「邪魔だな」
「おいハザード。おいサクリフィス」
教師の声が耳に届く。しかし彼に意識を割いてる余裕は俺には無かった。
目の前のクソ野郎をぶっ潰したい。それだけを考えて開始の合図からどう動くかを魔力を循環させて練りながらシミュレートするのに忙しかったからだ。
『集中しているねサース。どうだい、今の俺の見立てを言おうか?』
魔王の声も聞こえる。しかしそれも、それに意識を割く余裕は無かった。
『あ、ダメだこれ。完全に総帝君しか眼中に無い。少し妬けるね~』
魔王の声が、その軽口が邪魔だ。
俺は眼鏡とイヤリングを外して両方ポケットに仕舞う。
眼鏡は割れそうだが、魔王曰く彼の許へ行けば直せるらしいから失くさなければ壊れるぐらいどうでも良いだろう。
「サース久し振りだね、君とこうやって戦うの」
今のコイツのニュアンスは、恐らくガキの頃にその辺の木の棒でやった剣士の真似事での叩き合いをやるのとそう変わらないんだろう。その証拠に、まるで昔を懐かしむようなカオをしてやがる。
いい加減、コイツのこういう自然に俺の神経を逆撫でる発言や行動に対していちいち怒りを抱くのは精神がガキ過ぎるとわかってはいるが、しかし更に炎は燃え上がる。
「御託は良いんだよ。テメーのその整った顔、誰が見ても醜いって言うような顔にしてやる」
「ハハハ、サースはいっつもそうやって噛み付いて来るな…。そんなんじゃ僕以外の友達出来ないよ?」
「誰が友達だよ誰が。俺がいつテメーを友達だと言ったよ。寝言は寝て言え」
「そうは言いつつサースはいつもこうやって俺と話したり遊」
「先生、時間の無駄です。早く開始の合図をお願いします」
流石に、今のクソ野郎の発言を最後まで言い終わらせることは、俺の個人的な感情もそうだが、何よりここに居る全員に対して失礼だった。許せる訳が無かった。
恐らくコイツの事だ。こう言おうとしたんだろうな、「こうやって話したり遊んだりしてくれるよね」。
コッチが本気で殺す気でいるのに、そのぐらい本気なのに、そしてここに居る奴等も理由はどうあれ真剣に戦っただろうに、ソイツ等全員の戦いと同じこれからの戦いを、今コイツは本気で嘘偽りなく無垢な気持ちで『遊び』って言おうとしたんだろうな。
本当に、他人の尊厳を簡単に踏みにじるテメーを誰が友達だと思うかよ。誰が仲良くなろうと思うかよ。そんで、なんで誰もコイツが脳内お花畑のクソ野郎と気付かないんだよ。
あぁでも、そうなんだろうな。少なくとも今のお前は総帝だ。そうらしいじゃないか。ならそのレベル基準で言えば学園の学生レベルなんて遊びと変わらないんだろうな。
ホント、
「無垢無邪気も行き過ぎれば邪悪そのものだ」
「ん?サースなんか言った?」
返事代わりに中指を立てて、1度落ち着く為に敢えてクソ野郎に背を向けて数歩分の距離を取る。
その間に目を瞑って深呼吸をして、心の中で燃え滾る炎を無理矢理弱火にする。あぁ、やはり鎮火するなんて不可能だ。弱火にして抑え付ければ抑え付けるほど炎が強くなっていくのがわかる。
ただそれのおかげで魔力の循環は爆速的に速くなる。
でも、それだけだ。この怒りで生まれる良い面は魔力の循環が速くなるそれだけだ。
俺達のやり取りを見て、俺が言葉を遮って言ったことを聞いて、教師も静かに離れていた。
そして先程までは俺達に対して何かを言おうとしていたが、今は何も言わずに粛々と己の仕事をしてくれる。
「これより本日最後の能力テストを行う。両者準備は」
「僕はいつでも良いですよ~」
「ぶっ潰す」
「両者見合って!……スタート!!」
戦法は普段と変わらない。
スタートの合図が聞こえると同時、俺はクソ野郎の顔面目掛けて右の正拳突きを放つ。奴は剣を構えているが、それを左手で掴んでその刀身を握力で砕いて1発入れる。当然殴った衝撃で飛んでいかないように、近付いた時に前に出てる奴の足を踏んでその場に固定しぶん殴る。
