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第29話 どなた様でしょうか?

 ……これは一体どういう状況なのかしら。


「エヴァ様、とっても肌がきめ細かいですわね! お手入れを全くしていないなんて、驚きですわ!」

「艶々で美しい銀髪……アレンジする私も、益々気合いが入るというものです!」

「ドレスは、どちらがよろしいでしょうか? 私的には、これとこれと、これとこれ……」


 これと言ってもってくるドレスの数が、多すぎるんですけど!

 

 ドレスなんて、今までマルティのお下がりの一着しかなかったから、たくさんドレスを所有する彼女のように、その日の気分で選べたら楽しいだろうな、と羨ましく思っていた時が、私にもありました。


 こんなにたくさんの選択肢の中で選ぶなんて、眩暈どころか、頭の中が沸騰しそう。


 私は今、フォレスティ城の一室で、国王謁見のための身支度を行っている。

 

 長い旅を経て、ようやくアランのお家――もとい、この国の中枢部であるフォレスティ城に辿り着いた私たちは、あまり騒がせたくないという彼の希望により、裏門から入った。


 にもかかわらず、馬車から降りた先に見たのは、大勢の人々の姿、騎士や兵士、侍女から使用人まで、城で働いている者たちが頭を下げて、この国の第三王子――いえ、お兄さんが王位を継いだから王弟――の帰還を出迎える光景だった。


 改めて、再度改めて、アランがこの国の王族であることを思い知らされる。


 皆が頭を垂れる光景を見たアランは、少しだけ苦笑いをしていたけれど、気を取り直し、威厳のある凜とした声で、皆に命令をした。


「皆、出迎えご苦労だった。そして長い間、国を留守にしていてすまなかった。さっそくだが、国王に帰還の御挨拶と報告がしたい。拝謁の身支度を頼む」


 彼の言葉を聞き、侍女長らしき年配の女性と、彼女の後ろをついて歩く十人ほどの侍女がこちらにやってきた。そしてアランと侍女長がなにやらごにょごにょ話し、侍女長が頷くと、付いてきた侍女たちに何かを言った。話が終わると同時に、彼女たちのキランッとした視線が私に向けられる。


 次の瞬間、私を侍女たちが取り囲み……その後のことは、よく覚えていない。


「エヴァちゃん、後でね?」

「エヴァ嬢ちゃん、長旅の汚れを落とし、さっぱりとしてくるといい」


 遠い記憶の彼方で、マリアとルドルフがそう言って手を振っていた気がする。


 そして私は今、たくさんの侍女たちに囲まれ、髪型があーだとか、ドレスがこーだとか、化粧はそーだとか、まるで着せ替え人形のように身を整えられている。


 お湯に香油を入れた芳香浴に案内され、長旅の汚れを丁寧に洗われ。それで終わりかと思えば、やれマッサージだ、やれ香油の塗り込みやらが怒濤のごとく襲いかかり、身支度の段階でもうぐったり。 


 公爵令嬢とはいえ、使用人と同じ立場だった私には、どれもこれも馴染みのないことばかりで、ただただ疲れてしまった。


 そして――


「エヴァ様、終わりましたわ。いかがでしょうか?」


 大きな姿見の前に私を連れてきた侍女が、嬉しそうに尋ねてきた。

 

 そこには、今まで見たことのない、少し濃い桃色のドレスに身を包んだ女性が映っていた。綺麗に化粧を施され、銀色の髪を高い位置でひとまとめにしている。耳には、大きな涙型の耳飾りが揺れ、少し開いた首元には、瞳と同じ紫色の大きな宝石がついたネックレスが輝いていた。


 どこに出しても恥ずかしくない、貴婦人の姿がそこにあった。

 

「これ、私なのっ⁉」

「ええ、エヴァ様ですが……どうなさいましたか?」


 姿見を食い入るように見つめ、ワナワナしている私に、侍女の心配そうな声が答える。何か粗相があったのか、という不安と、この人大丈夫か、という不安が混じり合ったような声色だ。


 でも今の私には、彼女を気にかける心の余裕はない。自分を見て、興奮で身体が熱くなってくる。


 こんなにワクワクした気持ちになれるなんて、おしゃれって……おしゃれって、凄い!


