【コミック第3巻発売記念短編】久しぶりの再会①
ソルマンが引き起こした戦争は、バルバーリ王家がフォレスティ王家に国を明け渡すという形で終結した。
それによってバルバーリ王国は消滅。
旧バルバーリ王国領はフォレスティ王国に組み込まれ、現在は、アランに管理が任されている。
荒廃した旧バルバーリ王国領の回復、世界の根幹たる精霊たちを未だに道具と思っている旧バルバーリ王国の民の再教育、霊具工匠の解体や、不穏な動きを見せる貴族たちへの対応など、解決しなければならない問題は山積み状態。
だけど、アランは決して投げ出さない。
民たちに厳しい言葉と新たな法を突きつけ、強い反感を買いながらも、正しい道を示し、導こうと頑張っている。
旧バルバーリ王国領の行く末や、奮闘するアランのことなど、心配は尽きない。
だけど私は今、別の心配事に頭を悩ませていた……
*
私たちは会議に出席するため、フォレスティ城に戻ってきていた。といっても会議に出席するのはアランだけなので、私自身は、護衛として付いてきてくれたマリアと城下を散策したり、ルドルフにお話相手になって貰ったりと、ゆっくり過ごしている。
会議はいつも長く、フォレスティ城に戻ってきて五日間経った今も、アランとあまり一緒に過ごせていない。仕方ないと分かっていても寂しいと思う中、アランの兄君でいらっしゃるノーチェ殿下と、廊下でばったりお会いした。
ノーチェ殿下は、精霊魔法研究に力を注いでおり、精霊を大層愛しておられる御方。
バルバーリ王国との戦争の際には、倒れられたイグニス陛下にかわってフォレスティ軍を率い、勝利に導いてくださった。
まあ精霊女王である私に対して時々、精霊女王崇拝モードになられたのには戸惑ったけれど。
殿下とお会いするのは、久しぶり。
というのも、ノーチェ殿下はイグニス陛下に領地と爵位を半ば強制的に与えられたため、領地運営のためにフォレスティ城から離れていらっしゃったから。
ノーチェ殿下もお戻りだったなんて、知らなかったわ。
殿下の登城について知らせがなかったことを不思議に思いつつ、私は立ち止まり、カーテシーをした。
「ノーチェ殿下、またこうしてお目にかかることが出来、大変嬉しく思います。その後、お変わりはございませんでしょうか?」
しかし、殿下からの返答はなかった。
不思議に思い様子を窺うと、ノーチェ殿下は私を見下ろしたまま固まっていらっしゃった。なのに、青い瞳だけは激しく瞬いている。
え? なに? この表情……
酷く焦っていらっしゃる?
不安に駆られ、何かあったのかと訊ねようとした時、
「あ、殿下、こんなところにいたんっすか!」
聞き覚えのある声が、彼の背後から聞こえてきた。
手を振りながら小走りでやって来たのは、ノーチェ殿下の側近であり精霊魔法研究仲間であるレフリアさんだ。少し遅れて、レフリアさんの妹であるフリージアさんもやって来た。
二人はノーチェ殿下の左右に控えると、私に向かって頭を下げた。
「お久しぶりっす、エヴァ様!」
「エヴァ様、お元気そうで何よりでございます」
「フリージアさんもレフリアさんも、最後にお会いしてからお変わりがない様子で安心しました。いつ、フォレスティ城に戻ってこられたのですか?」
「会議開始の少し前です。そのためエヴァ様とアラン様にご挨拶にうかがえず、申し訳ございませんでした」
「フォレスティ城から物凄い量の精霊が出てたから、エヴァ様がいらっしゃるのは分かってたんすけどね。申し訳ないっす」
「いえ、私の方こそノーチェ殿下が今日お見えになることを知っていれば、先にご挨拶にうかがったのですが……申し訳ございません」
謝罪をしつつ、ノーチェ殿下の様子をうかがった。
レフリアさんたちが来られたからか、殿下の瞬きは落ち着いていらっしゃった。だけど口から発された声は固く、緊張しているように思えた。
「あ、ああ、いや、気にしないでください、エヴァ。あなたも元気そうで良かった。あ、アランとは、な、仲良くやってます、か?」
「あ、はい」
頷きつつも、私相手に極度に緊張されている殿下のご様子が気になって仕方がない。
私、何かしたかしら?
ご挨拶が遅れて、怒っていらっしゃる?
相手はアランのお兄様。
彼の大切な家族の怒りを買い、嫌われることを想像すると、鳩尾あたりがヒュッと冷たくなる。
私たちの間に漂う変な空気を察したのか、レフリアさんがパンッと手を打った。
「あ、エヴァ様。部屋に戻る途中じゃなかったっすか? 会議が終わったんで、アラン様もそろそろ部屋にお戻りに……あ、噂をすると……」
レフリアさんが、私の後ろに視線を向けた。彼の言葉と視線につられて振り向くと、見知った姿が近づいてくるのが見えた。
アランだわ。
手を振る私に気づくと、一緒に歩いていたお付きの方と別れ、手を振りかえしてくれた。
彼の姿が近づいてくるにつれて、胸が高鳴っていく。自然と頬が上がり、口元が緩むのを止められない。
だけど、
「じ、じゃあ自分は、し、失礼しますね」
「えっ……あのっ……」
アランに気を取られている隙に、ノーチェ殿下はそう告げると、そそくさと立ち去ってしまった。
引き止める間もない、一瞬の出来事だった。
残されたフリージアさんはため息をつき、レフリアさんは呆れた表情を浮かべていた。だけど私に会釈すると、彼らもノーチェ殿下の後を追って去っていった。
一人になったところに、アランが到着する。
「エヴァ、こんな所にいたんだ。部屋にいなかったから探したよ」
「ごめんなさい。部屋に戻る途中、ノーチェ殿下とお会いして……」
そこまで言って、私は黙ってしまった。
しかしアランがわずかに眉をひそめたので、誤魔化すため、わざと声を明るくして言葉を続けた。
「そ、その途中、フリージアさんとレフリアさんともお会いしてね! 皆さんお元気そうで良かったわ」
どうやら上手く誤魔化せたみたい。アランは私の言葉に同意しつつ、苦笑いをした。
「ノーチェ兄さん、トウカ王国に戻って、精霊魔法の研究を続けたいってゴネてるらしいけどね。まあ領地もあるから、前みたいに自由気ままにとは無理だろうけど」
だから城に滞在中、自由に精霊魔法研究が出来ない気晴らしに、ルドルフが付き合わされるだろうと、アランは憐れみの表情を浮かべながら付け加えた。
ということは、さっきの不自然なご様子は、精霊魔法研究ができないストレスのせい?
