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第67話 エヴァの要求

(いっ、言っちゃった……)


 ど、どど、ど、どさくさ紛れてアランに……

 こここ、こ、告白しちゃった――っ‼


 愛してる、なんて言っちゃった――――っ‼


 リズリー殿下への怒りや、アランに守られている多幸感で気持ちが昂ぶっていたせいで、とんでもないことを言ってしまった気がする!


 いえ気がするじゃなくて、間違いなくとんでもないことを言っちゃってるっ‼


 だ、大丈夫……落ち着くのよ、エヴァ。

 きっとアランのことだもの。これも全て、私の演技だと思っているは――


「えっ?」


 一番始めに声を上げたのは、意外にもアランだった。


 見つめ合っていた青い瞳が落ち着きを失ったかのように瞬き、頬が僅かに赤みを帯びている。とは言っても、私しか分からないぐらいの些細な変化ではあったけれど。


 え? も、もしかしてアラン、動揺してる?


 ま、ままま、ま、待って!

 さっきの言葉は、混じりっけのない私の本心百パーセントだけれど、今は演技だと思って‼


 コッソリ殿下の様子を窺うと、もの凄い形相で私たちを見つめていた。


 テーブルクロスがシワシワになるほど強く握りしめ、薄く開いた唇からは、僅かに歯ぎしりの音が聞こえてくる。眉根に深い皺を作りながら、私たちを射殺さんばかりに見つめて、いや、睨みつけている。


 私ですら今まで見たことのないほどの鬼気迫る顔だけれど、とりあえず、アランの動揺には気付いていないみたい。


 そんな中、


「あっ、えっと、面と向かって言われると……少し照れるかな。でも凄く嬉しいよ」


 言葉を詰まらせ、さっきよりも頬を赤くしたアランが、嬉しそうに口元を綻ばせた。


 照れが混じった優しい声色を聞くと、演技だと分かっていても心臓が激しく脈打つ。みるみるうちに身体中の体温が上昇し、耳の辺りに熱を帯びる。


 リズリー殿下の歯軋りの音が更に大きくなった気がするのに、愛おしげに見つめてくるアランから視線を逸らせない。


 頬に触れる彼の手が、益々密着した。


 手が触れていない反対側の耳元に、アランの唇が寄る。

 耳の奥に熱く吹き込まれる言葉が、頭の中を真っ白にする。


「俺も……世界で一番大切に思っているよ。エヴァ、愛してる」


 真っ赤になっているであろう耳元から、リップ音が聞こえ――


 って、え?

 えっ、えっ、えっ?


 これって、リズリー殿下から見ると……


「止めろっ‼」


 リズリー殿下の怒鳴り声が、部屋の空気を震わせた。


 同時に、机を強く打って立ち上がったため、殿下の前に置かれていたグラスが倒れた。グラスが割れなかったのは幸いだけれども、僅かに残っていたワインがテーブルクロスに赤い染みを広げていく。


 だけどアランからは、全く動じた様子は見られない。


 それどころか、残念と言いたげに軽く息を吐き出すと、両手をテーブルについたまま肩で息をしている殿下に涼しい視線を向ける。


「ああ、悪かったね。面前ですることではないと分かっていたんだが、婚約者が可愛すぎてつい、ね」

「面前とかそういう問題じゃないっ! 僕の婚約者に、頬とはいえキスするなど、何を考えているっ!」


 わっ、わわわっ‼

 や、やっぱり、リズリー殿下側から見れば、頬にキスされているように見えたのね。


 キスするフリをするなんて話、全く聞いていないし、もちろん練習なんてしていない。

 それだけでも一杯一杯なのに、


(微かにアランの唇が頬に触れた気が――)


 気のせいかもしれない。

 むしろ私の願望が見せた刹那の夢の可能性が高い。


 だけど……だけど、妄想でも夢でもこんなの無理。


 演技とはいえ、私が耐えられるメンタルを遙かに超えている。

 唇が触れたかもしれない部分が、熱くて堪らない。


 その時、感情の起伏を感じさせない静かすぎるアランの声が、熱を帯びていた私の頭を冷やした。


「あなたの婚約者は、マルティ・フォン・クロージックだ。エヴァじゃない。いい加減、自分がエヴァに対して行ったこと、その事実と結果を受け入れて貰いたい。そもそも――」


