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第22話 小さな第一歩

 ガタガタ……


 馬車が揺れる音だけが、響いている。


 あの衝撃的な告白を聞いた後、呆然として言葉を失った私は、さっさとアランと一緒に豪華な馬車に乗せられ、今に至る。行き先は、アランの家――もといフォレスティ城がある王都だ。


 馬車は、馬に乗った護衛の騎士たちによって取り囲まれ、がっちりと守られていた。

 騎士の言葉、そして厳重な警備状況を見て、改めて先ほどのアランの言葉が真実なのだと思い知る。


 確か、マリアは諜報員だったかしら? 

 そしてルドルフは大精霊魔術師という凄い人で、アランは――


『俺の本当の名前は、アラン・レヴィトネル・テ・フォレスティ。フォレスティ王国の第三王子だ』


 今まで十年間、私に仕えてくれていた使用人の彼が、ま、まさか隣国の王子様……だったなんて……


 隣国の王子である彼に、知らなかったとはいえ、私は使用人として接してきた。

 色んなお願いごとやお世話をして貰った。


 挙げ句の果てには、恋心まで抱いていて――


(これって、不敬罪にあたるんじゃ……)


 もしかして、私これから罰せられるために、連れて行かれているのかも……


「エヴァ」

「は、はいっ!」


 今まで黙って私の前に座っていたアランが口を開いた。私の身体が、反射的にビクッと震える。それを見て、アランは少し悲しそうに瞳を伏せた。


「……そんなに緊張しないで。第三王子と言っても、王位は一番上の兄がすでに継いでるし、俺自身、王位継承権は放棄しているんだ。だから、ただ王家に生まれたってだけで、何の権力も持ってないんだよ。この迎えだって、兄が家族として俺を心配したからだし。なにせ……十年ぶりの帰郷だからね」


 そう言うと、正面に座っていた彼が私の隣にやってきた。こちらの顔が見えるように、斜めに座りながら、真剣な表情を向ける。


「俺たちの素性を隠し、驚かせたことは、本当に申し訳なく思っている。だけど、どうか今まで通りの態度でいてくれないか? クロージック家の使用人として働いていたのは、俺の意思だ。だから俺を使用人として扱ってきたエヴァは、何一つ悪くないし、当然の対応だったと思ってる。それに……こうして仲良くなれたのに、素性を知られて態度を変えられるのは……結構辛い」

「でも……」

「エヴァの前では、今まで通り、名前を呼び合ったり、冗談を言い合える関係でいたいんだ。だってエヴァは俺の大切な――」


 アランは一瞬だけ視線を落とした。軽く下唇を噛むと、顔を上げ、微笑む。


「友人だから」


 そう……よね。

 私たちの関係は、歳の近い友達でしかない……のよね?


 分かっていたけど、それを直接アランの口から聞いて、全身と心の力が抜けた。

 

 そうしたらいい感じに、緊張が解けた。

 王子であるアランを使用人として扱ったり、追放後もちょっと揶揄ったりしたせいで、不敬罪で罰せられるかと不安だったけど、なんだかどうでも良くなっちゃった。


 それに冷静に考えたら、アランが私を罰するなんてあり得ない。その気なら、私の追放に付いてくる必要なんてないんだもの。

 

 旅の間に見せてくれた三人の姿が……全部偽りだったとはどうしても思えなかった。

 

 三人を信じず、疑心暗鬼に陥っていた自分が、馬鹿らしくなる。

 口から、自然と笑いが洩れた。

 

「そう……ね。せっかくお友達になれたのに、素性を知って態度を変えられたら、私もきっと悲しい。だから、今まで通り、ただのアランとして接するわ」

「ありがとう、エヴァ!」


 アランの表情がパッと明るくなると、嬉しそうに何度もお礼を言ってきた。

 この手をギュッと握りながら……


 アラン――っ! 手っ! 手っ‼

 相変わらず、あなたの距離感‼


 両手が、柔らかな温もりに包まれると、屈託のない満面の笑顔を向けられると、彼から友人としか思われていないと告げられても、体温の急上昇を、恋心の熱暴走を止めることはできない。


 私が固まってしまって、ようやく自分が何をしでかしているのか気付いたのか、アランは、あっと声を上げると、慌てて手を離した。

 そして、斜め座りしていた体勢を真っ直ぐにすると、私から視線を反らし、か細い声で謝罪した。 


「ご、ごめん……」

「ううん、き、気にしてないから……」

 

 ……実際は、滅茶苦茶意識してますけどねっ!


 私は気持ちを切り替えるため、別の話題に変えた。


「それにしても、何故アランたちはクロージック家で働いていたの?」


 アランとマリアは、十年間。ルドルフは二十年間も、『事情があって』でクロージック家に潜り込んでいたわけよね?

 そんな凄い素性なのだから、出稼ぎ目的だとは思えないし。


 私の言葉に、アランは少し表情を曇らせた。


「……ごめん、エヴァ。その話は、エヴァの生活が落ち着いてからにしたいんだ。でも信じて。決して君に迷惑や危害を加える目的で、やってきたわけじゃないから」

「そう……なのね。分かったわ。また落ち着いたら教えてね?」


 追求してアランを困らせたくない。

 生活が落ち着いたら教えると言ってくれているのだから、大人しく待つことにしよう。


 どうせ私はもう、クロージック家とは縁が切れ、バルバーリ王国から追放された人間だもの。


 私たちの会話は、ここで途切れた。


 膝の上で自分の手をギュッと握ると、アランの手の温もりが蘇った気がして、気恥ずかしくなる。

 だけどその気持ちが、伝えてくる。


 例え、彼との身分差があっても。

 友達と公言されてしまっても。


 アランのことが好きなんだと。

 やっぱり……この恋心を諦めることなんてできない!


『だけど、そんな感じじゃ、一生アランにエヴァちゃんの気持ち、伝わらないわよ? もっと、積極的にならないと!』


 不意に、マリアの言葉が蘇った。


 確かに、アランにとって、私はただの友達としか認識されていない。

 

 だけどそれって、少なくとも私に対して、他の人よりも好意は持ってくれてるってことよね?

 私が求めている好意の意味とは違うだろうけど、嫌われていない以上、希望はあるってことよね?


 それに、マリアはアランの素性を知ってる上で、私の応援をしてくれるって言っていたし!


 アランに友達認定され、落ち込んだ気持ちが、むくむくと力を取り戻す。


(マリアの言うとおり、積極的になろう! 言葉で伝えるのはまだ難しいけど……でもせめて、彼への好意を、態度に出していけるように頑張ろう)


 そしていつかちゃんと自分の言葉で、気持ちを伝えたい。


 チラッとアランの方を盗み見ると、腰を掛けているシートの上に、アランの上着の裾が広がっていた。


 積極的になると決意したんだから、平然と手を繋ぐぐらいはやってのけたいけど、そこまで勇気は持てない。

 だけど、これくらいなら――


 そっと手を伸ばすと、彼の上着の裾に触れた。

 指先が緊張でドクドクと脈打っているのが、感じられる。


(初めて……私の意思で、アランに触れた)


 とはいえ、触れたのは服だし、彼も全く気付いていない様子だから、意識させるという目的は全く達成できていないけれど。


 でもいいの。

 これが私の――


 小さな第一歩よ。

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