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第133話 傷ついた魂の癒し方

「かつて【世界】が生み出そうとした精霊王の失敗作。恐らくそれがソルマン王の正体です」


 私が口を閉ざすと、辺りが静寂に包まれた。皆、かなりの衝撃を受けた様子で、言葉が出ないみたい。

 

 正直、私だって信じられない気持ちが燻っている。

 でもソルマン王の正体が私の予想どおりであれば、膨大なオドや精霊やオドを視る目を持っている謎に説明がつく。


 いえ、それしか考えられないわ。


 沈黙が続く中、動きを見せられたのはノーチェ殿下。何故かアランを一瞥すると、眉を顰めながら私に視線を向けられた。


「……ということは、もしかしてあなたとソルマン王の関係は、【番】ということになるのかな?」


 つが、い……? どういうことかしら?


「殿下、その単語では一般の方には通じないかと」


 はぁっと息を吐いたフリージアさん、が困惑する私を見ながら発言した。レフリアさんも、殿下を見ながら呆れたように肩を竦めている。


 やってしまったという表情を浮かべるノーチェ殿下に代わり、フリージアさんが私を見ながら口を開いた。


「つまり、エヴァさま。ノーチェ殿下は、精霊女王であるあなたさまが、ソルマン王の伴侶として生み出されたのかとお聞きになられているのですよ」


 あー……なるほど。

 番ってそういうことなのね。小鳥を番で飼う、と同じ意味――って‼


 とんでもないことを訊ねられたと気付き、私は思わず立ち上がってしまった。


「ち、違います‼ エルフィーランジュは、ソルマン王が失敗したことによって生み出されたのです! そういう相手として生み出されたわけではありませんっ‼」


 そもそも精霊王が成功していれば、エルフィーランジュは生まれなかったし、そ、それに伴侶として互いが生み出されたのなら、初めてソルマン王に会ったエルフィーランジュが恐怖を抱くこともなかったはずだしっ‼


 だ、だからこの話をする前に、殿下はアランの様子を伺ったのね?


 アランは今の話を聞いてどう思っているのかしら……殿下と同じような不安を抱いていたら、どうしよう……


 恐る恐る彼の様子を伺うと、青い視線とぶつかった。だけどその瞳はすぐさま、どうかしたのと問うように優しく細められる。


 私への愛情に、僅かな揺らぎも見られない。


 ――そう、だわ。

 だって私たちは、互いの愛情を伝え合い、想いを確固たるものにしたのだから。


 自信に満ちたアランの表情に、私も小さく頷き返す。


 お互いの想いを確認し合った私たちを見て、ノーチェ殿下が軽く頭を下げて謝罪された。


「不快な思いをさせて申し訳ない。ただ確認させて頂きたかったのです。本能的にソルマン王を守るような制約が、あなたに課せられていないかを」


 私がソルマン王の伴侶であったなら、私の気持ちと関係なく、フォレスティ王国を裏切る可能性もあったかもしれないということね。


 確かに、今までの話を客観的に聞けば、私はソルマン王寄りの存在だもの。


 疑われても仕方ないと思うと同時に、そこまでの可能性にまで考えが至るノーチェ殿下の洞察力の凄さに驚かされる。


 きちんとお伝えしておかなければ。


「ハッキリと申し上げておきます。私とソルマン王は、確かに同じ存在。ですが、繋がりはありません。ただ……何故彼が、エルフィーランジュにあれほどまでに執着するのかが、分からないのです」


 初めて出会ったのは、三百年前に行われたフォレスティ王国祝賀祭。


 言葉を交わすこと無く、たった二度彼に笑いかけただけで、ソルマン王はエルフィーランジュと両想いだと勘違いし、彼女を誘拐した。


 どう考えても常軌を逸脱してる。


 ただ気になるのは、


「ソルマン王はずっと、エルフィーランジュと自分が同じ存在だということを強調していました」


 ――この世界で余と同じなのは、お前だけなのだ。


 ソルマン王の言葉を思い出す。

 そして、


「自分は他の人間とは違うとも……」

「ソルマンは自分と同じ存在を探していたということか。そして自分と同じ存在であるエルフィーランジュを見つけ、異常な程の執着を見せたってことなのか? 理解できないが……」


