【コミック第3巻発売記念短編】久しぶりの再会②
「え? ノーチェ兄さんに避けられてる?」
「ええ。後ね、時々誰かに見られている気がするの。それでね……」
「ちょ、ちょっと待って! 今サラッと不穏なこと言わなかった⁉︎ とにかく、順番に聞くから!」
アランの驚き声が部屋に響き渡った。
ノーチェ殿下と再会したあの日。精霊魔法研究が出来ないストレスと、長旅の疲れのせいで、私への接し方が変わってしまったと結論づけたというのに、その後も殿下の態度は変わらなかった。
私と会うと、
「あ、じ、自分はちょっと予定があるので……」
と仰って、すぐさま立ち去ってしまうので、本当に何か気分を損ねることをしたのではないかと不安に思う日々が続いていた。
あともう一つ、アランと一緒にいたとき、気のせいだと思っていた視線を、今でも時々感じる。
一度や二度なら気のせいかなと思えるけれど、ノーチェ殿下の件も謎の視線の件も、こうも続くと、意図的な物だと思わざるを得ない。
だから思い切ってアランに相談することにしたの。
会議で大変な彼の負担にはなりたくはなかったけれど、もしノーチェ殿下の気分を損ねることをしていたのなら、アランの協力は不可欠だし……
アランは私に相談されるまで、殿下の変化や、謎の視線について気付いていなかったみたい。
「ノーチェ兄さん、俺の前では変わった様子なんて見せなかったけど。それ以上に、視線を感じるっていう方が気になるな。城内に、エヴァを狙う不審者がいるのかもしれない」
「だけど、視線を感じるのはアランと一緒にいるときだけよ? 私を狙うなら、私一人の時に視線を感じるものじゃない?」
「そうかもしれないけど、可能性はゼロじゃない。イグニス兄さんに報告して、犯人を見つけて貰った方が良い」
「ま、待って、アラン!」
想像以上に大事に発展しそうになり、私は慌てて彼の提案を拒否した。
「私に危害を加えようとする人間が近くにいるなら、大精霊たちが黙っているはずがないわ! だから視線の件はやっぱり勘違いかも……」
そう。
だから、私たちを見ている不審者が本当にいるのか、いまいち確証がもてなかったわけで。
大精霊という単語を聞いた瞬間、アランは数回、パチパチと瞬きをした。まるで私の発言が予想外だと言いたげに。
「え? なら大精霊たちに、エヴァを見ている不審者について、聞いてみたらいいんじゃないか?」
「……あ」
声を上げたのは私。
精霊たちはそこかしこにいる。だから私が望めば大精霊を通じて、精霊たちから情報を得ることが可能なの。
な、なんで今まで気付かなかったのかしら……は、恥ずかしい……
顔がカァッと熱くなる。
真っ赤になっているであろう頬を両手で包みながら、私は俯いた。その反応を見て、アランが噴き出す。
「あははっ、今まで気付かなかったの?」
「だ、だって……ほ、ほら! 精霊って人間と感覚が違うじゃない? 不審者を見つけてって言っても、どんな人間が不審者に当たるのか、判断付かないんじゃないかって思って……」
……というのは、今作った言い訳だけど!
「なら陰から君を見ている人物を、大精霊から教えて貰ったらどうかな? いつも同じ人物が名前に上がったら、エヴァを見ているのはその人物である可能性が高い。つまり、視線は勘違いじゃない、ということになる」
「なるほど……」
聞けば聞くほど、何故そこまで頭が回らなかったのかと、恥ずかしくなってくるけど、とりあえず、視線の件はこれで解決できそうだわ。
「大精霊」
呼びかけに応えたのは、長きにわたり精霊女王を守り、彼の願いを精霊たちに伝え、叶え続けてきた存在――光と闇の大精霊。
彼らの声が、私の頭の中に響く。
『『エルフィーランジュ様。いかがなされましたか?』』
「フォレスティ城に戻ってきてから、誰かの視線を感じるの。城に滞在中、私のことを隠れて見ている人物に心当たりはない?」
『『ございます。二名ほど』』
「二名⁉」
まさか複数人いたなんて!