刃を潰した剣とはいえ金属の塊を潰したことでタイムラグが発生した左手を右腕を引っ込めると同時に前に出し、奴の首を掴む。そして引き戻した拳を再びクソ野郎の顔面に叩き込み、掴む左手で奴を宙へと投げる。
奴がある程度の高さまで行き自由落下を始める頃に跳び上がり、落ちてこようとする奴の体目掛けて膝蹴りを叩き込む。
膝蹴りを入れたことで奴の体が更に宙へと浮くが、それを置き去りにして俺は更に上空へと跳び上がった勢いのまま奴を通り過ぎる、そして自分の体が自由落下を開始する頃に体を翻し、足元に水の属性弾を作ってそれを足場にし、上空から奴の体へ今度は肘を叩き込む。
勢いは俺の方が強く、俺の方が先に地面に落下するが、その前に再び属性弾を作ってそれを足場にして跳び上がり、奴へと左の拳を叩き込む。
当たり所が悪かったのか、それとも奴が何かしたのか、奴の体が横へと反れたため追い掛けるべく属性弾を足場にして方向転換し、すれ違い様に1回転したかかと落としをぶち込む。
今度は奴が先に地面に落下するため、それを追い掛ける形で新たに作った属性弾を足場に加速し、落下して地面へと辿り着いた奴の体に膝落としを咬ます。
そして直ぐ様馬乗りになり、顔面を何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴打する。
溜めに溜めて加速させていた身体強化のための魔力循環が悲鳴を上げ体に激痛が走る。
過剰に魔力の神経を酷使したための激痛に、思わず拳が止まり、反撃されては不味いと1度距離を取った。
必死に痛む体を少しでも癒すべく、行使中更に痛むのを覚悟で水属性の回復魔法を使って体を癒す。
ポーションは使えない。流石に使うのはルールでは禁止されていないが、例えコイツ相手でもこれはあくまで試合のためマナー違反だ。
あぁしかし、しかしそれでもテメーにとっては今の俺のこの身体強化となけなしの魔力を使った殴打は遊びなのか。
まるで「え?何かやりました?」みたいな雰囲気でヘラヘラした顔で、態度で、大したダメージも受けてないかのように立ち上がるんだな。
「痛いなぁサース。流石に最初の1発はマトモに喰らっちゃったから痛かったよ?」
本当に何でも無いようにそう言いながら立ち上がった奴は、体に付いた埃を払うかのようにパンパンと服を叩いて俺に向き直った。
「でも、僕には効かないよ。ほら、サースより俺の方が魔力は多いからね、こうやって魔力を循環させれば簡単に回復しちゃうんだ」
言ってる間に奴の顔は、恐らく奴の言葉通りなら最初に殴って出来た顔の傷が、何事も無かったかのように治る。
魔力のゴリ押しだって?嘘を吐くな。ハッキリと水属性の魔力を感じたぞ今。魔力神経が過敏になってるのと集中しまくってるおかげで普段よりわかる。テメーは公表してる火と風以外の属性を使ったな。シレッと、そんなつもりは一切無いんだろうが、俺を見下しつつ少し本気を出したな。
そうか。これだけやってようやくあくまで補助だけだがテメーから本気を引き出せるのか。
そうか。
「だからどうした。だったらテメーの傷が水属性による回復か光属性による回復か、ポーションによる回復か、そういった回復手段に頼らないと回復出来ないまで殴れば良いだけの話じゃねぇか」
「サースは脳筋だなぁ…。そんなんじゃCランクやBランクなんて上のランクに行けないよ?」
「余計なお世話だクソ野郎」
ある程度回復したため、再び殴るために近付く。
しかし今度は最初のようなスピードや勢いは無い。あくまで傷付いた魔力神経にこれ以上負担を掛けないようにするために、次に仕掛ける時の溜めのために抑える。
