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抑止の鍵  作者: 間宮一希
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抑止の鍵 前半

 異世界に、核が運び込まれた。


「イーサン、君に新しい依頼だ。さっさと帰って来い」


 風きり音と、エンジンを動かす電子音の隙間。右耳に付けられているイヤホンから、聞き馴染みのある低い男性の声が届いた。

 空は、シミひとつない綺麗な青。心地良い太陽の熱を感じ、風を浴びて走るには絶好の日。

 そんな日にも関わらず、走り出してから一時間程で仕事の連絡が来るなんて、酷い話だ。


「今日は休みだ、クーパー。帰って貰え」

「俺もそう言ったのだが、相手は訳ありだ。いまこっちに向かっているから、急いでくれ」

「……あぁ、分かった」


 クーパーの話を聞き、イーサンは大きな溜め息を一つ吐いてから、了承する。

 一つ目のヘッドライトに、車体の左右に付けられた、存在感を示す巨大なエアスクープ。もう、長いこと乗り続けている大切な、黒塗りの愛車。そんな大きく、力強い暴れ馬を、軽々と乗りこなす。

 このバイクで唯一気に食わない部分であるエンジンを、青白い稲妻が走る程回し、走って来た道を高速で引き返し始めた。

 崩壊し、瓦礫となった土や石、粘土で出来ている過去の建築物。遠い昔に朽ち果てた、独特な形の建物で形成された集落。緑の減った、乾燥地帯。

 そんな場所には似合わない近未来のバイクが、変わったエンジン音と共に、瓦礫や粉々になった人骨の上にタイヤの跡を付けていく。


「それで、依頼人が訳ありって言ったな。どんな奴だったんだ」

「そうだな、色々と大変そうな、若い女だ」

「若い女、表の客か?」

「いいや、裏なのは確実だ。彼女は、色々と世界の事情を知っている。イーサン、君の過去の事もだ」

 訳ありの理由が判明し、イーサンの脳みそが様々な可能性を考え始めた。

「その女は、どっちの産まれなんだ?」

「悪いが、そこまでは聞けていない。ほとんど、会ってからのお楽しみって所だ。帰って来て、本人から聞いてくれ」

「そうか。なら、楽しみにしているさ」


 その言葉と共に、アクセルを大きく捻る。剥き出しのエンジン部分や、タイヤから激しく稲妻が現れ、車体が加速を始めた。

 崩れた集落を抜け、砂と土の混ざった道を走り抜ける。砂漠に飲み込まれかけている地帯を抜けて、人の住める自然のある地帯に向かう。途中だった。


「あれは、緊急用の信煙弾か」


 空を見上げて、バイクを止めた。

 純白の雲が浮かぶ北の青空に、一本の赤色の線が、自身の存在を主張していた。その赤色の線は、倒してしまったインクのように、青空のキャンバスの上をぐいぐい進んでいく。

 緊急時に使われる、赤色の信煙弾。それが空に向けて、撃ち上げられていた。


「イーサン、彼女は北から来ると言っていた。あの信煙弾は、もしかしたら依頼主かもしれない!」

「分かった、すぐに向かう」


 ある程度は通れるように整備されていた道から、石や砂で動きづらい、整備されていない方へと、バイクを走らせる。

 信煙弾の元への最短距離を走り始めた。空に見える信煙弾は、そう遠くは無い。バイクで走れば、数分で着ける距離だった。

 空で風に靡く信煙弾の下まで来て、バイクを一度止めた。左右を見渡し、信煙弾を撃った人物を探す。


「タイヤの跡……」


 その道には、三種類の跡が残されていた。砂の上に残された車のタイヤの跡と、数頭の馬の足跡、タイヤよりも細い車輪の跡だ。

  そして、跡の先。その道の先を見た時、二発目の信煙弾が、空に向けて撃ち上げられた。


「あれか!」


 その信煙弾の下に、並走する馬車と車を確認した。

 バイクを再び走り出させ、圧倒的な加速力で車達との距離がみるみる詰められていく。

 その途中で、腰に着けているポーチから、黒色の拳銃を取り出した。大口径の拳銃、オートマチック・ピストルのデザートイーグル。その愛銃を握りしめ、更に加速していく。

 バイクに取り付けられているスイッチを切り替えると、鳴っていたエンジンの電子音が遥かに小さい音に切り替わった。

 馬車と車が鮮明に見えて来る。

 白色の車体に金の装飾がされた、高級感漂う馬車。二頭の白馬によって前に進んでいるが、その馬の手綱を引く人間は、もう居なく、座席に血が着いているだけだった。

 その左を走るのは、緑色を基調とした、屋根の着いていない、四人乗りの軍用車両だ。車には、運転手の他に自動小銃を持った男、歴史の教科書に載っているような古臭い長銃を持った男が乗っていた。

 車に乗っているのが、銃を持った男達だと確認したのと同時。運転していた男が、静かに近付いて来ていたイーサンに気付いたのと同時。

 イーサンの指が、引き金を引いていた。


「なんだテ……ッ!」


 撃鉄が下がり、爆発が生まれた。鼓膜を切り裂くような甲高い銃声が鳴り響き、銃口から炎と煙が現れる。その中心を、金色の殺意が飛んでいた。相手を殺す為だけに作られた道具が、その役目を果たす。

 撃ち出された銃弾は、車を運転していた男のこめかみを吹き飛ばした。皮膚を切り裂き、肉を食い破り、頭蓋骨を砕く。その勢いを殺さないまま、脳みそに到達し、柔らかい肉達をすり潰しながら進んでいく。

 その一撃で男の命は、消えていた。車内には、抉れた頭部から吹き出した真っ赤な血と、こぼれ落ちて行く、ドロドロとした脳。衝撃で破裂した目玉、ちぎれ落ちた耳の破片などが散乱している。


「ぁ……ッ!?」


 馬車の方を見ていて、気が付いていなかった男二人が、突然の銃声と運転手の暖かい血を浴びて困惑する。

 その引きつっている二つの顔に向けて、銃弾が撃ち込まれた。

 油と血でギトギトになった車内に、白色の砕けた歯が転がる。口だった場所から血が溢れ出て、血の匂いが充満していく。

 男の一人が撃たれた衝撃で車から落下し、白色の砂を自身の血で赤黒く汚していく。

 車は、運転手を無くし、死体二つを乗せたまま道を外れていった。

 道の上には、イーサンのバイクと白馬に引かれている馬車だけになった。


「よっと」


 白馬に繋がっている手綱をバイクに乗りながら器用に取り、暴走している馬をなだめる。白馬の走るスピードが緩やかに下がり、馬車が停止した。


「よし、良い子だ」


 銃声を聞いても驚き暴れなかった二頭の馬を褒めながら、バイクから降りる。

 馬車に窓は着いているが、黒色のカーテンが掛かっていて、中を見ることは出来なかった。

 ひとまず馬車の扉をノックしてみるが、中からは物音ひとつしなかった。


「失礼」


 一言添えて、金色の装飾がされたドアノブを捻る。馬車の扉が軋む音を立てながら、ゆっくりと開かれた。

 カーテンで日光が遮られていた車内に、開いた扉から光が指す。その光に照らされる刃の存在をイーサンは見逃さなかった。


「君が、依頼主で間違いないな?」


 首を狙って飛び出してきた、シンプルながらも神秘的な模様の描かれた短刀。それを難なく止めて、中に居る人物に話しかける。

 純白のマントを羽織、フードで顔を隠している少女。


「い、らい……?もしかして、貴方が」


 状況を飲み込めていなかった少女が、少しずつ理解していく。

 顔をゆっくりと上げ、目の前に立つ男性の顔を見た。


「俺が、イーサン。イーサン・イングラムだ」


 茶色の短くした髪に、蒼色の瞳。形の整った、渋い顔立ち。筋肉の着いた引き締まった身体を、暗い緑色の迷彩服に包み、腰や胸に黒色のポーチを大量に装備していた。

 腰には、先の戦闘で使われた拳銃と、ナイフが装備されている。その見た目は、現代の軍人と似ていた。

 目の前にいる男、イーサンが敵では無いと気付き、少女も落ち着きを取り戻した。短刀をマントで隠れている後ろ側の腰にしまう。そして、ゆっくりと被っていたフードを下げた。


「私は、エマ。ただのエマで良いです」


 長く伸ばした、黄金の髪が風に揺れる。宝石のように輝く叡智的な翠色の瞳には、イーサンの姿が映り込んでいた。

 見るものを虜にする、美貌の持ち主。そう表現出来る、可愛さと美しさを兼ね備えた少女。

 若いのに、彼女の雰囲気には、他者を圧倒する何かを感じた。

 幼さと大人びた雰囲気の、両方を兼ね備えた顔立ち。

 イーサンとの身長差はかなりあり、百六十センチ程だった。

 羽織っている純白の高級そうな質感のマントの下には、蒼と白を基調としたドレスの様な服装をしている。その服には、どこかで見た覚えのある、金色の刺繍で紋章が描かれていた。


「私が、依頼しました」



「それでは、話を始めましょうか。エマ様」


 明るい白色の照明に照らされている小さな部屋で、三名が机に向かって座っていた。

 木製の机の上に置かれたティーカップを取り、一口飲んでからクーパーが口を開いた。

 イーサンとよく似た迷彩服に身を包んだ、短い灰色の髪の男性。目の横にあるシワや、口の周りや顎に生やした髭から、渋いイメージを持つ。そのイメージに会う、低く渋い声で会話が始まった。


「様は付けないで良いですよ、クーパーさん」


 エマが苦笑いをしながら、クーパーに話す。だが、クーパーの方も苦笑いをしていた。


「そうは言われましても、相手が一国のお姫様となると……。もう一度確認しますが、あの大国、セーラムのお姫様。エマ・ウィリアムズで良いのですね?」


 クーパーの問に、エマが無言で頷く。

 この世界の中心とも言える超大国、セーラム。

 イーサン達が表向きで暮らしている、小さな街でもセーラムの情報はよく回ってきていた。

 エマが着ているドレスに描かれている紋章、それを見たのも、そんな情報達の中からだった。否、それだけでは無い。イーサンはもっと昔から、この紋章を知っていた。


「セーラム。六年前に、アメリカと開通した国か」


 イーサンが、懐かしむようにその名を口にした。


「はい、異世界との門を開いた国。この世界の均衡を崩してしまったのが、私の祖国です」

 六年前。まだ力を持っていなかったセーラムが手にした、銀色の鍵。


 その鍵で、門が開かれた。

 門には、二つ入口がある。そのひとつがセーラム。もうひとつが、異世界であるアメリカに生まれた。

 アメリカとセーラムには、圧倒的な差があった。軍事力、人口、資産。なにより、時代の差だ。

 セーラムには、否、この世界には、まだ車が無かった。バイクが無かった。電話が無かった。電気が無かった。ガスが無かった。兵器が無かった。

 アメリカに開いた門から、軍隊が入り、政治が入る。

 そして、偉い人達が決めたのだろう。この門の存在が公になれば、お互いの世界は混乱に陥る。その為、お互いに門の存在を隠そうと。そして、セーラムとアメリカは成長していった。

 力の無かったセーラムは、アメリカからある物を買った。それが、銃だった。銃を買い、時代の古い他の国と戦争を起こす。当然、戦争には勝った。そして、更に国を大きくし、銃を買う。これの繰り返しで、今の大国、セーラムが誕生した。


「それで、セーラムのお姫様が一体何の用なんだ。門の存在を知っている、俺を消そうと?」

「いいえ、違います。貴方がアメリカの出身で、軍から逃げ出した事などは知っています。そして、セーラムから流出した銃でテロを起こそうとしている人達を、止めているのも」


 セーラムだけが所持しているはずのアメリカの銃は、この世界に広がり出していた。

 国なのか、軍なのかは分からないが、どこかが横流ししているのは確実だった。その結果、今日のように銃を持ったチンピラが後を絶たない。否、チンピラで終われば良いのだが、この銃を使い、テロを起こそうとしている者達も居る。

 それらの脅威を排除するのが、イーサン達の裏の仕事だった。


「電話でも伝えたように、貴方に依頼があります。城内で聴いたんです。父と軍の方が、この世界に銃よりも強力な兵器を持ち込もうとしていると」

「銃よりも強力な兵器……」


 エマの言葉を聞き、イーサンとクーパーの眉間にシワが寄る。


「その兵器が入ってくる事を、どうか止めて欲しいんです」


 エマがイーサンの目を真っ直ぐ見て、頼む。蒼と翠の視線が混ざり、沈黙が訪れた。


「いや、ダメだ。国が絡むとなると、俺達の存在が、この世界の表に出る可能性がある。俺達の身が危うくなるだけじゃない、門の存在が世界に知れ渡れば、両方の世界がどうなるか分からないぞ」

「それでも、お願いします。私にはもう、頼れる人が貴方達しかいないんです。この世界に、これ以上平和を壊す物を入れて欲しくない……」


 イーサンが断るが、エマも引こうとはしなかった。そして、その二人を見ていた、クーパーが深く考えたあと、ようやく口を開いた。


「エマ、その兵器の名前は聞いたか?」

「はい、聞きました。確か、」


 イーサンとクーパー、その二人が考えている最悪の物と、エマの言葉は、不幸にも同じものだった。


「核兵器と」



「イーサン、よく依頼を引き受けたな」


 部屋の外には、夜の帳が降りている。

 エマは、まだ十七歳の少女だと言っていた。昼間の出来事に疲れたのか、今は別の部屋で、既に眠りについている。

 机の上にあるのは、酒と葉巻だ。酔っ払うほどの量がある訳では無い。一本の瓶を、二人で少しずつ飲んでいた。


「しょうがないだろ、核兵器は別だ。この世界まで、核に怯える世界にはなって欲しくない」

「そうだな。それで、これからどうする?」


 クーパーが自身の髭を撫でながら、イーサンに問う。


「取り敢えずは、情報が必要だ。夜が明けたら、セーラムに向かう」

「彼女の身柄はどうする?入る時にGPSなどの類が無い事は確認した。このまま、ここに置いておくか?」

  「ああ、俺達と接触してしまったんだ。城に戻すのはまずい。しばらくの間、海の旅を楽しんで貰おう」


  葉巻を口に加え、靴底が金属にぶつかる硬い足音を立てながら、扉に近づく。

  扉の外からは、波の音が聞こえていた。昔は嫌いだったが、今ではすっかり慣れた潮の香りが鼻に入ってくる。

  潮の匂いのする金属の重い扉を開けると、六年間過ごした今でも、たまに違和感を持つ星空の下に出た。

  心地よい潮風が、身体の上を滑って部屋の中へと入っていく。

  視点を星空から下に向けると、甲板に埋め込まれている緑色の照明に、下から照らされている、武装した、深い緑色のヘリコプター。尾翼に蛾が描かれた、灰色の戦闘機。その機体達を、いつでも出られるように整備している、オレンジ色の目立つジャケットを着た整備員が居た。

  アメリカから抜け、この世界の脅威を排除している、国を持たない軍隊。オーマ。

  イーサン達の、海の上に浮かぶ母なる拠点。四百メートルを超える、鉄の大地。空母、モビィ・ディック。その上に、立っていた。


  「箱庭のお姫様には、ちょうどいいさ」





  「荷物は積み終わった。いつでも出られるぞ」


  東の水平線が太陽を産もうとしている。日の出の直前、薄明の時間。空に光が伸びて、灰色だった雲が、白く姿を変えていく。暗闇だった海が、徐々に光を浴び始める。

  静かな夜明けの中、空母の甲板上で一機のヘリコプターが翼を回していた。

  ヘリコプターの深い緑の装甲に、白色の塗料で描かれた一匹の蛾のマーク。

  そのマークを、そっと撫でるように触れている少女が居た。


  「イーサン、気をつけてね」


  風に揺れる黄金の長い髪を抑え、エマがイーサンに笑みを向ける。

  純白のマントが風に揺れ、太陽がその姿を照らし出す。その美しい姿は、とても幻想的だった。


「ああ、分かってる。釣りでもして、待っていてくれ」

「嫌よ。私、魚は嫌いなの」


 一晩休んで、疲れが取れたのだろうか。エマは、昨日までの余裕が無さそうだった雰囲気から変わり、今日は明るく、軽口まで叩く。

 昨日までのものは立場上のもので、本来の性格はこっちなのかもしれない。

 舌を出し、他に娯楽は無いのか聞くエマを見て、年相応の反応をする事に少し安心した。


「クーパー、艦の事は頼む」

「了解した。向こうで何かあったら言ってくれ、全力でサポートする」

「ありがたい」


 頼もしい言葉に笑を零しながら、ヘリコプターに足をかける。

 武装された軍用のヘリコプター。中には、簡素だが椅子が数席あり、そのうちの一つに座ろうとしていた。だが、


「家出した姫とのパスを追っていたら、まさか海賊に出くわすとはな」


 ヘリコプターのエンジン音や波の音、人の話し声。様々なノイズの中、その声だけが鮮明に耳に入ってくる。

 低く響くが、明るい口調。

 その声の異質な雰囲気を感じ、ヘリコプターの中に置いてあった長身の銃、アサルトライフルを握る。

 そして、ヘリコプターから飛び出し、声の方に向けた。


「誰だ」


 少し離れた甲板上には、一人の男が立っていた。その男に向けて、小さく問う。

 ヘリコプターの近くに居たオーマのスタッフ達も男に銃を向け、ピリピリとした空気が周囲を取り囲む。

 クーパーがハンドガンを向けながら、エマに自身の後ろに隠れるようジェスチャーを送る。


「そう、身構えるなよ。まずは会話だ、だろ?」


 男が両手を広げながら、肩を竦める。

 真っ黒のレインコートのようなマントを羽織、フードを深く被っている男。そのフードの下には、マスクが付けられていた。口元を隠す、巨大なガスマスク。

 更に特徴的だったのは、その男の片腕だ。広げられた腕に光が反射する。右腕の肘から先。そこには、生身の腕では無く、金色に輝く義手が付けられていた。金属光沢を放つ、硬い右腕。黒で固められた服装の中で、金色に輝く腕が自身の存在感を強調していた。

「俺はアーカム。世界の鍵の片割れを持つ者。世間からは、そう。テロリストと呼ばれる類だ」

 自身の胸に手を当てお辞儀する男、アーカム。


「それで、そのテロリストが何故ここに居る」

「王様に姫が逃げ出したと言われてな。追いかけてみれば、海賊船の上と来た。ただの家出なら連れ帰るだけだったが、ペラペラと喋られたのなら、口封じをしないといけない、だろ?」