それに到着してからすぐに会議に出席されたそうだから、疲れていた可能性もあるし……たまたまってことかしら?
そう無理やり結論をだした私に、アランが微笑みかけた。
「そうそう、エヴァが久しぶりに城に戻ってきたからって、料理長がエヴァの好きな菓子をたくさん用意してくれたようだよ」
「わぁっ、嬉しい!」
「今、庭園にお茶の準備をさせているから、一緒に行こうか。……ああそうだ、マリアとルドルフも呼ぶ?」
彼の提案に頷こうとしたとき、アランの整った顔に、疲れと緊張が残っていることに気付いた。
フォレスティ城に滞在中、アランはずっと会議や打ち合わせ続きだったものね。疲れが顔に出るほど溜まっても不思議じゃない。
ならば私がしなければならないのは、疲れた彼を少しでも癒すこと。彼が背負う心の負担を軽くし、リラックスしてもらうことだわ。
だからゆっくりと首を横に振った。
「……それもいいんだけど、今は二人で過ごしたい……か、も……」
一緒にいられる時間が少なくて寂しかったからではなく、あくまでアランに気兼ねなくゆっくりして貰うためだから!
二人っきりになりたいという、私の不純な動機では決してないから!
なのに、顔に不自然な熱が上がってくる。
もうっ、二人で過ごしたいって希望を言うだけで、何で未だに心臓がこんなにバクバク言っているの⁉
いずれ結婚する仲なのに、私本当にやっていけるのかしら……
幸せ過多で召される自分が見え――
「エヴァ」
混乱する私の意識を引き戻したのは、私の右手を包んだ温もり。
アランが私の手を握っている。
指先に流れる血液の小さな振動まで、伝わってしまいそう。
私と目が合うと、彼の口元に笑みが浮かんだ。
「実は俺も……二人でいたいと思っていたから嬉しい、かも……」
少し照れた彼の声色と表情は、私の全身の血の巡りをよくし、意識を吹き飛ばすのに十分過ぎた。だけど、こんなことで一々心をかき乱されていては結婚なんて出来ないと、何とか今に踏みとどまり、言葉を返す。
「だっ、だってアラン、とても疲れているみたいだったから……ひ、人の目があまりない方がリラックスできるかなって思ったの」
「ありがとう。俺の体調を気遣ってくれて。でも大丈夫。だって――」
握られていた手が引っ張られ、彼の方へ身体が引き寄せられた。すっぽりと、私の身体がアランの腕の中に収まってしまう。
私の右手を包み込んでいた温もりが、密着する胸からじんわりと伝わってくる。
耳元に吹き込まれる、低い囁き。
「後でこうやってエヴァにたくさん癒して貰うから」
た、確かに、アランの疲れを少しでも癒やしたいという気持ちはあるけれど……これじゃ、私のメンタルの方が先に限界が来ちゃうんですけど!
この時点でもうすでに限界ギリギリなんですけど‼
だけどそれらの叫びは言葉にはならず、彼の腕の中で、ただ小さく頷くことしかできなかった。
恥ずかしすぎて顔があげられない私から彼の身体が離れ、代わりに手が再び温もりに包まれる。
「エヴァ、行こう」
アランが優しく微笑みながら私を誘う。
彼に手を引かれるがまま歩き出そうとしたとき――誰かの視線を感じた。
「どうしたの?」
立ち止まって歩こうとしない私にアランが怪訝そうに訊ねてきたけれど、私はすぐに返答はせず周囲を見回した。
……誰もいない。
気のせいかしら?
「ううん、誰かいるような気がしたんだけど……気のせいだったみたい。ごめんなさい、行きましょう」
そう言って今度は私が彼の手を引いた。
不可解な私の様子に少し戸惑っていたアランだったけれど、すぐさま手を握り直し、私と同じ歩幅で歩き出した。
ノーチェ殿下の態度。
謎の視線。
この二つに対する疑問や不安は、繋いだ手から伝わってくる愛する人の温もりと、心の底から湧き出る幸福感によって上書きされ、消えていった。
――このときは。
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こちらのお話ではお久しぶりです!
気付けばもう完結して1年になりそうとか、信じられないです!!
未だにたくさんの方々にお読みいただき、嬉しく思います。
タイトル通り、デジタルマーガレット様で連載中(多花葉ねみ先生)の『精霊魔法が使えない無能~』コミカライズですが、8/23に第3巻が発売されます!!
元婚約者・義妹との対峙巻となりますので、是非お手にとって頂けると嬉しいです♪




