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縋り付くように遊音は楪葉を見た。

彼女は、楪葉がこの広場にいる事をやっと突き止めたとき、とっくに太陽は地中深くに沈んでいた。電話を切ると遊音はいてもたってもいられずに駆けだした。広場のある辺りには駅もなく、バスはあるが、夜の8時で終車を迎えてしまう。しかたなしに、そこから走ってきたのだ。人気のない夜の道を、近くにサイレンの音を聞きながら走るのは、決して気持ちのいい物ではなかった。パトカーや救急車のサイレンは、死んだ友人達を思い起こさせる。張りつめた気持ちの中で、バスのロータリーの側で楪葉がすれ違いに帰っていないかを確かめようとした。その光の中に昔の級友の顔を見つけて、どれだけほっとしたか。その級友が、楪葉の親友だと知っていたからこそ、その安心感で腰が抜けた。縋り付く自分に驚く彼の声音に被さるように聞こえた、困惑げな少年の声音。懐かしい、おっとりとした響き。それが遊音は何よりも希望の光に思えた。

「中学の頃、一時期噂になった怪談があったよね。学校の裏手の井戸に女の霊が出るって。私たちみんなで肝試ししようって話になって凄く盛り上がったの覚えてる?」

中学二年の夏だった。楪葉達の通う中学校は小さな山に隣接して建てられてあった。学校施設の一部は山肌をくり貫いたような位置にあり、すぐ側には旧トンネルや墓地、防空壕などが残されたままになっている。そのせいか、そこをスポットにした怪談話は沢山あったのだ。そのどれもが、どこでも聞くようなたわいもない物ばかりだったのだが…・・。ただ、一部を除いては。

旧校舎の裏手、山の急斜面のぎりぎり袂に、石を積み重ねたような井戸がある。普段は学校側が落下防止用に金網を、井戸の口の所に被せて立ち入りを禁止していたが、わざわざそれを見回りに来る教師はいない。戦後すぐに建てられた旧校舎は今はほとんど使用されておらず、本校舎とは距離があったため、肝試しにはもってこいの場所だった。一時期肝試しが学校全体で流行ったのだ。まるで右に習えのように、多くの生徒が井戸を肝試しのスポットとして遊ぶようになった。もちろん、それは楪葉達のグループも類に漏れなかったのだ。

「でもユヅはそれを止めたよね。駄目だって。私その時、ユヅはただビビってるんだと思ったわ。だって、恐がりで有名な言雪も一緒だったんだもん。」

それには、言雪が憮然とした表情をし、楪葉は苦笑を漏らした。

「結局肝試しはおじゃん。楽しみにしてたから、私本当は腹が立ったのよ。だけど、それからすぐに…・そこで他の肝試しをしてた子が行方不明になって、数日後に井戸の中で発見。金網の張ってあった鍵尽きネットをどうやってどかしたのかわからないまま、不慮の事故と断定。私たちは肝試しに行かなくて良かったねって、話し合ったの覚えてる。あの時、ユヅも言雪くんも笑いながらあいづちうってたけど…・アレ、本当は何かあるって知ってたんだね?」

楪葉は答えなかった。遊音の瞳を見つめ返す。

あそこには、女の霊ではなくて、子供の霊が沢山いたのだ。

戦時中、投下されたミサイルにより燃えさかった校舎を逃げまどい、灼熱の炎から逃げるために井戸の水に身を投じて死んだ多くの子供の姿。折り重なるように深い淵に幾重にも浮かんだ焼けただれた小さな死体。金網は結界の役割を担っていた。だが、その金網越しに、常に幾つもの目が世界を覗いていた。恐ろしいほど淀んだ、暗い瞳が――――――。

遊音がふっと息を吐き出した。

「それ以前にも、ユヅはあそこに近づくの凄く嫌がってたしね。そしたら、聞いたのよ。誰だっか忘れちゃったけど、ユヅはそう言うの見えるんだって。行方不明になった子、見つけたのユヅだったんだってね。」

両膝脇に手を添えて、身体を支えるようにして、遊音は身を乗り出した。

「それが本当か嘘とか、そんな事確かめたいわけじゃないわ。ただ、ユヅにもし本当に見える力があるなら、私を見て欲しいの。私、もしかして霊に憑かれてるんじゃないの?」

乱れた黒髪が頬や額に垂れかかっている。爛々と光の灯った瞳は、遊音を飾り立てて美しく見せた。恐怖や不安よりも、そんな物に追いつめられている自分自身に憤りを感じている、そんな様子だった。

「御厨さんは、負けたくないんだ?」

遊音は首を振った。

「許せないだけよ。私にもし霊が憑いてるなら、どうして佳也子や里香達が死ななきゃいけなかったのかってこと。手紙や視線の理由。納得出来る理由があるなら、私に何か非があるなら、反省もするわ。死んだみんなに償いたい。だけど、理不尽な理由なら、許せないでしょ?次には、きっと初花が狙われ出すわ。それだけは、どうしても止めたいのよ!」

苦しそうに顔を歪める。怒りと哀しみと。彼女の根本にあるのは、失った物達への悲哀よりも、今を生きる大切な者を守りたいという気持ちなのだ。その強い想いに、楪葉は少なからず心が揺れた。力になりたいと思う。助けてあげたい。同情や哀れみよりも、彼女の強さを支えたいと、そう思った。

「お願い、ユヅ!」

喉の奥から絞り出す。凝らすような眼差しで楪葉を見る。

だけど、簡単には声は出なかった。迷っていた。


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