 アーカムは、クーパーの後ろに隠れているエマを覗き込むように見ていた。


「お前達に……良い物を見せてやろう」


 指を一本立て、何かを思いついた様子のアーカム。そして、自身の金色の義手にそっと触れた。すると、腕の内側の装甲が金属音を立てながら展開されて行く。装甲が横にスライドし、義手の内側が顕になっていく。

 開かれた義手の中心、そこには銀色に輝く鍵があった。


「こいつが、この世界とアメリカを繋げ、世界を壊した元凶だ。綺麗だろ?」


 アーカムの左手に握られた、銀の鍵。五インチ程もある、奇妙な雰囲気を纏った鍵。

 その鍵を天に向けて、捻った。それは、鍵を開ける動作だ。鍵穴に鍵を入れ、回す。その動作を天に向けて行う。


「この世界が繋がっているのは、アメリカだけじゃない」


 鍵が、開かれた。

 門が、開かれた。

 今、アーカムが容易く行った行為は、世界を簡単に狂わせる事のできる行為だった。

 それは、科学では無い。魔術や魔法に近いものだ。

 アメリカには無い、この世界の産物。

「この世界を護っているんだろ?国を持たない軍隊。異世界からの傭兵、オーマ。その力、見せてくれ」

 その言葉と同時、アーカムの姿が甲板上から消滅する。どこかに隠れた訳でも、高速で移動した訳でも無い。その場から、消滅したのだ。だが、イーサン達はその事に構っている暇は無かった。消滅したアーカムよりも、出現した何かに意識を向けていた。


「……ッ!」


 空母の左右の海から、数本の触手が現れた。黒と紫を混ぜた様な色の、禍々しい雰囲気を持った触手。触手には、上から下まで無数の吸盤が並んでいて、タコの触手によく似ていた。

 これが、ただ色のおかしいタコだったらまだ良かったのだが、問題なのはその大きさだった。海面から甲板までの高さもそれなりにある。それにも関わらず、触手の先端を見るには、大きく上を向かないといけなかった。長さにして、五十メートルは軽くある。触手は、先の方に進むにつれて細くはなっているが、一番細い先端部分ですら、余裕で人間を圧死させる事が出来そうだった。

 触手が海面から飛び出した時の海水が、土砂降りの雨のように甲板と人々を濡らしていく。その水滴と共に、甲板に向けて、触手達が倒れ込んで来ていた。


「エレベーターを下げろ!急げッ!!」


 空を覆うように落ちてくる、巨大な触手。それを見て、イーサンが即座に命令した。

 スタッフがエレベーターを操作し、アラーム音と共にヘリコプター周辺の床が下降していく。降りながら手に持っているアサルトライフルを触手に撃ち込むが、効果は期待出来なさそうだった。


「助け……ぁッ!」


 エレベーターに向けて走っていたスタッフ数名が、触手に押し潰されていく。人間が、水が飛び散る音と共に簡単に潰れ、甲板上に血溜まりが生まれていく。

 骨が潰れ、筋肉が潰れ、内蔵が潰れる。脳みそが潰れ、眼球が潰れ、命が潰れた。

 下半身だけを潰され、痛みで思考が回らなくなり、自身の拳銃で自害する者。触手に潰され、即死した者。海に飛び込み、助かった者。数分前まで日の出と波の音だった世界が、死体と銃声の世界に変わっていた。

 甲板に置かれていた戦闘機やヘリコプターが潰され、巨大な爆発が起こる。


「あれは何だ!この世界の化け物は、ほとんど軍が殺したんじゃなかったのか!?」

「おい、外で何が起こってる!?今の揺れは何だ!」


 照明で照らされている艦内のスタッフ達は、混乱に陥っていた。

 この世界には、奇妙な生き物達が居た。アメリカには、向こうの世界には居ない化け物達が。だがそれらは、研究用のを除いて、この数年でアメリカ軍によりほとんど一掃されていた。

 スタッフ達が普段戦うのは、人間だ。銃を持った人間であって、巨大なタコでは無い。訓練された元軍人でも、相手が怪物となればパニックになるのは当然だった。

 その慌ただしい中、イーサンとクーパーは冷静に思考を巡らせていた。


「二万マイル上に居ても、触手に襲われるなんてな。今はまだ浮いているが、いつまで持つかは分からないぞ。イーサン、何か手はあるのか」

「ノーチラスじゃなくてもこの船は白鯨だ。鯨は、イカなら食う。タコも食えるだろ。それに銃は効かなくても、ミサイルなら効果は望めるはずだ。頼みますよ、隊長」


 軽口を混ぜながら、クーパーの肩を叩く。

 クーパーは、イーサンの『隊長』という発言に少し驚いた後、ため息混じりの笑いを零していた。


  「こんな時だけそんな事を言って……。上にはタコが居る。下の滑走路は、しばらく使っていないから出られるか分からないぞ」

「開かなかったら、吹き飛ばしてもいい。風通しも良くなって良いだろ」

「また、余計な金がかかるな」

「出来るか分からないが、クーパーが出るまでは上で奴の気を引いておく。なるべく早くしてくれよ」

「了解した。お前らも、いつまでも騒いでいるな!持ち場に付けッ!」


 クーパーの大声で、スタッフ達も落ち着きを取り戻していく。クーパーと共に、それぞれの持ち場へと走り出した。


  「聞いての通りだ。俺は上に戻って、タコを叩く。エマは何処かに避難しておいてくれ……って」


  クーパーとの会話が終わり、次の行動に移る。その前に、エマを安全な場所へと移動させないといけない。そう思っていた。

  だか、


  「あの男がここに現れたのは、私が原因。私も上に行って戦うわ」


  純白のマントの下。腰に装備している短刀を触りながら、エマが答える。

  ダメだ、と言う言葉は、その力強い瞳に呑み込まれていった。

  とても戦えるようには見えない、彼女の華奢な身体。だが、忘れてはいけないのは、彼女もこっちの世界の住人という事だ。それも、一国の姫となると、自分の身は自分で守れと幼い頃から学んでいただろう。


  「分かった。でも、無理はするなよ」


  「む。私、結構強いんだけど?」


 エマが少し不機嫌そうな顔でイーサンを見上げる。


「なら、頼りにするさ」


 その言葉と同時。イーサンとエマが乗っていたエレベーターが、大きな機械音と共に、再び甲板へと戻り始めた。

 鳴り響くアラーム音。上昇していく床。イーサンはアサルトライフルを、エマは短刀を構える。

 イーサンは一度目を閉じ、深い呼吸して、再び開いた。

 甲板に上がってくる二人の姿を、太陽光が照らし始める。エマの長い金色の髪が風に揺れ、黒い銃と、銀色の短刀が光で輝いていた。

 海から空へと伸びている、気味の悪い触手達。赤黒い血がベッタリと着いた甲板。潮と血の臭いのする空間に戻って来た。


「行くぞ、エマ」

「ええ、行きましょう」


 赤色の回転灯が、艦内を照らす。

 赤と黒の縞模様で描かれた危険表示。床が機械音と共に移動し、機体がレールの上に乗せられる。

 鉄製のフェンスが左右に開けられ、機体が前へと進んで行った。

 コックピットに取り付けられている液晶ディスプレイや大量のスイッチ。それらを慣れた手つきで操作し、発艦の準備を進めていく。

 ピカピカに磨きあげられた銅色のキャノピーが、前からゆっくりと閉められる。

 コックピットから上を向いても、青空は見えなかった。周りの景色は、地下駐車場に似ている。いくつもの柱が並んでいる、閉鎖された空間。

 この空母に造られた、もうひとつの発艦位置。艦の内部に存在する、三十メートル程のカタパルト。

「どうだ、扉は開くか?」

 酸素マスク越しで、少し籠ったクーパーの無線。その声に反応して、一人のスタッフが手で大きな丸を作る。

 クーパーの視線の先。赤色に照らされているカタパルトの先では、重い鉄の扉を、集まった大量のスタッフ達が人力で開けていた。薄暗く閉鎖的だった空間に、青色の空と海が顔を出す。


「良くやった。これで無駄金を使わなくて済む」


 ディスプレイが搭載されているヘルメットのバイザーを指でゆっくりと下げる。それと同時にディスプレイが起動し、視界の中に機体の武装状況など、様々な情報が浮かび上がってきた。

 更に、どの向きを見ても、外の状況が見られた。下や後方、機体で本来見られないはずの場所達。そこが、機体が透ける様な形で、ヘルメットに表示されている。


「発艦可能です。お気を付けて」


 スタッフからの無線が耳に届く。

 パイロット、機体、ヘルメット、カタパルトなど。全てが正常だと判断された。

 扉の近くにいたスタッフ達も退避し、道が開かれる。それらを確認し、手元の操縦桿とスロットルレバーをしっかりと握った。

 少しずつ動かされるスロットルレバーに従い、エンジンの出力が徐々に上がっていく。背後から聞こえてくるエンジン音が、爆音へと変わる。低く響く音の中に、高音が混ざり始める。

 機体の振動が、心地良く感じられた。


「クーパー、出る」


 床に敷かれているレールが稼働し、青白い稲妻が大気を走る。それと同時、尾翼に蛾が描かれた灰色の戦闘機、F35がカタパルトによって射出された。

 大きな衝撃が肉体の中を走る。機体と共に急激に前に押し出され、左右の柱達が高速で後ろに進んで行った。

 その一瞬で、機体の速度は三百キロメートルを超えていた。自身の体重の数倍の力がクーパーを襲うが、慣れと今までの訓練。更に、着用している特別な耐Gスーツにより、その力をかき消している。

 暗く狭いカタパルトから、広く青い海の上に飛び出した。



「ふッ!」


 甲板上を一人の少女が高速で移動している。地面を勢い良く蹴り飛ばし、触手との間合いを一瞬で埋める。そして、常人には理解の出来ない速さで、華奢な身体から短剣が振られていた。

 不細工な肉の塊に銀色の刃が深く突き刺さる。生まれた傷口から、世界を汚そうと赤黒い血が大量に溢れるが、少女はそれを踊るように避け、次の斬撃に移っていた。

 甲板に倒れている触手の側面が、剣技によって傷だらけになっていく。だが、触手も黙って斬られている訳では無かった。切り刻んでくる少女を潰そうと、触手が甲板上を横にスライドしていた。その巨大な触手は、もはや壁だった。甲板の端から端まである巨大な肉の壁。もしもぶつかったら、内蔵などは潰れ、恐らくは即死だろう。走っているトラックに正面からぶつかるのと同じようなものだ。

 だが、少女。短刀を握ったエマは、軽々と空へと舞い、肉の壁の上へと回避していた。

 エマのすぐ下を通過して行く触手。その触手へ、すれ違いざまに斬撃を与えていた。


「流石に王家は強いな!どこにそんなに力があるんだ!?」


 エマが前へ前へと行く為、イーサンが自然と後方からの援護に回っていた。

 イーサンの銃弾やグレネードなども多少は効いているが、エマが居なかったら苦戦していただろう。

 それ程、イーサンとエマの間には、否、元の世界とこの世界では差があった。流石は、兵器などが無くても化け物を狩っていた世界だ。DNA検査などでは大きな違いは無いが、人体の作りがどこか大きく違うのだろう。

 この世界の住人全員がそうという訳では無い。だが、漫画や映画に出てくる超人。それらに近い力を持つ者がたまに存在する。目の前で触手を圧倒しているエマも、その中の一人に入るだろう。


「王家だから強いんじゃなくて、私が頑張って来たから強いの!ほら、喋ってないで!そっちに行ったわよ!」

「分かってる!何とかするさ!!」


 エマを殺そうとしつつ、時折イーサンを狙って触手が飛んで来る。

 イーサンはエマと違って、宙へ大ジャンプが出来る訳でも高速で剣を振れる訳でも無い。それでも、この戦場で生き残れていた。きっとイーサン一人でも苦戦はするが、負ける事は無かっただろう。

 それ程、イーサンの戦闘能力も高かった。上からの触手の攻撃をしっかりと見極めて回避し、鉛玉を撃ち込む。更に、回避と同時に接着型の爆弾を触手に投げ付け、起爆スイッチで爆破。エマとイーサンが上がって来たエレベーター。そこに置かれたままだったヘリコプターを触手が来たタイミングで爆破してダメージを与えるなど、様々な方法で触手を行動不能にしていた。

 今も、イーサンに向けて突っ込んで来ていた触手へ、ヘリコプターを爆破する前に回収しておいた無反動砲を構えていた。大きな銃声と共に、無反動砲の後ろからはガスが、前からは弾頭と煙が発射され、触手に直撃した。弾頭が当たった箇所が爆発し、燃えた肉片が甲板上に散らばる。当たった場所が完全に吹き飛び、そこから先端までが、血を吹き出しながら甲板上に転がっていた。

「かなりやったのにどんだけ出てくるのよ!キリがないわ」

 最初に現れた触手の数は十三本。エマとイーサンで行動不能にした触手の数は、軽く二十は越えている。

 どんなに斬り落としても、何回吹き飛ばしても海の中から追加の触手が現れていた。イーサンが無反動砲で倒した触手の変わりも、既に海から伸びて来ている。

 長期戦になると不利なのは、こっち側だ。弾の数も体力も無限にある訳では無い。それに、空母へのダメージも確実に蓄積されている。

 ここは、早期の幕引きを願いたい。そう思っている時だった、


「どうやら、やっと蛾が飛び立つらしい」


 マガジンの残弾数を確認していたイーサンが、艦の前の方から聞こえてくるエンジン音に気付き、顔を上げる。

 その直後だった、鼓膜を切り裂くようなエンジン音と共に一機の戦闘機が海上に姿を現した。

 灰色の機体。機体横に特徴的な大きな空気取り込み口があり、単発のエンジンが炎を吹いていた。

 発艦し、車輪を収納し終えた瞬間、一気に空へと登り始める。急激に機首を上げた事により、白い雲が機体上に生まれていた。


「待たせたな。二人共、無事か?」


 耳に付けられているイヤホンから、クーパーの少し籠った無線の音声が届く。


「あぁ、なんとか無事だ。クーパー、水中の本体をやってくれ!」

「分かってるさ。衝撃に備えておいてくれ」


 海面から離れ、上空で旋回しながら様子を伺っていた戦闘機は、逆に一気に海面へと近づいて行った。そして、海に突っ込む寸前で機首を上げる。

 機体後部のジェットエンジンからは、後ろへ長く伸びた赤い炎が目視出来た。それは、アフターバーナーと呼ばれるエンジンの推力を上げる方法だ。その加速した状態で、海面からほんの数メートルの位置を通過して行く。機体のすぐ後ろでは、白い水しぶきが雲のように大きくなっていた。

 その状態で、触手が絡みつく艦の側面に近づいていく。

 戦闘機の内部にある、ウェポンベイ。ステルス性を高めるためにミサイルを収納しておくスペース。その扉が、開かれた。

 戦闘機の下部に四発の純白のミサイルが姿を現す。


「フォックスファイブ」


 軍事航空機がミサイルを発射する際のコール、フォックス。その五番目。異世界の生き物に攻撃する際の特別なコールを呟いた。

 先の戦争で使われていた兵器、爆雷。航空機などから投下され、水中の潜水艦を攻撃する為の兵器だ。それの進化系と言える、対潜ミサイル。それをさらに改良したのが、対潜水生物ミサイルだった。

 その対潜水生物ミサイルが、巨大な弟と共に戦闘機から発射される。四つの人類の科学の塊が、戦闘機の数倍の速度で水中に侵入した。指示された標的に向けて、マッハ五の速度で真っ直ぐに海中を進んで行く。そして、


「きゃッ!?」


 巨大な爆発が空母の下、数十メートルで起こった。

 発によって海面が膨らみ、今日の中で一番巨大な水柱が空母の左右から飛び出す。水中からの鈍い爆発音が地響きの様に低く唸っていた。

 爆発の真上に居た空母は大きく揺れ、その場に立っているのが困難な程だった。空からは大量の海水が痛い程降り注ぎ、イーサンやエマの身体を弾いている。


「どうだ?」


 空母の上をクーパーの戦闘機が爆音と共に通過し、一時の静寂が訪れた。

 降ってくる海水で視界が悪い。狭い視界の中で目を細める。

 触手が力尽きたのか、否か、周囲への警戒を怠らなかった。


「イーサン、上からッ!」

「ッ!」


 静寂は、エマの声で壊された。

 イーサンに向けて水柱の中から落ちてくる触手。

 エマの呼び声で反射的に前方に飛び、その触手を寸前の所で回避出来た。前転をして、すぐさま振り返る。

 ミサイルを撃たれても、なお攻撃してきた触手に向けて、すぐに反撃の体勢を取る。はずだった。


「やってたか……」


 イーサンに向けて落ちてきた触手は、甲板で吸盤を削られながら、そのまま力無く海に滑り落ちていった。

 周囲を見ても、どの触手も同じように海に沈む途中だった。

 その触手達を見て、イーサンとエマ、二人の肩の力が抜けていく。荒れていた息を整えて、胸を撫で下ろした。


「大丈夫だった?イーサン」


 甲板に尻もちを着いているイーサンの元へ、黄金の髪を揺らしながらエマが歩み寄る。

 戦場で踊る姫は、息も荒れていなく、その差を実感させられた。血がこびりつき汚れたイーサンと違い、エマは汚れず純白のままだった。

 透き通るように白く綺麗な細い手が差し出される。自身の手のひらを服で拭い、その手を掴んだ。


「ああ、助かったよ。エマ」

「よっ」というエマの声と共に、華奢な腕からとは思えない力で、イーサンの身体が簡単に引き上げられた。

「ぁ?」


 手を握ったまま、お互いの視線が交差した。

 翠色のエマの瞳。その瞳に視線を奪われ、意識を奪われた。吸い込まれる。その感覚が近かった。飲み込まれるような、落ちていくような奇妙な感覚。

 地面の感覚が不安定になり、自信が立っているのか、横になっているのかも分からない。

 内蔵が浮かび、血液が沸き立つ。口の中が急速に乾き、気持ちの悪い唾液によって潤される。グラグラと揺れる視界は、翠色でいっぱいになっていた。


「……イーサン?」


 手をずっと握るイーサンに、エマが不安そうな声を上げた。不安そうに眉間に皺を寄せ、イーサンの顔を下から覗き込む。

 その呼び声と、空からの轟音でイーサンの意識が戻って来た。


「あ、いや、何だろうな。急に意識がぼーっとして……」


 激しい戦いの後でも、イーサンの疲れが表に出てくる事はほとんど無かった。ましてや、意識が遠のくような事は初めてだった。

 頭を降り、両手で自身の頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。


「どうした?何かあったのか」

「クーパー、イーサンの具合が悪そうなの」


 先程の轟音の正体は、クーパーの戦闘機が甲板に垂直着陸した音だったらしい。

 ヘルメットを脇に抱えていたクーパーが、二人に近づきながら声をかける。

 意識がはっきりしている時は、戦闘機は着陸の素振りも見せていなかった。それなのに既に着陸が終わって、パイロットであるクーパーが降りていることから、それなりの間、意識が曖昧になっていたのだろう。


