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「学校の中でも感じるのよ。家の中でも。女子校なのに、そんなの可笑しいでしょう?」
確かに。名門女子校なら関係者以外の立ち入り、特に男性には厳しいだろう。しかし、職員や、遊音に憧れているい学校関係者―――それには生徒も含む―――がいるかもしれない。もっともそんな事をいっていたらすれ違う郵便配達員さえ怪しくなってしまう。
「私、怖くなって初花に相談したわ。彼女はとても心配してくれた。出来るだけ一緒に行動してくれて、帰りもわざわざ私の家の近くまで来てくれるの。だけど、彼女がいるときは全く感じない視線が、初花がいなくなると、とたん…・・。」
苦しそうに言葉を詰まらせる。ゆるゆると、息を吐き出すと、遊音は続けた。
「気味が悪かったけど…・でも我慢できない程じゃなかったわ。気のせいかもしれないし、まだ慣れきってない学校生活のストレスからかもしれないって、そう思いこませてた。だけど…・・。」
「何かが起こった?」
「…・・そう。手紙が届くようになったの。学校の下駄箱に。真っ白な封筒と便箋に、一文だけ。真っ赤なインクで、『おまえは私の物だ』って。」
楪葉と言雪は顔を見合わせた。
「ワープロ用紙で、ほとんど毎日。」
「そりゃあ、完全にストーカーだぜ、遊音。」
「違うわ!!」
ヒステリックに遊音は叫んだ。拳を膝に叩き付ける。
「おおかた、おまえに憧れてる女子校仲間の一人なんじゃねーの?遊音は顔はいいしさ。ほら、昔から女からも好かれてたじゃねーか。」
「違う。違うわよ!あんなの人間業じゃない!」
楪葉は瞳を大きくした。
「人間業じゃない?」
「そうよ!最初は佳也子だった。グループは違ったけど明るい子。投身自殺なんてするような子じゃなかったのに。遺書もなかったわ。また明日ねって別れたのに―――。」
「自殺?」
「死んだのよ。突然。マンションの屋上から飛び降りて。次の日、私の下駄箱の手紙の文字が変わってた。『おまえに近づく者は誰一人許さない』って。」
楪葉の背中を薄ら寒い物が駆け抜けた。遊音は顔を伏せたせいで、簾のように垂れ下がった髪の間から、声を絞り出した。
「それから、三人。」
「…・三人も?」
「里香は電車に跳ねられたの。警察は事故だって。三番目は睦実。彼女は殺された。誰かに刺殺されたのよ。一晩行方不明になって、次の日の朝、学校の中庭でお腹に包丁刺さったまま発見された。」
楪葉は言葉が出なくなった。
「四番目は、花保。初花の次に仲が良かったわ。同じ受験組で。気があってた。なのに、殺された。誰かに屋上から突き落とされたの。里香の時と同じように学校の中庭で発見されたわ」
「…犯人は?」
「まだ捕まってない。」
そういえば、最近女子高校生が連続されて殺されるという話をおぼろげにニュースで聞いた気がする。付近の私立の女子校だと聞いていたが…・。
楪葉は言葉が出なくて、なんと言って良いのかわからなくなった。でも、こんな時に口から零れる言葉は、所詮は何ら効果のないプラセボでしかない。
苦しそうに、遊音は息継ぎを繰り返している。
「みんな私と仲が良かったの…・。誰かが死ぬたびに、手紙の文字が書き換えられるの。次はあいつだって。名指ししてくるときもあったわ。」
「警察には言ったのか?」
「言ったわ!!言ったけど、全然止められないじゃない!みんな死んでったのよ!何も悪いことしてないのに。酷いわ!」
悲痛な叫びと共に彼女は顔を上げて、楪葉を見た。その瞳は潤んで濡れていたが、涙は零れていなかった。理不尽な哀しみに、必死で抵抗しようという強い意志が感じられる。
「オレに相談っていってたけど、それが理由?」
彼女はこくりと頷いた。楪葉は首を傾げる。
「オレ、探偵の素質はないよ。」
「違うわ。人間技じゃないって言ったでしょ。見て。」
遊音は言うなり、突然セーラー服の上のファスナーを開けると、ぐいっと脱いでしまった。ぎょっとして、慌てて楪葉と言雪は後ろを向く。
「いいの。見て。」
「でも、それはちょっと。」
「いいから!」
強く本人に言われて、仕方なしに振り向く。少女は薄手のタンクトップを着ていた。薄暗い外灯の灯りの下、それでもわかるほど白い肌。楪葉は遊音の布に隠れていない部分を見て、ぎょっとした。それは言雪も同じらしく、数歩身を引く。
「佳也子が…一番目の子が死んでからすぐに身体に浮き上がりだしたの。こんなの、人間業じゃないでしょう?お医者様や家族にも言えなくて。」
そこには無数の手形が浮かんでいた。青紫に、まるで内出血でも起こしたかのような手形が、首や胸元や腕や、至る所、ちょうど服で隠れる部分のあちこちに浮かんでいた。それはまるで、何者かが少女を掴んで放さないようにするかのように――――――。
「前に誰かに聞いたの。ユヅが、そういうの視えるって。」
遊音はまっすぐに楪葉を見る。
「友達が死んで、最初は事故だと思ったわ。二回目は偶然だと思った。だけど、三度続けばこれはわざとよ。でも、警察は犯人を見つけられない。警察の警護の人がずっと側にいてくれてるのに、手紙は毎日届いても、差出人はちっとも見つけられない。そんなのおかしいでしょ?視線は消えないし、日に日にこの手形は増えてくの。私はいったいどうすればいい?」
制服を着直す。端から見ていても、ゾッとした。嫌でも視線は釘付けになるのに、見ていると嫌悪感を隠せない。
「だからこれは人間の仕業じゃないと思った。それ以外に考えられないもの。もちろん最初はそんな事ある分けないって思ったわ。でも、この身体の手形の理由が説明できないのよ。ねえ、ユヅ。あなたならどうにか出来るんでしょう?」