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後編

 葛折りのように、折り返しながら深く深く続いている階段を降りていく。折り返しごとにある踊場には小さな電球がついているのみだが、猫の目には特に不自由はない。足音をたてずに下り続けていると、下の方からかすかにうなり声のような音が聞こえてきた。

「それにしても、妙な声じゃないか」

 階段の途中で猫が立ち止まる。

「これ読経だな、えらく圧縮されてるが」

「圧縮?なんだいそれは」

「要は早口言葉だな、よーく耳を澄ませばなんとなくわかる」

「妙な音の響き方してたのはこれのせいですかね」

 階段の踊り場の壁に、丸いハンドルのついた重そうな扉がある。誰かが通った後きちんと閉めなかったのか、少し隙間があいている。

「おや、これは」

 隙間から先をのぞくと、七色に光る何かがチョロチョロと動いているのが見えた。

「あれは一六七七万色鼠(ゲーミングマウス)かい……ということは、下水道かね」

 一六七七万色鼠(ゲーミングマウス)は下水に住むと噂される未確認生物である。そもそも雨水処理網とは別に下水道が存在するという話すら町では眉唾扱いの都市伝説なのだ。

「しかし、下水道のさらに下、とはねぇ……」

 まだ下に続く階段の方を眺める。踊場から下の階段は螺旋状になっており、壁や階段の材質もこれまでとは違っているようだ。

「ま、降りてみるしかないよねぇ」

 まるで猫の言葉に応えるように、扉の向こうで複数のクリック音が鳴った。


 どれほど下っただろうか。周囲の壁の向こうからは轟々という水音、目の前の扉の向こうからは圧縮読経の大音声。階段を下りきった先の、突き当たりである。

「ここが鉄地蔵たちの溜まり場、ということで良いのかねぇ」

「みたいだなぁ。見事に揃っちゃあいるが、この読経の声、いったい何人いるのか見当もつかねぇ」

「まあからくり仕掛けだからねぇ、揃えようと思えば如何様にも揃えることができるんだろうけど……無粋というか、なんというか……」

 言いながらドアノブらしきものの一切ない扉をそっと押してみる。ID認証なのか、当然開いたりはしない。

「どうしましょうねぇ」

 そう言いながら傘を腰だめに構える猫。

「おいお前、どうしようもこうしようも、やること決めちゃってるだろ」

「いえ、一応これは考えるフリをするポーズなんですよ」

「フリじゃだめだろぉあぁ!」

 傘がまだ話してるうちに猫が動いた。破壊音とともに扉が奥へと吹っ飛ぶ。

「あ、これ引き戸だったかもしれませんね」

 扉のあった場所の上下にレールのようなものを見つけた猫がとぼけた声を出す。

「まあ何にせよ自動扉だろうから開かないものは開かないだろうけどよ……」

 猫の目が細く鋭くなっている。見ているのは、ずらっと並んで同じ声を出している鉄地蔵たち、ではなくその奥。

「……なんと、いう」

 猫の毛が逆立っている。

「なんということを!」

 その声にも、背中に徳を余計に積もうとする機械を背負った鉄地蔵たちが反応する事はない。ただ、飛んでいった扉の残骸の手前、その左右の空間から巨大な像がずいっと出てきた。

「この先は祈りの場故」

「お引き取りを」

 口を開いた像と、閉じた像。

「祈り……祈りと言ったか?」

 その巨体に目もくれず、低く抑えた声だけで返事をする。

「左様」

「この先は祈りの場故」

 猫の視線の先には、巨大なマシンブッダと呼ばれるロボットがガシャガシャと動いていた。

「祈りは人だけが行うそうだが」

 猫の口調がいつもと違っている。

「あれは、何だ」

 やはりマシンブッダから目を離さずに聞く猫。

「我らの本尊」

 阿形が答え

「メガブッダ」

 吽形が答える。そして

「大いなる、ロボ如来像である」

 阿形吽形が揃って胸を張る。

「ロボと言ったか」

 猫の目がつり上がる。開いた口からは牙が覗いている。

「貴様らは今あれをロボと、そう言ったのか」

 袴に隠れて見えないはずの、二股のしっぽすら見えるようである。その視線の先で変わらずガシャガシャと動き、目をチカチカと光らせているロボ如来像、メガブッダ。レーザー光背も激しく動く。読経も変わらず続いている。