「いや、少し疲れただけだ。化け物と戦ったんだからな。それより、艦の状態は?」

「甲板の損傷に装甲のヒビ割れがあるが航海は問題なく可能だ。損傷はそれ程でも無い。負傷者は三名、死者が七名だ」

「了解、甲板の修理を急がせろ。アイツらが帰還したら……って言ってたら帰って来たな」


 海の方から、プロペラが空気を切り裂く音が鳴っている。

 深い緑色の一機のヘリコプターが、海の上を滑るように飛んでいた。

 傭兵部隊オーマの主戦力の一つ。別の依頼に行っていた二人組をエマの依頼の為に呼び戻していた。

 遠くに居たヘリコプターは、直ぐに空母の上空にまで到着した。ゆっくりと甲板上に降下していく、その途中だった。


「ほっ」

「え、飛び降りましたよ。あの人」


 上空にいたヘリコプターの扉が開かれ、中から一つの影が降って来た。

 エマが指差しながら驚くが、横の二人は何も反応していないのでいつもの事なのだろう。

 高さにして、十メートル以上はある。それに下は硬い甲板だ。普通の人間では、即死は免れるかもしれないが大怪我は間違い無しの状況だ。

 だが、降って来た影は、トンッという音と共に、その長い二つの足で簡単に着地していた。


「御出迎え……とは違いますよね。戦闘の形跡もありますし、何があったんですか?」


 ヘリコプターから降ってきたのは、一人の少女だ。茶色の美しい髪を短くし、豊満な身体を日本の巫女の服装に似た赤と白の和服に包んでいる。手や脚には、金属製の防具をつけていた。

 大きな青色の瞳に、長いまつ毛。とても可愛らしい整った顔立ちだった。

 腰には真っ赤な柄の剣、否、刀を差していた。

 この世界と繋がっているのはアメリカだけなのだが、彼女には日本の要素が多く含まれていた。

 ヘリコプターから飛び降りるという荒業をしつつも、丁寧で優しそうな喋り方、雰囲気だった。

「何があったかはこの後話す。それよりほら、お前の事を待ってたみたいだぞ」

「ん、みんな良い子にしてた?怪我とかしてない?」

 ヘリコプターが帰還してきたことを知り、スタッフの一人が数匹の犬や猫を甲板上に連れて来た。

 その犬や猫は、一目散に少女の元へと駆け寄り、周囲を取り囲んでいた。

 いかにも強そうな凛々しい大型犬や、日向で寝ているのが似合う小さな猫。それらが、少女に撫でられるのを順番待ちしている。

 触られている犬の尻尾が大きく振られ、猫がニャーニャー声を上げる。少女がこの動物達に好かれているのは一目瞭然だった。

 犬や猫の頭を満面の笑みで撫で続ける少女。その後方にヘリコプターが着陸した。


「シナノ、ヘリが降りてから外に出ろって、いつも言ってるだろうが。お前らだって、それくらいは待ってくれるよな」


 動物達と戯れている少女、シナノに文句を言いながら、ヘリコプターから男性が降りてきた。

 発達した全身の筋肉にスラッとした長身。暗い紫色の髪を短くし、鋭いながらも優しげのある赤色の瞳。

 身体を動かした際の音を極限にまで下げる特殊なスーツには、割れた腹筋が浮き出ていた。その黒色の特殊な服装の他に、とても存在感を示しているのが、彼が肩に担いでいる紅色の槍だった。特に装飾などはされていない、シンプルな形の槍。百八十センチはある男の身長を超えているので、軽く二メートルはあるだろう。そんな槍を片手に、近くに居た犬の頭を撫でていた。


「それで、そこのお嬢ちゃんがそうなのか?ボス」


 男、ハーリング・ラングラーの赤色の瞳には、エマの姿が映っていた。


「そうだ。二人共わかっていると思うが、彼女、エマウィリアムズが今回のクライアントだ。アメリカと繋がった大国、セーラムのお姫様。そして、シナノとハーリングだ。二人共こっちの世界の産まれだ。短い間だろうが、仲良くやってくれるとありがたい」

「女の子って全然居ないので嬉しいです!よろしくお願いします、エマさん」

「ま、そういう訳だ。よろしく頼む」


 イーサンが広げた手の先には、エマに向けて手を振るシナノと、肩をすくめるハーリングの姿があった。


「えぇ、こちらこそよろしく頼むわ」





 タッチパネル式の大型液晶モニターを、天板としてはめ込んである特殊な机を起動させる。

 その上に珈琲の入ったコップやノートパソコン、紙媒体の大陸地図や先の触手の写真などが置かれていった。

 モニターやノートパソコンの白色の光がメインの少し暗い会議室には、腕組みをしたイーサンにクーパー、エマ、シナノ、ハーリング、その他数名のスタッフが立っていた。


「では、作戦会議を始める。今回の依頼は、アメリカからセーラムに核が運び込まれるのを止める事だ。だが、相手は人間だけでは無いらしい」


 イーサンの言葉によって空気が変えられた。

 机の液晶に一人の男の写真が映し出された。


「ああ、あの男だ。空母に現れた義手の男。あの男が鍵を使い呼び出したと思われる、謎の触手。現在、甲板上に残った破片や体液のサンプルを分析中だが、既に謎の物質が検出されている。解析班は、アメリカの科学力を総動員しても、最終的に何も分からないだろうという結論を出した」


 イーサンの言葉の続きを、隣にいたクーパーが話す。

 触手には、人間の数倍の遺伝子情報があると判明していた。元の世界とこの世界、その両方を見ても、この触手が一番進化した生物という結果だ。


「つまり、ヤバそうな敵って事ですか?」


 手を挙げながら、シナノが恐る恐る質問をする。


「簡単に言うとそうなる。こちらの世界のスタッフも、見たことも聞いたことも無いらしい。アメリカの軍事力もそうだが、この鍵も脅威となるだろう」


  液晶に映っている写真が拡大され、男の持っている銀色の鍵が大きく表示された。


  「そして、気になるのが男の発言だ。姫とのパス、つまりエマとパスが繋がっていると言っていた。エマにGPSなどが無いことは把握済み、また本人に聞いても思い当たるものが無いらしい」

  「パスがなんなのか、そもそも彼が誰なのかも分かってないわ。城の中でも見かけたことは無いと思う」

  「と、言う事だ。発言からして、恐らく奴はエマの居場所が分かる上に、その場所に移動が出来る。今回は、俺達が居たから対応出来たが、居なかったら艦は沈んでいただろう。それに先の戦闘は、向こうも本気では無いような雰囲気だった」

  「んで、どうすんだ?」

  「核を止めるのには、俺やシナノ達、つまりオーマの主戦力が必ず必要になる。主戦力が居ない状況で艦に奴が現れたら一巻の終わりだ。結果、エマを艦に置いて行くよりも、連れて行った方が安全だろうと結論が出た。エマ自信も問題無いと承諾をしてくれた」

  「えぇ、それで問題ないわ。イーサン達も、戦力はあった方がいいでしょう?」

  「という訳で、準備が終わり次第、俺、エマ、シナノ、ハーリングで出る。クーパーには、バックアップを頼む。出来れば核の持ち込み自体を阻止したいが、既に運ばれている可能性も十二分にある。よって、今作戦の最終目的は、核の破壊になると思ってくれ」

  「了解」


  シナノやハーリング、スタッフ達の揃った声で作戦会議が終了した。

  スタッフ達と共にクーパーやハーリングが部屋を退出して行き、その流れでエマも外に出ようとした時だった。


  「エマ、ちょっと待ってくれ」


 イーサンに背後から呼ばれ、振り向く。


「まだ何かあるの?外の広い空気が吸いたくなってきた頃なんだけど」

「いや、流石にその服装で行ったら目立つだろ?シナノの服装も結構目立つって言われたら言い返せないけど、何か別の服に変えてくれないかなって」

「あー、そうね。流石に国の紋章が描かれていたりするのはまずそうよね」


 身体を捻りながら、自分の服装を確認するエマ。戦闘後に着直したマントは純白で、それだけでも目を引くのに、その下には国の紋章入りの洋服だ。これ以上無いほどに目立つ服装だと自覚する。


「ってことだ。シナノ、エマを連れてって何か服を見てきてくれ」

「了解。行きましょう、エマさん!」

「わ、はい」


 部屋に残っていたシナノが笑顔でエマの手を取り、二人で廊下へと歩いて行った。

 その二人の少女の後ろ姿を見送り、一度大きく背伸びをする。


「さ、準備しないとな」





「うーん、合う大きさが無いですね。これじゃちょっと大きいですし。エマさんは剣を使うらしいので、動きやすくないと……」


 両手を横に伸ばすエマの身体に、迷彩色の軍服が当てられる。だが、伸ばされた指先まで簡単に隠れていて、大きさがあっていないのは明白だった。

 艦の一室、普段はシナノしか使わない女性用の更衣室。ベンチの上に大量の服が出され、エマに合う大きさを探していた。


「シナノの服装は、なんていうか、見ない服装よね。アメリカのもの?」


 目の前で服の山を漁るシナノ。彼女の着ている服は、迷彩服などとは違い、赤と白の特殊な服装だ。

 動きやすさの為に短いスカートになっているが、しっかりと脚などには鎧を付けている。可愛い印象の服装だが、内容は戦うための服装になっていた。


「いいえ、これはアメリカのものでは無いです。私も詳しくは知らないんだけど、アメリカと同じ世界にある、日本っていう国の服装です」

「日本……。城の中で聞いた事はあるわ」

「私のシナノって言う名前が、その国の言葉に似ているらしくて、色々教えて貰ったんです。その中に巫女さんという人達が居て、とても可愛かったのでモチーフにしちゃいました。この刀も日本の物なんですよ!」


 腰に付けられている、糸巻と呼ばれる作り方をされた刀の柄を軽く叩く。深い赤の柄に先には、真っ白の鞘が続いていた。


「かたな。良いわね、強そう」

「強いですよ!こう見えて実は、この艦の中で一番強いのは私だったりするんです。……と、言っても、一定の時間だけなんですけどね」

「一定時間だけ……?何か条件でもあるの?」

「そうですね。簡単に言うと、怒ると強くなります」

「シナノって優しそうなイメージなのに。怒ることもあるのね」

「もちろんありますよ。この船に乗るまでなんて、しょっちゅう怒っていました。あの子達が居なかったら、とっくに怒りで身を滅ぼしてました」

「あの子たち?」

「今はこの船で飼っている、ワンちゃんネコちゃん達ですよ!動物は良いですよ、エマさん。なんて言ったって、嘘をつかない。嘘をつくのは人間の特権ですが、同時に人間の欠点ですからね」

 シナノが人差し指を一本立て、動物の良さを語る。だが、どこか悲しげな雰囲気も纏っているようだった。

「そうね、私も動物は好きよ。純粋で勤勉で、真実しか無い。……人間は少し、知恵を持ちすぎているものね」


 シナノに聞こえないよう、最後の方の言葉は俯き、小さな声で呟いた。


「っと、そんな事を言っていたら、探し物が見つかりました!」




「お、来たか……って誰だ?」


 甲板でヘリコプターに荷物の積み込みなどをしているイーサンの下へ、二人の少女が歩いてきた。

 一人はシナノ、もう一人は、身に覚えの無い謎の少女だ。そこに居るのが、少女だというのは分かる。だが、それ以上の情報が頭の中に入って来なかった。

 顔も、服装も、瞳の色も、雰囲気も、全ての情報がシャットアウトされている。

 紅色のマントを被った謎の少女、そこで脳の更新が強制的に止まっている。


「うんうん、反応ばっちり。効果は大丈夫そうですね。エマさん、取っても良いですよ」

「ん」


 謎の少女が、被っていたフードを外す。その瞬間、情報が再び更新され、そこに居たのがイーサンに向けてピースをしているエマだと脳が理解しだした。


「凄いな、なんだそれ?」

「昔使っていたふるーい私物です。このマント、使用者が誰なのか、どんな人物なのか分からなくする術式が編み込まれているんですよ」


 腰に手を当てて、自慢げにシナノが話す。


「お前がそんなの持ってたなんて初耳だぞ」

「いやー、この艦に来てすぐ、もう使わないなと思って奥深くに仕舞って忘れていました」


 頭に手を当て、てへっと笑うシナノ。

 使用者が誰なのか、その認識を阻害するマント。

 この世界には、まだまだ面白いもの、知らないものがあるなと心が踊る。


「そのマントがあれば、中はそのままでも大丈夫だろう。それでパスを切れたら万々歳何だが、流石にそこまでは出来なさそうか?」

「うーん、どうでしょう。そもそもパスというのが魔術なのか、文明の利器なのか、それすらも分からないので。まー、無理そうな気がしますね。そこまで便利な物ではないと思います」

「ま、そう上手くはいかないか」


 使用者の情報を乱す事が可能なら、エマと男のパスを切れないかと考えたが、答えは否だろう。

 魔術と魔術をぶつけて相殺できないか、などと考えても、そもそも相手が魔術なのか機械なのか、それすらも分からないので難しかった。


「取り敢えず、こっちの支度は終わったわ。イーサン達は終わった?」

「ほとんどは終わってる。ハーリングとクーパーもそろそろ来るだろうから、先に乗っていてくれ」


 親指を一本立て、自身の後ろにあるヘリコプターの入口を指差す。

 イーサンの支持に従い、「はーい」と言いながら、シナノが軽い足取りでヘリコプターの中へと足を進めた。その後ろをエマも続いていく。


「あの、狭いんですけど」

「良いじゃないですか、仲良くしたいんですよ!」


 ヘリコプターの中は、広いとは言えないが特段狭いわけでも無い。普通に座席に座れば横の人とくっ付くことも無いのだが、シナノは、エマのすぐ横にピッタリと張り付くように座っていた。

 彼女なりに好意を示しているのだろう。シナノの姿は、尻尾を振る子犬に似ていた。喉から出かかった文句は、シナノのニコっとした笑顔により、せき止められた。


「あ、皆さん来たみたいですね」


 窓の外を見たシナノが、外に向けて手を振る。エマも見てみると、外にクーパーや見送りのスタッフ達が歩いて近付いて来ていた。


「サトゥルニア、離陸の準備をしておけ」

「了解」


 クーパーの指示を受け、サトゥルニアと呼ばれた一人のスタッフがヘリコプターの操縦席に座る。そして、慣れた手つきでエンジンを始動させた。

 サトゥルニアは、イーサンやシナノ達が依頼に向かう際にヘリコプターを操縦する、ベテランのパイロットだった。

 普通のスタッフとは違い、よく会うスタッフの為、シナノとも仲が良いらしい。ヘリコプターに乗ってきた際に、お互いに軽い挨拶をしていた。


「まさか乗せていた人がお姫様だったなんて驚きましたよ。昨日来たのにもう離れるなんて、やっぱりお忙しいのですね」


 振り返らずに、操縦席で作業をしながらサトゥルニアが話しかける。


「ん、昨日のヘリのパイロットと同じ人?確かに私も忙しいけど、貴方も働き者じゃない」


 昨日、イーサンと合流し、そこに迎えとして来た一機のヘリコプター。声から、そのパイロットと同じ人だと分かり、急に親近感が湧き出した。


「そんなことないですよ。僕はただ、皆さんを運んでいるだけです。国の事や政治の事なんて考えずに、好きなヘリの操縦をしてるんですから、まだ楽ですよ」

「国っていうのは、そういう人達が居ないと機能しないわ。今日も、安全運転でよろしくね」


 国という身体。その頭は政治かもしれないが、頭だけでは意味は無い。動いてくれる手や足があってこそ、身体には意味が生まれる。エマの様に動けるタイプは、手や足としての機能もある。それでも、人間は集団で生き、力を発揮する生物だ。

 イーサンやシナノ達をサポートする、サトゥルニアやスタッフが居るからこそ、組織は動く。そんな彼らに、労いの言葉を捧げた。


「サトゥルニア、てめーなにお姫様を口説いてんだ」

「な、違いますよ!」


 声を荒らげながらサトゥルニアが振り返ると、ヘリコプターの入口に槍を持った男、ハーリングが立っていた。


「ハーリング、どこ行っていたんですか?」


 入口に立つ相方に、首を傾けたシナノが問う。


「ああ、クーパーに頼まれて、あのマスクの男の魔術の残り香を探してたんだよ。って、言ってもほとんど海水で消えちまってたけどな」

「驚きました。ハーリングさんは、魔術も扱えるんですか?」


 クーパーの発言に、エマの目が丸くなる。


「ガキの頃に少しかじってな。ほんの少しだが使えるんだよ」


 ハーリングは、槍を使った戦闘だけ、そう見た目で判断していたが、人は見かけによらないとは言ったものだ。

 魔術は、高度な技術が必要になる。自身の身体を知り、過去から続く魔術の道を知り、世界を知る必要がある。

 勉学と何も変わらない。一つの専門分野だ。子供が呪文を唱えたからといって、何かが起きるようなものでは無い。勉強し、訓練し、身体や物に、使用する魔術のプログラムを書き込む。そこに魔力を通して、やっとスイッチがオンになる。

