1.翠(みどり)の瞳の吸血鬼
十月も半ばを過ぎたある日の夜。
最後の客を見送り、店の扉の外側に掛けてある看板をOPENINGからCLOSINGと書かれた文字に引っくり返して掛け直す。
そしてノピスは店内で後片付けをしている母に声を掛けた。
「ごめん母さん、時間無いから後任せちゃっていい?」
「あら、今日は休みじゃなかった?」
「今日の人が事故に遭って入院しちゃって代わりに出てくれ、ってバイト先の店長さんから急に連絡あって、」
「大丈夫?無理してそんなに仕事入れなくても、」
「大丈夫だよ。僕は種族としては落ちこぼれだけど人間みたいに非力じゃないし」
慌ただしく次の支度の用意をしながら気丈に振る舞うノピスに、母のスーリエはそういうことじゃないんだけどね……、と溜め息を洩らす。
「こっちとしては助かるけど、万が一人間達に正体がバレればそれだけ身を危険に晒すことになるからね。油断は禁物よ」
「平気だよ。だって僕は自他共に認める“この世で最も吸血鬼らしくない吸血鬼”、でしょ?」
バレやしない、と自嘲気味に言い放った自身の言葉が悲しいかな、そのまま自身の胸にドスン、と突き刺さったような気がした。
自分の息子に忠告したスーリエも何とも言えず、どこか複雑そうな表情になる。
そう、ノピス達は所謂“吸血鬼”の一族なのである。
ノピス達の先代が住む場所を追われ、何とかこの地にたどり着き、人間社会に混じってこそこそと隠れながら暮らしていたのが始まりだとか。
そしてノピスが一族からおちこぼれ扱いで吸血鬼らしくないと言われるのは優しすぎる性格だったり頼りなく見える容姿もそうだが、なによりその瞳の色にある。
彼の瞳は翡翠色だったのだ。
一般的に吸血鬼の瞳の色は血のような赤である。それも魔力の強い個体ほど深く濃い赤になる傾向がある。
ノピスの場合、その変わった瞳の色に比例してか魔力も非常に弱かった。
特徴的な牙や尖った耳もあまり目立たず、羽根は小さすぎて飛べやしない。
少ない魔力で羽根を隠したり、必要最低限の「食事」をするのに自身の魅了に引っかかりやすい人間をなるべく狙って行うのが精一杯だ。
血の味が不味い、とか贅沢は言ってられない。生き延びる為には手段は選べないのだ。
一族からは疎まれ、蔑まれ、忌み嫌われている。