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第83話 世界で一番幸せな――

 ――もし、私がアランに抱く想いと、彼が私に抱く想いが同じだったら、どれだけ幸せなことかしら。


 何度も何度も考え、でもそんなことはないと否定してきた。

 アランが私に優しくしてくれるのは、彼がもつ優しい性格と、長年の主従関係からくるものなのだと。


 だけど、


(本当に……私と同じ気持ちを抱いてくれていたなんて……)


 唇が震える。

 目の奥が熱くなる。


 彼の言葉が身体を巡り、繋がった指先の感覚がなくなったかのような錯覚に囚われる。


 重なり、混じり合い、一つになるような、そんな錯覚に――


「私……」


 緊張で声が掠れ、喉が詰まる。

 だけど、続きを口にする勇気を与えるかのように、アランの手に力がこもった。


 リズリー殿下と対面している間、いえ、今までずっと私に力を与え、守り続けてくれた手の存在に、心がフッと緩む。


 今はただ、伝えたい。

 演技でもない、ずっと心に秘め続けた私の本当の想いを。

 

「私もあなたを……愛してる。この気持ちを、ずっとずっと、伝えたかった……」


 次の瞬間、私の身体は息が苦しくなるほどの力と温もりに包まれていた。


 アランの髪の毛が、視界の端で揺れている。

 私の耳元で、まるで泣いているかのような言葉の切れ端が、洩れては消えていく。


「あっ……ああっ……うれ、しい……エヴァ……」


 やっと意味のある言葉を紡いだアランの声は、独白のように掠れていた。まるで自分の言葉を噛みしめるように、再び私を抱きしめる腕に力がこもる。


「私も……わたしも、うれしい……あなたが私と、同じ気持ちで……」


 そんな彼の体温が、息が詰まりそうな圧迫感が、愛おしくて堪らなくて、解かれた自分の手を、彼の背中に回した。私の動きを感じ取ったアランが、首筋にますます顔を埋める。


 耳元で聞こえるアランの呼吸が、触れあった身体から伝わってくる心音が、私たちの時間の流れをゆっくりにする。


 首筋に顔を埋めたアランの掠れ声が、私の耳元を震わせた。


「……エヴァはさっき、ずっと好きだったって言ってくれたけど……いつから俺を?」

「そ、それ……気になる?」

「もちろん。あ、でも、クロージック家にいたときはないか。あのときの俺って身なりとか、かなり酷かったし……」


 自虐的に笑ってるけれど、ちょっと今の発言、聞き捨てならないのだけれど。

 それだと、私があなたの変わった容姿を見て、好きになったみたいじゃない! 


 い、いえ、もちろん、今の姿が素敵すぎて、以前よりももっとドキドキしてしまうのは、否定しないけれど……


 心外だという気持ちを声色に滲ませながら、私は唇を尖らせた。


「あなたが、アラン・ルネ・エスタと名乗っていたときから……だけど?」

「……えっ、いま何て?」

「だ、だから、あなたがクロージック家で使用人として働いていたときから、好きだったのっ‼ あなたの言葉で心が救われたあの日から……少しずつ好きになって……いった、の……」


 怒りによって力が込められていた言葉が、徐々に弱々しくなっていく。

 だってお互いの気持ちが通じ合ったとはいえ、声を大にしてアランのことが好きっていうことに、まだまだ免疫がないわけで。


 恥ずかしさが遅れてやってきて、ボボッと火がついたかのように頬が熱くなる。


 ううっ、今日も平常運転じゃない、私の恋心……


 私の表情はアランから見えていないはずだけど、触れあった肌から熱が伝わらないか心配になってしまう。


 そんなことを考えていると耳元で、特大とも言えるアランのため息が聞こえてきた。私を抱きしめる腕の力も、心なしか緩んだ気がする。


 私に身体を預けるように脱力したアランが、少し笑いを含みながら呆れたように呟いた。


「……なんだ、随分前から俺たちは両思いだったんだな」

「ずいぶん、まえ……から? ってアラン、あなた――」

「ああ、そうだよ。俺も、エヴァをお嬢さまと呼んでいたときから、ずっと好きだったんだ。仕えるべき主人ではなく、一人の女性として見ていたんだけどな」


 フフッと彼の喉から、笑い声が洩れた。

 私に対して笑ったというよりも、自身に対する呆れのような笑いだ。


 しかし笑いは止まり、どこか真剣な声色を響かせる。


「さっき言ったとおり、過酷な環境の中で、エヴァはずっと前を向いて進んでいた。憎しみで家を、国を滅ぼしてもおかしくなかったはずなのに、エヴァは憎しみに囚われることなく、真っ直ぐ在り続けた……俺とは違って」


