ドラゴン
転移した直後、俺達のことを認識した蜥蜴の人型達は一瞬固まったが、すぐに各々が牙を剥いたり武器を持って構えたり、明らかに金属製の長い爪を手から生やしたりして臨戦態勢を取った。
しかし彼等のその当然の反応は、魔王の「『武装を解除しようか』」、「『武装解除したら片膝を着いて、両腕を頭より上に上げようか』」、「『俺が許可を出すまで生命維持以外の行動の一切を行わないように』」、この3つを発したと同時に蜥蜴の人型達はその通りに行動した。
この光景は物凄く見覚えが有る。
その為魔王を睨めば、「最近ようやく覚えられたよ。コレ本当に難しいね」などとほざきやがったため、魔王の顔面に拳を1発打ち込んだ。
当然のように何のダメージも無いかのようにそのまま顔面で受け止められたが。
魔王はいつものニヤニヤしたカオを崩さず、俺に殴られた頬を赤く染めることもなく淡々と「じゃあ行こうか」と言って、この場所奥の方へと歩き始めた。
ここで待っていても、そして俺にはどうすることも出来ないため着いて行けば、明らかに大きな洞穴の前へと辿り着いた。
「ここは?」
「さっきの彼等の長であり、崇め奉られてる奴の寝床」
その返答を終えると同時、今度は洞穴の奥へと歩き始めた。
当然着いて行く。
洞穴の中はいつぞやのダンジョンの在った洞穴とそう変わらない広さと長さだった。
しかしダンジョンの出入口であったあの場とは違い、ここは先が大きな大空洞になっているようで、反響しているような音が耳へと届いた。
そしてそこまで近付いてようやく気付いたが、まるで大きなイビキのような地響きのように思える低い規則正しい音と、奥から生臭く少し生暖かい風が吹いてきていた。
流石にこの奥に居るであろう存在が何かをなんとなく察し、前を歩く魔王の肩を掴む。
本当に大丈夫なのかという意味で。
立ち止まりこちらへと振り返った魔王は、何も発しなかったが肩を竦めていつものニヤニヤカオを浮かべてそのまま進んだ。
「またかよ……」
いつもの魔王の無茶振りだと悟り、覚悟を決める。
これまでの経験上、明らかにこれから俺にとってどうしようもない無理難題が降り掛かる。
ならその無理難題の結果死なないように頑張り、あわよくば乗り越えることを考えなければそもそも生き残れない。
その為、意識を戦う時の意識へと切り換え、魔王の後を追った。
奥へと進み、大空洞の中へと入って最初に視界に写ったのは山だった。
洞穴の奥に小さいが山が在った。
しかしよく見ればそれが動いていることに気付く。
上を見ればこの空間ほどの大きな穴が空いており、その事がこの場所が太陽光が燦々と降り注ぐ幻想的な場所だとわかる窪地のような場所で、目の前のコレがここから出入りしているのであろうことを容易に想像出来た。
そしてこの生臭く生暖かい風は目の前の動く山から吹いていることは明白で、つまり動いているのは呼吸をしているためだった。
山をよく見れば、まるで蝙蝠の翼膜のような物や、大きな鍾乳洞を思わせる牙や爪まで確認出来て、何より風の発生源から少し視線を後ろへずらせば立派な角のような物が在った。
ドラゴン。
この世界で最も強く、最も誇り高く、最も財宝に目が無い天災の名。
実在さえ疑われていたソレが、今、俺の前で暢気に寝息を立てて気持ち良さそうに眠っていた。
こんな生物最強種とも言える化け物の前だというのに、魔王は気にした様子もなくドラゴンへと近付き、そして寝息を立てているその鼻っ面に、恐らく創ったのであろう魔王の身の丈に合わない大きな大槌を叩き込んだ。
「今日来るって言っていただろ起きろ翁!!」
接触と同時に空間が震え、まるで大きな地震が起きたかのような衝撃がこの空間内を縦横無尽に駆け巡る。
そうして、それに返答するかのように、寝ていたドラゴンは目を覚ました。
「『イッダァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』」
その声は、その絶叫は、ただの『痛い』という言葉にも関わらず相当な力を持っており、間近で聞いた俺は聞いたと同時に全身が唐突に痛くなり、そのあまりの痛みに意識を手放すこととなった。




