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16.偽物姫は親近感を覚える。

 私が見た事のない食べ物をたくさん広げ、気取る事なく青空の下で食すセルヴィス様。

 確かに一緒に食べたいとは言ったけれど、こんなにあっさり承諾されるとは思わなかった。


「食べにくいか?」


 食べ方が分からず戸惑う私にセルヴィス様が声をかける。


「お恥ずかしながら、この手のカトラリーは使ったことがなくて」


 棒2本で一体どうすれば、とセルヴィス様を観察していた私に小さなフォークが差し出される。


「無理して使う必要はない」


「ですが」


 怪しまれないだろうかと私は受け取りを躊躇う。

 帝国の後宮で私が普段食べる時は、クローゼア同様沢山のカトラリーが並んでいた。

 何度か帝国でセルヴィア様の寵妃として会食の場に連れ出された時も同様だった。

 クローゼアの庶民向き料理はスプーン一つで食べられる物が基本だったから、きっとこのカトラリーは庶民向き。

 だというのに、これを使いこなせなければせっかく庶民に擬態して現地調査を行っている意味がなくなる。

 うーんと悩む私に、


「目的は食べること。なら、達成するための過程はなんだっていいんだ」


 自ら選択肢を狭める必要はない、と淡々とした口調でセルヴィス様は周りを指す。

 小さな子どもは確かにそれを使って食べているようだった。


「……私は子どもでは」


 確かに一般的な帝国人よりやや小柄な私は幼く見えるかもしれないが、私だって立派な成人女性だ。

 が、私の抗議はフォークを持ったセルヴィス様が私の口に食べ物を突っ込んだ事で空振りに終わる。


「美味いか?」


「……美味しい、です」


 少しソースの濃い、焼いた麺類。これも初めて食べる味で、おそらく宮廷内で見た事はない。


「なら、いい」


 そう言ってセルヴィス様は黙々と自分の分を食べ始めた。


(今、もしかしなくても……笑っ……た?)


 僅かな変化ではあったが、確かに私にはそう見えた。

 目の前にいるこの人は確かにセルヴィス様なのに、執務室にいて家臣を前に仕事をしている時とも、売国交渉を試みようとする私を相手にしている時ともまるで雰囲気が違う。

 その頭上に王冠はなく真っ赤な玉座に座していないこの姿を見て、一体誰がこの人を皇帝陛下だと思うだろうかと私は目を瞬かせる。


「どうした」


 また手が止まっている、と私に食べる事を勧めるセルヴィス様。


「いえ、少し意外で」


 辺境地に追いやられていたとはいえセルヴィス様は皇位継承権も所持していた立派な皇族であったはずだ。

 屋台での買い物も慣れた様子だったし、小銭を使った会計もスムーズ。その上気さくに店主に話しかけ、情報収集。

 正直、誰この人? 状態だった。

 王侯貴族なんてものは、大抵自分では何もできない。人を使う事に長けていて、自分で動く必要がないからだ。

 迫害された理由までは知らないが、皇族として育った人間がこうも違和感なく平民に混ざれるものだろうか?


「単身の方が動きやすいからな。全部覚えた」


 ああ、と合点が言ったように頷いたセルヴィス様は事もなげにそう言った。


「早く食べろ。宿が取れなくなる」


 本格的な調査は明日からだと簡単に予定を話すセルヴィス様。

 宿も自分で手配できるのか、と驚くと同時に自分の方が箱入りの世間知らずかもしれないと苦笑する。


「承知しました」


 必要に迫られてなんだろうが、単身で動ける術を身につけたセルヴィス様。

 クローゼアの魔窟で生き延びるための必死で知識(武器)を身につけてきた私。

 皇帝陛下(一国の主)忌み子(偽物姫)