「あれ、さっきまでの速さはどうしたのサース?もうスタミナも体力も失くなっちゃった?」
これも純粋に俺を心配しての言葉なんだろうな。
あぁ本当に、本当にテメーは救いようがないほどに度し難いってヤツだ。
良いだろう。わかった。無理無茶をしてやる。
抑えて溜めるつもりだった、マシになった程度までしか回復しなかった魔力神経を加速させ、溜めては回復する1しかない魔力を身体強化の為の魔力として使い、スピードや力を最初に徐々に徐々に戻す。
魔力を回せば回すほど、強化すれば強化するほど体が悲鳴を上げる。
それを「黙れ」「要求に答えろ」「今やれなきゃ次もやれないだろ」と罵り黙殺してクソ野郎を殴る蹴る。
コイツはそれを、それはもう楽しそうに、そして涼しそうに手で受け止める。奴の手に当たる度に何か質量の有る物同士が物凄い勢いでぶつかったような鈍い音が鳴り響く。殴る手は痛くはない。だが魔力神経からの警告を知らせる痛みという安全装置はもはや壊れたのか痛みを感じなくなってきた。
それでも殴る。何故ならコイツを越えたいから。
それでも殴る。何故ならコイツをぶっ飛ばしたいから。
それでも殴る。何故ならそれが俺が俺に課した俺の人生に於ける最大の試練だからだ。
しかしそんな俺の願いは届かず、奴は何でもないかのように、しかし詰まらなそうに殴る俺の拳を握力で無理矢理止めて拘束し、こう言った。
「うーん、流石に受けるだけじゃ飽きてきたな……。
ねぇサース、だから今度は僕から殴るね?」
返事を待たず、返って来たのは顔面への拳だった。奇しくも試合開始と同時に俺がやったのと同じことをやり返されたわけだ。
「ほら、サースは僕と違って水属性が使えるんだし、身体強化と一緒に回復魔法を使って堪えなよ!」
音としてそんな声が聞こえた気がしたが、しかし俺の体は奴から繰り出される拳を受け止めるので精一杯で、そのあまりの破壊力に壊れたと思っていた痛覚が甦ったのか再び激しい痛みを発し始めた。
なんとかいなしたり防ごうと思うが、それよりも奴の拳の方が重くて速過ぎて全然捉えられない。
そして次第にそれは明確な差を生み、最終的には防ぐことすら出来ずに全身を思うように殴られ続けた。
ここまでやって敵わないのか。
ここまでやってまだ届かないのか。
これでも奴にとっては遊びなのか。
湧いて出る言葉が思考の海の渦の底へと落ちていく。そうして最後に残ったのは、やはり「それでも勝ちたい」だった。
気付けば俺はこの第一闘技場の天井に空いた空を見上げていた。
「おいハザード、大丈夫か?!」
誰かの声が聞こえる。たぶん教師だろう。近寄って来たのか空の一部が影で隠れる。
それを手だけ持ち上げて退かし、退かした後は体を反転させてうつ伏せになり、ゆっくりと起き上がる。
見なくてもわかる。ボロボロだ。それはもう見事にボロボロだ。恐らく自作の俺専用のポーションを飲もうと治らないであろうぐらいボロボロだ。
それでも。あぁそれでも。
「邪魔だな」
首からぶら下がるサポーターたるネックレスを、ぶち切って外そうとしたが力が足りず出来なかったため仕方なく普通に首から外す。
すると途端、身体中がまるで渇いた大地が水で満たされて行くかのように潤い、その潤いが全身へと行き渡り、身体強化をして魔力を循環させれば循環させるほどみるみる内にボロボロの体がマシ程度にだが回復していく。
必死に魔力を循環させ練りながら、恐らく離れて俺を見ているであろうクソ野郎に向き直る。
「悪いな。テメーをぶっ潰すためにしていた拘束具を着けたまんまやってたわ。今からが本番だ」
「ハハハ、流石サースだね。そうこなくっちゃ!」
果たして結果は……、───
次回、第一章最終回。




