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11.偽物姫は回想される。

 セルヴィスは満月を見上げ、忌々しげに舌打ちをする。

 獣人族とは、満月の光を浴びることで最も力を発揮したらしい。

 その影響なのだろう。月が我が物顔で空を支配する夜は、完全な人型を保つことができず、嫌でも自身の中に流れる血を思い知る。

 そんな夜をやり過ごす日は、セルヴィスは決してヒトの目に触れぬよう部屋の中でさえ真っ黒なフードを深く被っていた。

 そういえば、彼女もフードを被っていたなと不意にセルヴィスは思い出す。

 尤も彼女が纏っていたのは黒ではなく、随分と目立つ赤色だったが。


 **


『イザベラ・カルーテ・ロンドライン』


 初対面での印象は"賢い女"。

 セルヴィスが狼の姿でイザベラの前に現れたのは、彼女の反応をみたかったからだった。


「月見がひとりではつまらないと思っていたの」


 怯えることなくじっと覗き込んできた、天色の瞳。

 おそらくイザベラは突然現れた狼を皇帝陛下の配下にあるものと判断したのだろう。

 瞬時に状況判断し注意深くこちらの意図を読み解こうとするその姿は、オスカーが揃えてきた報告書から想像していた人物像そのものだった。

 だとするならば、イザベラは何か目的を持ってこの国にやってきたはずだ。

 果たして異国のこの姫は、その小さな体にどんな刃を仕込んでいるのか?

 この対面を通して、セルヴィスが確認したかったのは、イザベラが自分にとって使える人物なのか、否か。それだけだった。

 なのに。


「ふわぁぁぁ、え、何これ!? ちょっ、びっくりするくらいふわっふわなんですけど!?」


 怯えることなく伸ばされた白い指先に、何故か突然モフられた。


「えっ、ちょっとブラッシングさせて頂いてもよろしくて?」


 どこから出した? そのブラシ。

 狼なので突っ込むことができないセルヴィスは無遠慮にイザベラに撫でられた。

 狼の正体がセルヴィスだと知っている人間は当然触れようとはしないし、知らない人物でも(害獣)になど好んで近づこうとはしないものなのに。


「尻尾ふっさふさ。はぁぁ、モフモフ素敵過ぎる」


 多分目の前にいるのは大型犬ではなく、狼だと理解しているだろうイザベラは、全く気にする素振りを見せずただ毛並みを愛でていた。

 暴君王女の仮面が外れた彼女は、まるで年相応の普通の女の子で。

 自分に触れるその優しい手つきを拒むことができず、セルヴィスはただされるがままそこにいた。


『また、ね?』


 それが、皇帝陛下としてのセルヴィスに言われたものではないと分かっていた。

 だが。


「"またね"か」


 何故かそのセリフに後ろ髪を引かれた。


 後宮どころか正妃など必要としていないセルヴィスが、目が届き難いところの"悪意"を処理するついで。

 イザベラに会う理由なんて、なんでも良かった。

 皇帝陛下として対峙したセルヴィスを前に、イザベラは決して王女としての仮面を外さなかった。

 当然だと思ったし、イザベラの力量を測るのにちょうど良いとも思った。

 一つ誤算だったのは。


「さぁ、陛下。チェックを」


 イザベラは自身に薬を盛られていると分かった上であえて飲み干していたということ。

 彼女は自分自身ですら駒に使う。

 イザベラはあまりに危い。

 あの夜(自分)を撫でて笑っていた彼女とは全く別モノの微笑みを見ながらセルヴィスはそう思っていた。


 先代を打ち倒し代替わりして数年。まだ帝国は安定しているとは言い難い。

 無用な争いを避けるためにも、クローゼアを含む周辺諸国にはしばらく大人しくしておいてもらいたい。

 イザベラの輿入れはその為の人質(見せしめ)。いずれイザベラをクローゼアに返すつもりなのに、今後の婚姻(人生)を左右するような瑕疵をつけるわけにはいかない。

 なんて、冷酷無慈悲を前面に出しているセルヴィスがその胸の内を明かすわけにはいかず、仕方なく狼の姿で聖水をこっそりイザベラに届けるという手段を取った。

 でも、彼女はそれを飲まなかった。


「奇跡は待っていたって起きないんですよ」


 異国の知識はいりませんか? と自分を売り込んできた彼女の天色の瞳は全く揺らぐ事はなく。

 ただ真っ直ぐにセルヴィス(ターゲット)だけを捕えていた。


『……あり、がとう』


 聖水を届けた夜、それを受け取ったイザベラが伸ばして来た手は震えていて、今にも泣きそうだった。

 敗戦国の姫が人質としてたった1人で異国に来ているのだ。怖くないはずがない。

 だけど彼女はその心を自分にさらす事は無いだろうとセルヴィスはその天色の瞳を見ながら思う。

 奇跡なんて信じていないイザベラはおそらく自国にいる時から、今日この瞬間のために、ずっと彼女にできる最善手を打ち続けていたに違いない。

 皇帝陛下であるセルヴィスに、国の生き残りをかけて自分自身を売り込むために。

 イザベラは自分が"弱者"であることを知っている。だからこそ文字通り、生殺与奪を含めた彼女の人生全てを賭け金にして(ベットして)、皇帝陛下の前に立っているのだ。


「私は決して倒れない。私の名は、イザベラ・カルーテ・ロンドライン。覚えておいてください、私はあなたの敵ではないと言う事を」


 もし、今以上に状況が悪くなったとしても、イザベラは決して彼女が始めたゲームを投げ出したりしないだろう。

 彼女が望む、終局を手にするまで。

 何がイザベラをここまで動かすのか?

 知りたい、と思ったそれはただの気まぐれと単純な好奇心。

 そうセルヴィスに思わせた時点で、彼女の売り込みは成功しているわけだ。


「イザベラ、お前を寵妃に任命する」


 くいっと顎を持ち上げて、強制的に視線を絡ませる。

 見返してきた天色の瞳は、狼にさえ喰らい付こうとする強い意志を秘めていた。

 それは大変人間らしく強欲で、そして非常に美しかった。

 人間、とは得てしてみんな嘘つきだ。イザベラの言葉もすべてが彼女の本心とは思えない。

 隠されれば暴きたくなるのは、ヒトとしての性質(サガ)か、それとも狼の血による狩猟本能か。


「せいぜい楽しませてくれ」


 こうしてセルヴィスと彼女の契約が成立したのだった。


**


 ようやく空が白み出す。

 離宮の片隅で心許なく空を見上げていた彼女は、昨夜はちゃんと眠れただろうか?

 またそのうち様子を見に行ってみるのもいいかもしれない。どうせ狼の姿なら正体がバレることもないのだから。

 コントロールの利きはじめた身体に安堵しながら、セルヴィスはそんなことを考えていた。

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