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15.偽物姫は確信する。

 市場のようなエリアは、昼だというのに閑散としていてどこか物寂しい。

 聞いていたカルディアの様子とは違うそこは、見事に"先帝の呪い"を受けていて、人々から活気を奪っていた。

 私はカルディアの報告書の内容を思い出す。

 今起きている現象が疫病の類いであったなら、もっと多くの人が同時期に同じ症状で苦しみ倒れているはずだ。

 おそらく、感染する類のものではない。では、一体何が原因で……?

 現地調査に来たものの、どこから手をつけるのがいいだろうかと考えていると、


「リーリィ」


 そう呼ばれ顔を上げた途端、口に何かを放り込まれた。


「……甘い」


 私は驚いてセルヴィス様の方を見る。

 彼の手には小さな袋が一つ。


「そうか」


 そう言うと小さな何かを指で摘まみ、また私の口の中に入れる。


「金平糖。疲れたら甘い物がいいらしい」

 

 口の中で転がる優しい甘さに驚く私の手にセルヴィス様は小さな星のようなお菓子を乗せた。


「……可愛い」


 見た事のない異国のお菓子を指で突きながら、私は素直な感想をもらす。


「そうか」


 短い言葉を吐いたセルヴィス様は、手近な店から何かを買って戻るとまた私の口に何かを入れる。

 今度は甘じょっぱい味が口内に広がる。

 セルヴィス様の手には蜜のかかったお団子のようなものが握られていた。


「菓子ばかりはよくないな。あの辺りは食べやすいか」


「あの、えっとセス? 何を」


 残りの団子の刺さった串を私に持たせるとまたふらりといなくなり、今度は揚げ物の入った器と串焼きを買って来た。


「熱い、から。少し置いてから食べるといい。あとは……」


「え、あの! ちょっと、本当に待って」


 まだ買いに行きそうなセルヴィス様の服の裾を掴み、私は待ったをかける。

 確かに今は昼時だし、早朝軽食を口にして以降何も食べずにここまでやって来た。

 護衛も側近もつけずに来たのだから、毒見は私がやれという事なのだろうと解釈した私は、


「空腹だったのですね、気づかず申し訳ありません」


 毒見済みです、ととりあえず金平糖と団子をセルヴィス様に返却する。


「手近な店で食事を取れるよう手配します。現地調査はそれからで」


「……俺じゃない」


「へ?」


 冷めたなと串焼きの温度を確認してから、セルヴィス様は私の口にそれを突っ込む。

 少し塩っけが強いけれど、温かいそれは美味しかった。


帝国(うち)の食事は、あまり口に合わないか?」


「はい?」


 何を言っているのか? と理解できず首を傾げる私に、


「あまり食べてないだろう。今日だけじゃなく、ずっと」


 とセルヴィス様は眉根を寄せる。


「宮中で毒を盛られる可能性を危惧するのは理解できるが、身体が持たんぞ」


 私はセルヴィス様の言葉に驚き、目を丸くする。気づかれているとは思わなかった。

 ただ私の食が細いのは、毒を警戒しての事ではない。

 食べたくない、のではなく食べられないのだ。リープ病を発症してからは、特に。


「倒れられても迷惑だ。不特定多数が買うこういうところの方がかえって毒は盛り辛い。食え」


 命令だ、とセルヴィス様は私に串焼きを差し出す。

 それを見ながら、私はイザベラの事を思い出す。


『こんな家畜のエサのような食事を私に出すなんて、いい度胸ね』


 パリンとお皿の割れる音が部屋に響く。


『あはっ、いい事思いついた! 残飯なんだから家畜らしくアンタが食べなさい?』


 命令よ。そう言ったイザベラの目は何か少しでも私に食べさせようと必死な色をしていた。

 お母様が亡くなり、それまで以上に私への風当たりが強くなって食事を抜かれるなんてあからさまな嫌がらせが横行していた6年前。

 思い返せば、アレが暴君王女の始まりだった。


「……元々食が細くて、あまり食べられないんです」


 毒で倒れ、食事を抜かれ、食が進まなくなった私に合わせ、無理をしていたのはイザベラの方。

 自分の偽物と体型が大きくかけ離れたら可笑しいでしょと、私を虐めるフリをして何とか食事の手配をしてくれた。

 それでも私が食べられず体重が落ちてしまった時は、自分の食事を抜く事もあった。

 私とは違い健康体だったイザベラが食べ盛りだった年頃に空腹に耐えるのは、きっと辛かっただろうに。


『私はお姉様だもの』


 いつだって、イザベラはそう言って笑った。


「……沢山、食べさせてあげたかった、な」


 ぽつり、と思わず溢れた私のつぶやきに、不思議そうな顔をするセルヴィス様。

 私はセルヴィス様の顔をじっと見る。

 今までの人生で何の接点もないはずなのに、この人といると何故だか蓋をしたはずの過去の自分が顔を覗かせる。


「帝国の食事は全部美味しいですよ。ただ、祖国が敗戦し国が混乱する最中、自分だけが満たされるという事に罪悪感を覚えるだけで」


「そうか」


 私の口から出た恨みがましく聞こえる言葉をセルヴィス様が咎める事はなく、自分の醜さだけが浮き彫りになる。

 八つ当たりですら受け止める器の大きさは漆黒の闇のように底が見えなくて。

 多分沢山の人に当たり前に寄りかかられるだろうその強さがなんだか悲しくて。

 ああ、やっぱりこの人もイザベラと同じ人種(優しい嘘つき)だ、と私は確信する。

 私はいつもと色味の違う瞳を見ながら口元に弧を描く。


「ですから、私。必ずセスのお役に立ってみせますわ」


 そのためにもまずは腹ごしらえですね、とお礼を言って残りの串焼きを受け取る。


「なので、セスが一緒に食べてくれると嬉しいです」


「嬉しい?」


「はい。普段から一人で食べることが多かったので」


 やってみたくて、と昔の光景を思い浮かべながら私は提案する。

 イザベラと入れ替わった時しか許されなかった、家族で囲む穏やかな食卓。

 リィルとして席に着くことのできないそれは、結局偽物の時間でしかなかったけれど。


「仲のいい家族、とは食事を共にするらしいですよ」


 物語の中によく描かれていた、私にとって限りなくフィクションに近い家族像を話す。


「なるほど、考えた事もなかったな」


 血縁など喰うか喰われるかだからなと真顔で語るセルヴィス様になんて物騒なと思ったけれど、うちも大して変わらなかったわと気づき苦笑する。


「せっかくなので、セスのお勧めを教えてくださいな」


 そう言って私は出店の並ぶ方を指さす。


「ああ、分かった」


 短い言葉と共に差し出された手に私は一瞬躊躇って、手を重ねる。

 これは、ごっこ遊び(・・・・・)だ。だから、勘違いをしてはいけない。


(この人を知りたい、と思うのは売国の戦略を練るためよ)


 所詮私はイザベラ(第一王女)の偽物でしかないのだから、と私は自分に強く言い聞かせた。

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