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第80話 やり直し

 私たちが立ち去ったあと、最低限の旅準備を進める間、マルティはアランの宣言どおり、王都内を引き回された……らしい。というのも、実際私はその光景を見ておらず、全てが終わったあと、マリアから報告を受けたからだ。


 見る必要もないし、見たくもない。


 長い間、マルティから虐げられていた御礼は、先ほどのやりとりで充分返した。だからこれ以上、彼女の惨めな姿を見て笑う気にはならなかった。


 リズリー殿下は、マルティへの処罰について抗議しなかった分、できるだけ早く彼女を解放したいと思ったのだろう。私たちが思ったよりも早く準備を済ませてマルティを助けると、日が落ちる前に王都を発った。


 あの長い道のりを、充分な準備もできず、休む暇も与えられず、戻らなければならないなんて、今日一番の苦痛かもしれないわね。


「はあ……とりあえず、終わったな」


 アランが大きなため息をつくと、大きく伸びをした。


 私の横に座るアランは、先ほどまでリズリー殿下相手にやりあっていた王弟ではなく、馴染みのある彼へと戻っていた。そんなリラックスモードのアランに、労いの言葉がかけられる。


「お疲れだったな、アラン。バルバーリ王国からの使者に、何とかエヴァを諦めさせ、この国から追い返すことができたようだな」


 イグニス陛下だ。

 私たち二人は全てが終わって落ち着いた今、陛下に今日の報告をしていたのだ。


 全てを聞き終えた陛下が、満足そうに笑われる。


「なるほどな。つまり概ね、計画通りだったようだな、アラン」

「ああ。マルティの一件がなければ、もしかすると今でもこの城に居座っていたかもしれないな。あの女が予想通り、霊具を持ち込んでくれていて良かったよ」


 そう言って、アランはくくっと可笑しそうに笑った。


 実は、マルティがフォレスティ王国に霊具を持ち込むことは、予想されていたことだった。

 

 彼女が理由なく、リズリー殿下に付き添って、フォレスティ王国にやってくるわけがない。マルティの性格上、自分に関係することでないと動かないはずなので、彼女の行動にどこか不自然さを感じたのが全ての始まりだったらしい。


 マルティがいつも出かけるとき、私をそばにおいていたこと、婚約破棄後も、侍女としてなぜ私をそばに置こうとしていたのかという不自然な行動も今になって注目され、もしかするとマルティは、私が精霊を生み出していることに薄々気づいていたのではないかと、予想が立てられたのだ。


 その後、彼女がバルバーリ王国を出発する前に、怪しげな商人を家に招いて薬を購入したという情報が入り、予想はほぼ確信に変わる。


 マルティは、私から精霊を奪うためにリズリー殿下と同行したのだと。

 そして眠り薬か何かで私の意識を奪い、その間にギアスと霊具で精霊を捕らえるのではないかと。


 それならば、リズリー殿下とマルティが二度と私に近付かないように、そしてさっさと祖国にお帰り頂くため、マルティの作戦を逆手にとったのだ。


 フォレスティ王国が、リズリー殿下たちの荷物検査等をしなかったのも、私が二人っきりでマルティと会ったのも、マリアのアドバイス通り、マルティが用意したお茶に口を付けるフリをしたのも、全ては彼女を安心させ罠に填めるための作戦。


 まあ正直、作戦というよりも、マルティが一人でやらかし、自爆したに近いけれど。


「あの二人……今後、どうなるのかしら?」


 殿下もマルティも、お互いを裏切った。

 マルティはアランを狙い、殿下はギリギリまでマルティを婚約者とは認めなかった。


 互いの不誠実な面が暴かれた今、二人の関係も今まで通りとはいかないだろう。

 マルティに至っては、罪人となって短い間とはいえ、恥辱刑を受けているわけだし。


 私の疑問に、アランが答える。


「恐らくだけど、今まで通りのままじゃないかな?」

「今まで通り? どうして?」

「だって、例え婚約破棄したところで、罪人となったマルティにまともな縁談が来るとは思えないからね。逆に、今まで以上に王太子妃の座にしがみつこうとするだろうな」

「リズリー殿下は?」

「あの男に関しては、甘い部分があるくせにプライドは高い。さっき散々、マルティと離れられないように呪いの言葉を吐いてやったから、俺への対抗心から、マルティを簡単に突き放すこともできないだろうね。本心ではないとはいえ、マルティが罪を犯したのは、婚約者のため、祖国のためだと言っているわけだし」


 呪いの言葉?


 マルティがリズリー殿下のために罪を犯したのだから、味方でいるべきだとか、私を捨てて選んだ愛が折れないことを祈っているなどの、挑発めいた言葉のことかしら?


