【コミック第4巻発売記念短編】名前を付けられない感情①
「エヴァ様、部屋の隅にゴミが残っておりましたよ。こんなことでは困ります」
「ご、ごめんなさい……」
クロージック家の侍女長に掃除の不出来を指摘され、私は頭を下げて謝った。私たちの様子を見ていた他の侍女たちから、クスクスと笑いが洩れる。
侍女長はこれ見よがしに大きなため息をつくと、両腕を組みながら窓際に寄った。そして縮こまる私に、窓の外を見ろと目線で命令をする。
「罰として、あそこにある道具を全て物置小屋に運んでください」
視線の先には、使わなくなった家財道具たちがたくさん置かれていた。
どこかの部屋の模様替えでもしたのかもしれない。大きな棚や本、高価な花瓶など、様々な大きさの家具や道具が所狭しと並んでいた。
「えっ? あんなにたくさんの物を……?」
「それがなにか?」
思わず出てしまった呟きを拾った侍女長が、口答えをするなと言わんばかりにジロリと睨んできた。
そのとき、
「エヴァ、こんなところでなに油を売っているの?」
「奥様!」
侍女長やヘラヘラしていた侍女たちが、態度を一変させた。
叱責していた声は猫なで声へと変わり、私の前では高々と上がっていた頭が、サンドラお義母様の前で深く沈む。そのすぐ傍には、義妹マルティの姿もあった。
マルティは私とは違い、いつもきらびやかな装いをしている。
義父と義母が、これ以上ないくらいの愛情を彼女に注いでいるからだ。それが、キラキラと輝く宝飾品やドレスという形をとっている。
(それに比べて私は……)
身につけたみすぼらしいスカートを見ると、ますます惨めな気持ちになった。
私を産んですぐに亡くなってしまった母の記憶はなく、大きくなった今では、父との思い出もぼんやりと遠くなったものも多い。
マルティは私を一瞥すると、馬鹿にするようにクスクスと笑った。
「なぁに、お姉様。また叱られているのですか?」
「そうなのですよ、マルティお嬢様。部屋の掃除も満足に出来ないため、先ほど罰を与えたところです。なのに私に口答えを」
「口答えなんて――」
侍女長の言葉を訂正しようと口を挟んだのがいけなかった。
義母と侍女長の鋭い視線が私に向けられた。不自然なほどの赤が引かれた義母の唇が意地悪く歪み、口角がニィッと上がる。
「誰がこんな役立たずを養ってやっているか、分かっていないようね。さらに罰として、今日の夕食は抜きにしましょう」
「っ‼」
「ありがとうございます、奥様。これでエヴァ様も少しは懲りるでしょう」
「ふふっ、どうかしら? お姉様のことだから、すぐに忘れちゃうんじゃないかしら? ねえ、お母さま?」
「そうね。この子はあなたと違って無能だものねぇ」
マルティの言葉に、義母が同感だと頷いた。それに同調するように、侍女長や周囲の侍女達も私を見てあざ笑う。
嘲笑が響く中、私は彼女たちに一礼すると、俯きながら速足でこの場を後にした。
心の中が冷たくなる。
何故、こうも悪意に晒されなくてはならないのか分からない。
(もし私も皆と同じように精霊魔法が使えていたなら、お義父さまもお義母さまも、私を認めてくださったのかしら……)
自分にどんどん自信がなくなっていく。
私は、何故か精霊魔法が使えない。
バルバーリ王国では誰でも使えるはずの、ギアスすらも。
だけど、
(ここで落ち込んでも仕方ないわ。だって今に始まったことじゃないのだから。あんな人たちのことを考えるだけ時間の無駄よ)
このまま沈んだ気持ちでいるか、楽しいことを考えて気持ちを切り替えるかは、自分が決められることなのだから。
いつものように心を奮い立たせると、下がっていた口角を無理やり上げながら、歩みを進める足に力を込めた。
●
命じられた仕事を果たすため、荷物の所にやってきた。
もう空は夕暮れに変わってきている。私の後ろでは、今日の仕事を終えた通いの使用人たちが喋りながら帰宅する姿が見えた。
(うーん……やっぱり凄い量。終わる頃には夜になってそう)
一つ一つ、重さを確認していく。
量は多いけれど、時間を掛ければ一人でなんとかなりそう。
(幸い? 夕食をとる時間も使えそうだし)
義母と侍女長の顔を思い出しながら、心の中で呟いた。
もちろん本気で【幸い】なんて思っていない。
二人への当てつけ。
心の中で愚痴るぐらいは許されるわよね?
だって、
(私は私。心の自由は、誰にも奪えないものなんだから)
その言葉とともに、黒髪の青年の姿が脳裏をよぎった。
五年前、クロージック家にやってきて、使用人に落された私を公爵令嬢として扱ってくれる数少ない人物。
いつも優しく声をかけてくれて、丁寧な物腰で接してくれて、それに――
「……ょう様?」
うん、そうそう。
彼の声はこんな感じで……
って⁉
「エヴァお嬢様?」
「ひゃっ⁉︎ あ、アラン⁉︎」
驚いた私は、思わず叫び声を上げてしまった。
振り返ると黒髪の青年――使用人であるアラン・ルネ・エスタが立っていた。
長い前髪の隙間から見える青い瞳が丸くなっている。どうやら私の過剰すぎる反応が、彼を驚かせるだけでなく、勘違いまでさせてしまったみたい。
すぐさま真剣な表情になると、スタスタと早歩きで私の方に歩み寄ってきた。
「どうかなさいましたか? もしかして何かありましたか⁉」
「う、ううん、な、何にもないわっ! 突然声をかけられたから、驚いちゃっただけ!」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと!」
「それならいいんですが……」
とは言いつつも、アランはどこか釈然としていない様子。
考えていた人物が、突然後ろに現れたから驚いたなんて、決して言えないわ!
ましてや、何を考えていたかなんて……
だから話題を無理やり逸らす。
「アラン、お疲れ様。今日のお仕事は終わったの?」
「はい。丁度部屋に戻る途中、何だか困っていらっしゃるお嬢様の姿を、お見かけしたものですから、どうされたのかと思い様子を見にきたのですが……もしかして、これを全て運べと言われたのですか?」
荷物の山に向けたアランの視線が鋭くなった。
隠しても無駄だと思い、私は正直に経緯を説明した。
掃除にやり残しがあったため、罰として目の前の荷物を全て物置小屋に運ぶように命令されたことや、追加で夕食を抜かれたことも。
話が進むにつれて、彼の表情が険しくなっていく。
眉間の皺、深すぎない?
そして全てを話し終えると、
「……一体何を考えている。エヴァお嬢様は、クロージック家の御息女だぞ。一介の侍女ごときが……」
と、唸るように呟くと私に背を向けた。
「抗議してきます」
「だ、駄目よ、アランっ! 逆にあなたが罰を受けるわ! こんなこと、いつものことだからいいの!」
「しかしっ‼」
こちらを振り向き、なおも食い下がろうとするアランに、私は微笑んで見せた。
こんばんは、めぐめぐです!
ここまでお読みいただきありがとうございます♪
今でも、たくさんの方にお読み頂けていて、とても嬉しく思います!
明日、4/24に、コミカライズの第4巻が、紙・電子書籍で発売します!
前世の話回となる重要な巻になりますので、是非お手にとって頂けると嬉しいです♪(ソルマンが酷すぎて、読むたびに「こいつ情緒大丈夫か????」って思ってしまうw)
こちらの短編は、三分割でお送りするので、中途半端なところで切れてますがお気になさらず(;´∀`)
楽しんで頂けると嬉しいです♪