 そんな代物を子供の頃に可能としたのは、ハーリングの努力と才能、環境などが綺麗に噛み合ったのだろう。


「ほら、入口で止まってないで中に入れ。そろそろ出るぞ」


 入口で立っていたハーリングの背中を押し、イーサンが姿を現した。

 硬い鉄の足音と共に進み、小さく簡素な座席に座る。機内の左右に設置されていて、向かい合う形で座っていた。


「よっと、みんな準備は出来ているか?」


 ヘリコプターの入口に足をかけ、クーパーが姿を現した。一人一人の顔を確認し、微笑みながら武運を祈る。


「えぇ、大丈夫です!」

「行ってきます、クーパーさん」


 クーパーの問いに、それぞれ頷いたり、元気な返事を返していた。


「元気で結構。しっかりとサポートはする。幸運を祈っているよ、グッドラック。サトゥルニア、出してくれ!」


 クーパーが、一本立てた人差し指をくるくると回しながら、ヘリコプターから離れていく。その合図を見て、サトゥルニアがエンジンの回転数を高めていく。

 羽が空気を切り裂き、揚力が産み出される。サトゥルニアがレバーを操作し、エンジン音と風きり音が高まっていく。

 潮の匂いのする空気が飛ばされていく。

 四角い大きな窓の外には、強風の中、敬礼をしたスタッフと腕組みをしたクーパーが立っていた。


「上昇開始」


 サトゥルニアの言葉と同時、地面に着いていた黒色のタイヤが浮かび上がる。空間が上がっていく奇妙な感覚を全身で感じていた。

 エマがヘリコプターに乗るのは、城にいた時も数回あったが、未だになれていなかった。

 窓の外に見えていたクーパー達が、下へ下へと落ちていく。

 見えていなかった海が窓の外に広がり始め、ヘリコプターが空へ向かっていることを実感した。

 世界が蒼に挟まれ、作戦の始まりを祝福していた。





「皆さん、お気を付けて」


 丁寧な操縦で運んで来てくれたサトゥルニアのヘリコプターが、巨大な風の音と共に空へと上がっていく。

 広がっていた空と海も、直ぐに終わってしまった。

 足の裏には、踏むのが久しぶりの様に感じる、柔らかい土の感触がある。鉄と潮の匂いは消え、草と土の匂いが鼻をくすぐる。

 海岸の近くにある、小さな森。白い砂浜の先に生い茂る、緑の木々。

 その森の中心には、木の無い空間があった。周りの手の入れられていない森とは違い、ある程度は舗装された広間。

 そこには、ログハウスが一軒建っていた。

 森の中にある、別荘のような建物。ログハウスの横には馬小屋や、バイクや車が置かれている車庫の様なものも建っている。

 オーマの本拠地は、白鯨の名を持つ空母、モビィ・ディック。海に浮かぶ、鉄の大地だ。しかし、稀にだがエマの様に助けを求めて、オーマに駆け込んでくる者が居る。そんな人達の為に、数人のスタッフが生活している前線基地の様なものが、このログハウスだった。

 実際にエマが向かっていた先もこのログハウスで、ここからサトゥルニアのヘリコプターに乗り、モビィ・ディックに来ていた。


「二人共、昨日ぶりね。元気にしてた?ご飯も食べた?」


 ヘリコプターから降りたエマが足早に向かったのは、ログハウスの横の馬小屋だった。

 藁が敷かれた馬小屋の中、柵の上から顔を出しているのは、二頭の白馬だった。

 エマの馬車を引っ張っていた二頭の馬をモビィ・ディックに連れて行くことは、現実的では無い。その為、この馬小屋に預けていくことにしていた。

 それなりに長い期間離れると思っていたので、早い再開にエマも馬達も嬉しそうにしていた。

 白馬の美しい鬣を、細く綺麗な手が撫でる。


「とても懐かれているんですね。この子達も、凄い嬉しそうにしてます」


 馬小屋に続いて入ってきたのは、シナノだった。

 二頭の白馬とエマの間には、絆と呼べるものがある。一目で、そう理解することが出来た。


「そうね、小さい頃から一緒だったもの。ほとんど家族みたいなものよ」

「良いですね。馬と犬は、昔から人間の相棒です。きっとエマさんがピンチの時は、助けてくれますよ」


 二頭の白馬を最後にもう一度撫で、馬小屋を後にした。

 外の広間では、イーサンとハーリングがそれぞれ出発の準備をしていた。

 車庫の隅には、一台のマシンが置かれている。

 マシンの上に被さっている、灰色のカバー。イーサンがその端をつかみ、勢い良く剥いだ。

 中には、磨き上げられた黒色の車体があった。大きなエアスクープが印象的な、イーサンのバイク。

 跨り、エンジンが掛けられる。機械音と共にコイルが唸り、青白い小さな稲妻が姿を見せた。


「そっちの調子はどうだ?」

「ああ、大丈夫だ。問題ねぇ」


 イーサンのバイクに似てはいるが、エアスクープなどが無く、シンプルな形をしている赤色のバイク。

 その上には、ハーリングが座っていた。

 ハーリングは、乗馬は得意だったが、車やバイクも運転出来るようになっておいた方が便利だと考え、自らイーサンに運転を教えてくれるよう頼んだ。それから数年が経ち、今では自身の手足のように扱えるようになっている。

 ハーリングのバイクからも、エンジン音と共に稲妻が溢れていた。


「そろそろ行くぞ。シナノはハーリングの後ろ、エマは俺の後ろに乗ってくれ。乗り心地に対しての文句は無しだ」

「はーい」


 シナノとハーリングは二人での作戦も多い為、スムーズに作業が進んでいた。

 布で巻かれたハーリングの槍をシナノが預かり、後ろの席に座る。少しの食料と水をバイクに取り付け、ハーリングも座り直し、既に準備完了だった。


「乗り方覚えてるか?そこに足をかけて座ってくれ」

「ん、覚えているわよ」

 バイクから一度降り、後部座席に座る人が足を乗せるための鉄の部品、タンデムステップを引き出す。

 そこに足をかけ、エマが軽々と後部座席に座った。

「しっかり捕まっていてくれよ」

「大丈夫、行けるわ。飛ばしていくわよ」


  エマがしっかり座ったのを確認し、イーサンもバイクに跨る。

  エマの手が肩に置かれ、後ろから元気な声が聞こえてきた。


  「じゃ、行こう」


  その言葉と共に、アクセルが回された。エンジンが回転し、車体にエネルギーが送られる。

  ログハウスに配属されているスタッフ達に手を振られる中、二台のバイクが、気持ちの良い風と共に森の中を進み出した。

  石や木の根を出来る限りで回避はしているが、そもそも地面の形がでこぼこだったりする。当然、バイクは揺れ、振動が身体に伝わる。ヘリコプターよりも乗り心地は悪いが、エマの表情は、バイクに乗っている時の方が楽しそうだった。

  頭の上には、緑色の葉が生い茂っている。葉の影が地面を隠し、川の音が気持ちを洗う。

  鳥のさえずりに、リスの姿。蜘蛛に捕まる蝶に、蛇に食われた緑の蛙。

  ログハウスから森の外までは一本道だ。長い長い真っ直ぐなタイヤの後が、土に産まれていく。

  生命のサイクルが回っている森の中を、颯爽と駆け抜けて行った。

  やがて森を抜け、緑の丘を越え、石橋の掛かった川を渡る。

  シナノの歌声を聞きながら小さな村の横を通り、遠くに見える山を眺め、全身に風を感じていた。

  空へ伸びた高層ビルも、忙しそうに歩き回る人も居ない。

  いつも誰かが頭を下げるテレビも、嘘で固められた情報も無い。

  世界の人々が繋がれば、平和になると言われていた。世界を覆い、結果的に争いを増やしてしまったインターネットもこの場には無い。

  全てが自由という訳では無い。それでも、元の世界よりも、遥かに人を縛るものが無い世界。

  元の世界を、元の生活を捨ててでも生き続けたいと思わせた、自由を夢見させてくれる世界。

  その世界を走り抜けていた。


  「不味いな」


  バイクに乗ってから約一時間。イーサンの指は、ブレーキレバーを握っていた。

  木は枯れ果て、土は乾燥した、死んだ大地。壊れ果てた人工物に、砂と一体化して、誰にも気づかれない人骨。

 見渡す限りの砂と土と岩。古びた瓦礫と古びきった人間。

 昔、遠い昔に滅んだ都市。その残り香が少しだけ感じられる廃れた砂漠。

 エマとイーサンが出会った、あの道の近くを走っていた。


「どうしたの?急に止まって」

 砂漠の奥の方を見て固まっているイーサンの後ろから、エマがその可愛らしい顔を覗かせる。

「……砂嵐が来る。クーパー、そっちで確認出来るか?」

「ああ、こっちでも確認した。君達の少し先で、砂嵐が発生している。砂嵐の中では、視界を確保出来ない。動かず、どこかで一時的に身を隠した方がいいな」

「了解。この辺はよく来ているから、洞窟の場所は分かる。そこで過ぎるのを待とう」


 この辺りは、イーサンがよくバイクで通る道だった。その為、地形や洞窟の位置は熟知していた。

 後方にいるシナノとハーリングもイヤホンを付けているので、無線の内容は把握出来ている。急に進行方向を変えたイーサンの後ろを続いて行く。


「自然のもの、では無さそうですね。奥もかなり深いです」

「探検に来たんじゃないんだからな。あまり奥に行くなよ」

「分かってますよ!」


 洞窟は、いま居る場所からかなり近くにあった。

 瓦礫がある場所から少し外れた坂道。その坂道の側面に、人工的に掘られたであろう、洞窟があった。

 入口から真っ直ぐな道が掘られていて、石を削って作られている壁には窪みがあり、小さくなった蝋燭が置かれていた。

 洞窟はかなり広く、バイクも押して中に運んでいくことが出来た。

 砂嵐の来る方向と反対側に入口があり、ひとまず、口の中が砂まみれになるなんて事は避けれそうだった。


「ジメジメしてるし、冷たいし、中々に不快なんだけど」


 地面を這う蜘蛛を見ながら、エマが顔を顰める。

 イーサンやシナノが地面に座る中、エマはなるべく洞窟に触れないよう、運んで来たバイクの座席の上に足を揃えて座っていた。


「なら外に出るか?」


 文句を言うエマに外に出るよう提案し、入口に向けて顎をしゃくる。だが、外には既に砂嵐が到達していて、黄色い粒が空を覆い、太陽の明かりを遮っていた。

 台風の日のような轟音が鳴り響き、外に出るのは無理だと誰の目にも理解出来た。


「ッ、分かったわよ」


 現状を変えられないことに不満を抱き、エマが頬を膨らませる。その頬を、シナノが白くて長い人差し指で押した。


「そんなに機嫌悪くしないでくださいよ。ほら、お水と干し肉です。美味しいですよ」


 シナノから手渡された鉄製の水筒と、保存食の牛の肉を受け取り、口の中に放り込んだ。

 干し肉が美味しかったのか、少しだけ強ばった顔が緩むのを確認できた。


「シナノって動物は好きだけど、普通に食べるわよね」


 手に握っている肉を見ながら、空母で動物を愛していたシナノを思い出す。


「当然ですよ。世界は食物連鎖、食事は生き続ける為の第一歩です。生きる為に食べますし、食べているから生きられているんです」

「ふーん」


 自分から質問しておいて、シナノの返答に適当な相槌を打つエマ。


「他の生き物を殺して食べないと生きていけない。世界って実は、かなり残酷なのかもしれませんね」

「かもしれないわね。ま、食べるのも自由だし、食べないのも自由。残酷だからって理由で止められても、美味しいからっていう理由で私は食べるわ」


 そう言いながら、干し肉の最後の欠片を口の中に押し込む。

 そんな少し賑やかな洞窟の中、一人黙って外を見ている男が居た。洞窟付近に来てから一言も話してない、ハーリングだ。


「ハーリング、何か気になる事でもあるんですか?」

「……少しだけ魔力を感じた。俺一人ならこの砂嵐の中でも動ける。ちょっくら外の様子を見てくる」

「な、本気ですか?」

「別にそんな遠くまではいかねぇよ。周囲をちょっと見渡すぐらい……ッ!!」


 険しい顔つきで槍に巻かれていた布を解き、砂嵐の中へと歩き出そうとしたハーリング。

 その足は、一歩目で止まっていた。視線は洞窟の入口で固まっている。

 音が消えた。外から聞こえていた、地響きのような轟く音が。変わりに、別の音が聞こえてくる。

 砂を踏み、一歩ずつ近づいてくる、小さくも驚異的な足音。早くも遅くもない、奇妙な足音。その音が、洞窟の目の前で止まる。


「新顔、それもかなりの手練だな。悪くない」


 横に吹き荒れていた砂嵐が、重力を無視して空へと上がっていく。

 太陽が顔を出し、光の道が地面と空を繋ぐ。

 幻想的で異様な光景。その中心で、一際輝きを放つ、地上の太陽があった。

 金色の輝きが、姿を変えていく。カシャンカシャンと甲高くも心地よい音。

 音の中心から、銀色の悪夢が取り出された。


「……アーカム」


 外の異変に気付き、洞窟内から飛び出すイーサン達。

 黒い衣服に大きなガスマスク、黄金の義手。目の前にいるのは、空母を襲った男と同じ。アーカムだった。

 その姿を捉えるのと同時、それぞれが武器を構える。


「今回は、前回よりも少し強めだ。そっちの方が面白いだろ?」


 武器を構える四人の前で、アーカムは大きなジェスチャーをしながら、楽しげに話している。


「この人が今回の敵……」


 作戦会議の際にモニターで確認した敵の姿。その姿を初めて肉眼で捉え、気が引き締まる。


「だが、先ずは会話だ。そうだな、前回は俺の負けだったから……いくつか質問に答えるとしよう」

「質問に……?」

「あぁ、何でも聞いてくれ?ただし、機嫌次第で適当に切るけどな」


 アーカムの言葉によって緊張感が走る。

 ゆっくりと横を向き、シナノやハーリングと顔を見合せ、無言で頷いた。

 質問内容はイーサンに任せる。そう言っているのが分かった。

 その意見を確認し、前を向き直す。


「アーカム、お前達の目的は何なんだ」


 アーカムの謎の力や触手、手に持つ銀の鍵。様々な事を聞きたいが、一番はこいつの目的だ。

 力の出処や能力の詳細では無く、その力を何に使うのか。

 アーカムの動く理由、行動原理。何の為に人を殺しているのか。それを問う。


「目的。簡単に言えば、みんなが望む世界平和だ」

「世界平和?」

「俺達が核をこの世界に持ち込んでいるってのは、お姫様から聞いているな?でも、核を持ち込んだだけでは、抑止力にはならない。そうだろ?どんなに強いつよい言っていても、実際に見てみないと信じない奴らはいる」

「それで」

「この世界には、二発の核を持ってきた。一発は抑止力として、もう一発は抑止力を作る為の実演用だ。核を一発撃ち込み、この世界に核の炎を見せつける。向こうのアメリカの抑止力は弱まって来た。核を持っていても、他の国も核を持てば対等になるからな。他を一切寄せつけない圧倒的な力。完全なる抑止力。この世界では、それが可能だ」

「セーラムが、アメリカが本当にそんな事をしているのか?」

「そりゃそうだ、この世界に核を作る技術なんてものは無いからな。戦争は、争いは金になる。アメリカが世界に銃をばらまいたのも、争いを起こすためだろうな。実際、そのお陰でお前ら海賊傭兵部隊も飯を食ってるだろ?それで金が溜まったから、争いを収めようとしている。と俺は予想している」

「……本当は知っているんだろ。何故、アメリカは自ら銃をばら撒いて争いを作ったのに、核で争いを無くそうとしているんだ」

「いいや、そこまでは知らないさ。と、いう訳で質問タイムはここまでだ。そろそろ、みんなお楽しみの殺し合いといこうじゃないか」


 話は終わりだ、と肩を竦めて歩き出す。

 アーカムの手に握られている、異様に大きい謎の銀色の鍵。それが再び、見えざる扉を開いた。

 アーカムが手を捻り、鍵を開けるのと同時、地面が黒く染る。砂が、土が、岩が黒一色となる。

 アーカムの足元から次第に広がっていき、周囲一帯が明らかに異様な雰囲気に包まれた。


「来い」


 アーカムの言葉。その一言に応じ、黒く染った砂の中から姿を現したのは、山羊だ。否、山羊だろう。

 四メートルはある巨大な体躯。四足歩行の肉塊。本物の山羊と違い毛皮が無く、蛸などの軟体生物のようなブヨブヨな身体をしていた。

 頭の付近は、黒色の触手で覆われていて、目や鼻と言った部位は確認出来ない。

 空母を襲ったのは蛸のような吸盤のある触手だったが、この山羊の頭に生えている触手は違った。

 ツルツルとした表面の触手。なのだが、その触手に、赤く血走った目玉がポツポツと生まれていく。

 触手の隙間に見えるのは、並びの悪い大量の牙を備えた縦方向の口。そして、後方へ伸び、捻れている、黒色に赤で模様が描かれている山羊の角。


「戦いを見たくなってきた頃合だろ?存分に味わえ」


 その言葉を最後に、アーカムが空母の時と同じように姿を消す。そして、触手まみれの巨大な山羊が動き出した。


「アアッアアアッ!!」


 鼓膜を劈く巨大な咆哮。普通の山羊とは違い、人の悲鳴の様な嫌な音が、その口から発せられている。


「うるさい子ですね」


 目の前で叫び声を上げる山羊に悪態を付きながら、シナノが狙いを定める。

 鞘の上でゆっくりと指を滑らせ、山羊の呼吸を確認する。

 動物は単純だ。フェイントや小賢しい真似なんてして来ない。目の前の敵を踏み潰すために進む。それだけだ。


「アアアアッ!!」


 山羊が、一歩目を踏み出した。シナノの細い身体を頭突きで吹き飛ばし、骨を折り、内蔵を潰し、命を取ろうと進み出す。

 黒く染まった砂漠の砂を蹴り飛ばし、後ろの洞窟にぶつかる事なんて気にもせず、目の前にいるシナノを殺す為だけに進んで来る。

 距離にして、約二十メートル。

 敵を前にして冷めきったシナノの目が、冷静に場を確認している。

 山羊の重心、触手の動き、進むスピード、砂の重さ、風の向き、心臓の鼓動、喉の乾き、太陽の熱さ。

 鞘を滑っていた手が、刀の柄を握る。


「アアッ!!」


 山羊が、七歩目を踏み出した時。

 山羊が、シナノを殺そうとした時。

 山羊が、違和感を覚えた時。

 既にシナノは、山羊の頭上に居た。

 一蹴りだ。その細く長い脚で、砂を一蹴りした。それだけで、シナノの身体は二十メートル先の山羊の頭上に飛び上がっていた。

 砂が舞い上がり、太陽の光で煌めく。その煌めきの中、特に存在を主張している光。

 シナノの刀身が、鞘から抜かれている。


「ッ!」


 一瞬だった。

 シナノが空中で身体を捻りながら、山羊の首に向けて刀を振るう。ぶよぶよとした触手が、最初に刀に触れた。触手の皮が破かれ、途中にあった赤い目玉を切り裂く。それだけでもかなりの力が必要なのだが、シナノの刀は止まらなかった。

 勢いそのまま、山羊の首に刀が触れ、中に突き進む。首の毛皮を斬り、筋肉を食い破る。山羊の発達し、莫大な力を持った肉が刀によって捌かれていき、太く大きく脈を打つ血管が抉り取られる。

 血と肉、脂肪の中を掻き分け、刀が背骨を断ち切った。本来なら骨の繋ぎ目、軟骨などを狙うべきだが、シナノは違った。骨の中心を切断する。硬く、強靭な骨を正面から叩き切った。それが出来たのは、刀の異常なまでの切れ味とシナノの尋常では無い力が組み合わさった結果だ。

