12.偽物姫の初仕事。
親愛なるお姉様へ。
祖国を売国しようと思ってイザベラを売り込んだら、寵妃に任命されました。……なんて手紙を書けるはずもなく、心の中で優しいイザベラを思い浮かべる。
『あらまぁ、リィルったら』
ふふっと楽しげな表情を浮かべ、頬に手を当て可愛らしく小首を傾げたイザベラが、
『皇帝陛下を出し抜くなんてワクワクしちゃう』
返り討ちにしてやんよと笑顔を浮かべたままで親指を下に向け首を掻っ切る動作をする光景がありありと脳裏に浮かんだ。
ダメだ。
イザベラは結構好戦的な上に、逆境にめっぽう強い。
こんな状況に放り込まれたのが本物のイザベラだったなら鋼のメンタルで皇帝陛下相手に嬉々としてゲームメイクし出すに決まっている。
想像でもイザベラにこの状況がバレるのが恐ろしい。慎ましやかに人質生活を送っていると思われていた方がいいと思う事にする。
なぜ、私がこんな事を考えているのか? それは現在私が絶賛現実逃避中だからである。
「どうした? ベラ」
セルヴィス様の声で私は急に現実に引き戻された。
セルヴィス様から寵妃に選ばれた私は、現在執務中彼の側に控えているのだけど……。
「疲れたなら休憩を入れよう。我が妃をあまり人目に晒すのも……な?」
そう言って見惚れるほど綺麗な微笑みを浮かべ、私の蜂蜜色の髪に指を伸ばし軽く口付けを落とすセルヴィス様。
私を見つめる紺碧の瞳は心底楽しそうな色を浮かべている。
「ふふ、まぁ。陛下ったら」
そんなセルヴィス様を見つめ返しながら、鼻にかかったような甘い声とはにかんだような笑顔を作り応える私。
私を甘やかすように手を引いて膝に乗せたセルヴィス様は手の動作だけで政務室に並んでいた家臣達を下がらせた。
「……いいんですか、陛下。さっきまでピリピリと緊迫した雰囲気でしたけど?」
ヒトの気配が引いたのを確認してから、私はいつもの口調に戻して陛下に問いかける。
「これ以上問答したとて時間の無駄だ。根を詰めたところで、解決するものでもないしな」
そう言って眉根を寄せるセルヴィス様。
つまり体良く退出させる理由に使われたらしい。
まぁ、そういう契約なのだから今更文句は言うまい。現状、こちらが不利な戦況であることは明白なのだし。
それよりも、だ。
「で、陛下はいつまで私を膝に乗せておくおつもりで?」
腰に回された手の方が今は気になる。
「おや、不服か?」
俺にこうされるのを望む女が掃いて捨てるほどいるというのに、と揶揄うように口角を上げる。
あぁ、殴りたいこの笑顔。
という衝動を前面に出さないように気をつけながら、
「暴君王女は本来色恋営業してないんです。これ以上イメージを損なうような使い方をするなら割増手当請求しますよ?」
にこっと満面の笑みを浮かべて紺碧の瞳を覗き込む。
彼から何か一つでも情報を掬い上げられるように、と。
「そう、熱い視線を向けてくれるな」
遊びたくなる、と私の蜂蜜色の髪に指を絡ませ、余裕の笑みを浮かべるセルヴィス様。
「あらまぁ、こんな小娘相手に皇帝陛下自ら遊んでくださるの?」
パチンと両手を叩いた私は、
「では、ヒントをくださいな。現在、あなた様がお悩みの案件について」
楽しげにそう強請る。
「随分とストレートな強請り方だな」
少しつまらなさそうな表情を浮かべるセルヴィス様に、
「だって、私このままでは"ただの悪女"に仕立て上げられそうなんですもの」
それではつまらないですわ、と肩を竦める。
「私にその辺の書店で積まれているロマンス小説のような量産型の悪女を演じろ、と陛下が命じるのなら今回は大人しく引き下がりますけれど」
私は緩んだセルヴィス様の腕から抜け出すと、
「陛下におかれましては"呪い"など微塵も信じていないご様子。呪いではないというのなら、果たしてこの現象は一体何なのでしょうね?」
先程まで家臣達が懸命に訴えていた内容を言及しつつ、売り込みチャンスかと思いまして、と紺碧の瞳を覗き込む。
曰く、オゥルディ帝国西部の街カルディアを中心に人々が次々と倒れている。
カルディアはセルヴィス様が先帝を追い詰め処刑した場所でもあり、復興しつつある街で起きているこの異変を人々は先帝の呪いではないかと噂し、恐怖している、と。
「その口ぶりだと、お前も呪いなど信じていなさそうだな」
セルヴィス様は報告書の一部を手に取るとそのまま私に手渡す。
こんなにあっさり見せてもらえるなんて、と驚きつつ私はそれに目を落とす。
そこにはここ最近頻発して起きている事件について書かれていた。
「そう、ですね」
私はそこに書かれている情報を精査しながらペンを取る。
吐き気、めまい、下痢といった症状を抱える者や、胸を押さえてもがき苦しむ者、何もない空間を指差しぶつぶつと理解不能な言葉を叫ぶ者など様々で、死亡事例も多数出ている。
被害者は成人男性と子どもに多く見られているようだ。
「"呪いなど存在しない"と証明する手段は正直ありません」
ないモノをない、と証明することはこの上なく難しい。
否定する要素を提示したところで"ゼロに近い"はゼロにはならない。
双子の片割れが、国を害する忌み子ではない、と証明する手立てがないように。
「なので、起きている"事象"を分析し、既知の事実と照らして見るほうが合理的かと」
私は言葉を紡ぎながら、場所、発生時期、考えられる範囲の共通項を地図に落とし込んでいく。
「少なくとも今起きているこれらは呪いではない、と思います」
書き終わった私は手を止め、紺碧の瞳を見上げる。
「何らかの"中毒"症状である可能性が高いかと。まだその原因も、コレが人為的なモノなのか偶発的なモノなのかも分かりませんが」
ここから先は現地調査をお勧めします、と私は考えられる可能性を記したレポートをセルヴィス様に提出した。
「同意見だ、が」
レポートにざっと目を通したセルヴィス様は、
「現在の症状への対処法まで記載とは……沸騰させて冷ました水に塩と砂糖? 聞いたことのない薬だな」
冷たい目で私を見返す。
「経口補水液です」
私が記したのは、サーシャ先生に教わった身体に浸透しやすい飲み物の作り方。
原因がはっきりと分からない以上対症療法しか取れない。
下痢や嘔吐が多いなら、脱水にならないよう水分を補給させなければ身体が耐えられなくなるだろう。
効き目はこの身体で実証済みだ。
「申し訳ありません。出過ぎた真似を」
黙ってしまったセルヴィス様を前に、私は自分の立ち位置を思い出す。
私は、この国に戦を仕掛けた側の人間だ。クローゼアでそうだったように、きっと帝国でも沢山の人が傷ついた。
勝手な理由で多くの命を踏み荒らしたくせに、どの面下げて帝国民を救いたいなんて言うんだと思われても仕方ない。
だけど。
「クローゼアの人間の言葉など帝国民には信じて頂けないかもしれませんが、今これらの症状に直面している人間にとって、必要な処置なのです。これ以上の被害を防ぐためにも、どうかご英断を」
情報の精査は医官でも薬師でもセルヴィス様の信頼のおける方に依頼してくださいと私は静かに頭を下げた。
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