 猫は妖怪である。人の意志には敏感に反応する。そのような存在(モノ)である。


「ああ、止めてやるとも」

 手を刀にかける。

「まずはこいつらから」

 ギョロ目の大型サイボーグ、阿形と吽形に、やっと目を向ける。メガブッダに向かって宣言したことで少し落ち着いたのか、目も口もいつもの様子に戻っている。

「なんともまあ、趣味の悪い……」

 どう扱ったものか、片手で傘を開くとそのまま後ろへ放り投げた。傘はふわりと着地し、器用に立っている。その間にすでにもう一方の手には抜き放たれた刀があった。

「ふしゅっ」

 声とも息ともつかぬ音を漏らして、猫が音もなく走る。

「我ら」

 阿形が声を出し

「祈りの場を」

 吽形も声を出す。

「仏敵から護るもの」

 声が合わさる。機械故に口の形は発声に影響を与えない。

「仏のことはわからないがね」

そう言いながら猫の刃は的確に阿形のジェネレーターを貫く。掴みかかる吽形。

「仏敵というのも否定はしないがね」

 その吽形の突進を最低限の動きでかわすと、背中から腹に刃を通す。こちらもジェネレーターを貫かれて機能を止める。

「きっと仏というのは、こういうのを良しとはしないんじゃないかねぇ」

 膝を折って動かなくなった二体を置いて、猫は完全同期した圧縮読経を続ける鉄地蔵たちの方へ向かう。その後ろから開いた傘が跳ねてきた。

「ちょっといいかい?」

 その傘を掴んで畳む。

「おい、何」

 言い終わる前に、猫はすでにメガブッダに向かって傘を投げていた。

「ちょ、おい!」

 しかし何かにたたき落とされる。

「やはり、そんな簡単には行かないよねぇ」

「わかってて投げるな!」

「それにしても耳障りだねぇ」

「聞いてるのかおい」

 叫んでいる傘を掴むとまた開く。雨でもないのに傘をさすと

「よっと」

 少し突き上げた。何かが広がり、静寂が訪れる。流石に鉄地蔵たちが周囲を見回し始めた。そしてほぼ中央にいた猫に気付く。一斉に床においた錫杖を取ろうとして、そのときにはすでに猫の周囲の何体かは斬り伏せられている。

「お下がりなさい」

 声は猫の後ろ、メガブッダの少し前のあたりから発せられた。

「あなたたちではたとえウォルフラム合金の錫杖といえど相手になりません、お下がりなさい」

 猫が肩越しに振り返ると、そこに立っていたのは肉感的なボディラインの尼僧。その身体のラインは袈裟で全く隠せていない。もちろん生身ではなく、そのようなラインのボディを選んで使っているのだ。

「自分なら相手になる、と?」

 猫の片眉がぴくりと動いた。刀はまだ納めていない。

「いえいえそんな。わたくし自信には戦う力などございません。が」

「我らの祈りにはメガブッダが応えて下さる!」

 声とともに尼僧が高く手を掲げた。メガブッダのレーザー光背がピカピカと光る。

「しまっ……」

 そちらに気を取られた瞬間、横からの衝撃に吹っ飛ばされる。鉄地蔵たちといっしょになぎ倒された、ということに遅れて気付いた。その攻撃の正体にも。

「しっぽ……だと……」

 メガブッダから、とげのついた長いしっぽが生えていた。

「今なら何とかなるでしょう。かかりなさい」

「何とかなる……か、甘く見られたものだねぇ」

 畳んだ傘を杖代わりに、立ち上がる猫。

「偽地蔵がどれだけ集まろうが、時間稼ぎにもなりゃしないよ」

「偽地蔵ではない」

 錫杖が突き出される。重いはずのその一撃を畳んだ傘で簡単にいなしながら、猫は戻ってきたメガブッダのしっぽを跳んでかわした。

「ありがたい」

 しっぽによって鉄地蔵たちが一掃され障害物のなくなった空間を、猫はメガブッダに向かって走った。傘を腰だめに構えて突きの姿勢である。しかし

「甘いですよ」

 メガブッダからあの尼僧の声。その巨体がのそりと、しかしサイズの割に機敏な動きで立ち上がった。

「このメガブッダは無敵です。何を考えてここを訪れ、何故狼藉を働くのかは知りませんが」

「そのカラクリ大仏を作るのに、いったい何人使ったのでしょう?」

 尼僧の言葉を遮り言葉を発する猫。

「一人も。そもそも、中枢を破壊されIDを失ったものは人ではない、そんなの常識でしょう」

「人というものの捉え方の相違ですねぇ」

 猫が跳ぶ。

「ではそこで」

 猫の片目に太極図が浮かび上がる。

「部品の一つになるといい」

 声はメガブッダの背後にとりついた尼僧のすぐそばで聞こえた。あわてて振り返ろうとした尼僧の胸から刃が生える。

「えっ」

 何が起こったか気づかぬまま、尼僧の中枢が破壊され、意識が闇へと落ちた。

「少々時間がかかりましたが」

 それを蹴って猫がメガブッダの頭に乗る。猫はそこで何かを呟いた。それは傘にしか聞こえない、メガブッダにも聞こえない、小さな呟き。そしていつの間にか持ち替えた脇差を、静かに、優しさすら滲ませながらメガブッダの頭頂部にすっと刺す。抵抗を感じさせない動きで、そのまま刃は全て埋まっていった。


 数日後。

「どうもやっぱり落ち着かないねぇ」

 激しい雨の中、傘をさして歩く猫。

「特に用はないが、寺でも覗きに行くかねぇ」

「ゲテモノ料理食ったみたいな気分だもんなぁ、口直ししたいところだな。傘立てのあるところで頼むぜ」

 ざあざあという音に紛れた傘の軽口に、

「そんなにいくつも知ってるわけじゃないですからね、選り好みはできません……が、傘立てなら大抵あるんじゃないですかね」

 猫も軽い口調で応える。少し人の多い通りには、オマワリさんもいて、アイアン菩薩もいて、今日は珍しくモノアイ虚無僧も見かけた。両手に十字を掲げて終末を説く者もいる。空にはパトロールドローンも飛び、その上には広報バルーンが浮かんで、やはり大プールの処理能力の逼迫を伝えているような気がする。全く聞こえはしないのだが。

「確かこの先の……ここですね」

 扉の前に、傘立てがない。仕方なく畳んだ傘を振って雨水をとばすと、扉を開けて中へと入る。

「あれ、ここでしたよね……?」

 しかし、そこには文字通り何もなかった。ただの、がらんどうの四角い空間。かつてはあったはずの仏像や仏具がないというだけでなく、本当に何一つない。

「場所はあってると思うが……前に来たのいつだっけな」

 猫がヒゲをひねりながら少し考えると、天井を見上げる。

「そういえば……いつでしたっけね……」

 急に静かになったその空間に、外から変わらず聞こえてくる土砂降りの雨の音だけが響いていた。

 この町の雨は、止むことがない。

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