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第86話 目覚め(別視点)

 リズリーに連れられてやってきたのは、城の地下に造られた小さなホールだった。

 扉の前に兵士がいたが、リズリーが何かを言うと、兵士たちは敬礼をして立ち去って行った。


 婚約者自ら開けてくれた扉から一歩中に入ると、他のホールとは一線を画した異質な光景が、マルティの目に飛び込んできた。


「殿下、ここは……」

「ここは、誓約の間だ」


 部屋は、円形状だった。床には黒と白が混じり合った大理石が敷き詰められている。壁も真っ白なので、一見解放感があるように見えるが、地下に造られた部屋ということもあり、天井はそれほど高くない。

 なんとも、生活感が全く感じられない、寒々しい部屋だ。


 円形の部屋の中央に置かれているものを見たマルティの瞳が、大きく見開かれる。

 そこには床と同じように大理石製の台座があり、その上には、黒曜石で造られた等身大の像が置かれていたのだ。


 この像を取り囲むように、何脚もの椅子が置かれている。


 まるで何かの儀式の一幕を見ているかのように。


 マルティは像の前までやってくると、像の足元に彫られた文字をそっと口にする。


「ソルマン・ベルフルト・ド・バルバーリ……ということは、この方が偉大なる精霊魔法の祖、大精霊魔法師ソルマン王なのですか?」

「ああ、そうだよ。ソルマン王が亡くなる際、ご自身が使われていた霊具を埋め込んだ像を造り、王族の婚姻などの重要な決まりごとが発生した際は、必ずこの像の前で誓うように遺言を残されたんだ。バルバーリ王家の者が結婚する際、式の前に、ここで誓約の儀を執り行っている」

「そのような伝統が……」


 ツルッとした像の表面を見つめながら、マルティが呟く。


 彼女の記憶にあるソルマン王は、壮年に描かれたとされる肖像画だ。しかし目の前の像はそれとは違い、かなり若々しい。


 高い鼻筋に、彫りの深そうな顔。少し波打った髪は、襟足よりも少し長いくらいだ。

 美しいというよりも、逞しいという表現の方が近いが、どちらにしても、生前の姿が見たいと思ってしまうほどの整った容姿をしている。


(確か、正妻以外にも、側室や愛妾も囲われていたはず)


 まあ、これだけの容姿かつ、一国の王だ。

 彼にすり寄る女は、山ほどいただろう。


 像を見つめるマルティの肩をリズリーが掴むと、向き合う体勢になった。

 精霊魔法が使えず、火によって灯された僅かな光が、ゆらゆらと二人を映し出す。


「この場で発した誓約は、二度と取り消せないとされている。だからこそ誓うよ。君を妻にし、一生愛し続けると――」

「殿下……」


 マルティが嬉しそうに口角を上げた。リズリーの言葉を心の底から信じ、疑っている様子はない。

 陶酔するように瞳を潤ませ、頬を赤らめている。


 すっかり安心した様子を見せるマルティに、リズリーも微笑みを返した。

 

(嘘は言っていない。僕には、マルティを王太子妃として迎えたい気持ちも、これからも愛し続ける気持ちもある。しかし……それを周囲が許すかどうかは、また別問題だ。それに王太子妃になれなくとも、側室という手だって……)


 マルティを王太子妃とするために、意見はするつもりだ。

 しかし周囲が反対し、強制的にマルティを婚約者の立場から排したなら、それはそれで仕方は無い。


 それに側室だって、妻であることには変わりはない。

 自分の誓いに、何一つ偽りはないのだ。


「マルティ……」


 そんな屁理屈を心の中でこねながら、リズリーは甘く囁き、マルティの腰を抱き寄せた。そのまま首筋に顔を埋めると、ツツッと舌先を這わせる。マルティの身体が僅かに震え、唇から声が洩れた。


 ようやく昂ぶっていた欲を満たせる。


 期待で頭の芯が熱くなったその時、


”……チガウ”


 突然リズリーの耳元で、何かの囁き声が聞こえた気がした。

 思わずマルティの肌から唇を離し、キョロキョロと辺りを見回すが、視線の先には誰もいない。


 当たり前だ。

 この部屋や外に誰もいないことは、確認済みなのだから。


(気のせい、か?)