 首の骨が切り裂かれ、刀が、入った方とは反対側から、血飛沫と共に勢いよく飛び出してくる。

 山羊の赤黒い血と無色の脊髄液、ヌメヌメとした脂肪、引き裂かれた肉や切り刻まれた触手。そんなもの達が宙に飛び上がっていた。

 山羊の強靭な心臓が動く度に、斬られた首から血が溢れ出す。

 肉を、背骨を、脊髄を斬られた山羊は、頭と身体を繋ぐ電気信号を無くし、勢い良く砂の上を転がり、血を撒き散らす。


「よ」


 首を切り裂いたシナノは、宙で上手く体制を治し、足から砂へと降りる。

 両手両足を砂に突き刺し、少し滑りながら跳躍の威力を地面へと流していく。


「ナイスだ、シナノ!トドメは刺しておく」


 地面に倒れ、胴体が細かく痙攣している山羊の傷口。そこに安全ピンを抜いたグレネードを投げ込んだ。

 一瞬の静けさの後、巨大な爆発音と共に山羊の内側から首が爆ぜた。炎が溢れ出て、グレネードの破片が、山羊の内側をめちゃくちゃに切り刻む。

 首の周辺を大きく消し飛ばされ、山羊の生命が完全に途絶える。


「何とかなりましたね。お二人共、怪我は無いですか?」


 刀に着いた血肉を振り落とし、鞘に戻す。そして、イーサンとエマの方へと、シナノが歩き出した。


「だ、大丈夫だけど……。シナノって凄い強いのね。驚いちゃった」

「えへへ、それほどでもあるかもしれません。と、それより、ハーリングの姿が見えないのですが」


 巨大な化け物を倒し、褒められ照れる少女。少女の強さに純粋に驚いているお姫様。周囲への警戒を怠らない男。


「あの槍の男は……」


 そこには、一人足りない。赤い槍を持っていた、長身の男。恐らく、あの場で一番の実力を持っている男が。

 この辺りは、見晴らしがいい。視界を妨げる木や建物は僅かしかない。見落としはしないはずだ。しかし、洞窟の周辺には三人しか見当たらない。


「いったい何処に……ッ!」


  音は無い。気配も感じない。自信には、何も感じとれていない。それでも、右腕が避けろと言っている。右腕が、身体に命令を送っている。右腕が、自信には把握することが出来ない危険を教えてくれている。

  心臓が、大きく弾む。右腕の、鍵の力を借りて身体が飛び跳ねる。一撃で相手を仕留めようとする、赤色の槍。それを回避する為に。


  「気付かれて無いと思っていたんだが、俺の槍を避けるとはな。ま、暗殺が失敗したんなら、真っ直ぐ前からやってやるよ」


  一秒も無い。ほんの少し前まで自分のいた場所には、赤い槍が突き刺さっている。前に回避するのが遅れていたら、否、回避して貰えなければ確実に死んでいた。

  探していた男が、目の前に立っている。赤い殺意を握り、こちらの出方を伺う男が。


  「お前、どうやって」


  「あ?あんだけ魔術の残り香を垂れ流してりゃ、どこに行ったのかは分かるだろ。あとは、親から貰ったこの足で十分だ」


  「化け物が……」


  「てめぇが出した不細工な肉の塊よりは、マシだろうが。それより、てめぇ状況分かってるのか?俺は、お前を殺そうとしてるんだぞ」


  それなのに、目の前の男は武器を出すどころか、戦おうともしていない。

  槍を回避して、尻もちを着いたままだ。黒い服装にガスマスク、何より黄金の義手をしている時点で、この男が、モニターで見たあの男なのに間違いは無い。それなのに、この男が本当に敵なのか。殺す相手なのか、殺そうとしてきている相手なのか。それが分からなくなるほど、この男、アーカムは弱そうだった。


  「お前、なにか裏があ……ッ!?」


  男は、何もしていない。尻もちをついたままだ。何か魔術を使った訳でも無い。魔術を使う動作も、使われた時の感覚も何も無い。

  それなのに、突然地面から無数の触手が姿を現した。

 一本一本が細く弱くても、数が多ければその力は莫大なものになる。見えるだけで、千はくだらない数だ。

 突然の地面からの驚異を、宙に飛び上がって回避する。

 見渡す限りの地面、全てが黒く染まり、蛸に似た吸盤が並ぶ触手が地面から突き出ていた。その全てがハーリングに向けて伸びている。


「今のうちに……!」


 空に逃げたハーリングを見て、アーカムが銀色の鍵を使用する。無数の触手が暴れている地面から、触手まみれの四足歩行生物が姿を現す。あれは、豚や猪の類だろう。丸みを帯びた背中、その背中にアーカムが飛び乗った。


「あ、おい、待ちやがれッ!ああ、くそ、邪魔くせぇなァッ!!」


 通常では有り得ない、異常な速さで走る豚か猪。

 砂煙を上げながら遠くに進んでいくアーカムの姿を目で追うが、触手達が壁となってハーリングの周りを覆う。

 足に絡みつこうとしてくる触手を、壁のように立ち塞がる触手を、地面から生え続ける無限のように思える触手を、紅色の槍が八つ裂きにしていく。

 引き裂き、抉り取り、切り刻み、叩き落とし、伸びてくる触手全てを弾き返す。

 これくらいで足が止まるようでは、ハーリングはこれまでに何回か死んでいる。走り去るアーカムの背中を、触手を切り倒しながら追いかけていく。

 だが、埒が明かない。ハーリングが負けることは無い。このまま何十時間でも戦っていられる。だが、目的は触手を倒しきることではなかった。アーカムの命を、消してやることだ。

 触手を殺しながら跳躍し、アーカムの行方を追うが、圧倒的に向こうの方が早い。ハーリングの実力を持ってしても、確実に逃げられる。


「シナノ、独断専行でやっといて悪いが、俺の場所が分かるか!応援に来てく……れッ!?」


 槍で触手を消し炭にしながら、シナノに無線で連絡を取る。その連絡を最後まで言い切ることなく、空から刀を持った少女が降ってきた。


「やけに早いな!」

「めちゃくちゃに暴れている触手が遠くに見えたので、急いで向かって来てたんですよ!何してるんですか!」

「アーカムを殺そうとしてんだよ!今ならまだ追いつくかもしれない。何とかして突破するぞ!」

「いいえ、ここは引きますよ!アーカムとあの鍵には、未知数な部分が多すぎます。これ以上の深追いは避けた方が身のためです!」


 刀と槍が暴れ回る。極限にまで磨きあげられた技術と、作り上げられた身体から放たれる斬撃。その高度な戦闘を繰り広げながら、シナノとハーリングは普通に会話をしていた。

 暴れるハーリングの横で、冷静な判断を下すシナノ。普段の依頼をこなす時にもよく見る光景だった。その為、シナノの判断が正しいとハーリングも分かっている。その為、


「……了解した。戻るぞ」


 シナノが判断を下すと、直ぐに撤退する動きを見せていた。前に進ませていた足を後方に向け、跳躍を開始する。

 シナノとハーリングが追いかける意志を無くすと、自然と触手達の攻撃は弱くなり、行きよりも楽に帰ることが出来た。

 触手の中を数百メートルは進んでいて、切り落とされた触手達が地面に転がり、道のようになっていた。だが、それもずっとでは無かった。砂の色が黒から通常の黄色のような色になるのと共に、地面に溶けるように消えていく。


「なんなんだ、こいつらは」


 地面に溶けていく触手を見ながら、ハーリングが小さい声で呟いた。



「つまりだ、あの鍵は魔術関係の物じゃなく、全く別の、何らかの力を持った何かって事か?」

「ああ、そうなる。魔術の類なら必ず分かる感覚も、残り香も何も無かった。それに奴が鍵を使わずとも、触手は出てきた。俺の予想だが、奴は鍵を使っているんじゃなく、鍵に使われているに近いのかもな」

「おーい」

「鍵は寄生虫の様なもので、ハーリングに襲われ、宿主のアーカムが危険になったから、自身の判断で触手を出して宿主を助けた、みたいなものでしょうか」

「聞いてる?」

「そんな所だろうな。奴自身は戦えそうな雰囲気じゃ無かった。俺の槍を回避出来たのも、あの鍵がなにかしたと考えれば納得がいく。いや、むしろそれ以外考えられねぇ」

「ハーリングにつけてあるボディカメラの映像をこっちでも分析したが、確かにアーカムに戦闘能力は無さそうだった。と言っても、こうやって油断させてくる作戦かもしれない……」

「ねぇ、いつまで考え込んでいるの?私、お腹すいたってば」


 難しい顔をして考え込んでいる、三人と無線のクーパー。

 あの後はこれといったトラブルも無く、バイクでの移動も順調に進んだ。

 そして、目指していた場所。エマが抜け出してきたセーラムの付近にまで来ていた。

 砂まみれの乾燥地帯を抜け、草や木が生い茂り、川が流れている自然溢れた土地。時折、頭の上をアメリカのヘリコプターや戦闘機が通過していく。

 アメリカの存在を知らないこの世界の者達も、昔は空を飛んでいく謎の物体に怯えていたが、今ではほとんど気にしていない様子だ。

 深く青い川の横で、休憩を含めて、最後の状況把握をしている。

 砂漠での戦闘後、ハーリングは考え込んでいて、口をあまり開かなかった。そして、頭の中で整理が着いたのか、セーラムが目前に迫った今、やっと口を開き、会話に参加した。

 この会議に最初は参加していたが、途中から空腹によって集中を乱され、会議から抜けたのがエマだった。

「いつまでって、エマが一番関係あるんだぞ……。分かった、取り敢えず飯にしよう」

 背後からの囁きに負け、イーサンが重い腰を上げる。

 持ってきていた携帯食は、来る途中にエマとシナノがほとんど食べきってしまい、イーサンとハーリングはずっと空腹だった。

 乾燥地帯からセーラムまでには、いくつか小さい村がある。その村で、卵と硬く質素な食パンを少し購入していた。


「シナノ、フライパン出してくれ。ハーリングは火を頼む」


 シナノが「はーい」と言いながら、バイクに積まれているリュックの入口を開く。中から、キャンプなどで使うような、携帯用の小さめのフライパンを取り出した。


「ほらよ」


 河原には、乾いた藁や薪が集められていた。燃えやすいように積まれ、あとは火種を入れるだけになっている。そこに、ハーリングが一つの木片を投げ込んだ。

 表面に文字が刻まれている木片。その文字とは、魔術を発動させる為の設計図だ。

 ハーリングは木片投げ込む瞬間、一瞬だけ木片に魔力を流した。設計図に魔力が注がれ、木片に刻まれている魔術が発動する。

 投げ込まれた木片が、勢い良く燃えだした。その火種は藁に燃え移り、薪に燃え移る。


「発展した科学技術は、魔法と見分けがつかないって言うが、逆もまたそうなんだろうな。ま、どっちにせよ、便利な代物だな」


 魔術の力によって燃え盛る薪。その上にフライパンを当てて、イーサンが肩を竦めながら話す。

 科学も魔術も、生きるのを楽にする為に、利便性を高めたものだ。根源的な物は違うのかもしれないが、最終的にたどり着く結果は、ほとんど同じなのかもしれない。ふと、そう思った。


「なぁ、ハーリング。魔術版の核兵器ってあるのか?」


  人類の叡智。科学技術の産物が核兵器だ。それならば、同じく人類の叡智である魔術技術。その中に、核兵器と似た物があるのかもしれない。

  と、言っても、イーサンもこの世界で六年間生きてきた。その六年間でそういった類のものを聞いた事ない時点で、答えは読めている。


  「無いだろうな。破壊や殺しに通じている魔術は、昔のどこかで途切れているんだ」


  「途切れてる?」


  卵を片手で割り、フライパンの中に落とす。落ちていく最中は透明で、反対側が見えていた白身が、フライパンに当たるのと同時に白く染っていく。その中心には、オレンジ色と黄色の間のような色の黄身が乗っていた。


  「話したこと無かったか?遠い昔、世界を巻き込む大戦争があった。戦争っていうのは物事を進める力がある。戦争に勝つ為に、どの国でも魔術の研究が進められ、巨大な力を持つ魔術の設計図が作られた。だが、そこからは泥沼だ。その魔術によってどの国にも犠牲者が溢れ、このままじゃ死体が大地を納めちまう。そんな時、どこからともなく現れた英雄様が圧倒的な力で戦争を止めて、その魔術の設計図や、そこに辿り着くための魔術全てを破壊した。っていう、御伽噺か昔話か分からないようなのがあるんだよ」


  「へー、そんな話があったのか。初耳だな。有名なのか?」


  「そうですね、私も子供の時から知っているお話です。英雄が〜という部分は、本当かどうかは分かりませんが、昔に大きい戦争があったのは本当でしょうね。あの砂漠も、その戦争で滅んだ街だと言われています」


  シナノも知っていることから、この世界では割とポピュラーな話なのだろう。遠い昔の歴史を忘れない為に、何世代にも渡り紡がれてきた話。

  英雄のくだりは拡大された解釈なのか、後から着いてきた尾ひれなのかは定かではないが、シナノの言う通り、戦争自体はあったのだと感じる。

  シナノが説明している砂漠とは、数時間前まで居た、あの乾燥地帯の事だ。あの場で砕け散っている大量の瓦礫にも納得がいく。


  「ハーリングの言う通りよ。この世界には、核兵器並の威力があって、抑止力として効果が期待出来るような魔術は存在しない。だから、核兵器は絶対的な抑止力になるわ。この世界の人々の恐怖のお陰でね」

 フライパンの上で焼かれた四つの目玉焼きをナイフで切り、食パンの上に一つ移動させ、エマに手渡す。

 小さな口で一口食べ、咀嚼し、己の一部にするために栄養を飲み込む。

「世界は、あまり大きくないわ。これから先、どこに居ても核の炎に怯えることになる。こうして食事をしている時に、急に降ってくるかもしれない。この食事が、最後の晩餐になるかもしれない。向こうに撃つ気が無くても、攻撃可能な範囲に入ってしまっている側からすれば、それは恐怖以外の何物でもないもの」


 いくつかの大陸と、小さな島国達。それらを囲む巨大な海。この世界は、アメリカのある世界と構造的には大した差は無い。

 戦闘機が空から見た光景や、水平線。地平線などからも、この世界は地球と同じように円形であると確認されている。


「技術向上によって、新しい核は六万キロは飛ぶ。地球一周は約四万キロメートル。この世界は地球よりデカいどころか、少し小さいからな。余裕で全域が核の射程範囲内となる。核に怯える世界は、一つあっても多すぎるっていうのに」


 溜息をつきながら、次の卵を切り分ける。


「だからこそ、私達が止めないといけませんね」


 次は、自分のに乗せてくれ、とシナノがパンを差し出して来る。腹が減っては戦ができぬ、という言葉を自身で示していた。


「そうね。止めましょう」


 同じ釜の飯を食べる仲間、という存在は、エマにとっては初めてだった。

 フライパンの上に残っている卵を切り分け、自分のパンとハーリングのパンの上に乗せる。

 そんな光景を見ながらパンと卵を齧るエマの顔は、どこか幸せそうだった。

 川の音を聞きながら、気持ちいい風が通る草の上。これが休日のハイキングなら最高なのだが、これから向かうのは戦場だ。

 それを強調するように、頭の上をアメリカのヘリコプターが通過していった。


「さて、そろそろ行くぞ」


 卵の乗ったパンを食べ終え、フライパンを洗い、焚き火の処理も終わっていた。

 再びバイクに跨り、目と鼻の先に迫ったセーラムに向けて、移動を開始する。セーラムは大きい国だ。セーラムに向かうにつれて道は大きくなり、すれ違う人達も多くなっていく。車やバイクも増え、文明の違いが見えて来ていた。

 野菜などを荷台に乗せた馬車から、人を乗せた軍用トラックへ。木や花が多くあった道端には、電信柱や街灯が置かれ始め、土だった道が石造りに変わる。

 周囲を見渡すと、見覚えのある場所がちらほらと確認できた。しかし、六年も経てば大きく変わっている箇所も多いにある。以前は森だった場所が開拓され、並べられた石の上に、鉄で作られたレールが敷かれていた。電車の技術をこの世界で再現するのは難しい為、恐らく汽車が走っているのだろう。そうやって、少しずつ現代に近づけているのだ。

 そうした開拓が進んでいく道の先に、国が見えた。


「エマの話には聞いていたが、随分変わったんだな。セーラム」

「そうね。上が変われば、下も変わらざるをえないもの」


 バイクに積まれているリュックから、双眼鏡を取り出し、レンズの中を覗き込む。

 目の前に広がる光景には、懐かしさと新鮮さが混ざっている。

 様々なことから身を守るために、街の周囲を取り囲んでいる壁。四角く切り出された白や茶色の石が綺麗に積まれ、精密な計算のもと作られていた。遠くまで続く壁は、円柱状の塔が並んでいて、その間を繋ぐような形で設計されていて、中にも空間があり、壁の上の辺りには窓なども備えられていた。

 壁には、怪物が嫌がる音を出す魔術を刻んだ石が埋め込まれている。一定の感覚で並ぶ、握りこぶしサイズの赤色の石。それらは、内側からじんわりと光っていて、その明かりが記憶を呼び覚ます。

 そんな壁の上には、六年前には置かれていなかった、アメリカ軍の重機関銃が並んでいた。黒く、長く伸びた砲身が、街を守るために外の世界に向けられている。他にも、空に向けて銃口を向けている迫撃砲が設置されていたり、壁の近くに、四つのタイヤを持つ装甲車が数台停車していた。

 壁の向こう側には、美しいセーラムの街並みが見えていた。

 街一面に広がる、華やかなオレンジ色の屋根。大量の家々が壁の中に所せましと並んでいる。その中には、巨大な秒針が動く時計塔や教会などの大きな建物が存在を強調していた。

 その街の奥。街を覆う壁とは違い、その場所だけを守るために作られている、白い城壁。

 遠目でも圧倒的な存在感を示す、巨大な城が見えていた。青と白を基調とした、建築物。老若男女、誰が見ても心を奪われるような美しい要塞。今作戦の目的地が見えていた。

 だが、イーサンが驚いたのは、その横だ。城の横は、木に覆われ、自然が多い場所だったが、今ではその影も無い。

 大きく開拓、整備され、軍の基地に変わっていた。

 とても大きな滑走路が数本敷かれ、戦闘機やヘリコプター、オスプレイ。戦車や軍用トラックなどの姿を複数確認出来た。その傍らには、大きな建物もあり、軍の設備であることは明白だった。

