王妃になるために②◇リリア視点
突如として現れた女に戸惑う私を置いて、その場にいた十人の女たちが頭を下げ、美女に敬意を示した。
思わず真似して頭を下げそうになったが、すぐに、私より身分の高い女性は現王妃以外いないのだからと思い至り、慌てて背筋を伸ばす。
すらりと長い手足に、折れてしまいそうな華奢な腰。
だというのに、零れ落ちそうなほど胸のふくらみは豊か――殿下の好みをそのまま形にしたような姿だった。
でも、私はこの美人のことを、知らない。
敵になりそうな年頃の女は一通りチェックしていたはずなのに。
一体、誰?
やはりどれほど思い返しても、記憶の中に同じ顔はいない。
しかしよくよく観察するうちに、ある女の面影があることに気が付いた。
「まさか……フェリーチェ・クレメンス!」
「はい、リリア様。フェリーチェでございます」
フェリーチェは、余裕たっぷりのお上品な返事をした。
私の苦労など微塵も想像できなさそうな、美しい微笑み。
今まで必死に飲み込んできた怒りが一気に噴出する。
「遅かったじゃない、たるんでるんじゃないの! それとも今になって私に仕えるのが嫌になったのかしら!」
私は思いついたままの罵詈雑言をフェリーチェに浴びせた。
「申し訳ありません。誠心誠意お仕えさせていただきます」
しかし、何を言ってもこの女はにこにこ笑っているだけ。
そして、申し訳程度の謝罪をして、おしまい。
「言い訳はいいから、さっさと働いて!」
「承知しました」
「くしゅん。とにかくまずは服を……って、え!?」
服を着ようと振り返ると、私の下着は何故かまた一番奥の女性の手の上にあった。
そしてさきほどと同じようにたっぷりと時間を掛けて、順番に女たちの手を渡っていく。
「ちょっと、なんでまた最初からなの。風邪をひいちゃうでしょ。早く服を着せてよ」
「いいえ、なりません。王族にお仕えするのは大変名誉なこと。それも尊いお体に直接触れるとあっては、万が一があっては一大事。その場にいる最も地位の高い女性が、世話役を務めるのが、王宮の決まりです」
「儀式の途中で、より身分の高い女性が現れた場合は、儀式も仕切り直しでございます」
「は!? 何それ!?」
長ったらしいしきたりを散々我慢したというのに、それがフェリーチェが到着したせいで水の泡になるなんて、我慢ならない。
「だったら、今すぐ出てって! あんたみたいな役立たずいらな――!」
私はフェリーチェを追い出そうと手を振り上げた。
「嘘? リリア様ってそんなことも知らなかったの?」
「ほら、だって、準男爵家じゃ登城することもほとんどないですし」
「えー、この先大丈夫なの?」
けれど女たちのざわめきは私の悲鳴をかき消すほど大きく、私はフェリーチェを突き返すことができなかった。
「何よッ! 黙りなさいよ!」
私が命じると、女たちはたしかに黙る。
しかし素肌を突き刺す視線は、冬の寒さよりもずっと鋭く険しい。
「リリア様、恐れながら王妃様たるもの、お召し替えはもちろんのこと、お食事も、お散歩も、お花を摘みにまいりますのも、すべてしきたりに沿って行います。いちいちこのようなことで騒がれていては、王族のお勤めを果たせませんわ」
「ご入浴も、ご就寝もでございます」
「殿下とお過ごしになる時間も」
「常にお傍に控えて、リリア様の手足としてお仕えさせていただきますわ」
「さ。中断されてしまいましたから、もう一度始めから行いましょう」
そう言って、じりじりと女たちが迫ってきた。
「何それッ! 私、そんなの聞いてないんだけどッ!!」
私は、たまらなくなって後ずさる。
「まさか、私に嫌がらせするために嘘をついているんじゃないでしょうね!」
「いいえ、リリア様。フェリーチェ様もまったく同じように過ごしてまいりました」
信じられないという気持ちで、フェリーチェを振り返った。
フェリーチェはいつもと同じように、誰よりも美しい微笑みを浮かべながら、頷くばかり。
その姿からは、私への憎悪も、過去の苦労も、まるで読み取ることができない。
この女……化け物だわ。