 最後にこんな風に着飾ったのは、いつだろう。お父様が生きていた頃、自邸で開かれた夜会など、他人の目に触れる場所に出るとき以来かもしれない。

 あの時は小さな淑女だと、皆が微笑ましく私を見て下さっていたわね。


「あ、ありがとうございます! とっても、とっても素敵……」


 幸せだった昔を思い出し、少しだけ泣きそうになって声を詰まらせてしまった。だけど侍女は、泣きそうな私には気付かず、嬉しそうに表情を緩めると、


「お褒め頂き、恐縮でございます」


と深々と頭を下げた。


 その時、別の侍女が顔を出し私に尋ねてきた。


「エヴァ様。アラン様がお見えになっていらっしゃいます。お通ししてもよろしいでしょうか?」

 

 アランも身支度が終え、私を迎えに来てくれたのだろう。


「ええ、大丈夫です」


 頷くと、扉が開く音がした。

 侍女を労うアランの声が耳に届く。コツコツと踵が鳴る音がこちらに近づき、止まったかと思うと、部屋を仕切っていたカーテンがシャッと音を立てて開けられた。

 現れた彼の姿に、私は思わず目を見張った。少しの沈黙ののち、目の前にいる()()()()()()に、恐る恐る尋ねる。


「……あ、あの……どなた様でしょうか?」

「え、どなた? お、俺、アラン……だけど?」

「え、あら……ん?」


 た、確かに目の前の男性の声は、アランと一緒なのだけど……


 でもアランって、こう……前髪が長くて目元が隠れてて、髪全体もボサボサしてて、少し暗い印象がある男性だったはず。

 なのに目の前の人は、キラッキラでさらっさらな黒髪の美形青年なのですが!


 ちょっと待って!

 確かに、顔のパーツ一つ一つは整ってて、マルティが貶すほどじゃないと思っていたけれど、ここまで変貌するなんて聞いてません!


 髪型を整えただけで、これだけ変わるものなの⁉


 目の前の美男子、もといアランが、呆れた表情を浮かべ、指先で頬をかきながら笑った。


「そ、そんなに驚かなくても……そんなに違ってた? アラン・ルネ・エスタと名乗っていた時と」

「え、ええ……別人みたい。でも何で隠していたの?」


 こんなに格好良いなら、隠さなくてもいいのに。寧ろ、見た目を重視する仕事につけて、屋敷内での自分の立場をあげることだって出来たはずなのに。


「この姿だと、変に目立っちゃうからね。それにマルティや、彼女の母親であるサンドラに目をつけられるのは嫌だったし。だから頬の血色や目元を暗くする化粧などして、地味な印象になるようにしていたんだ」

「え? その容貌を隠すために、化粧までしていたの⁉」


 普通お化粧って、綺麗になるためにするわよね? それを逆手に取るなんて……

 でも、お陰で大好きな彼を、マルティや若い男性が好きな義母さんに取られなかったわけだから、私的には良かったのかも知れない。


「エヴァ? もしかして、前の姿が良かった?」


 短くなった前髪を引っ張りながら、どこか弱々しい声色でアランが尋ねてきた。

 

 確かに、かっこよくなりすぎて直視するのが恥ずかしい。

 だけど、


「今の姿もとても素敵だと思う。だけど……以前のアランも、今のアランも、あなたには変わらないわ」


 そう。

 どちらの姿であっても、私の大好きな人ということには、何一つ変わりない。


 アランの瞳が見開かれた。だけど、すぐに元に戻り、クロージック家で働いていた時と変わらない、柔らかな視線をこちらに向ける。


「そうだな。俺だって、エヴァがどんな格好をしていても、エヴァに変わりないと思ってる。だけど……」


 アランの手が伸ばされ、耳飾りに触れた。彼の指が、耳たぶを微かになぞる。


「そのドレスや髪型、全てが凄く似合ってるよ。あの強欲な妹とは比べものにならないくらい……綺麗だ、エヴァ」


 彼の言葉を理解した瞬間、身体中の血が沸騰しそうになるくらい、熱くなった。


 確かに、どんな姿になってもアランはアランだとは言ったけれど、その姿でその言葉は駄目ですからっ‼

 誰でも、勘違いしてクラッといっちゃうからっ‼


 今の容姿が目立つという認識があるなら、その姿で発される言葉の破壊力の危険性に、もうちょっと気づいてくれませんか⁉


 真っ赤になった顔が見られたくなくて、もうこれで準備は万端なのかと、後ろで控えている侍女たちに尋ねようと振り返ると、何故か皆、ニヨニヨしながらこちらを見ていた。私のドレスの着付けをしてくれた侍女の彼女に至っては、視線が合うとウィンクをし、親指をグッと立てている。


 な、何かしら、これ……

 私、もしかして……応援されてる?

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