 この滑走路の事などは、依頼内容をエマに聞いてる時に会話に出ていた。それでも、実際に自分の目で見た時の衝撃は大きい。

 アメリカの過去と、セーラムの未来。それらが混ざった、新しいセーラムが産まれていた。


「そんじゃ、仕事の時間だぜ。ボス」


 堂々と正面から門を潜り、様々な店が並んでいる大通りを抜けた。宿の横にバイクを二台並んで置き、上から緑色のシートを被せた。

 木製の椅子と机、質素なベッドがひとつあるだけの小さな部屋。それでもしっかりと綺麗にされていて、気分は良かった。その部屋に荷物を置き、武器だけを所持する。

 四人が泊まる場合なら窮屈だが、ここに長居をするつもりは無い。その事をハーリングが行動で示していた。

 槍に巻かれている布を少しだけ解き、指を添わせ、赤色の刃の輝きを確認する。


「あぁ、手筈通り行こう。俺とハーリングで基地の方を調べる。エマとシナノは、城であの鍵などを調べてくれ。何か見つけたら直ぐに連絡するように」

「了解です!任せてください!」

「えぇ、分かってるわ。そっちも核を見つけたりしたら、壊す前にちゃんと連絡してね」


 それぞれ顔を見合わせて、古く小さい部屋を後にした。

 部屋を出て、階段を下りる。宿を経営している男が座っている、入口正面の受け付けを通過する。


「おや、夕食をお取りに行くのですか?お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「おう、ちょっと行ってくるぜ」


 髭を生やし、恰幅の良い老人。その老人にハーリングが明るく答え、宿の外に出ていった。

 空には、一番星が昇っている。太陽と月の両方が空に浮かんでいる、黄昏の時。

 薄暗くも黄金色の夕暮れ時。オレンジ色の屋根が日に照らされ、真っ赤に燃え上がっていた。

 仕事から帰る人々が大通りに溢れ、川で水遊びをしていた子供達が、びしょ濡れの姿で家に向かって歩いていく。

 石造りの道には、宿の影が長く伸びていた。

 太陽が沈み、世界が暗闇に呑まれる。その寸前。この時間帯からが、イーサン達の仕事の時間だった。


「エマ、シナノ無理はするなよ。あの鍵は、未知数な事が多すぎる。なるべく怪我も無く、また後で元気で会おう」

「勿論です!イーサンもハーリングの事をちゃんと見ておいて下さいよ」

「は?なーに言ってんだ。本当に突っ込んじまうのはお前の方だろうが。エマ、こいつの事良く見といてくれ」

「ふふっ、分かった。ちゃんと面倒を見ておくわ。安心して。それじゃ、また、後で」


 戦場に立つ以上、怪我はするし、死にもする。相手を殺そうとして、相手に殺されそうになる。

 直接口には出さないが互いの無事を祈り、大通りを二手に別れた。

 人に溢れた大通りを、真っ直ぐ城に向けて歩き出すエマとシナノ。大通りから横に抜け、人気の無い路地を進んでいくイーサンとハーリング。


「ボス、核の場所に目処はあるのか?」

「いいや、分からない。潜水艦や航空機に搭載されているのか、まだトラックなどに積まれているのか。だが、完全な抑止力にするためには、射程距離が必要だ。大陸間弾道ミサイルなら、どこかに発射台があるはずだ。それを探す」

「なるほど。その発射台を見つけて、ぶっ壊す。簡単だな。だが、時間は必要だ」


 路地を颯爽と歩いているが、それでも基地までは時間がかかる。

  時間を惜しんだハーリングが、イーサンの元へ近づいていき、


「お前……絶対落とすなよ?」

「任せとけって。落ちてもドンマイだ」


 イーサンを軽々と肩の上に担ぎ、ハーリングが大きく跳躍した。窓枠や壁の小さな凸凹に足をかけ、路地から屋根の上へと軽々と飛び上がっていく。

 そのまま、オレンジ色の世界を跳ね回る。

 イーサンを担いだまま屋根の上を蹴り進み、路地や少し広い道の上をジャンプして進んでいく。

 景色がとんでもない勢いで後ろに下がっていくにも関わらず、乗り心地はそんなに悪いものでは無かった。

 ハーリングが上手く足で衝撃を逃がしていて、イーサンへは殆ど揺れが伝わっていない。イーサンに伝わるのは、全身に感じる風圧だけだった。

 風に吹かれながら、イーサンを担いだハーリングが夕暮れの街を横断していく。

 そんな派手な事をしていても、ハーリングからは足音を含め、一切の物音が鳴っていなかった。更に高速で移動しながらも人通りの少ない場所を選び移動している為、空を跳ねるイーサンとハーリングの姿を見たものは居なかっただろう。


「止まってくれ、ハーリング」


 肩の上にいたイーサンが、ハーリングに制止するよう声を掛ける。その命令を受け、ハーリングがすぐさま停止した。

 ハーリングの移動速度は尋常では無く、街の横にある軍用施設が見えるところまで来ていた。軍用施設のフェンスの外にある大きな道路。そこにある一台のトラックに目を惹かれていた。

 中央にトラックがあり、その前方に戦車、後方に装甲車が並んでいて、厳重な警備をしていた。

「あのトラックか?積荷が何か分かるのか?」

 トラックの荷台には、特徴的な記号が描かれたドラム缶が並んでいた。ドラム缶と言っても形が似ているだけで、そこにあるのは鋼鉄製の保護容器だ。

 銀色の保護容器に描かれた、黄色の背景に黒の配色のハザードシンボル。アルファ線、ベータ線、ガンマ線を表す三つの葉と、中心に一つの丸。


「あの積荷に描かれているのは、放射能標識だ。中身は恐らく、イエローケーキか高濃縮ウラン。濃縮技術の有無から考えて、後者だと思う」


 核兵器の原料であるウラン。

 ウラン鉱石を粉砕し、濃酸やアルカリで処理。乾燥、濾過した黄色い粉末。粗製錬されたウランの総称として、イエローケーキと呼ばれていた。

 核分裂を起こすウランの濃縮度を、二十パーセント以上に高めた高濃縮ウラン。原子力空路や原子力潜水艦などの原子力推進機関や研究用原子炉、そして、原子爆弾に使用される物だ。

 原子爆弾に使用するには、最低でも二十パーセントが必要であり、実際には九十パーセント近くの濃縮度となっている。

 核兵器に使用するには、イエローケーキから濃縮する必要がある。それには、大規模の施設や高度な技術が必要になる為、イエローケーキを輸送している可能性は低い。

 今、目の前にあるウランは、恐らくは兵器級、濃縮度九十パーセント以上の高濃縮ウランだろう。


「ウランっていうと、核兵器の中身か。どうする?」

「あのトラックは基地の外周を走っている。トラックを追いかけながら、基地内に核が配備されてないか捜索しよう。やれるな、ハーリング」

「了解した。捕まっていろ」





「セーラムに来るのは初めてなんですけど、綺麗で良いところですね。人が沢山居て、食べ物も美味しそうで。いつか、こんな場所に住んでみたいです」

「あら、これが終わったらこの街に住むのもいいんじゃない?私は歓迎するわ」

「んー、でもこの混乱が過ぎても、きっと次の何かがまた出てきますからね。私みたいな戦うことしか出来ない人は、もう少し世界が平和になってから休む事にします」

「そう。シナノは、どうしてそんなに戦うの?」

「これしか無いから、という言い方はあまり良くないですね。私の帰る場所が、オーマだからです」

「オーマが帰る場所……。この質問は答えなくてもいいけど、故郷はどうしたの?」

「……そんなに面白い話じゃ無いですよ。ここから遠い山にある、小さな村で産まれたんですけど、その村には規則があったんです。その規則を色々あって破ってしまい、追い出されてしまった。そこからも色々あって、オーマに、イーサンに拾われたんです。だから、帰る場所はオーマだけになりました。というお話です」

「……そう。ま、生きてれば色々あるものね。子供の頃には想像した事も無い、全く何も知らない未知の場所に大人になって気付いたら立っていたりするもの」

「ええ、そうですね。きっと、昔の私が今の私を見たらびっくりすると思います」


 会話をしていられるのはここまでだった。

 城門近くの建物の裏で足を止める。

 白く大きな城門の前には、城兵が数人並んでいた。

 赤い制服で目が隠れるほど深く帽子を被った兵士。軍服などに近い服装の様だった。

 城兵が手に持っている銃の先端には、短剣が着いていた。槍のように使用する銃剣。その剣筋が、気高い城兵の心情を表すかのように空を向いていた。


「壁も登れない訳では無いですけど、近くで見ると結構高いですね。どうしますか?」

「安心して。そんな方法をしなくても、中に入れる裏口があるわ」


 自身の肘を抱き、エマが得意そうに答える。ここは、エマが住んでいた城。エマの庭、そう言っても過言が無い場所だった。

 エマを先頭にして少し歩くと、小さな小屋に着いた。大通りから一本路地に入った場所にある、古そうな建物。


「えっと、ここは?見た目的には廃墟っぽいんですが」

「ここから城に行くの。ほら、入って」


 何処に持っていたのか、小さな古い鍵を取り出し、ドアにある鍵穴に差し込んだ。しっかりと奥まで入り、エマが鍵を回すのと共に開く音が鳴った。

 左右を確認し、急いで入っていったエマが中からシナノを手招きする。その誘いに乗り、シナノも埃っぽい小屋の中へと進んで行った。

  中には小さな木のテーブルや机があるが、人が生活をしているような痕跡は無かった。埃が積もった空き家の様だった。


「ほ」


 困惑するシナノを放っておき、エマがしゃがみ込む。そして、少しだけ他の場所よりも埃が少ない床板を持ち上げた。


「凄い、地下通路じゃないですか!」


 驚き、大きな声を上げるシナノを注意し、床下に現れた階段を下る。切り出された石に囲まれ、床に特殊な鉱石が埋め込む事で明かりなどもしっかりと整備された洞窟。

 一定の感覚で置かれている床の白い光は、遠く先まで続いていた。

 外とは違い、ひんやりとした空気の地下通路。そこを、エマとシナノの二人が歩き出した。

 それなりに長いあいだ地下通路を歩いた様な気がする。一本道の反対側、城内にある地下通路の出入口付近に到着し、道塞いでいる鉄格子の鍵を開けた。

 そして、入ってきた時と同じような石の階段を登り、頭上の石を少しだけ持ち上げる。


「よっと」


 着いた場所は、窓が一つあるだけの小さな物置部屋だった。

 年季の入った箒やモップが壁に立て掛けられていて、使われていない花瓶やバケツなど様々な物が置かれている。

 物置部屋内に人が居ないことを確認し、持ち上げていた石を横にずらす。どうやら、無事に城内までは来られたようだった。


「それで、何処に向かいますか?鍵の事を調べられる場所……図書室とかですかね」

「図書室の本は過去に全て読んだけれど、そういったものは無かったわ。立ち入り禁止、いいえ、近寄ることすら禁止だった部屋があるの。そこに向かいましょう」

「了解。取り敢えずついて行きます」


 城内での事は、エマの方が断然詳しい。普段から怪しそうな場所、不思議に思う場所があったのだろう。エマが目星をつけている場所へ、向かうことになった。

 軋む音を立てながら物置部屋のドアを開けると、広く、大きな廊下の端に出た。

 高そうな赤い絨毯が遠くまで続き、美しい白い柱が何処までも並んでいる。廊下に大量に置かれている窓からは、傾いている赤い陽の光が差し込まれていた。

 簡易的なシャンデリアが、頭上を幾度も通っていく。

「あの、こんなに堂々と歩いていて大丈夫なんですか?」

 前を歩いていくエマの後ろを着いていくが、少し堂々とし過ぎている気がした。

 足音は赤い絨毯が揉み消してくれているが、シナノの鎧などが本当に少しだが金属音などを鳴らしている。

 それにも関わらず、エマは紅色のマントを揺らし、廊下を颯爽と歩いていた。


「大丈夫よ。この時間帯はみんな作業をしてるの。むしろ、急いで目的の部屋まで行った方がいいわ」


 そう話し、早歩きをするエマ。

 その背中を急いで追おうとした時、ふと懐かしい匂いがした。一日中嗅いでいた時もあった、忘れられない匂い。

 鼻の奥にツンと入って来て、離れづらい豊満な香り。これは、


「……血の匂いがする」


 自分のすぐ横にある、豪華な装飾がされた大きな扉。

 その向こう側から、微かではあるが感じられる血の気配。それに気付いてすぐ、手はドアノブへと迫っていた。

 違和感がある。この城に来てから、何かが引っかかっている。奇妙な謎が自分の周りを蠢いているように感じる。その答えが、この先にある。

 そんな気がしていた。


「何をしているの?」


 その手を止めたのは、振り返ったエマの冷たいトーンの一言だった。


「いえ、その、血の匂いがしたので」

「……そこは医務室よ。血の匂いだってするわ。いちいちそんなのに構っていられる時間は無いの。早く行くわよ」

「すみません。行きましょう」


 エマの冷徹な雰囲気に押され、血の匂いの部屋を後にした。

 無言のまま絨毯の上を進んで行き、先を歩いていたエマがある部屋の前で止まった。

 気付けば、廊下の反対側まで来ていた様だ。廊下の一番端。突き当たりにその扉はあった。


「ここよ。私も入った事は無いからよく知らないわ」


 冷たく重たい、暗い茶色の木製の両開きの扉。金色のドアノブが一つあるだけのシンプルな作りで、重厚な雰囲気が漂っていた。


「鍵……はかかってないわね。入れるわ」


 金のドアノブを捻り、静かに開かれていく扉。少しだけ開け、その隙間に身体を滑らせるエマ。


「お、お邪魔しまーす」


 その後ろをシナノも入っていき、再び扉は閉まった状態に戻される。

 少女達の小さな話し声も重い扉に阻まれ、廊下は完全に静かな空間へと変わっていた。


「……これは、もぬけの殻、というものでしょうか」


 部屋の中に入って最初に目に付いたのは、埃を被った大量のビーカーや試験管が並んだ棚だ。本が数冊だけ入っている大きな本棚や、何も入ってない木箱、空っぽの植木鉢なども置いてあった。

 全体的にがらんとした印象で、エマが部屋の中心に置かれた机に触れると、指先に埃がついた。その埃をフーっと息を吹いて飛ばし、改めて部屋を見渡す。


「そうみたいね。私の勘がハズレて、無駄な時間を過ごさせたわ。ごめんなさい」

「いえ、謝らないでください。城には情報が無かった、という情報を得られただけで収穫です。ここからは、私達も核を探しましょう」

「そうね。イーサン達が基地の方に行ったのに連絡が無いということは、恐らく無かった。あり得るとしたら、ここの地下ね」


 人差し指一本を床に向けて立てるエマ。


「了解しました。イーサン、ハーリング聞こえますか?城にこれといった情報はありませんでした。今から核を探しに、城の地下に向かいます」


 無線を使い、イーサンとハーリングに報告をする。すると、一泊置いてからイヤホンから無線特有の雑音が聞こえ、高速で風を切るノイズが鳴り始めた。


「了解。基地にある機体に核は積まれて無さそうだった。今追っているトラックは地下トンネルに向かっている。恐らく、城の地下がビンゴだ」


 ハーリングに背負われながら、シナノの無線に答えるイーサン。

 基地に置かれている機体に、大陸間を飛行出来るような大型のミサイルは無い様子だった。ミサイルを積んだトラックも、発射場も基地には無い。

 それを確認し、今はトラックを追う事に専念している。そして、その道は外では無く、オレンジ色の証明に照らされている、地下トンネルに続いていた。


「そういう事だ。地下のどっかで落ち合おう」

「どっかって、何処ですか……」


 ハーリングの適当な無線で会話が終わり、それぞれが城の地下を目指し始めた。

 エマに案内をして貰い、地下への暗い階段を下っていく。

 明かりをつけるとバレてしまうかもしれない、という観点から明かりをつけずに暗闇の中を降りていった。


「こうも暗いと大変ね……っと」

「大丈夫ですか?」


 暗闇で躓いたエマの腰をシナノが一瞬で支える。そして、そのままお姫様抱っこの形になって、シナノが何事も無かったかの様に階段を降り始めた。


「あの、これは?」

「私、暗闇に目が慣れるのが早く、力もあるので。このまま下に降りちゃいましょう」

「あぁ、そう」


 暗くて顔は分からなかったが、恐らくシナノは笑顔だっただろう。善意百パーセントのお姫様抱っこのまま階段を下っていった。まだ下の階があるようだが、目的の場所はここだとエマが言った為、お姫様抱っこしていたシナノが停止する。

 鉄の大きな扉が一つあり、その左右の石から放たれる白色の明かりが心の平穏を取り戻してくれた。

 お姫様抱っこから降り、鉄の扉に着いている鍵をシナノに破壊して貰う。「ほ」という軽い掛け声と共に南京錠を砕かれ、扉が半開きになった。

 そして、ゆっくりその鉄の扉を押し開ける。


「広い、ですね」


 地下は、非常に大きな空間だった。

 巨大な銀色の円柱が立ち並び、大量のパイプが円柱達を繋いでいる。梯子で上に登れる様になっている巨大な白いタンクや、大量に並んでいる黄色いドラム缶。

 空間の至る場所に、特殊なマークが記されていた。三つの葉と、一つの円。


「驚いた。ウラン濃縮の技術をこの国が既に持っていたなんて」


 そこは工場だった。

 核にまだ使うことの出来ないイエローケーキを、核に使える高濃縮ウランにする為に地下に作られた大規模な工場。

 エマ達が来た場所は、遠心分離機などが大量に設置されている空間だった。


「本当、驚いたよ」


 男性の呟きが聞こえたと思った瞬間、天井にあった巨大な排気口の蓋が外れ、巨大な金属音が鳴り響く。


「きゃッ……ってイーサン?」


 外れた排気口の中から飛び降りた影。その正体は、身体に着いた埃を払うイーサンだった。その後から「よっ」という掛け声と共にハーリングが飛び降りる。降りる際に槍が排気口の入口を大きく切り裂いたが、問題は無いだろう。


「イーサン、そういう手も使うんですね。先に言っておいてください」


 排気口から降りてきたのに驚いたエマがイーサンに向けてため息をつく。


「今回はハーリングとシナノが居るから割と表から行っているが、もともと俺はこっち系なんだよ。驚かせたのは悪かった」

「ま、合流は何とかなったな。無事そうで何よりだ。それより、お前らも交戦をして無さそうだな」


 ハーリングがシナノとエマの服装が綺麗なのを確認し、戦闘をした形跡が無いことを確認する。


「お前らも、という事はつまり、ハーリング達もですか?それは、少し……」

「おかしいよな。基地に少し軍人は居たが、この工場には全く人が居ない。まるで、全員死んでいるのかってくらい静かだ」


 工場内は静まり返っている。遠くから何かの機械音が少し聞こえてくるだけで、残りはイーサン達の小さな話し声のみだ。


「そんな事より、ここは悪魔で核の燃料を作る場所よ。核が置いてある場所では無いわ」

「そうだな。俺とハーリングが来た地下トンネルには別のルートがあった。きっと、そっちに核の発射場がある」


 地下トンネルは、途中で二手に別れていた。イーサンとハーリングは自分達が二手に別れるのは不味いと判断し、そのままトラックの後を追いかけ、この地下工場へと辿り着いていた。