 まあ確かに、あれだけ精神を叩きのめしてきた相手からこんなことを言われたら、対抗心も出てくるかもしれないわね。


「このままあの二人が結婚し、バルバーリ王国と一緒に滅んでくれればいいんだけど」

 

 アランが楽しそうにぼやく。


 私は彼の言葉に頷くことも出来ず、でもあの二人にはバルバーリ王国に引きこもって貰い、二度と出てきて欲しくないから、複雑な気持ちで苦笑いをするしかなかった。


 会話を聞いていたイグニス陛下が、一瞬諫めるような視線をアランに向けると、私に向かって穏やかな表情を浮かべられた。


「これから先、バルバーリ王国が滅亡を選ぶか、再生の道を選ぶかは、彼ら次第だ。どのような結果になろうともエヴァ、あなたが罪悪感を抱く必要はない。むしろ充分過ぎるほどの慈悲を与えていると思う」

「はい、ありがとうございます、陛下」


 陛下の優しいお気遣いが心に染みる。


 私は、最善を尽くしたつもり。

 決して実現不可能なことを、バルバーリ王国に要求したわけではないもの。


 ロクでもない王家だけど、せめて国民のために正しい道を選ぶことを願わずにはいられなかった。


 イグニス陛下が、パンッと手を叩く。


「今日はご苦労だった。バルバーリの連中が国に戻ればまた騒がしくなるだろうが、それは今ではない。二人とも、今日はゆっくり休んで欲しい」


 私たちに労いの言葉をかけられると、イグニス陛下は部屋を出て行かれた。

 

 静かになった部屋に、アランの大きなため息が響き渡った。両腕を上げて伸びをすると、少し疲れを滲ませた顔をこちらに向ける。


「お疲れ様、エヴァ」

「アランもお疲れ様。本当にありがとう」

「大したことはしていないよ」


 そう言って、先ほどの話し合いの最中に浮かべていた冷たい表情からは想像できないほど、穏やかな笑みを私に返してくれた。


 綺麗で優しい微笑みに、心臓の鼓動が嫌でも大きく跳ね上がるのが分かる。


 こちらは非常に意識しているのに、アランは全く気にかけた様子なく、平然と私のすぐそばまで椅子を近づけてきた。


「それにしても……あの言葉には驚いたかな……」

「あの言葉?」

「ほ、ほら……俺を愛してるとか何とか言ってた……」


 アランの頬がみるみるうちに赤くなっていく。


 ま、まずいっ!

 もしかして、私の本心がバレ――


「演技だと分かっていても、真に迫っていて驚いたよ。ほんと、エヴァはああいう演技が上手いな」

「はっ……あははっ……名演技だったかしら?」


 はい、バレてないっ‼

 大丈夫っ‼


 でもその件に触れるなら、私だって言いたいことはある。

 ジワッと頬に、彼が触れたかもしれない唇の感覚が蘇る。


「あ、アランだって……あんな……こと……」

「あんなこと?」

「き……キスするフリなんて、聞いていない……」

「あー……あれは何というか……」


 アランは困ったように視線を反らした。後頭部に手をあて、ボリボリと頭をかいている。


 もう、何なのその反応!

 どうせ、アドリブが過ぎて――


「……さっきのエヴァの発言が演技だと分かっていても、嬉しかったから、つい……」

「え? 嬉し……って、えぇ?」


 今までの話の流れだと、


 ――私の告白が嬉しかったって、とれちゃうんですが。


 好きでもない相手から告白されたら、嬉しくないはずよね。

 ということは、少なくともアランは、私から告白されたら嬉しいと思ってくれるくらい、好意を抱いてくれているってこと?


 辿り着いた結論に、ブワッと全身に熱が上がった。

 これ以上、この会話を続けたら、全身の血が沸騰して倒れちゃうっ‼


 顔の熱を誤魔化すため、私は思いっきり話題を変えた。


「え、えっと、ねえ、私たちってまだしばらく婚約者のフリをしていた方がいいのかしら?」

「まあ、そうだろうね。バルバーリ王国の連中が、エヴァの要求を飲むか、エヴァを諦めて滅びるまでは、申し訳ないけれどこのままかな?」


 私としては、簡単に滅びを選んで欲しくはないのだけれど。


 でもそっか。

 まだ私、アランの婚約者でいられるのね。


 婚約者のフリを続けるなら、また練習と称して手を繋いだり、腕を組んだりしてもいいかしら。

 このネックレスと指輪も、もう少し着けていていいのかしら。


(アランのそばにいて……いいかしら?)


 その時、


「エヴァ、ちょっとだけ、婚約者の練習をしようか? さっき失敗したからやり直したいんだ」

「え? 何を――」


 やり直すつもりなの? という言葉は。


 頬に彼の唇の温もりが触れた瞬間、消え去っていた。


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