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王妃にならないために

「やぁ、フェリーチェ。元気にしてた?」


 早朝の公爵家応接室で、身支度を整えたばかりの私をレイナス殿下が笑顔で出迎える。


「……昨日と変わりありませんよ」


「そう、ならよかった」


 満足そうにレイナス殿下は微笑むと、ソファに腰かけ、優雅に朝の紅茶を堪能し始めた。



 公爵家に戻ってから、一週間。

 毎日レイナス殿下が訪ねてきては、何をするでもなく、のんびりと居座っていく。


「……こんなところで油を売っていてもよろしいのですか」


「フェリーチェと過ごす時間は何よりも大事だから」


「……レイナス殿下は王太子になられたのでしょう」


「今朝、兄さんとリリアは辺境の修道院に送られた。――兄さんは療養のため。リリアは聖女として。これで正真正銘、僕が王太子だね」


 療養というのは表向きの理由。


 私を切り捨てたことで公爵家の後ろ盾を失い、その上、リリア様という無知な女性を選んだことで、身分の高い貴族女性たちからの反感を買ったアレクサンダー様は、廃嫡の末に、追放処分を受けることになった。

 私は国王陛下から約束通り、莫大な賠償金を貰うことになったが、どうやら国王はアレクサンダー様とリリア様から回収するつもりらしい。

 リリア様は、半ば強引に本物の聖女として承認され、最も魔物が多く、土地が荒れている辺境で聖女として死ぬまで働かされるそうだ。


 アレクサンダー様も『療養期間中』に、聖職者になるための修行を受け、知識と技術が身につき次第、過酷な任務を言い渡されるらしい。


 あの二人にそんな重要な仕事が担えるのかは疑問が残るが、辺境伯は、どんな無能でも使いこなすことで有名な軍人だったらしいとかなんとか。


 ……どちらにしても、私にはもう関係のないことね。


 どちらかというと、私が気にしなくちゃいけないのは、アレクサンダー様が廃嫡になったことで王太子になったレイナス殿下のことだ。

 こう毎日毎日顔を見に来られては、本当に次の婚約者を探すこともできないし、ひとりで生きていくための準備をすることもできない。


「引き継いだばかりでお忙しい中、わたくしのことを気にかけてくださり、ありがとうございます。ですがご無理はなさらないでください」


「君が僕のこと心配してくれるなんて嬉しいな。昔は人の上に立つ者として、寝る間も惜しんで勉強しろって怒られてたのに」


 レイナス殿下の金色の瞳は柔らかく弧を描き、自由を手にした私の姿をくっきりと映しこむ。

 殿下相手には王妃教育で学んだ、柔らかい交渉術は、まるで役に立たない。

 けれど私が仮面を脱ぎ捨て、ため息でも漏らそうものなら、レイナス殿下は一層嬉しそうに笑うのだ。


 せっかくあの世界一華やかな牢獄から解放されたというのに、これではいつまで経っても気が休まらない。


「王宮って本当に息が詰まるんだ」


 その気持ちは、痛いほどわかる。

 だが、わかるからこそ、同意を示すわけにはいかなかった。


「君に何度助けられたかわからないよ」


 笑顔以外の反応は一切禁止。

 頷いても否定しても揚げ足を取られるに決まっている。


「母上も君がいたから、糞面倒な王宮の中でも頑張れたっていつも仰ってる」


 殿下が飽きるまでの我慢。

 ひたすら笑顔を浮かべて、時が過ぎるのを待つ。


 そして待った結果、一週間。殿下は私に会いにやってきた。

 さすがの私もこれ以上は付き合えない。


「……殿下。用事がないようでしたら、失礼させていただいても? わたくしも、これからの身の振り方を考えなければなりませんので」


「うん。そう思ってさ」


 待っていましたとばかりに、殿下は懐から一通の便箋を取り出した。

 そしてその封筒には、王族しか使うことのできない、特別な封蝋が施されていた。


「こちらは……」


「母上からの手紙」


「王妃殿下からの」


 嫌な予感しかしない。


「では、後ほど確認させて――」


「今、見て」


「ですが」


「返事を貰ってくるように言われてるんだ」


「…………」


 王妃様の命令を私が無視できるはずもなく。

 渋々、手紙の封を切った。


「なんて書いてある?」


 殿下。

 その弾む声色は、明らかに内容を知っているからこそ出る音としか思えないんですが?


 こらえきれずため息を一つこぼす。


 殿下はにしゃりと、口角を上げた。

 幼少期を思わせる悪戯めいた笑みを見る限り、この手紙はやはり本物なのだ。


「返事は?」


「……逆にお尋ねしますけれど、『はい』以外の選択肢があるとお思いで?」


「まさか」


 そのまさかがどちらの意味かなど、聞かずともわかる。


 手紙は、王妃様の侍女になる推薦状であった。

 職務内容は身の回りのお世話から、服装の相談やパーティーの準備など政治的なサポートまで、多岐にわたる。

 あのままリリア様が本当に王妃になっていたら、私が行うはずだった仕事そのものだ。


「侍女やるのは嫌じゃないみたいだし? だったら、私が欲しいわ~って母上が。ほら、前から母上、侍女を探していたし」


 数年前までは母が王妃様の侍女をしていたが、体調不良でやめてしまった。

 その後何人か代わりを入れたようだが、王妃様のお眼鏡に適わず、すぐに辞めさせられてしまうのだ。


「母上の侍女になったら、次の結婚相手も見つかりやすいし……まぁ、そんなもの見つからなくていいと思ってるけど」


 最後にボソリと付け足された言葉は聞こえないふりをしておく。


「母も僕もしきたりを変えていきたいと思っている。君にも協力してほしい」


 レイナス殿下は、私の手を取り、懇願した。

 どうせ私に選択肢などないはずなのに、金瞳はまっすぐ私を射貫き、できうる限りの誠意を態度で示してくれた。


「自分が結婚するまでに、なんとしても変えたいんだよね。……大切な人との初夜を他の男たちにも見せるなんて絶対に嫌だもん」


 それでも私に向けられる好意には、けっして気が付くわけにはいかない。


「それで、返事は?」


 殿下は目を細め、私を絡め取るようなねっとりとした声色で尋ねてくる。

 背筋に甘い痺れが走る。

 私は呼吸を整え、背筋をピンと伸ばしてから、おもむろに口を開いた。


「――喜んでお仕えさせていただきます」


 侍女万歳!

 婚約者に指名されるよりは、いくらかマシ……なはずよね?

 喉元までせり上がってきた不安を飲み込んで、私は磨き上げた最高の笑顔と所作で応えたのだった。


完結いたしました。

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。


今後も異世界恋愛作品を中心に、執筆していく予定です。

もし本作を気に入っていただけたり、他の作品も読みたいと思って下さった場合は、

フォローや下部の☆☆☆☆☆で応援していただけると、執筆のモチベーションになります。


何卒よろしくお願いいたします。

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