 疲れからくる幻聴を聞いたのかと片付けようとしたが、


”……チガウ、コノ女デハナイ”


 今度はハッキリとした声が、聞こえてきたのだ。


 リズリーの頭の中から――


 次の瞬間、頭の中をかき混ぜられるような不快感と締め付けが、リズリーを襲った。目の前の景色が回り、足下の平衡感覚が失われてグラリと身体が揺れる。


「で、殿下⁉」


 膝から崩れ落ち、頭を抱えるリズリーに、マルティが甲高い声をあげて縋り付いた。


 しかしリズリーに、マルティに構う余裕などなかった。

 ただただ、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。その中に、何か別の存在がゆっくりと滑り込んでくる気持ち悪さが、全身を這い回る。


 途切れ途切れになる意識の間で、自分とは違う男の声が響く。


”盟約ヲ、忘レタノカ? コノ女ハ、えるふぃーらんじゅデハナイ”


「め、めいや、く……? えるふぃー……らんじゅ……? な、何を言って……」

「で、殿下っ⁉ 何を仰っているのですか、正気を取り戻しくださいませっ!」


 マルティが、心配そうに眉間に皺を寄せながら、リズリーの肩を強く揺すっている。 

 どうやらリズリーにはハッキリ聞こえるあの声は、マルティには聞こえていないらしい。だからこそ、ブツブツ何かを呟くリズリーの姿が、余計に異様に思えたのだろう。


 リズリーは跳びそうになる意識を必死で保ちながら、自分の中に入り込んできた得体の知れない存在に問いかけた。


「僕の中に、入ってく、るなっ! な、何者、だ?」


”ナニ……モノ?”


 声が、リズリーの問いを嘲笑うと、


「きゃぁっ‼」


 マルティの悲鳴が響き渡った。

 リズリーの手が、縋り付いていた彼女を突き飛ばしたからだ。


「で、殿下? 一体、どっ、どうなさったの……です、か?」


 驚きで目を見開きながら、マルティは上ずった声で尋ねた。思わず声が震えそうになるのを、必死で耐える。

 

 自分がよく知る婚約者であるはずなのに、全く知らない男のような雰囲気を纏っていたため、得体の知れない恐怖を感じていたのだ。


 先ほどまでリズリーだった男が、怯えるマルティを見下した様子で目を細めた。その唇は、まるで汚い物を見るかのように歪んでいる。


「この男の記憶を見たが……なるほど。お前か。余の計画をぶち壊した元凶は」

「え? け、計画?」


 リズリーの口から発された言葉に、マルティは小さく震えながら、言葉の一部を反芻した。

 それと同時に感じる違和感。


(余? 殿下はいつも、『僕』とご自身をお呼びだったはず……)


 疑問を抱くマルティの前で、男は大きく声を上げて笑った。そして再び瞳を細め、マルティに侮蔑の視線を投げる。


「ああ、確かに、『張りぼて女』とは的を射た言葉だな? 彼女の力を、まるで自分の物として偽り、名声を得ようとするなど」


 張りぼて女という単語に、マルティは一瞬恐怖を忘れ、胸の奥が熱くなるのを感じた。メルトアから投げかけられた、憎き単語だったからだ。あの老婆に散々プライドを傷つけられた記憶が蘇り、奥歯を噛みしめる。


 しかし瞬発的に起こった怒りは、目の前の男に睨みつけられたことで、すぐに鎮火してしまう。


 リズリーの足が動き出した。

 まるでマルティなど眼中にないように、スッと横を通り過ぎると、出口へと向かう。


 自分に一瞥もくれず立ち去ろうとする婚約者に、マルティは叫んで引き留めようとした。


「まって……お待ちください、リズリー殿下っ‼」

「……リズリーではない」


 彼の足が止まり、座り込んだまま手を伸ばすマルティを振り返る。

 形の良い口角をあげ、白い歯をむき出しにしながら、リズリーだった男は名乗った。


「余の名は、ソルマン・ベルフルト・ド・バルバーリだ」


 次の瞬間、黒曜石の像が粉々に砕け散り、金色の筒が姿を現した。リズリー――ソルマンと名乗った男が手をかざすと、金色の筒は音も無く浮き、彼の手に収まる。


 金色の筒――三百年前、自身が使っていた霊具を手のひらで転がしながら、ソルマンが笑う。そして霊具を強く握ると、リズリーの記憶の中にある銀髪の女に向かって囁いた。


 自分の記憶にある容貌とは違う、しかし、魂は同じその存在に向かって――


「エルフィーランジュ……余がすぐに救い出してやる」


 この身体の持ち主の記憶の中に、憎しみと嫉妬とともに残る黒髪の男を思い出しながら、強く奥歯を噛みしめた。


(お前を殺した、あの男の手から――)

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