 核発射場があるとすれば、その道のもう片方だろう。


「なら、カチコミですね。行きましょう!」


 シナノが拳を固め、殴りに混みに行く決意を固める。

 イーサンは、工場に向けて銃を放ち、グレネードの一つでも投げ込もうと考えたが、実行には至らなかった。

 ここにある物はウランだ。核燃料に使われるものであり、放射能に関係するもの。

 この工場を放って置くことは出来ないが、無闇矢鱈に破壊する事も出来ない。核に関連するものの面倒な事に直面しながら、工場を後にした。


「遠いですね」


 走りながらでも息を一切切らさず、涼しい顔でシナノが愚痴を零す。

 トンネルを引き返し、二手に別れる場所をもう一方の道に行き数分。オレンジ色のライトに照らされるアスファルトの上をずっと走って進んでいた。

 高速道路のトンネルなどに非常に似ている空間。

 四車線分はある大きな道路。天井も高さがあり、巨大なトラックなどでも通れそうな道だった。

 アスファルトと天井の明かり、地面の白線。壁を伝う謎のパイプやケーブル。それだけが延々と続いていた。

 四人とも体力は十二分にあり、まだまだ走れる。だが、四人の足が一斉に止まった。


「時間よりも少し早めだな。普段ならいい心掛けかもしれないが、今回ばかりは迷惑だ」


 地下トンネルを照らすオレンジ色のライトが、緊急事態用の赤色のライトに奥の方から切り替わって来る。

 オレンジ色と赤色の最前線。変更の境目を、一人の男が歩いていた。

 漆黒のレインコートに黄金の腕。顔を隠すフードとガスマスク。

 トンネルに木霊する、明るい口調。

 赤色に変更された空間に立っていたのは、アーカムだった。


「アーカム。てめぇ、今回は加減無しだぞ」


 レインコートの男に向けて、ハーリングが赤い槍の刃を向ける。


「当然だ。寧ろ、あの砂漠で俺を殺さなかった事を後悔することになるだ……」


 アーカムが腕から鍵を取りだし、鍵穴を開く。その直前だ。

 相手が戦闘態勢に入る前、その時点でハーリングはアーカムの懐に侵入した。数十メートルはあった空間を、悟られるような準備も無しに埋めていた。

 槍が、アーカムの顔を下から上へ突き抜ける。砂漠での出来事のように、鍵の力で避けられたとしても容赦なく追撃する。そう、決めたはずだった。


「なッ」


 一般人なら何も出来ずに死んでいる。相当の手練であってもハーリングの移動速度を捉えることなんて出来ないはずだ。それにも関わらず、アーカムは懐にいるハーリングの事を目で追っていた。

 赤い槍の軌道。その先にあったはずのアーカムの頭が横にズレる。その事実だけで、ハーリングは引く判断をしていた。

 槍を避けられたのと同時に後方へと大きく跳ね、イーサン達の元へと帰還する。それと同時、ハーリングの居た場所を八つ裂きにする形で天井や壁、床から細長い触手が飛び出していた。


「あいつ、砂漠の時の比じゃねぇ。鍵に助けて貰ったんじゃなく、自力で俺の槍を避けやがった」


 ハーリングの発言により、場の緊張感が強まるのを感じた。


「良い引き際だ。だが、お目当ての核はこの先だぞ?通ってみろ」


 銀の鍵によって、扉が開かれた。

 広かったトンネルが狭く感じられる。触手にまみれた怪物が次々に姿を表した。

 黒く染まった地面から巨大な四足歩行の生物、壁に張り付く爬虫類、巨大なハサミをガチガチと鳴らす甲殻類、狭いトンネル内を飛ぶ鳥類。その全てが触手を振り回していた。

 遠くまで見えていたトンネルが、百は居るだろう蠢く肉塊で遮られた。


「相手にするには数が多すぎて、面倒くさすぎるな。どうする」


 通路を埋めた怪物達を見て、ハーリングが苦笑いを浮かべる。


「それでも、核の元へ行くにはここしか無いわ。私とシナノが強引に突破する。イーサンとハーリングは後ろから援護して」

「そうしましょう。一点突破です!」

 イーサンとハーリングの二人に援護を要請し、エマが一歩前へ出て、短剣を引き抜く。それと共にシナノも刀を抜き、突撃する姿勢を整えていた。

「了解した、俺が道を開ける」


 そう話しながら、左腕に着けている自身の腕時計を二回、指で弾くイーサン。その直後、銀色のメタリックな輝きを持った液体が、イーサンの上半身から溢れ出した。

 上着の内側から染み出て、生き物のように滑らかに動く液体金属がイーサンの右腕に集まり、武装を形成し始めた。

 右腕を肘まで飲み込み、二本の長い特殊な砲身が生み出されていく。二枚の板の様に見える特殊な砲身の間を、青白い稲妻が飛び散り始めた。

 銀色だった液体金属が、形成が終わるのと共に灰色と黒色に変わる。

 イーサンの右腕には、弾を電磁気力で加速させ、目標へ向けて撃ち出す電磁兵器。レールガンが装備されていた。

 その歪な光景を見て、エマの眉間にシワが寄っている。


「な、なによそれ。今、何をどうしたの!?」

「ナノテクノロジーと液体金属、形状記憶合金と超弾性合金。人間の叡智が混ざった代物だ」


 普段は、イーサンが身に付けている防弾チョッキの中で保管されている液体金属。非常に硬く、とても軽い素材で、とても重宝される装備品だった。

 防御力を求める際や持続的な戦闘をする際は、防弾チョッキの中に。そして、今回のような大火力、破壊力を求める時は、防弾チョッキの中から現れ、武装へと変身する。まさに奥の手、切り札と呼ぶべき武装だ。


「行くぞ、走れ二人共ッ!!」


 特殊な砲身らしく、銃口から十字型の巨大な光と共に、独特な高音がトンネル中に鳴り響く。

 白い稲妻を纏ったエネルギーの凝縮体が、赤いトンネルを落雷のように白く輝かせた。

 大きく後ろに仰け反るイーサン。液体金属が背中や腰をサポートしていなかったら、イーサンの身体が先に壊れていたかもしれない。

 イーサンの腕から放たれた、中央にコアを持つ巨大なビーム。それは、一瞬で目の前の目標地点、グロテスクな怪物の群れに直撃する。否、ぶつかりはしなかった。超高温のビームが近寄った瞬間に怪物の肉体は溶け、瞬時に蒸発していた。

 蒸発を避け、焼け爛れた肉片がトンネルの壁や天井に張り付き、威力の高さを物語っていた。

 イーサンから群れの向こう側までの道路が大きく抉り取られ、一本の道が出来ている。

 所々溶け、熱そうな道の上をエマとシナノが同時に走り出した。


「気持ち悪いし、鬱陶しい!何匹いるのよ!」


 群れの中央を突き進む二人に、当然だが怪物達は集まって行く。襲いかかって来る怪物全てを戦闘不能にまで追い込む事は難しい。正面から飛び込んでくる鳥に縦に刀を入れ真っ二つにし、横から突進して来た二メートル程の熊の太い脚を短剣で切り裂き、横転させ、小さい怪物達を潰させる。

 殺せるものは斬り殺し、手間取りそうなものは受け流す。臨機応変に対応し、怪物の群れを突き進んでいった。


「デカい奴は任せろ!小さい奴らだけ潰して進め!」


 怪物の群れの中で、赤い軌道が暴れ回る。砂漠で遭遇した山羊の様な、体長が数メートルある巨大な怪物。それらに目標を絞り、ハーリングが次々に殺して回った。

 人間の身長と同じくらいの大きさの頭を骨ごと切り落とし、触手と毛皮、厚い脂肪や肉を貫通し、脈打つ怪物の心臓を槍で破裂させる。動脈を断たれ絶命していく肉塊を蹴り飛ばし、次の標的に飛んでいく。鳴き叫ぶ怪物の顔面に挨拶として蹴りを入れ、長く、荒々しい牙をへし折る。宙に舞った白い牙の破片を槍で弾き、次の標的の胴体に食い込ませるなど、人間を超越した戦闘を繰り広げていた。

 更に、砲身の冷却が済み次第、超火力のレールガンが群れに向けて火を吹いていた。冷却中は、グレネードやアサルトライフルで向かってくる怪物を肉片に変えていった。

 大きめのが来た際は、イーサンの身を守る方に使っている液体金属を左腕に移し、ガトリング砲を形成して、超高速の銃声を響かせていた。飛び掛って来た怪物の頭から胴体までが物体から液体へとすり潰され、血飛沫としてトンネルに散らばっていく。

 高速で回る砲身から放たれる弾丸も液体金属を使用している為、撃てば撃つほど身を守る液体金属は減っていく。しかし、イーサンの身体能力もかなりのもので、壁に張り付く爬虫類の触手を軽々と回避し、逆に鉛玉を全身に浴びせていた。


「はァッ!!」


 シナノの刀が触手を切り刻み、怪物の顔を削ぎ落とす。その死体を飛び越え先には、怪物なんて居ない、地面の白線が見えなくなるほど溢れ出た血も無い、ただ先へと続く地下トンネルがあった。

 そのトンネルには、アーカムが立っていた。何もせず、ただ立っているだけのアーカムを視界の端に捉えながら、その横を高速で通過していくシナノとエマ。


「抜けた!イーサン、ハーリング、触手の群れを突破しました!」


 耳に手を当て、全速で走りながら無線で後方に連絡をする。


「大丈夫、ちゃんと二人共行けたわ!」


 シナノのすぐ後ろをエマも走り抜け、強引に突破する作戦が成功した事を伝える。

 だが、当然だが追っ手がいる。群れを抜けた二人に向けて、大量の触手が伸びていた。しかし、そんなものは無意味だ。シナノとエマの走る速度には全く追いつかず、空を切って終わるだけ。

 シナノとエマの姿はどんどん小さくなり、背中を追おうとしていた触手の事など知らず、トンネルの奥へと消えていった。


「女の子組が核を壊しに行っちまったが、これからどうすんだ?アーカム」


 触手の群れとアーカムを飛び越え、地面と靴の摩擦で火花を起こしながら、金属音と共に道路の上を滑る。

 形勢逆転、アーカムがシナノとエマの後を追いかけ無いよう、ハーリングが道を塞ぐように立っていた。

 血に染った赤い槍の剣先を地面にぶつけ、肉片などを叩き落とす。それは同時に、アーカムへの威嚇でもあった。


「いいや、何も変わらない。元から俺の受けた命令は、イーサンとハーリングの二人を行かせないようにする。それだけだったからな」

「なに?」

 アーカムの発言にハーリングが眉を顰める。

「……戻れ」


 アーカムの言葉と同時に地面が黒く染まり、生死に関わらず全ての怪物の姿が沈んでいく。壁や天井についている血や小さな肉の欠片も全て消えていった。


「安心しろ。お前達の相手は、俺がしてやる」


 アーカムの義手が金属音を立てながら変形していく。それは、いつものように鍵を取り出す為ではない。

 エネルギーというものは、熱を持つ。その熱エネルギーを逃がす為の放熱機関。それが今の変形だった。

 開かれた義手の隙間から、白い煙と共に神々しくも禍々しい紫色の強い光が姿を現す。義手の内側から風が溢れ出し、トンネル内に風きり音が響き渡る。

 揺れる黒色のレインコート。エネルギーが溢れ出ている金色の義手には、剣が握られていた。否、それを剣と呼べるのは不明だった。それは、宝石だ。内側にじんわりと明かりをともしている紫色の宝石。レイピアと呼ばれる武器に近く、細長い形で先端がとても鋭利になっていた。

 グリップやガード何てものは無く、鋭く長い宝石を剣として持っている、という説明が一番近いだろう。


「ハーリング、油断するなよ」

「当然だ。全力で行くぞ、ボス」





「エマさん、トンネルの終わりです!」


 シナノとエマが怪物の群れを超えて、五分程走った時だ。遂に、トンネルの終着点。核ミサイル発射場の壁が見えていた。

 トンネルと発射場を繋ぐ道路には、分厚いシャッターが降りていた。その為、シャッターの脇にある、人間用のドアの近くへと進む。その時だった。


「ッ、シナノ避けて!」

 爆音と共にシャッターが内側から破壊され、触手で頭を包んだ巨大な猿が倒れ込んで来た。

 破片が道路中に散乱し、不快な金属音が辺り一面を取り囲む。


「オオオアアアァ!!」

 身長が三メートル程ある大猿。茶色の体毛に長く伸びた尻尾、発達した筋肉を持つ化け物。

 鼓膜が引きちぎれそうな咆哮を上げ、道路上にいるシナノとエマに向けて、突進して来た。それを二人共、左右に回避し、それぞれの武器を引き抜く。

 刀と短剣、それを見て、大猿はこちらの動きを確認するようにゆっくりと歩き出した。


「シナノ、こいつは私が何とかする。貴方は核を破壊しに行って!」

「でも、そいつ結構強そうですよ!」

「大丈夫、何とかするわ!急いで核を!」

「……了解しました!」


 背中で走り去っていくシナノを感じ取る。鎧の足音が聞こえなくなっていき、エマと大猿の視線が交差する。


「……」


 一泊置いた後、エマの短剣が大猿の腕や胴体に傷を負わせ始めた。

 ひたすらに走る。階段を二弾飛ばしで駆け登り、銀行の金庫のように厳重な重い鉄の扉を蹴り開け、細く、狭い通路を駆け抜ける。

 スイッチが大量に設置されている部屋を通り抜け、南京錠を破壊し、更に奥へと進んで行く。

 パイプやケーブルが大量に張り巡らされている通路を駆け抜けた先だった。


「あった」


 これまでよりも何倍も厚い、金属の扉。その扉を開けた先は、縦に非常に長い部屋だった。壁中にパイプが張り巡らされ、無機質な空間。

 その空間の上部に姿を現したシナノ。メンテナンスなどをするための場所で、金網の床と靴がぶつかり合い金属音が木霊する。。

 金網の床の向こう側。自分の下に、筒が見えた。この縦長の空間に保管されている、目標である筒が。


「あれを、壊せば」


 筒を発見した途端、身体は動いていた。目の前の柵に片手を乗せて、飛び越え、そのまま数メートル下へと落下する。

 一瞬の風を感じた後、硬い足音と共に筒の上に着地した。

 ゆっくりと腰から刀を引き抜き、銀色の刃を天へと向けた。


「これで、作戦は完了する!この、一撃で、」


 足の下にある、白い筒。全てを燃やし尽くす圧倒的な力。そこにあるだけで敵の動きを止める抑止力。

 だが、生きている訳では無い。シナノがその上に乗り、刀を振り上げても止めるどころか反撃なんてして来ない。

 人がスイッチを押さなければ、ただの置物。ただの物体だ。殺そうとしても、殺し返される事は無い。

 砂漠で敵対した山羊よりも簡単だ。

 殺せる。壊せる。消せる。無くせる。終わらせる。今の状況なら、このタイミングなら、相手がこれなら、自分の力なら、この冷たく横たわっている目標を斬れる。

 そう、確信した。


「終わりッ!!」


 呼吸を止め、刃を振り下ろす。

 大気を切り裂き、首を切るように横から目標へと向かっていく。一瞬、否、その剣撃の前では、瞬き一つすら遅すぎる。

 刀の先は、再び上を向いていた。シナノを軸に銀が円を描き、目標を一撃で仕留めた、はずだった。


「……な、に?」


 シナノの瞳は、捉えていた。自身の刀が、核に当たらなかった事を。

 刃は白色の筒を斬らず、灰色の見知った床を抉っていた。ザラザラとしていて、滑り止めの効果が大きい床。その灰色の床には、白や黄色で線が引かれ、緑色の照明が点灯している。

 波の音が耳に届き、潮の香りが鼻をくすぐる。冷たくも心地よい風が身体を滑り、髪を揺らす。


「モビィ……ディック。どうして」


 自分が立っている場所は、間違い無くオーマの本拠地。空母、モビィ・ディックの甲板の上。その事だけは、理解した。それ以外の事が何も分からない。

 核に向けて振り下ろした斬撃は、甲板に傷を作っている。


「……イーサン、ハーリング、エマ聞こえますか!?敵の転移魔術によってモビィの上に飛ばされたと考えられます!クーパー、今すぐにヘリの準備をお願いします!」


 頭を高速で回転させ、情報を噛み砕く。

 こうなったのは、恐らく転移魔術の力だ。アーカムが瞬間的に移動するのと同じ力。その力を自信にでは無く、相手に使ったのだろう。

 情報を砕き、無線で仲間に連絡を取る。


「聞こえてますか!誰か、反応出来る人は!?」

「シナノ、無事か!君達がセーラムに入った辺りから、無線もGPSも機能しなかったんだ。一体どうなっている!?」


 シナノの無線に反応したのは、クーパーだった。


「核を発見し、破壊しようとした所、転移魔術で飛ばされました!ヘリコプターの準備をしてください、直ぐにセーラムに戻ります!」

「了解した。無線が途絶えた時点でモビィを浜に動かしてある。そんなに時間はかからない筈だ。直ぐに……ッ!敵襲だ、艦内にい」

「ッ!」


 クーパーの無線が途中で停止する。

 その理由は、一目瞭然だった。巨大な振動と爆発音、それと共に、艦の後方から火柱が現れる。

 銃声と悲鳴、爆発音が聞こえたのと同時、シナノが走り出した。




「ダメージコントロール!艦後方の隔壁を封鎖、非戦闘員は緊急退避!これ以上深く侵入させるな!」


 アラートが鳴り響く戦闘指揮所で、クーパーが指示を叫ぶ。

 通路が隔壁によって遮断されていくが、モニターに映る敵の進行は止まらなかった。

 黄色のローブを被った人型の生物。そのローブから出ているのは、足ではなく無数の触手だ。

 触手の塊を操り、黄色いローブを被った痩せこけた男は進撃していく。その無数の触手で素早く移動し、隔壁を押し潰す。銃を撃つ戦闘員を壁に叩きつけ、奇声を放ちながら艦内を血塗れにしていく。


