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戦句 ~川柳で勝敗決める物語~  作者: 眞野崇徳
中学生編
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日も落ちて、やるべき事をやる為に

「ああ、楽しかった!」


 結局一度も勝てなかったけど、俺は満足していた。

 哲太…いや哲太さんは既に業務に戻っている。


「ふふ♪それは良かった♪最初、この生意気な子どうしようかと思ったけどね」


 チクリと嫌味を言ってくるが、俺には関係無かった。


「いや、俺も鬱陶しい女だと思っていたけど、成実さんに戦句(こんな楽しい事)を教えて貰って、イメージが全く変わったよ!」

「あら?呼び捨てだったのにさん付け?一体どうしたの?」


 ニヤニヤしながら聞いてくるけど、俺は正直に答える。


「ホント感謝してるんだ!自分の将来が分からなくて、まるで闇の中を歩いている気分だったけど、成実さんに新しい扉を開けて貰ったから嬉しいんだ!」

「そ、そうなんだ」


 思っていたより真っ直ぐな気持ちを聞かされ、成実さんは面食らったみたいだ。

 でも、自分の目標を見つけられたんだから、感謝して当然だと思う。


「俺、これから親に話して詠人を目指す!成実さん、良かったら応援してね」

「そうだね。必ずしもなれる訳じゃないけど、詠人になるならその気持ちが大事だね」

「ああ!」


 すると成実さんは考え込む素振りを見せた。


「どうしたの?」

「うん、詠人になる為の準備について考えてたの」

「準備?」

「アカウントカードは作ったけど、ユニットも買った方がいいね。ユニットがあると戦句喫茶以外でも対局出来るし、家でも一人で練習出来る」

「一人で練習出来るの?」


 成実さんは頷く。


「『接続』せずに『対局』すると、実際に時間を経過させながら戦句を入力出来るの。それとランダムで戦句を表示してくれるから、防御やカウンターの練習も出来る」

「凄い!至れり尽くせりじゃないか」

「そうなの。でも…」


 あれ、ため息?


「ユニットって今はもうかなり安くなってきてるし、以前に比べると買いやすいんだけど、それでも一番安いのでも3万円以上するの」

「結構高いね。高校生ならバイト出来るけど、中学生には難しい」

「だよね。お年玉は残ってる?」

「いや、母さんが貯金しなさいって」

「ああ…」


 成実さんは苦笑いしてる。

 恐らくどこの家でも同じような事が起こっているんだろうな。

 …ってあれ?


「成実さんはどうやって手に入れたの?」

「うん?あっ、うちは親も詠人だし、必ず詠人になるって約束をして、買って貰ったんだ」


 ほぉ、それで見事約束を果たしたんだ…って、今凄い事聞いたぞ!


「えっ、親も詠人!?」

「そだよー。父親が現役の詠人で名前が『赤木克敏(あかぎかつとし)』。それから引退したけど、母親も詠人で名前が『赤木優子(あかぎゆうこ)』。今はただのオバチャンだね」


 ニコニコと軽く話すけど、実は凄い子だったんだな。


「へえ♪成実さんってホント凄いんだね」

「やめてよぉ。凄いのは親であって、私は普通の女子だよ」


 いや、ホントに凄い。

 そんな環境なら親の事を鼻にかけそうなもんだけど、そんな様子は見せなかったし。

 と言うか、見た目だけで判断した俺って。


「…あぁぁぁ、ホント偉そうな態度した自分が恥ずかしい」

「ホント変わったね。でも、自分の将来に不安を感じていたんでしょ?どうしたらいいか分からなかったんでしょ?それならくさっても仕方ないよ」


 落ち込む俺の頭を、成実さんは優しくぽんぽん叩いてくれた。

 その優しさが身に染みる。

 けど、俺は前に進む。


「成実さん。マジで俺は詠人になるよ。親を説得して、詠人になり、成実さんとプロの舞台で戦いたい!」

「楽しみにしてるよ♪」


 ニコッと天使のように笑った成実さんに、俺は心を奪われた。

 間違い無く一目惚れした瞬間だったんだけど、それに気付くのは数年後の事だった。



 あの後、成実さんに詠人になる為の方法を聞き、戦句喫茶にあったユニットのカタログを貰い、更に連絡先を交換し、俺はバスに乗って音更町の自宅に帰った。

 既に21時を過ぎて、スマホにも大量の着信があり、間違い無く怒られるだろうが、俺は大事な話をしなければならない。

 簡単に許して貰える訳が無いけど、例えぶん殴られたとしても、認めて貰わなければならない!


「ただいま!」


 勢いよく玄関を開け、先ずは台所へ向かう。


「こら!こんなに遅くなってどうしたの!?携帯にも出ないし、心配したじゃない!お父さんも怒っているわよ!」


 台所に入った瞬間、母さんに怒られる。

 そりゃそうだ。中学生が歩いていい時間じゃない上に連絡してないんだから。

 だから俺に出来る事はただ一つ。


「遅くなった上に連絡しないで、ごめん!」


 深々と頭を下げる俺を見た母さんは一瞬戸惑う。

 しかし、そんな事で許される程甘くは無い。


「謝ればいいって話じゃないでしょ!全く勉強もしないで何やってるの!いつも怒っているけど、今日は容赦しないから覚悟しなさい!」

「分かってる!だから、父さんと一緒に俺の話も聞いて欲しい!」


 いつも適当に受け流してる俺が、珍しく真剣に頭を下げて頼み事をしているので、母さんは今度こそ困惑した。


「…一体どうしたの?何の話があるの?」

「それは二人が揃ってから話したい。大事な話なんだ」

「……分かったわ。父さんを連れて来るから、リビングで待ってて頂戴」


 そう言って、母さんは奥の部屋へ消えた。



 俺はリビングのソファーに腰掛け、二人を待っていた。


「あれー、今度は何やったの?」


 能天気にリビングに入って来たのは待ち人ではなく、俺の姉である『蒼月 律(そうげつ りつ)』。

 いつも飄々としてるクセに成績はいい優等生。そして、気に食わない事があったら拳を飛ばしてくる姉だ。

 ある意味両親より会いたくない。


「姉ちゃんには後で話すよ。だから部屋に戻っててよ」


 思わずうんざりした顔で答えたけど、そんな事したら鉄拳が返ってくるのは当然の結果だった。


「おいおい、そこのバカよ。私に逆らうとはいい度胸じゃない♪次は蹴り飛ばしてやろうか?」


 にこやかに話すその言葉とは裏腹に、足を素振りしている。


「…ゴメン、姉ちゃん。さっきの態度は謝るよ。でも、これから父さん達と大事な話があるから部屋で待って欲しい。この通り」


 俺は土下座すると、姉は頭をポリポリと掻きだした。


「…マジで大事な話があるみたいね。こっちこそ揶揄うように聞いた事、それと殴った事を謝る。悪かったよ。だから必ず後で話を聞かせてね」

「…助かる。必ず部屋に行くから」

「分かったわ」


 姉は手をヒラヒラさせながら、部屋に戻った。

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