初めての仕事
翌朝、私は意気揚々と王宮へやってきた。
昨日まで私が使っていた部屋――王妃教育のための部屋へ向かう。
今日からはリリア様の侍女として働くために。
侍女と一言にいっても、与えられる仕事は様々。
しかもサンドラ王国では、本来高貴な女性に仕えることは名誉なこと。
そのため、多くの女性たちにその名誉を与えるために、あえて細かく仕事が用意されている。
今まで人にお仕えしたことはないけれど、どんな立場の侍女がどのような仕事をこなしてきたかは、完璧に把握している。
当然、私が担うだろう仕事がどんなものかも、把握済み。何の憂いもない。
「フェリーチェ?」
「レイナス殿下。ごきげんよう」
途中の廊下で、第二王子であるレイナス殿下と遭遇したので、慌てて挨拶をした。
「相変わらず、君の挨拶は本当に美しいね」
そう言って私の手を取り、甲に唇を寄せる殿下の所作も、実に手慣れた優雅なものだ。
「それに今日は挨拶だけじゃなくて。……本当に綺麗だよ、フェリーチェ。こんなに綺麗な女性を僕は他に知らないよ」
「ふふ。ありがとうございます」
レイナス殿下の熱のこもった視線と賛辞は、正直、くすぐったくてたまらない。
殿下のことは生まれた時から知っている。いわゆる幼馴染。
輝く金髪に端正な顔立ち。
アレクサンダー王太子とよく似た容姿だが、中身はまるで違う。
レイナス殿下は、好奇心旺盛で利発。
幼少期は共に教育を受ける機会も多く、時にぶつかり、時に認め合う、良きライバルのような関係だ。
なので、褒められること自体は慣れている。
それでも真正面から容姿を褒められるのは初めてのことだった。
「本当はもっと言葉を尽くして称えたいところなんだけど、今の君の前ではどんな言葉でも霞んでしまうよ」
いつも生真面目に結い上げていた黒い髪には、ビロードのリボンを。
カラスと馬鹿にされていた地味な装いの代わりに、鮮やかな紅のドレスを。
生まれて初めて着飾ってみた感想は――最高だ。
「……もう王妃にならなくていいから自由なんだね」
けれど次の瞬間、殿下の声色は明らかに寂しそうだった。
握りしめた彼の拳は、かすかに震えている。
「フェリーチェはずっと頑張って支えてきてくれたのに、なんで兄上はあんな馬鹿ではしたない女を……ああ、兄上自身が馬鹿だからか」
「殿下、そのようなこと仰っては」
「フェリーチェもフェリーチェだよ! いきなり婚約破棄されて、城を追い出されて、なんでそんな理不尽をすんなり受け入れちゃうのさ! 僕に相談してくれたらよかったのに!」
殿下は私の肩に掴みかかり、声を荒らげる。
肩を出すドレスを着るのは初めてだった。
肩に触れられるのは初めてだった。
殿下の手のひらから伝わる熱が、彼の真剣さを物語っている。
「ごめん。乱暴をするつもりはなかったんだ。痛くなかった?」
私の肌に触れたことに気が付くなり、殿下はすぐさま手を放し、謝罪の言葉を連ねた。
「殿下。お心遣いありがとうございます。痛みもありません」
「そう、よかった」
ほっと安堵して見せてくれる殿下の微笑みは、幼い頃と全然変わらない。
王妃となるために常に張り詰めていた私の神経を、和らげてくれるもの。
いつも私までつられて微笑んでしまう。
しかしふっと口元を綻ばせた瞬間、私は目的を思い出し、慌てて殿下に頭を下げた。
「ですが、申し訳ありません。わたくし急いでおりまして」
「ああ、そういえば追い出されたのになんでこんな朝から王宮に? しかも急いでるって」
「……今日から、リリア様にお仕えするんです」
「はぁ!?」
王子にあるまじき悲鳴が、王宮の長く広い廊下に響き渡る。
「リリア様は王宮のことも、王妃教育のことも何もご存じないので、今まで幼少期よりずっと教育を受けてきたわたくしがサポートをするように命じられまして」
「いや、あの馬鹿女が何も知らないなんてわかりきったことだし、フェリーチェには何の責任も関係もないのになんでそんなことを。ああ嫌がらせってこと? だとしたらあの女、いい性格してるよね。まぁいい性格の馬鹿でもなかったら、婚約者のいる王太子に近づいたりしないだろうけ……」
レイナス殿下は一息で不満をまくしたてている途中で、突如口を閉ざした。
「何も知らない? ってことはもしかして。――ああ、なるほど。そういうことか」
疑問をすべて口に出すことで、整理できたのだろう。
レイナス殿下は、悪戯めいた笑みを浮かべて言った。
「きっと君なら完璧にお仕えできるだろうね」




