第1層:一悶着
「作戦はどうした」
終わった直後、風帝の女がそう言った。
内心「また始まった」と思いつつ、無視して魔石と2本の角を拾って指輪へと仕舞い、エンラジーとガレリアの2人に事情を説明するため話し掛ける。
「エンラジー、ガレリアさん、2人はさっきの馬の角や体毛に纏わり付いてたものが何かわかるか?」
「いえ、わかりません。サース君は知ってるのですか?」
「私は一応知ってるかなー。だから立てた作戦無視してハザード君が仕留めてしまった理由も察してるよ。
守ってくれてありがとねー」
「守る……?」
「さっきのアレはね、触れたり近くに寄るだけで最悪人を殺せる自然現象の力なんだよ。一般的に私達が呼んでる火属性とか水属性とか、そういう自然を元にしたのと同じ。でもヘタに知識の無い人や対処法方のわからない人がアレに触れると簡単に殺せてしまえるし自分の命すら殺してしまうんだよ。
だから、これ以上の詳しいことは話さない。話してしまうと、知識を正しく使える人じゃないと、これ以上の知識は悲劇しか呼ばないだろうから」
「……なるほど。サース君が知ってるのはそういうことですか。
作戦の件はわかりました。サース君、助けてくださりありがとうございます」
「……まぁ、あぁ、どういたしまして」
ガレリアの説明というか、立ち回りというか、その知識の量について、今の彼女の説明でここ数日間気になっていた疑問がより俺の中で膨れ上がる。
しかしいちいち今触れるのは違うため、エンラジーからの礼は軽く頷いておいた。
エンラジーの後ろには帝の3人が居て、炎帝については瞑目してそれ以上聞いて来ようとする素振り処か気になるというカオすらしていなかった。
水帝は俺のことを何故かジッと見詰めて来ていて、口許に手を当てていてよくわからないが、微かに水帝の声らしきものが聴こえるため、もしかしたら何かをブツブツと呟いているのかもしれない。
問題は風帝で、連日の俺の態度に相当我慢の限界が来ているのか魔力が漏れていて俺のことを親の仇でも見るかのように睨んでいた。雰囲気的に、俺の選択を1個間違えば、それこそ今すぐ俺に襲い掛かって来て殺そうとしてるかの如く。
漏れ出る魔力やこの前のギルドで向かい合った時の感じからして風帝の実力というのはある程度把握した。だからこそ、自分の思い通りに事が運ばない事に苛立つクソガキに釘を刺すことにした。
……その前に、一応の確認を入れる。
「なぁそこの、俺と何度か面識の有る女。確認したいことがある」
「面識の有る女って、あー、はいはいそういうことね。
そうね、私のことはアナヒタとでも呼んでちょうだい。それで何かしら、確認したい事って?」
「アンタの回復魔法は、例えば決死の傷も、死ぬまでの猶予の間に治せれば蘇生出来るほどの効果を持ってるか?」
「急に何よそんなこと聞い……て……、き……、て……。
ちょっと、やめなさい。流石にそれは感化出来ないわ。
こんなことは言いたくないし、認めたくないけど、確かに貴方の方がここに居る誰よりも強いのでしょう。先程の戦闘で、貴方と戦ったことの有る者として、その確信を持ちました。
だけどこれから貴方が行おうとしていることは流石に感化出来ません。すると言うのなら、何が何でも止めさせていただきます」
「…………」
肩を竦めて「だからなんだ」みたいな態度を取る。
水帝は俺が何をしようとしたのか察したらしい。
そりゃまぁ、隣に居るガキの様子を思えば、俺という人間を危険だと報告したらしい張本人が、こんなわかりきった質問をしたならそりゃ気付くか。
炎帝も、まぁ、今のやり取りで気付いたらしい。然り気無く風帝との間に入って、徐々に彼女を後ろに下がらせようと自分も後ろへと下がっていた。
エンラジーも気付いたらしく、静かに炎帝の傍へと寄っていた。彼からすればこの場で最も信頼出来て実力を知る相手は父親である炎帝だろうから当然の行動と言えた。
ガレリアは特に気にした様子も無く、この状況を見守るらしい。というか、俺を含めダンジョン内で揉めようとしている馬鹿達に変わって周囲を警戒してくれているみたいだ。
後でしっかり感謝の言葉と何か贈らねば。
そして、この剣呑な空気を作る原因となった正真正銘の馬鹿は、炎帝の態度や水帝の言葉に遂に我慢の限界が訪れたらしい。先程まで以上に、むしろあからさまに魔力を漏らして威嚇してきていた。
「これでも?」
「……帰ったらそこの男と連名で『その資質に疑い有り』と査問に掛けるわ。それでどうにかならないかしら?」
「後の話じゃなくて、今の話なんだが?」
「………………」
途端、風帝の顔面を水球が覆った。
唐突なことで驚いたのか、はたまたちょうど呼吸しようと空気を吸っていたところなのか、風帝の目は大きく見開かれ、そして水中から水上の空気を求めて泳ぐ溺れている人のように藻掻き、魔法で空気を確保しようと魔力を使用したようだがどうにもならなかったらしく、そうして遂には意識を失った。
風帝の意識が無くなり倒れたと同時に彼女の顔面を覆っていた水球は無くなり、水球を形成していた魔力は霧散した。
「これで満足かしら?」
「アンタ、容赦無いのな」
「私から言えることは無いわ。有るとしたら、彼女は敵を作り過ぎていた。これだけよ」
「……いつかにも言ったが、苦労しているんだな」
「貴方ほどじゃないかもしれないけどね」




