サー君言うな
全身から湯気が立ち昇るほど体を暖め、魔王の転移でギルドまで移動する。
ギルドの前に着けば、入口で青色のローブで身を隠した見たことある女が居た。
水帝だ。
「時間ちょうどね。そしてそちらの男性が君の師匠なのかしら、サース・ハザード君?」
「……エンラジーの身内ってのはアンタだったのか水帝さん?」
「質問に質問で返すのは感心しないわね。
まぁ良いわ。いいえ、私はただ、彼の父親に頼まれてこの後怪我をするであろう子達の治療の為に呼ばれたのよ。
貴方も半年前のような怪我はしないようにね」
水帝は言いたいことだけ言うと踵を返し、「着いて来て」と一言述べてギルドの中へと歩いて行った。
魔王に視線を向ければ目が合い、互いに肩を竦めたあと彼女の跡を追った。
ギルドの中へ入り、通路を抜け、広間に着く。ここがこのギルドでの闘技場らしい。
中央にはアイツ等5人に赤いローブ姿が居て、周りにはギルド内で何度か見たことある冒険者達や見たことない冒険者達が沢山居た。
赤いローブは十中八九炎帝として、この周りの奴等は……。
「水帝、聞きたいんだが、この周りの奴等はなんで居るんだ?」
「……私も知らないわよ。私がここに着いたのは貴方達とそう変わらないもの。着いてから貴方達をここに連れて来るように頼んできたのはアイツ。だから文句が有るならアイツに言いなさい」
中の様子に俺と同様固まっていた水帝に聞けば、赤ローブを指差しながらそんな返答が返ってきた。
水帝の声色から、恐らくこういうことを日常的にやっているんだろうと想像出来、タメ息が漏れる。
「なんだ、アンタも帝内で苦労してるんだな」
「あら、その物言いだと貴方も誰かから苦労受けてるのかしら?」
「隣の男と幼馴染みにな」
言って隣の魔王をチラリと見れば、彼は愉快そうに笑ってるだけだった。その事により一層呆れて力が抜け反論する気力を失う。
「貴方も苦労してるのね」
「どっかの誰かさん達と違って魔力が無いんで余計にな」
「そう」それだけ言ってまだ俺達のことを認識していない赤ローブ目掛けて水帝は小さい魔法球を放った。
それは綺麗に飛んで行き、これまた綺麗に赤ローブの頭に着弾する。
カコンと、まるで金属と金属がぶつかったような有り得ない音を立てて赤ローブの頭が傾いたかと思えば、何事も無かったように振り返ってこちらに手招きしてきた。
「苦労してるんだな」
「お互いにね」
水帝が彼等の許へ歩き始めたため続いて歩き近付けば、突然赤ローブに両肩に手を置かれた。
「会いたかったぞサース・ハザード君!君のことはそこの水帝やウォイムから話を聞いていて気になっていたんだ!今日は君の戦いをじっくり見せてもらうつもりだ、頑張ってくれ!!」
置かれた手をバンバンと俺の肩を叩くように動かし、というか実際に叩いて、それほど近付いたことで見えたローブの下の破顔したカオを見て、何を言っても聞かないタイプの人だと察した俺はエンラジーを見た。
そしたら奴は、頭を抱えてボゾボソと「何故父さんはそう自由なんだ」とか「見るだけだったらこんなに人は要らないだろ」とか、鋭敏になってる今の感覚だからこそ拾える声量で呟いていた。
それで現状の全てを察し、何も言う気が無くなった俺は、今回の話を代表して喋ったストゥムに声を掛ける。
「で?審判は?」
「炎帝様だ。ここまでの大事になったのは、その、悪かった」
「全部察したからそこは良い」
「感謝する。それで……、そちらが?」
「ほら、ご指名だぞ師匠さん」
ストゥム含め、ウォイム以外の全員の視線が魔王に向いていて察していたため、普通に魔王に自己紹介をしろと促す。
が、いつまで経っても喋る様子はなかった。
気になり顔を見てみれば、ずっと愉快そうなカオを浮かべているだけだった。
「なんで喋らないんだ?」
「サー君は面白いことを言うな。君以外のここに居る全てが話す価値が無いからだよ」
聞けばいきなり物凄い喧嘩腰でとんでもないことを言い出した。
周囲を見てみれば、明らかに今の魔王の言葉が届いたであろう全員が敵意を剥き出しにして、中には各々の得物に手を掛けてる奴まで居た。
流石に不味い。主にこの場に居る俺以外の全員が。このまま手を出せば、まず間違いなく魔王は普通にそいつを殺す。今の言葉でわかったが、今ここに居る魔王は普段俺や魔界の人達と一緒に居る時の魔王じゃない。ちゃんとした魔王だ。
慌てて魔王の諸行を諫める。
「サー君言うな!それといきなり何口走ってんだお前は!流石に空気読め!!」
「事実だろう?あぁいや、中には見る価値が有る奴も居るみたいだけど、ほとんどの奴等が上昇志向の無いゴミばかりじゃないか。
サー君は知ってるだろ?俺が上昇志向も無く諦観して停滞に甘んじるゴミが大ッ嫌いだって」
魔王の言いたいことはわかった。つまり魔王はクソ野郎や今の人界の生存圏の拡張をしようとしない政治者達とは話す気は無いって言いたい訳だ。それを強い言葉で上から高圧的に言ってるだけだ。
しかしだからと言って、この場で言うのは流石に違うだろうが馬鹿野郎!
