているだろうか? とセルヴィス様を見上げれば、何やら考え込んでいる難しそうな表情が目に入る。
悩んでいる姿すら絵になるのだから、本当に端整な顔立ちだなと思う。
私の問いには答えず、空に手をかざし知らない言葉をつぶやくセルヴィス様。
次の瞬間には彼の腕に鷲が止まっていた。
「これをオスカーに」
短い命令のあとネックレスと染め物の入った袋を鷲に託す。受け取った鷲はあっという間に空の彼方に消えて行った。
「鳩やカラスではないのですね」
クローゼアでも特殊な訓練を施した伝書鳩でやり取りをする事はあったけれど、鷲のような大型の鳥は見たことがない。
「用途に応じて使い分けている」
なるほど。
早く長く飛ばせる猛禽類を従えられていたのなら、情報戦でもクローゼアは帝国に劣る。
今更ながら本当に負け戦だったな、とため息しか出てこない。
「帝国に入って来ているモノが"偽物"だけであればいいのですけれど」
カルディアの現地調査は"先帝の呪い"の原因究明のため、と思っていたけれど。
多分、それだけではないのだろう。とはいえ、情報が少ないしそもそも政治的なアレコレが得意なのはイザベラの方。
私にできる事なんてせいぜい。
「"喧嘩"はほどほどにしてくださいね」
直接セルヴィス様に釘を刺すことくらいか。まぁ、なんの効力もありはしないだろうけど。
ただ売国を試みようとしている身としては取引相手がきな臭いのは頂けない。
「俺がしているのなんてせいぜい火の粉を払う程度だ」
可愛いものだろ? と肩をすくめて見せるセルヴィス様の目は全く笑っていなくて。
「とはいえ"偽物"は所詮"偽物"。害悪は全部排除してしまえば済む話だ」
もし、今私がイザベラの"偽物"だと露見したなら、容赦なくこの人は"リィル"をこの場で切り捨てる。
そう、確信させるほど酷く冷たい物言いに、背筋が凍りそうになる。
「左様でございますか」
皇帝陛下を欺くリスクなんて、初めから分かっていた。
「こちらもお返ししますね」
私はセルヴィス様に買って頂いた沢山の贈り物を彼に渡す。
「そっちは別にリーリィに買ったもので」
返す必要は、と言ったセルヴィス様に私は無理矢理荷物を押し付ける。
「分かっています。目的の物だけ購入しては目立つから贈ってくださったのでしょう?」
『お前なんかが生まれて来たから』
耳奥で聞き飽きたセリフが勝手に再生される。
悲しいとか、痛いとか、そんな感情とうに捨てた。だから今更でしょ? と私は自分に言い聞かせる。
「寵妃の真似事は、今は必要ないでしょ?」
「リーリィ?」
"偽物"は所詮"偽物"で。
偽物の命はすぐさま切り捨てられるほど軽いんだって。
嫌になるほど、この身で実感しながら生きてきたというのに。
「私にこれらは不要です。いらないなら侍女にでも下賜なさってください」
私は今更、一体何を期待したというのだろう?
「私が欲しいのは、髪飾りでも宝石でもありません」
笑え、と私は自分に命令する。
決して腹の内を悟らせるな、と。
「"保証"。それだけです」
敗戦したクローゼアの民が虐げられ、搾取される事がないように。
これから先、一人で立ち続けることになるイザベラがクローゼアを統括管理できるように。
私が遺して逝かなくてはならない人達が、これから先を生きていけるだけの"保証"。
それを得るために、私はこの人に示さなくてはならない。
クローゼアには失くすには惜しい人材が存在するのだ、と。
「早く、次の場所に行きましょう。時間は有限なのですから」
そう言って私はセルヴィス様を促し、歩き出す。
(本物には、なれなくても)
"偽物"には"偽物"の矜持がある。
けして、偽物だと見破らせたりしない、という矜持が。
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