先生も、姉と同様気が強い
翌日。朝食前に改めて両親にお礼を言った。
父さんは家族の中でも一番早く家を出るからだ。
「何か久しぶりにジャージ着たな」
俺が通う中学校では、入学式や卒業式等の式典を除き、指定ジャージを着用する事になっている。
「ホントにね。昨日も言ったけど、出席するのが当たり前なんだからね」
「分かってるよ。ちゃんとやり遂げてみせるよ」
「どうかしらね。はい、目玉焼きとウインナー。お姉ちゃんの分も持って行って。父さん、行ってらっしゃい!」
そう言いつつも、母は嬉しそうに皿を俺に二枚渡し、玄関から出る父さんを送り出す。
俺はその皿をテーブルに並べ、次に自分の茶碗とお椀を食器棚から取り出す。
茶碗にご飯をよそい、お椀に味噌汁を注いだらテーブルについて姉を待つ。
姉の通う高校は制服もあるけど、私服通学が認められている。
そのせいか、いつも姉は服選びに時間がかかる。
「相変わらず遅いなぁ」
ボソッと呟いたつもりだったけど、しっかり聞こえてた様で、俺の頭が割れるように痛い。
「いだだだだっ!姉ちゃん、止めて止めて!」
「あんたね…最近この時間いなかったのは誰さ?」
こめかみを両側から拳でグリグリと押し付けながら、呆れたような声を出す我が姉。
「悪かった、悪かったから!」
「ったく仕方ないわね。で、今日だけ学校に行くの?」
「いや、今日から毎日行くよ。とは言ってもまだ信じて貰えないだろうから、行動で示すよ」
「そうして頂戴」
やがて母もやってきて、三人で朝食を頂く。
「今日は夕方から戦句喫茶に行くから、予定開けておいてね。あっ、悪いけどお姉ちゃんは夕飯の用意しといて。下拵えだけはしておくから」
「戦句喫茶?」
「えー、何で私が?」
「ユニット買わなきゃならないでしょ?大金持ち歩かせる訳にはいかないし、私も一度戦句を見て起きたいから」
「どれだけ時間掛かるか分からないからお願い。その代わり、あんたの好きなスイートポテト買っとくからさ」
「えっ、もう買ってくれるの!?」
「分かったわ。やっとく」
「やると決めたなら直ぐにやらないとね。お姉ちゃん、ありがと」
朝食が終わり、学校へ向かう。
家から歩いて15分位で着く。
「おっす、おはよー」
教室に入るけど、特に何も無かった。
まあ、1ヶ月位までは普通に来てたしな。
こんなもんだろうと思っていたら、悪友である『ゆーじ』こと『中原雄二』がやってきた。
「よっ、たつ!今日は来たのか!」
「おう。待たせたな」
「待ってねーよ♪」
ふざけながらも歓迎してくれるゆーじ。
口調は軽いけど、たまに連絡くれていたし、俺にとってはありがたい存在だ。
すると、もう一人の悪友、『バン』こと『坂東智和』もやってきた。
「たつ~、昨日は『ブラファイ』やったんだろ?新キャラどうだった?」
バンはゲームオタクなので、ゲームの話をよくやる。
『ブラファイ』とは格闘ゲームである『Bloody Fighters』の事だ。
昨日遊んでいたゲームがブラファイなんだけど、最近新キャラが二人追加されたので、ちょっと遊んでいたのだ。
「あぁ、『シルフィード』は火力が足りないけど、かなりスピードが速く使い勝手がいいね。『ノルン』はその真逆。その代わり火力は化け物だ。火魔法は当たれば一撃でライフを1/4削る」
「また極端だな。けど、ある意味王道だな」
「あん?お前らまたゲームの話してるのか」
「ゆーじもやってみろよ。格ゲーの金字塔って言われているだけに、初心者にも取っ付きやすいし、やり込めばかなりハマるよ」
「そうそう。俺か、たつに聞けば教えてやれるぞ?」
俺が学校に来てる時はこんな他愛も無い話をよくしていた。
あっ、そうだ。
「実は俺さ…」
「チャイム鳴ったぞ?お前ら席につけ」
あっ、担任の『女帝』こと『風早茜』が来た。
簡単に言えば俺の姉を更にパワーアップしたような女。