アランも予想外だったのだろう。青い瞳が見開かれたと思うと、すぐに真剣な表情へと変え、鋭い視線を私の肩越し――大精霊たちに向けている。
ゴクッと唾液を飲み込むと、私は心を落ち着かせるために深い呼吸を意識しつつ、言葉を続けた。
「そ、それで……その人物の名前とか分かる?」
『『存じております』』
大精霊が名前を知っているということは、私と近しい人物ということになる。
背筋がゾッとした。
犯人は、私が知っている人――
聞くのが怖い。
だけどここまできたのなら……聞かないという選択肢はない。
「そ、それでその人物は……」
『『お一人目は、今、あなたの隣にいる人物です』』
「隣にいる、ひ、と?」
私の隣にいるなんて、知り合い以上に親密なかんけ、い――
……ん?
ちょっと待って?
今私の隣にいるのって……
ゆっくりと、私の隣に座る人物――アランに視線を向けた。
ついさっきまで真剣な表情で私を見ていたアランは……両手で顔を覆って俯いていた。髪の毛の隙間から見える耳も、覆った手からはみ出ている肌も、これ以上にないくらい真っ赤になっている。
このままだと、頭から湯気が出そう。
「アラン、隠れて私のこと、見て……た?」
「違う! ご、誤解だ‼」
俯いていたアランが勢いよく顔を上げ、私の両肩を掴んだ。
しかし私の頭の中に、闇の大精霊の冷然とした声が響く。
『いえ、彼で間違いございません。エルフィーランジュ様が、マリアという女性や、ルドルフという老人と過ごされている時や、お一人でお過ごしになっていたとき、彼は隠れてあなた様を見ていました』
「ええっと……私がマリアたちと一緒にいるときや、一人でいるとき、アランが隠れて私を見ていたって、大精霊が言っているのだけど……」
「た、確かに見ていた……ときもあった! で、でもたまたま通りかかって、ちょっとだけ様子をみていただけで……」
意図したものではなく偶然だった、見ていても短時間だったと強調するアランの発言に、大精霊の容赦ない指摘が被さる。
『いえ、複数回、そして比較的長い時間、あなた様を見ておりました。親しい関係にもかかわらず陰から見ていらしたため、不思議に思っておりました』
「ちょっとどころじゃなかったって。それに親しい関係なのに、アランが私に声をかけずに影から見ていたから、大精霊たちは不思議に思っていたみたい」
「~~~~~っ!」
アランは頭を抱えながら、完全に沈黙した。
えっと……私、なんかやっちゃいました?
「あ、アラン?」
口から魂が抜けたかのように全身を脱力させ、ソファーの上に倒れている彼の体を揺すると、宙を彷徨っていた彼の視線に自我が戻った。大きすぎるため息を何度か吐き出すと体を起こし、諦めたように口を開く。
「いや……ちょ、ちょっと補給を……」
「補給?」
「ここのところ会議続きでエヴァと一緒にいられる時間が少なかったから、せめて、楽しそうに過ごしている君の姿を見て、元気を貰おうとしただけで……」
「それなら私に話しかけてくれればいいのに」
「ま、まあそうなんだけど……こっそり見守ることでしか得られないエヴァの良さも……」
「?」
「と、とにかく‼ エヴァが気付いているとは思わなくって……不安にさせてごめん……」
アランがしょんぼりしながら頭を下げた。
まさか自分が犯人として名指しされるとは思わなかったのね。
私を陰から見ていた理由は今でもよく分からないけれど、怒るつもりはない。
だって――
「アラン、謝らなくて大丈夫よ。だって私が視線を感じるときはいつも、あなたと一緒にいるときだったから、あなたが犯人じゃないもの」
「……あっ」
しゅんっとなっていたアランの瞳が、大きく見開かれた。私の話を思い出したみたい。
ごめんね。大精霊への指示が、適切じゃなかったみたい。
早く彼の冤罪を解いてあげなきゃ。
「大精霊。私を見ていた人は、アランの他にもう一人いるのよね? それは一体誰?」
光の大精霊の明るい声と、闇の大精霊の淡々とした声が重なり、同じ名前を発した。
『『ノーチェと呼ばれる男性です』』




