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戦句 ~川柳で勝敗決める物語~  作者: 眞野崇徳
中学生編
8/37

父と母、その後は姉。話し合い。

 姉が部屋に戻るのと入れ替わるように、父さんと母さんがリビングに来た。

 二人はお互いに頷きあって、俺の対面に腰掛ける。


「…母さんから少し話を聞いたけど、話があるんだって?」


「うん。でもその前に謝らせて欲しい。授業にも出ずにプラプラし、今日に至っては遅い時間の帰宅。心配かけてすみませんでした」


 俺は立ち上がり、再び頭を下げる。

 父さんは黙って俺を見て、おもむろに口を開く。


「取り敢えず一旦座りなさい。一体何があったのか、どういう心境の変化があったのか話してみなさい」


 はい、と俺は座り話し始めた。

 授業をサボってゲームセンターに行った事。

 そこで一つ年上の女の子に出会い、強引に戦句喫茶に連れて行かれた事。

 でも、そこで体験した戦句に非常に興奮した事。

 そして、一番大事な事。


「父さん、母さん。俺は詠人になりたい。成実さんのように舞台へ立ち、沢山のお客さんの前で戦句を詠いたい。こんなに興奮したのは初めてだったんだ。将来に何も希望を持てなかったのに、戦句はまるで光のように眩しかったんだ。だから…お願いします」


 俺は三度立ち上がり頭を下げる。

 そのまま時が止まったかのように錯覚する頃、俺は吹き飛ばされた。

 いつの間にか立っていた父さんは厳しい顔で俺を見下ろしている。


「龍也。何を調子のいい事を言っている?今まで散々遊んでおいて、詠人になりたいだ?いい加減にしろ!」

「真面目に授業を受けて、勉強し、それでもアレコレ悩んだ人間が言うならまだ分かる。しかし、お前は全く違う。たまたま楽しかったから浮かれているだけだ。努力もしてない人間の夢程、聞いてて不快な事は無い!」

「お前は何度俺と母さんに情けない姿を見せる気だ。別に難しくない、普通に努力してる姿を見せるだけで良かった。それならお前の話にも価値はある!」


 頬を押さえて立ち上がった俺は、もう一度頭を下げて懇願する。


「全く父さんの言う通りだと思う!今まで何もしなかった人間の言葉に重さは無いと思う!でも!」


 その瞬間また吹き飛ばされる。


「分かったような事を言うな!どれだけ俺や母さんが悩んだと思う!そりゃ中学生だ。悩む事も迷う事もある!しかし、だからと言って努力を放棄していい事にはならない!」


 俺はもう一度立ち上がる。


「本当にそう思う。他のクラスメイトは真面目に生き、前を進んでいるのに俺は完全に止まった」

「自分の現実から逃げ、見たくない物は見ないフリ、本当にバカだったと思う」

「でも!それでも知ってしまったんだ!あの楽しさを!あの輝きを!何にも無かった俺が、何かを掴めるかもって思ったんだ!」


 話している内に昂った俺はいつの間にか父さんの直ぐ目の前にいた。


「ふ、ふざけるな!」


 俺はまた吹き飛ばされるのを覚悟した。

 しかし、母さんが父さんの振り上げた拳を止めていた。


「父さん。何度も殴ったら流石に龍也が死んでしまうわ」

「む。しかしだな…」

「父さんの気持ちは分かる。私も引っぱたいてやりたいもの。でも、このままだと話が進まないわ」

「…分かった。龍也、殴って済まなかったな。座りなさい。ほら、母さんも」

「そうね」

「分かった」


 三人が座ると、今度は母さんから話しかけられた。


「龍也。今言ったけど、私も父さんと同じ気持ちよ。何もせずダラダラと過ごしてきた龍也には腹立つわ。でもね、それは心配してるからなのよ」

「心配?」

「龍也が何かに興味を持つ事は喜ばしい事よ。でも、今まで出来なかった事が急に出来るようになるなんて思えないもの。もし、失敗して挫折したら?その結果、世の中に絶望してしまったら?ちゃんと努力してる人ならまた立ち上がる事も出来るでしょうけど、貴方にはその下地が無い。だからこそ、どうなるか分からないし、最悪の事を考えてしまうわ」


 母さんの言葉は本当に息子を心配してるのが伝わってくる。


「親はね、子供に多くは望んでいないの。ただ健やかに生きていって欲しいだけ。スポーツで新記録を出さなくてもいい。科学者になって新しい発明をしなくてもいい。社長になってお金持ちにならなくてもいいの。とにかく穏やかで幸せな人生を送って欲しいだけなのよ」


 母さんの真っ直ぐな言葉は俺の心に突き刺さる。

 今まで自分と向き合わなかったツケが回ってきたんだろう。

 でも…


「父さん、母さん、ゴメン。それとありがとう。二人の話を聞いたら本当に心配してくれてるのが分かるよ。いきなりこんな話をされても困っちゃうよね」


 父さんと母さんは頷く。

 恐らく俺が諦めたんだろうと思ったんだろう。

 でも、違う。


「それでも俺にチャンスを下さい。父さんと母さんが本気で心配し、怒ってくれてるのが分かる。でも、諦められないんだ。何もしないで諦めたら、それこそ後悔してもしきれない。失敗しても最悪な結果には絶対にしない。それは約束する。だからお願いします」


