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美味しくならない魔法をかける  作者: 比嘉パセリ
6/6

NO 洗脳

街外れの場所に出向き、私がいない2日間に一体何が起きていたのだろう。

飢餓により知り合いが…―――という不幸話は、もう耳に入り切らない程四方八方から聞かされていた。


だけど、“人間をペットにする“ような不審者の話なんて聞いたことがない。だから、これはきっと夢のはずなの。






そう、つまり






「食え、少女。(エサ)だ。」


「…食べたくない。」



目の前には、数時間前に家の階段で発見した、あまりにも偽物には見え難い造形物と似た類のものが食卓に並べられている。



白い球体の中には、少し色が褪せている更に小さな球体が含まれた青鈍色に近いスープや、趣味の悪い骸骨の深皿。更に真っ赤な飲み物と食に飢えた人間の食欲を容易く吸い取れる色合いのパン。


あの造形物とは比較しようが無いほどの現実《夕食》に、無意識に私は口元を両手で強く押さえつけていた。



「…どうした、それだけ豪勢な食は珍しいか。さァ遠慮せずに食え。味の問題は無い筈だ、なんせそれなりに経験を積んできた料理人に作らせているからな。」


隣りにいる仮面オジサンは、仕切りのせいで何も見えないけれどじゃりじゃり、がりがり、ブチブチ、そんな咀嚼音だけは聞こえてくる。



「…これ、何で作ったの?」


試しに近くにあった針のような細い物体を使い、つんつんとスープに埋もれた白の球体を刺してみた。すると、青々しかったスープは段々鮮やかな紫へと変化した。


背中の辺りに一瞬だけひんやりとした感覚が過ぎ去った。




              ――…大丈夫、これは、この状況だって全部夢。

絶対に夢。 夢だ。 他の何者でもない。 これは夢。 夢じゃなきゃいけない。



「食材のことか?それは聞かずとも分かることだろう、少女の先客達だ。」


三本の針が連なる銀の器具に、勢いよく白い球体が貫通した。ぷちゅ、と可愛らしい効果音を付けながらまた液体を吐き出した。


「…ねぇ、美味しい?」


「当然だ。」


「――…そう。美味しいんだ、これ。」


スープに染み込んでいった生ぬるい液体を眺めながら、先程の仮面オジサンとの会話を脳に再生する。


あの時私は、選択肢を間違えていたらこの“具材“の一員になっていたのか、なんてことを考えながら、球体を口の中に含んだ。





「少女、夕食は美味しいか。少女はペットという身分でありながら、私の厚意のお陰でこういった贅沢な食卓を並べられているのだ。感謝しろ。」


「…まぁ、それなりに。一応…餓死するのと比べたらいいから、其の面に関しては感謝してる。…それに、お母さん達に会う為だし。」


球体が口の中で逃げ回る。

私はそれを歯列で噛み潰した。



「そうか。…では閑話休題、本題に戻す。

先程から少々気になってはいたが、少女は名前はあるのか。」


「名前?…そりゃあるけど、…オジサンに呼ばれるのに値するほど無価値じゃないから。…此処で生活する上では別の名前にして。」


今度は趣味の悪い骸骨の深皿に埋もれた、ホットポットパイのようなものに手を出す。…うん、これは意外と食べやすいお味。



「少女、“此処で生活する上で…“といっても、少女が本来の家族に無事会えるのか否かの責任を取ることは出来ない。飽くまで“少女の家族の安否が確認できるまで“というのが、私と少女の間で合意を得た上で成立した約束だ。侮るな。」


「ちぇ…ケチ…、んで!私の名前、決めるんだったら早く決めてよ。」


何だか体全身が力んだように、熱を帯びている。

そして、私の視界は無意識に半月型に移り変わり、口内にはほろ苦くて鼻がつんとする味が広がっていた。



「そう焦る必要もないだろう。…そうだな、“モズ“なんてどうだ。まだ話したばかりではあるが、少女の落ち着きの無さといい…そう針で食材を容赦なく突き刺す姿は、実にその名が似合うだろう。」


「…は?み、…オジサン見えてたの?私からはそっちの様子、何にも見えないんだけど。どういう状況?え?」


足をふらつかせながら、一瞬にして煮え切った顔を隠すようにしながら仕切りに手を当て、奥にいると思われるオジサンの姿を確認しようと試みる。

が、私からはオジサンの姿が一切見えない。


ここは一体どうなっているんだ。



「どうした少女、その名が気に入ったか?」


姿は見えない代わりに、オジサンの声だけが私の耳をすり抜けた。


「い、いや、そういうわけでは。ただこの仕切りがどうなっているのかだけ知りたいんだけど、オジサン説明を…―――」



すると、オジサンは急にゲラゲラと笑い出しながらこう言うのだ。


「まぁ良いだろう。…少女、否――…モズ、この私の家族の一員(ペット)となった事を心から祝福し、この館内を案内してやろう。丁度客も訪れる頃だろうからな、良い経験になるだろう。」


オジサンの笑い声は、まるでいつも湖で遊んでいるアヒルの鳴き声みたいに聞こえる。それでもなぜだかその声に毒を帯びているように感じた。


「…あ、そうだ。オジサンあのさ、一つだけ質問していい?」


両手の平を目の前の赤く染まった骸骨に向けて一言つぶやく。



「?此処の館のことで、何か不満か。」


「ううん、…あのさ、オジサンがいうこの“館“って何?どういう場所なの?」


家で見た最後の映像から、次に視界スクリーンに映し出されたのはこの場所。

我が家のような少し古びた感じも無くて、常に手入れされていそうな程綺麗なのにも関わらず、未だにオジサン以外の誰かとは会っていないのだ。



「…愚問だな。だがまぁいい、答えてやろう。

此処は俗に言う“人形屋敷“、…と言ってもモズには理解が及ばぬか。人形とはいっても、そんな丹精込めて無の物質から造形美を終着点に作られた人形を置くような場ではない、この館は “極限まで生身に近づけた骸を飾る美術館“ だ。」


「…きょくげんまで、…生身にちかづけた…、なんだっけ?」


知らない言葉と難しい言葉が連なっているせいで、脳内がショートに陥りそう。それなのに、オジサンの声は愛しいものと話すときみたいに幸せに満ちた声だった。



「…モズにはなかなか難儀な言葉だったか。…いうなれば、誰にも知られずに静かに孤独に生と世界に終幕を下ろした者を舞台に挙げる場だ。確かモズの住んでいた街とやらは、飢餓の影響で艱難辛苦な場所だと聞いた。

 ――…そこで、私は考えた。そんな思いまでして惜しくも息絶えた者達の偉大さを、多くの人物に知らせてやろうと。それで生まれたのがこの美術館だ。」


オジサンは一息も聞こえない程早口で喋り続けた。



「…じゃあ、何れ約束が果たされたら、其のときは私も飾られる日が来るの?」


オジサンの言葉に木霊し、そして生物のサガの如く呼吸するように言葉を吐き出す。最初はあんなに身体が強張っていた筈なのに、今ではもう無意識に前に身を乗り出すほどに退化していた。


「当然だ、私の家族の一員(ペット)である以上、周囲の眼を一直線に集める様な耽美的で幻想的、そして甘美な造形品にしてやろう。」



私の頬骨が少し上がる。

何だか悪くない夢かもしれない、と思った。




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