 アランが訝しげに呟く。

 皆が同感だという空気の中、レフリアさんだけが腕を組みながら共感したように頷いている。


「俺は少し分かりますけどね。異国に行った先で同郷の人間に会ったら、凄く嬉しくなる。ソルマン王もそういう感じじゃないっすか?」

「あー……それなら自分も分かるな」

「トウカ王国で、現地人ばりに馴染んでた人に言われたくないんっすけど」


 共感するノーチェ殿下の言葉を、げんなりした様子でレフリアさんが突っ込んだ。だけどルドルフの言葉に、お二人の表情が真剣なものへと変わる。


「ソルマン王は自身が異質だと気付き、知らぬうちに孤独を抱えていたのかもしれんな。精霊女王にはソルマン王が持ち得ぬ力――精霊を生み出す力があった。彼女を傍に置くことで、未完成な自分が完全になれるとでも思ったのかもしれん。人は、自身が持ち得ぬモノに惹かれる性質があるからの」

「それをあの男は【愛】だと見誤った。そのせいで、エルフィーランジュとティオナは……」


 憎しみと怒りに満ちたアランの声が、皆の鼓膜を震わせる。


 とにかく、ソルマン王が何者であるかは分かった。かと言って、何か大きな進展があったわけでも、対応策が見つかったわけでもない。


 落胆する私に、ルドルフが優しく声をかけてくれた。


「有益な情報をありがとう、エヴァ嬢ちゃん」

「わ、私は何も……対応策が見つかったわけでもないし……」

「じゃが相手が精霊女王と同等の存在と分かっただけでも、大きな収穫じゃよ。戦の際、何があってもおかしくないと腹を据えられるからの」


 ルドルフの言葉に、私の隣に座るウィジェル卿が大きく頷く。


「そうですぞ。どれだけ十分な戦力があっても、慢心によって戦局がひっくり返されることなど、よくありますからな。事前に相手の情報を知ることは、戦において重要なことですぞ」


 鍛えられた体格から発せられる声は、とてもよく部屋に響いた。

 だけど、ノーチェ殿下が口を開いたことでピタリと声が止まる。


「ソルマン王という存在がいる以上、この戦いは一筋縄ではいかない。だが、決して負けることのできない戦いだ。フォレスティ王国が負ければ、残された民は虐げられ、混乱に満ちた世を、我らの子孫が生きなければならなくなる。皆、心してかかって欲しい」


 緊張と決意で満ちた言葉に、この場にいた皆が深く頭を下げた。大切な人を、家族を、民を――そして国を守る決意が部屋に満ちる。


 それを感じながら思う。


(私も、皆さんの役に立ちたい)


 ソルマン王の襲撃を受けた際、私は役に立つどころか、逆に場を混乱させてしまった。


 恐らく今の私の状態では、ソルマン王と対等に戦えない。

 せめて、私の願いが上位精霊たちにきちんと伝えられるようにならなきゃ……


 そのためには、


(魂の傷を癒やさないと……でも、どうすれば……)


 昨日、エルフィーランジュとルヴァン王は、後悔から解放された。

 それによってアランはルヴァン王の呪縛から解放され、私はエルフィーランジュと一つになった。


 だけど何も変わっていないということは、魂はまだ傷ついた状態ということ。


 エルフィーランジュの心残りを解消し、彼女が持っていたあらゆる記憶と感情――人と愛する気持ちや喜び、怒りや悲しみ全てを受け取ったはずなのに。


(……全て?)


 そこまで考えて、何かが……何かが足りない気がした。

 もしかして、エルフィーランジュから受け取っていないものが、まだ……ある?


 次の瞬間、私の意識は闇の中にあった。

 闇の奥に、僅かな光を纏った銀髪の女性が一人、膝に顔を埋めて座っているのが見える。


 それは俯いたまま、絶えず何かを呟いていた。


 ずっとずっと同じ言葉を――


「エヴァ、どうしたの?」


 私を呼ぶ声がして、意識が今に戻った。

 慌てて声の方を見ると、立ち上がったアランが不思議そうに私を見下ろしている。


 会議が終わったみたいで、部屋の中は退席する人たちで少しざわついていた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて……」


 取り繕うように笑うと、私も立ち上がった。


 まだ心臓が激しく脈打っている。先ほどのことを思い出すと、背中に寒気が走り、全身の肌が粟立った。


 恐らくさっきの女性は、エルフィーランジュ。

 私と一つになったはずなのに、どうして……


 彼女が絶えず繰り返し呟いていた言葉が、耳の奥で蘇った。


 ――憎イ、と。

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