「だからサー君言うな!それに、だから空気を読め!今言うことではないだろ!!」
「いやぁ~、俺の言葉をゴミに伝えるなんて手間、サー君にやらせる訳には行かないだろう?だからハッキリと言ってやった方が良いと思ってね!」
「思ってねじゃねぇよ!今この状況が既に手間だってアンタならわかってんだろ!!あとサー君言うなって言ってんだろ!!」
「そんなカッカッしない。それに、考えてもみなよサー君」
「何をだよ?あとサー君言うな」
「君の学園での友人達は君と俺のことを知りたくてこんな赤子が大人に勝負を挑むような無謀を決行しようとしてるんだろう?ならこうやって話すことで俺達の仲の良さを教えてあげることは、彼等にとってもサー君にとっても良いことじゃないかい?」
「だからと言って他の冒険者達に喧嘩を売るなって言ってんだよ馬鹿野郎。あとサー君言うな」
俺が言い終わると、魔王は笑みを更に深め、パチンと指を鳴らした。
その直後、こちらに近付いて来ようとした周りに居た得物を抜いた何人かの冒険者がまるで見えない壁にぶつかったように何かぶつかって顔を押さえている姿を視界の端が捉えた。
「取り敢えず邪魔が入らないようにしたから、これで思う存分戦えるよサー君。頑張るほどじゃないだろうけど、まぁ頑張って」
「だからサー君言うn」
「それと!……そうだね、炎帝君って言ったかな?少なくともこの場で俺が話す価値が有ると判断した中で1番強い君と、あと後継を育てたいというなら君の息子の2人だけは直接話す場を設けてあげても良いよ。当然秘密厳守ならサースのことも話してあげても良い」
被せるように魔王が俺の事情まで話すとか急に宣い始めた。
今度こそ越えちゃいけない一線を越えたため、胸倉掴んで魔王の顔面に頭突きをする。したがまるで効いている様子は無く、更に深めた笑みを顔に貼り付けジッと炎帝のことを見ていた。
少なくとも今の魔王の目は俺ではなく炎帝のことを見ているらしい。
その事に少しの敗北感と嫉妬心のようなものを覚えて恥ずかしくなった。
恥ずかしくなり、胸倉を掴んだ拘束を維持してチ○コ目掛けて膝蹴りをした。
残念なことに、これも効いてる様子は無かった。
仕方がないため炎帝の方を見れば、あろうことかローブの頭を外し、深々と頭を下げていた。
帝は他の帝達や本人が認めた者以外にその正体を曝さない。そういうルールが有った筈だ。にも関わらず炎帝はローブの頭を外し頭を下げていた。流石に目を奪われる。
どうやらエンラジーや水帝を含めたそれぞれの国の王皇貴族達はもちろん、外で騒いでいる冒険者達も驚き固まっていた。
「直接お話させていただけることこの上ない名誉でございます。誠に感謝いたします。
つきましてはいつ頃であればお時間を頂けるでしょうか」
炎帝の所作は完全に王に拝謁した家臣や市民のそれだった。
このサクラ共和国の最高権力者の1人である帝の1人がだ。
場は余計に混乱した。
同僚である水帝はそんな彼を見たこと無かったのか、本気で彼の頭を心配していた。それこそ魔法を掛けるほどに。そのせいで今の炎帝の頭は青色の光でキラキラと輝いている。
他国の王皇貴族であるストゥム達も驚いていた。
当然だ。帝の正体は国家機密。なのにそれも憚らず正体を現し、しかも頭を深々と下げたんだ。当然と言えば当然だった。
何より驚いていて、そして俺を含めたこの場の誰でもない反応をしたのはエンラジーだった。
彼も最初は驚いていたが、炎帝の隣に来て彼同様深々と頭を下げて「よろしくお願いいたします」と言った。
実質的に炎帝とその身内の正体が漏洩した瞬間だった。
俺達にとっては大き過ぎる事態に、しかし彼等にこんな行動を起こさせた魔王本人は爽やかな笑顔を浮かべて頭を上げるように言っていた。
「君達に降り掛かる火の粉は俺の力で解決してあげよう。だから早く2人共頭を上げて顔を隠し直すと良い。
魔力と個人的な理由でそこのメスとサースはどうしようも無いけど、後の有象無象に関してはどうにかしてあげよう」
魔王がそう言うと、改めてエンラジー親子は「多大なる施し感謝してもしきれません。拙い言葉ではございますが、誠に感謝いたします」と声を揃えて言うと顔を上げ、炎帝の方はローブで顔を隠した。
それを見届けた魔王はパチンパチンと指を2回鳴らす。
途端、冒険者達を阻んでいた壁の圧のような気配は無くなり、冒険者達を含めてストゥム達は呆けたカオをして呆然としていた。
もう1度魔王が指を鳴らせば、その呆けた様子も無くなり、ストゥムが「炎帝様、ルールの説明と開始の合図をお願いします」と言う。
明らかな異常事態で、明らかな超常現象に、しかしなんだか慣れてきていた俺は肩を落とし、魔王を睨む。
「後で説明しろよ」
「んー、話しても良いけど、話さない方がサー君の為になりそうだから言わないでおくよ」
「お前、俺が俺の為だと言われたら何でも黙ると思ってるだろ?あとサー君言うな」
「アハハハ!」
笑って誤魔化した魔王はその場から離れる。
顔は見えないが、恐らく水帝も魔王や炎帝のことを睨んでいるのだろうが、しかしこれ以上は話が進まないこともわかっているのか黙って離れた。
彼等が離れたことで場が整う。
なんだか胸に凝りのような物を抱えつつ、これから始まる戦いに意識を切り替えた。