 もう何度目か分からないけど、俺は頭を下げた。

 これでもダメなら、諦めよう。

 そして、口を開いたのは父さんだった。


「龍也。そこまで言うなら1回だけチャンスをやろう。だから、今ここで具体的にどうするのか、どうなったら諦めるのか、そして諦めたら次はどうするかを答えなさい」


「ありがとう」


 俺は詠人になる為の条件を答えた。


 戦句喫茶のオンライン機能を使い、全国のプレイヤーと対局する事。

 最低でも1日3回、1ヶ月で10日以上の対局をする事。

 更にそれを最低でも6ヵ月以上連続してやる事。

 その上で勝率が全国ランキングで200位以内に入る事。

 集計は毎年4月から1月までの10ヶ月間。

 集計が終了した後、2月中旬には結果が出て、3月の試験が受けられるか分かる事。


「200位以内か…全部で何人位いるんだ?」

「正確な数字は分からないけど、少なくとも1000人以上はいるみたい」

「結構多いな。試験の難易度は分かってるのか?」

「詳しくは教えて貰えなかったけど、実際に詠人と対局して勝てば合格。負けても、詠人としてやっていけると判断されたら合格になるみたい」

「そうか…」


 二人共厳しそうな顔で何かを考えていたけど、俺は諦める条件を続けて話した。


 一度でも、1日3回、1ヶ月で10日以上対局する条件を満たせなかった場合。

 明らかに6ヵ月連続で対局出来ないと分かった時。

 8月の時点で、500位以内に入れていなかった場合。

 父さん、又は母さんのどちらかが無理だと判断した場合。

 その他、病気等で対局続行が不可能になってしまった場合。


 いずれかの条件を一つでも満たしたら潔く諦め、勉強に専念する事を誓った。


「ふむ…かなり厳しい条件みたいだが、勝算はあるのか?」


 一瞬見栄を張ろうかと思ったが正直に話した。


「それは分からない。けど、やる前から諦めたくない。諦めきれない」


 すると父さんと母さんは小声で話し始めた。

 俺が達成出来るのか考えてくれているのだろう。

 5分程話し合っていたけど、やがて母さんから話し始めた。


「条件の変更を提案するわ。8月時点で500位以内ではなく、6月時点で600位以内、9月時点で400位以内、12月時点で100位以内。更に学校の授業は病気や怪我等、致し方無い理由以外では必ず出席する。これでどう?受け入れられるなら許可するわ」

「細かくなったね。それに12月時点で100位以内?」

「そうよ。ハッキリ言ってあなたが努力を続けていけるとは、私も父さんも疑っているの。だからこそ、細かくしたわ」

「100位以内の方は?」

「これまでサボっていた分、条件を厳しくさせて貰ったわ。プロになるんですもの。目標は高い方がいいでしょ?出席の方はやって当然の事だからね?その代わり、成績については多少は考慮するわ」


 そう言った母の顔には「やれる物ならやってみなさい」と書いてあった。

 しかし、考えるまでもない。


「その条件でやらせて貰います」


 俺は深く頭を下げた。

 その後、ユニットのカタログを見せながら話をした。


「結構いい値段するわね。けど、タブレットPCに比べたらマシかしら?」

「確かに安くはないけど、話を聞く限り高いって訳でもないな」

「そうね。許可を出した以上、ユニット代や戦句喫茶でかかるお金はこちらで出すわ。だから頑張りなさい」

「ありがとう。父さん、母さん」


 俺は改めて二人に頭を下げた。




「姉ちゃん、起きてる?」


 俺が姉の部屋をノックすると、「起きてるから入って来い」と返事があった。

 中に入ると、姉はベッドに座り、俺には勉強机の椅子に座るよう指示した。


「それで、父さん達にどんな話をしたの?」

「うん、実は…」


 俺は詠人を目指す話、その為の条件、失敗したら勉強に専念する事を話した。


「ふぅん。父さん達じゃないけど、ホントにいけるの?あんたが云々って言うより、単純に狭き門って感じがする」

「確かに簡単じゃないと思う。話を聞いたら、帯広劇場入るのは毎年一人いるかどうかって話だったし」

「詠人に限った話じゃないけど、芸能系って一筋縄ではいかないよね」

「そうだね。でも、どうしてもなりたいんだ」

「そうなんだね。ところで話は変わるけど、その女の子って可愛い?」


 いきなり話が変わってビックリした。


「ちょっ!一体何の話さ!」

「いや?今までそういった話が無かったら興味湧いたんだよ♪」

「確かに可愛いかも知れないけど、俺は純粋に尊敬してるの!変な事言わないでよ!」


 いきなりニヤニヤし始める姉に、俺はつい突き放すように答えた。


「まあ?今まで女っ気の無かったあんたに、こんな話を聞かされたら気になるじゃない♪ホントはどうなの?」

「もう、知らない!戻って寝るからね!」

「教えてくれたっていいじゃない♪」


 俺は逃げるように自室に戻って、ベッドに入った。

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