美人でスタイルもいいが、下手な男より強く(物理的な意味で)、口調も偉そう。
女子目当てで学校に侵入してきた男達を、よく分からない体術で組み伏せそのまま通報。
その時の「警察とオカマバー、どっちに行きたい?」と邪悪に笑っていた姿は最早伝説。
女子からは英雄扱いされ、男子からは恐れられている。
「おっ?蒼月、今日は来てたのか。話があるから朝のホームルーム終わったら職員室来い。今日は逃げるなよ?生まれてきた事を後悔するかも知れないからな」
「はい、分かりました!」
「ん?今日は元気いいな。まあいい。よし、お前ら連絡事項からな」
いつもと違い(まあ、最近は全然来てないけど)元気よく返事した俺に疑問を抱いたみたいだけど、ホームルームを進行させた。
ホームルームが終わり、俺は女帝に連れられて職員室に入った。
「よし、そこに腰掛けてくれ。要件は今までサボっていた事と、これからの話だ」
「はい。授業を何度も欠席してしまい、申し訳ありませんでした」
「ん?さっきも思ったけど、妙に素直だな。何があったんだ?」
「実は…」
俺は昨夜両親にした話をそのまま話した。
そして、これからはサボらず毎日出席する事と、本格的に詠人を目指して行動する事も話した。
「なるほどな。目標が出来たのは良かった。出席に関しても取り敢えず分かった」
「しかし、教師としては賛成する事は厳しい。理由はお前の親御さんが言ったように、今まで散々サボっていたのに、いきなり努力出来るのかと疑問が残るからだ」
「言うまでもなく、芸能関係は狭き門だ。日頃から苦労し、努力している人間ですら、結局夢敗れて故郷に帰る事も珍しくない」
「失敗…するとは言えないが、普通に進学するより難しいと思う。と言うか、高校受験はするのか?」
「勿論します。受験と詠人の両方を達成しなければ、親に顔向け出来ません」
「ふむ…」
少し考え込みながら、女帝はパソコンを操作し始める。
そして呼び出された画面には俺の成績と、進路希望のデータが映っていた。
以前、進路希望調査のプリントを配られた時に記入して提出した物だけど、その時はもうやる気は無く、単に現実的に行けて尚且つ通学の負担が少ない音更高校を第一志望校にした。
第二は白樺高校だけど、こちらも適当に選んだ結果だ。
「中学だから、余程休まない限り進級は何とかなるが…志望校は音更高校か。普通に勉強しただけでは難しいかも知れないぞ?まあ、親御さんもそれが分かっているから、条件を変更させたんだろうけど」
「しかし、裏を返せば、勉強と詠人の両立は無理だ。詠人の事は分からないけど、それこそ全てを捨てる覚悟ないとダメだろう?」
「中途半端になるよりかは、先ずは受験に絞ったらどうだ?別に高校卒業してから詠人を目指しても構わないだろう?」
女帝も両親と同じように俺を心配し、現実的な方法を提示してくる。
しかし、それではダメだ。
「…確かにそうかも知れません。しかし、今やらなければ俺は逃げ癖がついてしまう。明日からやればいいでは腐ってしまう」
「どうしても叶えたい夢がある。そして不義理をしてしまった親も安心させる為には、両立させないとダメになってしまう」
俺は女帝を真剣な目で見つめた。
ただ夢を叶えたいだけなら、それこそ親も学校も無視して詠人だけを目指せばいい。
でも、それだと俺は後悔してしまうだろう。
だから、必死に目で訴えた。
「…ふふ、青いな。だが、そこまで言い切ったんだ。やってもらうぞ」
「!!ありがとうございます!」
「喜ぶのは早い。私も教師の端くれだ。お前が夢を叶えたいなら、サポートする。ただ、修羅場の10個や20個を超えて貰わなければならない」
「…地獄を見るぞ?」
昨夜の母さんの表情を思い出す。
しかし、答えは決まってる。
「宜しくお願いします!」
「いい返事だ」
女帝は満足そうに笑っていた。