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王妃になるために①◇リリア視点

 今日から私は王太子の婚約者で、未来の王妃!

 ついでに、聖女にもなるんだっけ?

 なんて良い気分なのかしら!


 婚約破棄を言い渡されたときでさえ、あのカラス女は人形のように無表情でつまらなかったけれど。

 でも、もうあんな小物のことはどうでもいいわ。

 昨日までの私とは違うのよ。


 天にも昇るような最高の気分に浸りながら、私は見たこともないような最高級のふわふわのベッドに身を沈めた。


 ◇ ◇ ◇


「リリア様、おはようございます」


「……へ? 何!?」


 まだ日も昇らない真っ暗な中、見知らぬ女の声がして、私は慌てて飛び起きた。

 訳も分からず辺りを見渡すと、十人ほどの着飾った女がベッドのまわりを取り囲んでおり、私を覗き込んでいる。


「ひぃ!? なんなの!? なんで勝手に部屋に入っているのよ、出てってよ!!」


「リリア様、おはようございます」


 女は私の質問には答えず、同じ言葉を繰り返す。


「リリア様、おはようございます」

「リリア様、おはようございます」

「リリア様、おはようございます」


 機械仕掛けの人形のように、女は同じ調子で何度も何度も挨拶を続けた。


「――お、おはよう!!」


 あんまりしつこいので、渋々挨拶を返してみると、女はちょっと不満そうにしながらも、ようやく引き下がってくれた。

 なんで返事をしたのに、不満そうな顔をされなきゃいけないのよ。

 こんな朝っぱらに叩き起こされた上に、こんな嫌がらせをされて、腹が立つのは私の方なのに!


「それで、私の質問に答えなさいよ。なんで勝手に部屋に入ってきてるの?」


「お声かけしてさしあげてください。身分の低い者は、自分から声をかけることができませんので」


「だから」


「しきたりです。立派な王妃様になるためには、しきたりを学んでいただかなければなりません。学ぶことは山のようにございます。まずは私の言う通りになさってくださいませ」


「はぁ!? 何それ!?」


 文句を言ってみたが、まったく相手にしてもらえない。

 後で殿下に言いつけてやろうと心に決めて、ここは折れてあげることにした。


「おはよう」


「リリア様、おはようございます」


「おはよう」


「リリア様、おはようございます」


「……結構です。それでは――」


 面倒だけれど十人全員分、しっかり挨拶を返すとようやく次の話に進んだ。

 まさか、こんな面倒なことを毎朝繰り返すなんてことないわよね?


「では次はお召し物の御仕度を。こちらの台へどうぞ」


 警戒しながらも、促されるまま台に乗る。

 すると女はゆっくり丁寧に――というか、もったいぶるように、のそのそと私の服を脱がせていった。


「ねぇ、ちょっと急いでくれない? 寒いんだけど」


 冬の早朝の寒さが、素肌に突き刺さる。

 ゆっくりと下着を剝がれていくせいで、空気の冷たさを余計に痛感する羽目になる。


「ねぇってば!」


「しきたりですので、じっとなさっていてください!」


「は!?」


 着替えを担当している女はぴしゃりと言い放つと、それ以降は何を聞いても返事すらしてくれなくなった。

 そして生意気な一人の女以外の九人は、私が脱がされていくのをただ棒立ちで見ているだけだ。


「ねぇ。あのすごい胸って腰回りの肉を寄せてたのね」


「腰回り。ぷぷ、コルセットがないとちょっと、ねぇ?」


「それにお肌もなんだか……ねぇ?」



 ――見ているだけ。どころか、ひそひそと私の身体を無遠慮に批評する声が聞こえてきた。


「フェリーチェ様の方がずっと」


「ちょっと!! 今、あのカラス女と比べたのは誰!?」


 我慢ならず私が怒鳴りつけると、蜘蛛の子を散らすようにサッと静まり返った。

 しかし、一向に犯人が名乗り出る気配も、犯人を捜して諫めようという気配もない。


「ねぇ。聞いてたでしょ!? アンタ私の侍女なんだったら、なんとかしてよ」


「わたくしは貴方様を立派な王妃に育て上げるための教育係でございます。わたくしの仕事は貴方様の教育であって、あの者たちを束ねることではありませんので」


「はぁ!?」


 陰険な女たちは、くすくすと不快な笑い声をあげた。


 むかつく。

 なんで未来の王妃であり聖女の私が、こんな扱いを受けなきゃいけないのよ!!

 過去の王妃だって、聖女の称号が与えられた人はいなかったんだから、歴代で一番地位が高い女なのよ?

 ここにいる全員、あとで絶対殿下に断罪してもらうんだから!!!!


 どうにか怒りを飲み込み、窓の外でチラつき始めた雪の粒を数えること百七粒。

 ようやく全部服を脱ぎ終えた。

 寒さのあまり全身鳥肌が立ち、指先は思うように動かなくなってきた。


「ねぇ、早く服を着せてよ」


 というと、一番私から遠くにいる一人の女性が下着を恭しく手に取った。

 なんでわざわざ一番遠い奴が……と思ったのは束の間。

 一番奥にいた女性は、下着を私のもとへ持ってくるのかと思いきや、私ではなく隣の女性に、それはそれは丁寧に手渡した。


 手渡す前に、頭上高くに掲げ、右足を引いて左足裏の後ろで折り曲げ、深々と頭を下げてから、折り曲げた時よりもゆっくりと直立の姿勢に戻り――ああ、まどろっこしい!


 受け取る側も受け取る側で、同じような所作をそれはもう丁寧に行って――しかも、間違えたら、わざわざ最初からやり直している。


 そんな七面倒くさいやり取りをきっちり十人全員繰り返してようやく私の元へ下着が一枚届けられた。

 あとストッキングとコルセットとドレスと飾りと。

 おそらくすべて同じ行動を繰り返すのだろう。

 考えただけで、気が狂いそうだ。


「リリア様、御手をどうぞ」


「ふん!」


 けれど今は怒るよりも、一刻も早くこの寒さと視線から解放されたい。

 そう思い、私が女から下着を受け取ろうとしたそのとき。


「遅れてしまい、申し訳ありません」


 薔薇のように華やかな美女が現れ、優雅に挨拶をした。

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