 本来、立場が違いすぎる存在なのに。

 セルヴィス様に親近感を覚える、なんて言ったら怒られるかしら? と思いながら私は少しずつ食事を口にした。


「部屋が一つしかない、だと」


 割と早めに行動を開始したはずなのに、訪れた宿屋は満床寸前だった。


「他に空きのありそうな宿屋に心当たりはないか?」


 セルヴィス様の問いに困った顔をした宿屋の主人が首を振る。


「舟入の時はどこだって満床さぁ。商人達がどっと押し寄せるもんで」


 どうするのか、と問われ考え込むセルヴィス様を押しのけて、


「一部屋お願いします」


 と私はお代をカウンターに置いた。


「リーリィ」


「私、もうくったくたなの。別に部屋が狭いくらいいいでしょ? あなた」


 新婚なのだし、と言って腕を絡めれば、


「はは、ならベッドが狭いくらいなんの問題もねぇな」


 宿屋の主人は意味有りげな視線と共にルームキーを渡してくれた。


「2階の右端だよ。いい夜を」


「ええ、どうも」


 それを受け取った私はセルヴィス様に腕を絡めたまま階段の方へ足を進めた。


「正気か?」


 パタンとドアが閉まった後、立ち尽くしたままのセルヴィス様は信じられないものを見るかのような視線を私に投げて寄越した。

 そんな視線を浴びながら、この人は誠実な人なのだろうなと改めて思う。

 私は壁を軽く叩き、先程購入した防音魔法の組まれた魔道具を設置する。王城で使われるようなしっかりしたものではないけれど、ないよりはマシだろう。


「元々、高級宿に泊まる気はなかったのでしょう?」


 高級宿は予約なしで泊まれる所ではないし、仮に空いていたとしてもこんな格好で行けば門前払いなのは目に見えている。


「店主の言う通り、一部屋押さえられただけでも行幸でしょう」


 私がいなければセルヴィス様は軒先を借りた野宿でも構わない人なのだろう。

 宿の確保も部屋を分けようとするのも、多分それらは全部"私のため"なのだろうな、と私は今までの彼とのやり取りを通じてそう思う。

 まぁ、素直に聞いたところで即時否定されそうだけど。なので、私も直球勝負はやめることにする。


「有無を言わさず私をカルディアまで連れて来たのです。最低限、身の安全は保証してください」


 まだ死にたくはありませんので、と淡々とした口調で私は告げる。


「なら」


 こう言えば外で見張りでもする、と言いかねないと思っていた私は、セルヴィス様の言葉を遮ってさらに続ける。


「生憎と私セルヴィス様と違って温室育ちなもので。侍女もいない、護衛もいない、こんな安宿に一人置き去りにされても困りますの」


 誰が私の世話をするのですか? と傲慢な王女らしくそう尋ねる。


「私達は夫婦です。同室で同じベッドを使って何の問題がありますか?」


 明日から現地調査をするのなら、少しでも身体は休めた方がいい。だというのに、今すぐにでも出て行きそうなセルヴィス様。


「調査前に騒ぎにでもなったら面倒です。気になる事もありますし」


「気になる事?」


 そう聞いてきたセルヴィス様の言葉には答えず、私は意味ありげな笑みを浮かべる。

 実際のところ、それはまだ微かな違和感でしかなく、はっきり言葉にできるものではなかったというのが本当のところだったのだけど。


「この狭い部屋で、その長い刀を振り回すおつもり?」


 冗談でしょう? と私は暴君王女らしく嘲笑を浮かべる。


「うるさいのは嫌。血なまぐさいのも嫌。もし誰かがこの部屋に押し入ったとして、それを殺るなら、寝ている私に気づかれないようにしてくださる?」

 

 その程度もできない人間が死神の二つ名で呼ばれることもないでしょう? と私はにこやかにそう言うと、ベッドに腰掛けぽんぽんと自分の隣を叩く。

 あなたに許される選択肢は接近戦オンリーよと言外に告げて。


「……俺に襲われるとは思わないのか?」


「私はあなたの妻ですよ? どうぞご自由に」


 論破できるもんならやってみろ、とばかりに私は挑発的な視線を向ける。

 折れたのは、セルヴィス様の方だった。


「狭い、なんて文句言うなよ」


 普段使わせていただいている、後宮の寝台に比べれば確かに狭いけれど、クローゼアの私の部屋のベッドに比べれば、そう小さいとも言えない大きさ。


「狭いくらいで文句は言いませんが、寝相が悪ければ足の1つも出るかもしれませんね」


 クスッと笑った私は端の方に身体を寄せる。私が小柄な方なので、ベッドはなんとか2人で使用できそうだった。


「おやすみなさい、セス」


「ああ」


 背中を向けたまま、低い声で返事が返ってきた。

 誰かの気配があったら、眠れないかもしれないと思っていたけれど、思いのほか近い誰かの熱は心地よく、いつの間にか私はうとうとと眠りに落ちた。

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