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初夏に差し掛かろうというのに、夜になればやはり少し肌寒い。更衣の季節に差し掛かったための薄着な制服を、少しだけ恨めしく思った。頭上では、野球場にあるような背の高い外灯が煌々と川原一帯を照らし出している。暗い闇の中に浮かぶのはバスケトットコート、テニスコトート、ミニ野球場、果てはスケボー用のスペースをふんだんに取り入れた多目的広場である。県が市民の遊び場として、川原の広いスペースに作り出したこの広場は、なかなかの繁盛を見せてまずまずの成功をしているようだった。楪葉は階段のコンクリートに腰を下ろし、3ON3の順番を待つ。すでに先ほどまでの運動で火照った体の熱は、干潮時の海ように引いてしまっている。

「いったん帰ってから出直せばよかった。」

汗をかいた後に吹き付ける風は、想像以上に冷たく感じる。Tシャツの上にカッターだけを着た格好では、やはり少し寒すぎた。

「なんだよ?ユヅんチ遠いからいったん帰ってたら遅れちゃうじゃんか。」

隣に並んで座る言雪が楪葉の独り言を聞き止めてつまらなそうに唇を尖らせる。

「でもさ、ちょっと寒くない?」

「そうか?どうせまた汗をかくさ。」

バスケットコートの向こうには、スケボーのジャンプ台が二つ並べられ、それぞれ人で埋まっている。時々高く跳ねる影を目で追いながら、気のない声音でうんと頷いた。

「あー、でも着替えに帰るって事は、伏見ふしみの方の家にか?」

「そうだけど?」

楪葉は言雪の顔を見る。彼はわざとらしくとぼけたような表情をして視線を泳がせた。

「何?」

「いや。りんさんの所に行くのかなぁーって。」

頬をぽりぽりと掻く。その仕草が可笑しくて、楪葉は笑ってしまった。とたん、言雪が不機嫌そうにこちらを向く。

「なんだよ?」

「別に。綸の家は伏見とは正反対だから寄らないけどさ。そっか、そういえば、言雪、綸の事好きだったんだよなぁーと思ってさ。」

にやりと笑って友人の顔を見る。彼は最初反論しようと顔を真っ赤にしたが、すぐに諦めたようにふんと鼻を鳴らした。隠しても無駄だと気付いたのだろう。

「いいじゃんか、別に。」

「言っとくけど、綸は男だよ。」

「知ってるつーの。でも、綺麗だろ。」

確かにと、それには頷く。

ウン、確かに彼は絶世だ。

「でも、性格は最悪だと思う。」

「いいんだよ。性格も性別も全部チャラにしていいぐらい、綺麗な顔してんだからさ。」

聞きようによっては随分と失礼な言葉を吐いて、言雪はううんと大きく両手を夜空に上げ伸びをした。星を掴み取ろうとでもする仕草。

「あーあ、俺てっきりユヅが綸さん誘ってきてくれると思って今日楽しみにしてたのにさぁ~。」

心底残念そうな低い声音で呟き、横目で楪葉を見る。振り上げた手を勢いよく下ろして、そのままぶらぶらと前後に揺らした。

「だから、最初から無理だってオレはちゃんと言ったんだよ。綸に持ちかけたけど、面倒くさいで終わり。好きじゃないんだって、スポーツとか。やってるとこ見かけた事ないしさ。今頃きっと寝てるよ。」

現在午後八時前。それでも、楪葉の中で綸はとっくに睡眠中だという予想が立てられる。これは、かなりの確率で的中しているはずだ。判断材料は、物心付く頃からの付き合いによる時間に比例した経験である。

「えー。でもさぁ…・。会いたかったなぁ。」

まるで片思いでもしているような言葉に、楪葉は苦笑を漏らす。

確かに、綸は顔が良い。その造形が、一般人より遙かに突出していると言ってさえ良かった。言葉にしてしまえば、簡単に表現できてしまうのに、実際の彼は言葉に出来ないほどには整った容姿の持ち主なのだ。しかし、顔が良いことと、彼の性格は必ずしも比例しておらず、どちらかというと対局に位置しているといっても過言ではないぐらいだと、楪葉は常々思っている。だからこそ、苦笑が漏れる。

「悪いこと言わないから、止めときなって。」

性別愛を反対するのは好きではない。それは個人の趣味であり、個人の自由だ。ただ、小学3年生からの付き合いになる友人に対して、善意ある忠告をしないわけにはいかなかった。彼が泥沼に落ちていくのをわかっていて止めないわけにはいかないという気持ちがそうさせる。言雪は、横目でちらりと楪葉を見たが、また深々とため息を付いて顔を膝に埋めた。

「ばーか。たんなるファンてだけだよ。」

くぐもった声が帰る。

「知ってる。」

楪葉は笑った。綸は性格は最悪に悪いが、尊敬と羨望に値する人物だと言うことは、容姿を抜きにしても認められる事実だった。楪葉もその内の一人である。そういった意味で、言雪が綸に好意を寄せている事は何よりも嬉しく思う。

ザッと、ネットの中をボールが通り抜けるこぎみ良い音が響いた。顔を向けると、どうやら試合の結果が出たらしい。コートにいる少年の半分は嬉しそうに笑い、もう半分の少年達は悔しそうに顔を歪めている。

「おーい、次のメンバー!」

バスケコートを挟んだ反対側のグループの少年達が大きく手を振る。

「よっしゃ、次も勝つ!」

両腕を胸の辺りで数度交差させて言雪が立ち上がった。楪葉もそれに続いた。


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