 アランの頭が、何かの考えを振り払うように僅かに揺れた。


「そんなエヴァの姿勢に――辛くても笑顔を絶やさず、優しく手を差し伸べる姿に、俺は苦しくなるほど惹かれたんだ。君を取り巻く苦しみを取り除き、本当の自由の中で浮かべる笑顔を、すぐそばで見たいって、ずっと……ずっと思ってた」

「……そう、だったのね」


 そんな気持ちでいてくれたなんて、嬉しすぎて胸の奥が締め付けられる。

 彼の真っ直ぐな想いにつられ、私もアランへの長年の想いを口にした。


「私は……アランが私を励ましてくれたあの日から、ずっとあなたのことが気になって仕方なかったの。ふと見せる真剣な表情や優しい微笑みに、凄くドキドキする自分がいて……あなたは、クロージック家にいたとき、酷い身なりだったって言ってたけど、身なりなんて関係なく、あなたの優しい心を……好きになったの」


 私は、密着していた身体を離した。

 こちらを見下ろす青い瞳を、真っ直ぐ見据える。


「こんな私を……無能力者だと蔑まれてきた私を愛してくれて……ありがとう……」

「こちらこそ、ありがとう。こんなにも格好悪くて無力な俺を、好きになってくれて……エヴァも同じ気持ちだったなんて夢のようだよ。いや、本当に俺の願望が見せた夢だったりして……」


 そう笑ったアランだったけれど、すぐさま瞳を細め、そっと私の頬に触れた。

 存在を確認するように、彼の指先が肌の上をなぞる。


「別にどっちでもいいか。夢であろうが現実であろうが……今、こんなにも幸せなんだから」


 指先から与えられる熱が、こそばゆい感覚が、肌を通じて伝わってくる。

 これが、夢なわけがないじゃない。


 大好きな人と気持ちが通じ合って、私はどれだけ幸せなのだろう。

 こんなに幸せで、いいのかしら?

 

「エヴァ? ど、どうしたの?」

「……え?」


 慌てふためいたアランが、そっと私の頬をなぞった。彼の指先に光るのは、水滴。

 もしかして、


「私……泣いてる?」

「うん。ご、ごめん、俺、何かエヴァが悲しむようなこと言った、かな?」

「違うの! 嬉しくて、幸せで……こんなに幸せで本当にいいのかなって……バルバーリ王国にいたときには、こんな幸せ、想像もできなかったから……」

「いいんだよ。過去の苦しみなんて全て帳消しできるくらい、幸せになって。そんなエヴァを、俺はそばでずっと見続けていたいから」


 ――今度こそ。


 微かにそんな言葉が聞こえた気がした。


 アランの優しい言葉のせいで、ますます涙が止められなくなる。もう私の意思では、どうしようもない。

 せっかく綺麗にお化粧をして貰ったのに、これじゃ……


「あ、アラン、あまり私を見ないで……涙が止まらなくて、今きっと酷い顔になってるから!」


 こんな情けない顔、彼には見せられない。

 急いで顔を隠そうとしたけれど、アランに手を掴まれてしまう。


 見て欲しくないと言ったのに、彼の視線に容赦はない。一時も目を逸らすことなく、こちらを見つめ続けている。


 彼の唇が緩んだ。


「……嬉し涙を流すエヴァの顔が、酷いわけがない。いやむしろ……」


 気持ちが通じ合った喜びと幸せ、酷い顔を見られ続ける恥ずかしさと焦りが混じり合って、感情がすっかり迷子になってしまった私の視界に、慈愛に満ちた微笑みが映り込む。


 世界から、愛する人の音以外が消え失せる。


「最高に綺麗だよ、エヴァ」


 唇を塞ぐその温もりを、


 私を、世界で一番幸せな女性にしてくれたこの瞬間を――


 深く深く、心に刻み込んだ。

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