「なんだ?」
「不正だ!絶対身体強化を使っただろ!そうでなければその記録は絶対におかしい!!」
中でも1番吠えたのは俺と同じタイムの猫の獣人の女だ。
言ってることはただ事実を認められないって内容だが、まぁ気持ちがわからないでもない。
人族より獣人族の方が身体的に優れている。これはこの世界の事実だ。その筈なのに、人族の俺が自分と同じタイムを叩き出したって言われればまぁ、認められない認めたくないってのはよぉーくわかる。
なら、だ。あくまで1回走っただけでそう言われるのなら、もう1度走れば良い。今度は本当に身体強化を使って。
「先生、あの女が今のタイムを不正だって言うんで、今度は本当に身体強化して走ろうと思います。そのタイムを測ってもらっても良いですか?」
俺に女の我が儘に付き合う筋合いは無いが、今後も絡まれるのはめんどうだ。何より、どうやら教師自身も半信半疑みたいだから空論より事実、もう1度実践してみせれば良い。
教師は戸惑いながらもOKを出してくれた。
なら、お望み通り身体強化をして走れば良い。
教師に言われる前にスタート地点に立ち、今度は昨日魔王と最初に模擬戦をした時みたいに体に魔力を循環させる。
「位置について、……」
スタートの合図が始まると同時に地に着く足に力を溜めて、それに合わせるように魔力の循環を加速させ、ついでになけなしの魔力で脚の皮膚の内側に魔力を集めるイメージで魔力を纏う。
「スタート!」
合図が終わると同時、俺は再び溜めた力を解放した。
足が地面に着く度に体に衝撃が走るが、部分的に強化した脚のおかげで痛みは一切無い。
そのまま駆け抜け、10度目の衝撃を感じた時点で小走りに切り替えスピードを殺す。
「ご、5秒……!記録は5秒だ!!」
教師がそう叫ぶと同時にスタート地点に居るクラスメイト共がまた五月蝿くなったのが聞こえた。
でも俺は自分が走ったその軌跡を見て反省していた。
『んー、100点満点中40点かな今回の結果は。ちゃんと周りの環境のことも考えないとダメだぜサース』
『るっせぇーな…、そんぐらいわかってるっての』
魔王の指摘通り、俺の走った跡は足が地面に着いた回数と同じだけの俺の足の形をした跡が残っていた。
しっかりと力を制御して余分な力を別の所に回すか流せていれば、そもそもこんな跡は残らなかった筈で、しかもたった500メートルを5秒では魔王曰くまだまだらしいため、そういう意味でも反省するべきことが有る結果だった。
ただ、流石に地面の跡と記録を聞いて女は黙った。顔を真っ赤にして、それはもう悔しそうにプルプルと震えて握り拳を作って、世間一般的には整っていると言える顔を歪めていた。
一瞥して俺がどうこう言うのは違うと判断し、俺は走り終わった者達が待機する場所へと移動する。
するとマハラの皇子レオポルドが話し掛けてきた。
「お前、人族にしては珍しく体を鍛えているのだな。魔力は1と先程聞いたが事実か?」
内容はどうやら今の結果と魔力測定の結果についてらしい。
馬鹿正直に全部話してやる必要もないため適当に答える。
「鍛えてるのも事実だし、今の総魔力が1なのも事実だ」
「……なるほど。貴様は、あー、お前の名はなんと言ったか?」
「サース。サース・ハザードだよレオポルド皇子殿」
「やめい。確かに俺の出自は我等が至高の帝国の象徴たる皇族ではあるが、今ここに居る俺はお前と同じサクラ共和国のプラム学園中等部に通う生徒の1人だ。そう畏まる必要は無い」
「そうか。それは俺も気が楽だな。
それで?こんなハジメマシテをするためだけに話し掛けてきた訳じゃないんだろう?」
「うむ。あー、そのだな、すまぬな」
「はい?何の話だ?」
「先程お前に噛み付いた娘が居るだろう。アレは私の妹でな。あの様子では自身が粗相したのにも関わらず詫びることもせんと思ってな、代わりにこうして兄として謝りたいと思ったのだ」
なるほど、あの女はレオポルドの妹だったのか。ならさっきの態度は不味かったか?
……いや、良いか。こうして本人ではないとはいえ皇族からの謝罪もされたし、俺もいちいち気にしてないしな。
「アンタの顔を立てるために謝罪を受け取るよレオポルド皇子。謝るなら当人からの謝罪が欲しいが、そもそも俺は全く気にしてないからこの話はこれで終わりってことで良いよ」
「助かる」
そこで会話は途切れたが、何故かレオポルドは俺から離れなかった。それに加えて、何かまだ俺に言いたそうにしていた。
「なんだ?」
「むしろお前から聞くように促したみたいで悪いな。あー、そのだな、うむ。なぁサースよ、この後には確か模擬戦が有ったよな?もしお前が良ければ俺とやらないか?」
なるほど模擬戦をやりたいってことか。
『良いんじゃいかサース。いつも俺とばっかりやるより、たまには俺とは別のベクトルに強い奴と戦り合ってみたらまた何か掴めるかもしれないよ』
『アンタが直球で強いなんて言うのは珍しいな。アンタ的にこの皇子殿は出来るのか?』
『今のサースにはちょうど良いだろうね』
なるほど。でもそもそもの話断る理由も無いしな。
「良いぜ。アンタの取り巻きや教師がOKを出せばやろう」
「おぉ!お前ならそう言ってくれると信じていたぞ!では俺の用事は終わりだ。また後で死合おうぞ」
それだけ言うとレオポルドは取り巻き達の居る場所へと戻っていった。
獣人族の、それも皇子と模擬戦とはいえ戦り合うか…。なるほど…。
どんな戦り方がわからんが、そうだな。まずは───
そこから後は、レオポルドとの模擬戦でどう立ち回るかを考えるのに勤しんだ。
授業?勿論教師の指示には従ったさ。でも思考まで縛られる謂れは無いんでね。