「ダメです、止まりません!真っ直ぐに戦闘指揮所へ向かって来てます!」

「現在、目標は第二十六隔壁を突破。戦闘指揮所までは残り四つです!」


 モニターを見ていたスタッフの恐怖が練り込まれた叫び。 敵の目標は間違い無く、ここ、戦闘指揮所だった。

 艦後方から侵入し、他のものには目もくれず、驚異的な速度で目的地へと進んでいる。


「ここを落とす知性があるのか……。もう少し耐えてくれ!ここを捨てるわけにはいかない!シ……ッ!?」


 無線で連絡を取ろうとした瞬間、戦闘指揮所の入口が巨大な物音を立て、弾け飛んだ。重く硬い鉄の扉が部屋の中を飛んでいく。扉の周りの壁は砕け、瓦礫が周囲に散乱する。

 瓦礫の上に立つ、触手の塊。黄色いローブの下にあるギョロっとした目が部屋の中を見渡している。

 その姿を見て、クーパーを含めた全スタッフの身体は固まっていた。呼吸をする事すら難しい張り詰めた空気。

 悲鳴すら上がらず、敵の次の行動に全員が怯え、警戒している。


「キ、キキキキキァァァァァァ」

「ぁ、うッ」


 黄衣の男が再び奇声を放つ。鼓膜を切り刻み、正気を失いそうになる奇妙な声。狭い戦闘指揮所内に響き渡り、脳が軋む。

 気味の悪い不協和音の中、男の周りに異変が起きる。男の羽織っている黄色のローブが浮き始めた。風だ。艦内にも関わらず、男の周りにだけ風が吹き荒れていた。

 風は周囲の瓦礫を持ち上げ、男の周りを回っている。鉄の破片に小さなネジ、血に塗れた誰かの骨や歯。それらが男の周りを高速で周回している。


「キアアアアアァァァァァッ!!!」


 男の奇声が更に大きくなった。

 理解していた。これは、男の攻撃だ。次の瞬間にはあの風が暴風となり、戦闘指揮所を破壊する。鉄の破片がレーダーやモニターを砕き、硬いネジが機器を貫通し、誰かの骨がスタッフの脳みそを切り裂く。

 その未来が目の前にある。否、あった。


「はあァッ!!」


 戦闘指揮所の壁が再び強大な力によって壊され、爆発に近い音を立てながら破片が散らばる。その中心には、刀を突き出すシナノの姿があった。

 壁を破壊して飛び出してきたシナノは、目の前の男を殺す事だけに意識を注いでいる。


「シナノ!」


 突然現れた応援に驚きつつも、心配や感謝などあらゆる感情が混ざった声を掛ける。だが、シナノの耳にその声は届いていなかった。

 服や身体に鉄の破片などが当たることは無視し、傷を作りながらも男との距離を一瞬で詰め切る。

 刀は、飛び出してきた勢いのまま男の首に突き刺さり、黄色のローブごと貫通した。非常に深く差し込まれ、鍔に男の顔が触れている程だった。男から真っ赤な血が溢れ出るが、死んだ様子は無い。その事にシナノも気付いていた。


「ッ!!」


 間違い無く血管や神経、脊髄は貫いている。それでも死なない男に対して次にやる事は、戦闘指揮所から離す事だった。

 瓦礫で足場が悪いなか全力で強く踏み込み、男の身体を高速で壁に叩きつける。壁は、シナノの全力に耐えきれずに壊れ、そのまま隣の部屋に二人の身体が転がり込んだ。

 舞い上がる埃の中でも首に突き刺した刀を握り締め、更に奥の部屋へと鉄の壁を破りながら進んでいく。

 男の胴体に蹴りを入れて押し込み、腕を掴み倒れ込む。

 もはや通路を通って引き離すという方法は無い。この男を少しでも自由にしたら何をされるか分からない。その為、壁を破壊し、強引にでも艦の外に追い出そうとしていた。


「キキキキアアアアアァァァァッ!!」


 男もただ引き離される訳ではなく、触手を通路やシナノの細く白い綺麗な首や腕に絡ませて抵抗しようとするが、シナノの怪力がそれを許さなかった。通路に伸ばした触手は無視し、そのまま押し込んで引きちぎる。首や腕に飛んで来た触手は即座に剥がして握り潰し、抵抗を無へと返す。

 鉄板をねじ切り、硝子を砕く。ボトボトと触手を落としながら着いた先は、赤い回転灯が照らしている広い空間だった。

 赤と黒の警戒表示が敷かれ、遠くへとレールが伸びている。複数の戦闘機が上の滑走路から、この中の滑走路へと運ばれていて、レール上にも戦闘機が設置されていた。

 クーパーの愛機のF35に良く似た機体。灰色を基調としたカラーリングに双発のジェットエンジン。

 刀をしっかりと握り、男の胴体を持ち上げる。そのまま両足に力を込めて跳ね、カタパルトに設置されている戦闘機、F22に男を叩きつける。

 シナノの力によってキャノピーが割れ、男の身体がコックピット内に押し込まれた。刀が機体に差し込まれ、男が動かないように固定される。


「クーパー、カタパルトをッ!」

「艦内カタパルト射出!最大速度だ!」


 無線からクーパーの声が届いてすぐ、身体に力が加えられる。

 対Gスーツ着用などが必要な程の力にも関わらず、腕力と脚力だけでカタパルトから射出される戦闘機に喰らい付いていた。

 大量の稲妻が走るレールの上を運ばれ、開かれている扉から外に投げ出される。

 機体には、パイロットが居ない。エンジンが起動していない為、カタパルトから射出されても落ちるだけだ。だが、人が乗っている際は使用しない、とてつもないGがかかる最高速度の射出をした為、機体はエンジンが起動していなくてもそれなりの距離を飛ぶことが出来た。

 クーパーがモビィ・ディックを浜に動かしてあると言っていた通り、目の前には、海だけでなく砂浜と暗い森が見えていた。


「ッ!」


 森が近づいてきたタイミングで刀を引き抜き、高速で飛んでいく機体を蹴り、離脱した。

 全身に一瞬の浮遊を感じた後、宙で回転し、着地の体制を整える。今にも雨が降りそうな曇り空が一瞬で緑の葉に隠され、暗い夜の森の中に侵入した。

 土が柔らかいとはいえ、高さや速度が混ざれば、墜落した時に人間は簡単に死ぬ。だが、シナノは力強く踵を地面にぶつけ、巨大な土埃を巻き上げながら、森の中を滑っていった。氷の上を滑るかのように数十メートル程進んで行き、刀を地面に突き刺してようやく止まる。

 それから直ぐ、シナノの居る場所から少し先で巨大な爆発音が響き、爆風と衝撃波で森中の草木が揺れた。

 その爆発に向けて、地面を蹴り、走り出す。


「キキキキアアア……」


 燃え盛る機体の残骸。地面は大きく抉れ、木を薙ぎ倒し、道のようになっていた。

 枝や葉、火の粉が舞い散る森の中、黄色いローブが揺れている。ローブの端から炎が上がっていき、少しずつ男の触手が顕になっていく。

 男は燃えるローブなんて気にしていなく、触手を使い、ゆっくりと残骸から這い出ていた。

 男の周囲に風が吹き始め、炎と残骸が木々に傷をつける。


「しぶとい」


 燃えながらも歩き出て、戦闘態勢に入る男。その姿を見て、シナノが言葉を零す。

 男の肌は焼けただれ、周囲には焦げた肉の臭いがしていた。

 暗い森を照らす、爆発の炎の中心で男が叫ぶ。男の目玉があった黒い窪みと、シナノの蒼眼が交差した。


「キイイイアアアアアアァァァ」


 シナノ目掛けて、燃え盛る大量の触手と鉄の破片を詰め込んだ炎の渦が撃ち出された。

 地面を焦がし、シナノとの距離がみるみる縮まっていく。高速で迫ってくる炎の壁。だが、それを目の前にしても、シナノには余裕があった。


「ッ!!」


 刀を両手で握り、右から左に大きく振り切る。それは、男に刃が届く距離での斬撃では無かったが、理性を失った風神の暴風を壊すには十二分の力があった。

 刀を振って産まれた衝撃波。それが風の刃に形を変え、炎の渦を正面からかき消していく。簡単な話だ。男の風の魔術よりも、シナノの衝撃波の方が強く、相手の攻撃を無効化した。それだけだ。

 炎の風が消えても、男の触手は消えていない。否、そもそも触手の攻撃が本命で、炎は目くらまし程度の物だったのかもしれない。

 気味の悪い肉塊が、シナノの肉をひきちぎり、骨を割ろうと目の前まで迫っていた。首を絞めあげ、頭を破裂させ、腕や足をもぎ取る為に。


「遅いッ!」


 触手の群れに向けて、シナノが正面から助走を付けて飛び込む。

 火傷を負い、グチャグチャになっている触手の先端は、シナノの美しく揺れている髪に触れることは出来なかった。

 意思があり、力があった触手は、力無く地面に落下していく。それは、触手の主が死んだからでは無い。

 触手の先端から根本までが、細かい間隔で輪切りにされて、地面に大量に転がっていた。シナノの刀によって、目にも止まらない速さで、肉片が大量に生産されている。

 地面に落ちてもなおビクビクと動いている輪切りの触手達。数十個に切り落とされた足と、溢れ出る血で地面は汚れ、シナノの白と赤の服も赤黒い返り血に染まっていた。

 触手の群れに飛び込み、自身の身体ごと回転して触手を切り刻む。気持ちの悪い糸を引く血を被って辿り着いた先は、ローブの男の懐だった。


「取った」


 その一言の後、男の胸を鋒が貫いていた。七十センチ程の長さの刃が続いて突き刺さっていき、刀の柄が傷口を大きく抉る。しかし、それでも止まらなかった。刀を握るシナノの拳までもが男の胸を貫通し、肘の辺りまで入ってからようやく止まった。


「キ、キキアアァ……」


 一泊おいてから、シナノが腕を引き抜く。刀や柄には男の筋肉や脂肪、引きちぎれた肺や心臓の破片などの内蔵がへばりついていた。服に着いている血よりも、更に黒い血がシナノの腕を垂れていく。

 血管を圧迫し、塞いでいた腕が引き抜かれたことにより、男の胸の穴から血が溢れ出る。土砂降りの雨のような音を立てながら、草木に血がかけられていく。

 男は、死んだ。首に手を当て、呼吸や鼓動という生命活動が行われていないことを確認する。


「クーパー、男は片付きました。サンプル回収用のスタッフを送ってください。私は直ぐに艦に戻ってヘリで出ます」

「了解した。今、ログハウスのスタッフをそっちに向かわ——る。へ——準備し——」

「クーパー、また無線が聞こえなくなっています。もう一度言ってください。クーパー!」

 クーパーとの無線には途中からノイズが混ざり、最後には完全に通じなくなっていた。

 そのノイズが、無性に心をかき乱す。明らかに何か不味いことが進行している。そう、直感が、否、女の勘が言っていた。

「黄衣の王、ハスターでも倒すどころか、本気は引き出せないか。ま、王と言っても今では知性を失った無名の王。仕方ないわね」


 背後、森の闇の中から聞こえてきたのは、鈴の音のような綺麗な響の声だった。可愛らしい声を残しつつ、知的で凛々しい声の女性。この濃い一日の中で幾度も耳に入って来た、彼女の声だ。


「エマさん!エマさんも転移させられていたんですね。大丈夫ですか、怪我はありませんか?」


 黄金の髪を揺らしながら、木の影から姿を現す。紅色のマントに青と白の王室の服装。翠の瞳に炎を映す少女。そこに立っているのは、間違い無くエマだった。

 ただ、表情が違った。


「他人の心配よりも自分の心配をしたらどうなの。まるで、というより血に塗れたドブネズミ、そのものよ。気持ち悪い」


 エマの言葉には棘があり、その態度には嫌悪があった。


「あ、そうですよね。いま凄い汚れちゃっていて、すみません」


 不愉快極まりないという顔をしているエマに対して、反射的に謝るシナノ。


「あら、汚いのは元からよ。それにしても、送ったハスターを肉片にされるとはね。ま、気味の悪い男が気持ちの悪い肉片に変わってもあまり変わらないか」


 ハスターというのは、あの黄色のローブを着ている男の事だろうか。

 地面に転がっている輪切りの触手と、胸に巨大な穴が開いている亡骸にエマが軽蔑の眼差しを向けていた。


「エマ、さん?」


 彼女の行動の全てに疑問が浮かぶ。浮かぶ疑問全てに何かしらの理由を付けて無くそうとしても、消えない疑問が溢れ出ている。


「……まだ分かってないの?所詮は人を殺すか、男に媚びるしかない無能な売女ね。ハスターが殺されたから、私が直々に殺してあげるって言っているの。いい?私は、少しわがままで明るいお姫様なんかじゃない。私は、人に造られた怖くて性格の悪い魔女なの」


 エマの言っている言葉の意味が理解出来ない。困惑し、混乱し、停滞する事しか出来ない。


「魔女?」


 頭に少しだが入って来た単語。それを口に出し、その単語から考えられる可能性を出来る範囲で模索する。

 それでも意味が分からなかった。エマの発言、それは、まるで敵の言葉だ。

 その状態のシナノに呆れ、エマが行動に移る。


「そうね、これで馬鹿にも分かるでしょ」


 エマが自身の胸に手を当てて、ゆっくりと離していく。大事なものを扱う丁寧な仕草。その白く小さな手のひらの中に包まれているのは、銀色の鍵だった。

 アーカムが所持しているのと同じ見た目の鍵。だが、鍵から感じる雰囲気には、天と地ほどの差があった。この鍵は、見ているだけで正気が失われていく。明らかにこの世のものでは無い、そう分かるほどの異質な空気を漂わせている。

 月の明かりに照らされ生まれる、銀色の光沢。その光を見ていたのは、エマとシナノだけでは無かった。

 いつの間にか周りには、数名のスタッフが立っていた。男の遺体からサンプルを回収する為に寄越された、ログハウスのスタッフ達だ。


「あの鍵、作戦資料に載って……がォッ!?」


 鍵を見て困惑し、発狂寸前になっていたスタッフ六名が絞り上げられた。足の先から頭のてっぺんまで触手が巻かれ、中心に向けて莫大な力がかけられる。

 肋骨が折れて腹を内側から破り、腕や肩の骨が痛々しい音を立てながら粉砕されていく。頭蓋骨程度の強度では何も出来ず、脳が果物のように潰され、触手の隙間から血が溢れ出ていた。

 スタッフと共に潰された銃が地面に転がり、内蔵や血と混ざり、元の色が分からなくなった衣類が落下する。

 突如地面から生えてきて、スタッフ六名の命を奪ったタコの触手。それは、間違い無くエマの持つ銀の鍵の力だと言えた。

 それで理解した。


「……目的は何なのですか」


 男の血で汚れた刀を握り直す。

 既に目の前にいる女を味方だとは見ていなかった。殺すべき対象。目標の一人だと判断している。


「あんなに気持ち悪いのを我慢して仲良くしてあげたのに、心変わりが随分と早いのね。私の目的はアーカムが言っていた通り、核を撃つことよ。でも、その前にやりたい事が出来た。簡単よ、貴方と仲良くする演技をしていたけど、気持ち悪すぎて殺したくなった。それだけ。さっきも言ったけど、私、性格が悪いの。相手を殺すなら、全力の状態で殺して、一つの希望も欠片も無い事を実感させたいの。どんなに頑張っても勝てない。自分が無力で非力で負け組って事を示してあげたい。でも、貴方はまだ本気じゃないわ。だから本気を見せて欲しいんだけど……。ああ、そっか」


 何か、嫌な事を思いついたのだろう。エマがその綺麗な目を大きく開き、シナノの顔を舐めるように見る。


「どうしました」

「ふふっ、ちょっと待っていて」


 口角を上げ、不敵な笑みをするエマ。その動きに身体が強ばるのを感じた。

 その直後、目の前からエマが姿を消す。これで転移魔術を使用したのもエマだと判明した。

 エマが消えて、数秒も経っていない。再び元いた場所にエマが出現した。


「ぁ」


 エマは、何をしようとしているのか。何を思いつき、どこに向かったのか。様々な予測を立てながら、周囲に警戒をしていたシナノ。

 だが、目の前に再度現れたエマを見て、シナノの思考が停止した。

 エマが持っているのは、白色の塊と茶色の塊、金色の塊に黒色の塊。

 両手で白色の塊を一つ持ち、他の色の塊はエマの背後から出ている触手が雑に掴んでいる。

 白色の塊が、エマの手から投げられた。ドスン、という思い音と共に地面に叩きつけられ、土埃と白色の美しい毛が舞う。だが、その美しさは段々と赤に汚染され始めた。白色の塊から、ゴポゴポと溢れ出ている赤。その赤は、茶色や金色、黒色の塊からも零れている。

 鼓動が、今までに経験したことの無い勢いで早くなっていく。悲しみ、怒り、驚愕、焦り、緊張、恨み、苦しみ、憎悪、絶望、苦悩、失望、自責、罪悪、悲観、軽蔑、冷笑、恐怖、殺意。目の前の惨劇に向けた様々な感情が、シナノの心臓を動かしている。


「貴方は同種である人間が死んでも、怒るのはポーズだけ。犬や猫、馬みたいな動物が死んだ方が悲しく、怒る。それなのに豚や牛は殺して食べる矛盾の塊。仲間を殺せば本気になってくれると思って、ハスターと共に船に送ったのに、何も変わらなかったのがその証明ね。……ああ、そういえば、貴方は人じゃなかったわね。怒ると強くなると聞いた時点で薄々気づいていたけど。そうでしょ?」


 感情が収束していく。感情とは、理性があるから産まれるものだ。理性が無くなれば、感情も消える。

 そこに残った感情は、憤怒と殺意のみ。

 右の額が割れた。暖かい血を流しながら、内側から割かれていく。髪を掻き分け、天に向けて怒りが伸びてゆく。黒く、岩のように角張った片角が。

 憤怒と殺意の結晶。シナノの理性が閉じ込めていた、己の本性。

 敵の返り血で真っ赤に染まった衣服。額から伸びる黒い角。割れた額から垂れ、涙と混ざり落ちていく血。

 そこに居るのは、赤鬼だった。


「泣いた赤鬼さん」


 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。


「望み通り、殺してやる」


 赤鬼の左手が空を掴む。自身の身体の正面、心臓の前を握り締める。ゆっくりと、右に傾いていく左腕。それに従い、燃え盛る刀が現れた。

 鍔も柄も無い、上身と茎だけの刀。空から引き抜かれる、殺意の具現化。刀を包んでいる至極色の怨嗟の炎が左腕を焼き、透き通るように美しかった手が、黒い炭の様に変化していた。

 燃える刀と血に染った刀。その二本を構える、泣いた赤鬼。


「セーラムの魔女ッ!!」

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