 青い瞳が、スッと細められる。


「エヴァを連れ戻しに来た目的は、別にあるんだろう?」


 全身で怒りを見せていたリズリー殿下が、僅かに息を飲んだ。


 そうだわ。

 まだ終わっていない。


 むしろ、これからなのに――


 浮ついた気持ちが、一瞬にして引き締まる。

 今までうつむき加減だった私から突然視線を向けられた殿下の肩が、ギクリと震えた。


「正直に仰ってください。アラン殿下がおっしゃるとおり、貴方さまは純粋に私を迎えにきたわけではありませんよね?」

「ち、違うっ! 違うんだ……」

「今更、隠す必要はございません。バルバーリ王国の精霊魔法を支えていたのが……私なのですね?」

「なっ、何故それを知って……あっ……」


 そういった瞬間、殿下はマズイという表情を浮かべ慌てて口をつぐんだ。しかし、


「やはり、そうでしたか。ご安心ください、アラン殿下もすでにご存じですから」


 ニッコリ笑って言うと、もう誤魔化しても無駄だと悟ったのだろう。リズリー殿下は、怒らせていた肩を落とすと、椅子の背もたれに全体重をかけて脱力した。


「……ああ、そうだ。君が精霊女王とやらの生まれ変わりで、精霊を生み出しているのだと知った。だから迎えに来たんだ」

「ちなみにその情報は、いつ、どこから得たものなのですか? 私が精霊女王の生まれ変わりだと知っていたら、少なくとも、バルバーリ王家は私の追放を許さなかったはずですが」

「情報を得たのは、君を追放してしばらく経ったころだ。僕の祖母であるメルトアがソルマン王の手記を見つけ、分かったんだ。バルバーリ王国内の精霊が少なくなったとき、精霊女王の生まれ変わりがクロージック家の長女の血筋から無能力者として生まれるのだと」

「え、クロージック家の長女の血筋から? どういうことでしょうか?」


 その情報は初耳だわ。私が精霊女王の生まれ変わりとして誕生したのは、偶然だと思っていた。だけど、クロージック家、それも長女の血筋からという限定的な条件がつくと、作為的なものを感じる。


 チラッとアランを見ると、彼は唇を真一文字に結び、どこか緊張した面持ちでリズリー殿下を見ている。


 私たち二人が注目する中、殿下は首を横に振った。


「理由なんて知らないよ。ソルマン王の手記は、意味の分からない文字で書かれていて、全部を解読出来ていないんだから」


 これ以上、彼から情報は引き出せないみたい。


 再びアランに視線を向けると、一見同じ表情をしているように見えた。だけど何だかさっきと比べて、若干口元が緩んでいるように見える。


 まるで、安堵しているかのように。


(もしかしてアラン、知っていたの?)


 クロージック家の長女として生まれた私が、精霊女王の生まれ変わりであったことは、偶然ではなかったのだと。


 あなたはまだ、


 ――全てを私に話してくれていない。


 また、アランの心が見えなくなる。

 守ってくれていたはずの彼の手が、とっても遠い。


 ……ううん、今はそんなことに心を悩ませている場合じゃない。


 弱気になった心を叱咤する。


「精霊を生み出していた私がいなくなったことで、バルバーリ王国の精霊が極端に少なくなった。そのせいで、国内の自然の豊かさも失われ、王国は危機に瀕している。だから追放した私を、仕方なく連れ戻そうとされたのですね?」

「あ、ああ……当初はそうだった。で、でも、今はそれだけじゃないっ! 本当に僕は、君に心惹かれて……」

「そういう建前はもう結構です。どうか本音でお話しください、殿下」

「建前じゃないんだけど……」


 殿下はガックリと肩を落とされた。だけど私は彼の落胆と言葉も無視し、姿勢を正す。


 さあ、ここからが正念場よ。


「先ほどお伝えしましたとおり、私はバルバーリ王国には戻りません。アラン殿下とともにフォレスティ王国で生きていきます。しかし、これからお伝えする要求を受け入れてくださるなら、国の立て直しに協力しても良いと考えております」

「そうなのか⁉ で、何だ、君の要求とは……」


 落ち込んでいたリズリー殿下の表情が変わった。虚ろだった緑色の瞳に光が戻る。


 一縷の希望を見いだした彼に、私は満面の笑みを浮かべてながら口にした。

 

 アランとイグニス陛下に伝えた、私の要求を――


「バルバーリ王国がギアスと霊具を捨てることです」 

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