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14.偽物姫は振り回される。

ーー帝国西部カルディア。

 港町であるカルディアは他国との貿易の窓口として昔から栄えており、商人が力を持つことを良しとしなかった先帝時代その支配下において最も搾取された街だと聞いている。

 現在私はカルディアで先帝の呪いの報告が上がっているエリアに向かって、無言で手を引かれながら歩いていた。


「一体、何をお考えなのですか」


 関所で馬車を降りてからずっと続く沈黙に耐えきれなくなり、ため息混じりにそう尋ねた私に、


「おかしな事を聞く。お前が言ったのだろう? 現地調査が必要だ、と」


 どこか楽しげな声が落ちて来た。

 確かに、私はカディアの現地調査を勧めたけれど。


「……私に申し上げる権利がないのは重々承知しておりますが、陛……あなたはもう少しご自分のお立場をお考えください」


 皇帝陛下自ら行ってこいと言った覚えはない。しかも一緒に連れて行かれるとは思わなかった。


『そうか』


 抑揚のない声で静かにそう言ったあと、私のレポートを片手にセルヴィス様は何かを考え込んでいた。


「カルディア、か。行ってみるか」


 そこからの彼の行動は本当に早かった。

 止める間も無くあっという間に手配を整え、護衛も付けずに宮殿から抜け出した。

 沢山の課題や書類と共に置き去りにされたオスカーと言う名の側近には正直同情する。

 イザベラも大概無茶をするタイプだったけれど、正直ここまでではなかった。

 夜伽の通達の時も思ったけれど、セルヴィス様は思い立ったらすぐ過ぎる。


「へ……あなたは」


 話しかけようとしたところで、


「セスと呼べ。敬称も不要だ」


 小声で短くそう命じられた。


「心配せずとも、俺やお前だとバレることはない」


 自信に満ちたその声を聞きながら、こういったことの常習犯なのだと理解する。

 確かに今のセルヴィス様を見て皇帝陛下とわかるのは、よほど親しい人物だけだろうなと思う。

 声はともかく、見た目の印象が違いすぎる。

 皇族の証とも言える黒髪や彼の特徴的な紺碧の瞳はありふれた茶色に変わり、服装も少し裕福な商人といった装い。

 立ち振る舞いも意識的に変えているようで、普段のセルヴィス様とは結びつかない。

 見目を変えることのできる魔道具など聞いたことがないから、よほどの特注品か国宝級の聖遺物なのだろうと彼の耳に留まる小さなピアスと自分の手首に嵌められた腕輪を見ながら思う。

 壊しても絶対弁償できないと、付けているだけで生きた心地がしない。けれど、私に突き返すなんて選択肢は当然存在しない。

 ならやるべきことは一つだ。

 私はぐっと手に力を込めて、セルヴィス様の足を止める。


「ならば、私の事を"お前"呼びするのはおやめください」


 用意された衣服は使用人ではない。おそらく商人の妻として連れ歩くつもりなのだろう。


「愛妻家は名前か愛称で呼ぶものですよ、セス」


 万国共通の常識ですと言えば、セルヴィス様は驚いた顔をして、私を見返す。

 意表をつかれたようなその表情に少しだけ私の溜飲が下がったところで、


「そうか。では、セスの妻の名は?」


 唐突にそう聞かれた。

 魔法で色味が違うのに、じっと見つめてくるその瞳はいつもと同じ獲物を狙う狼みたいで。


「リィ……。リーリィとお呼びください」


 うっかり本名を名乗りかけた私は慌てて別の名前を口にする。


「リーリィ?」


 セルヴィス様の口からイザベラ以外の名で呼ばれ、私の心臓は大きく跳ねる。


「……乳母の名、です。クローゼアで使っていました」


 聞かれてもいないのに嘘を重ねた私は咄嗟に目を逸らす。

 それは、幼少期リィルと発音できなかった頃のイザベラが私に付けた愛称だ。今ではもう誰も呼ぶ事のない、私のもう一つの名前。


「そうか」


 不審に思われただろうかと伏せた私の頭上には、いつも通りそっけない声が落ちて来て。


「じゃあ、行くか。リーリィ」


 そのまま私の手を引いて歩き出す。


『リーリィ』


 自分で呼べといったくせに、セルヴィス様からイザベラではなく(リィル)を呼ばれたような気がして、心音が早くなる。


(どうか、私の浅ましさ(この音)に気づかないで)


 顔を上げられないまま、私は祈るように心の中でつぶやいた。

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