詠人の本気を直に見せられた
成実と共に事務室を出ると、哲太がやってきた。
「3号室空いたから使えるよ。対局するだろ?」
「うん、ありがとね♪」
「龍也君はそのままそのユニット使っていいからね。じゃ、二人とも俺に着いてきてね」
哲太がエスコートしてくれる。
まるで店員みたいだ。
いや、店員だろ。
何で俺は馴れ馴れしくされているんだよ。
やっぱ成実のせいか?
「はい、この部屋ね。薄暗いから気をつけてね」
部屋に入ると、カラオケ屋みたいに大きなテレビ画面が部屋の突き当たりの真ん中に配置されていた。
テレビ画面の直ぐ下には幅50センチ位、長さ2メートル位のカウンターみたいのがあり、左右を緩やかな半円で削ったような形をしている。
更に半円の中心部分付近にはスツールがある。
また、部屋の入口付近にはソファーとテーブルがあり、6~8人位が利用出来そうな広さがある。
「龍也君は戦句喫茶を利用するの初めてでしょ?説明するから画面に向かって左側のスツールに座ってくれる?」
言われるがままに座ると、半円に削れてる部分には何かの穴が空いていた。
「成実。悪いけど準備出来たら待っててくれる?」
「いいよー」
既に準備をしながら、返事をする成実。
さっきのsenaba作成の時も思ったけど、意外と要領がいいな。
「龍也君。さっきみたいにまずはユニットを起動させてね。立ち上がったら、練習の時は使わなかったコードを引っ張り出して、この端子に繋げてみてね。要領は同じだよ」
どうやらさっきの穴が端子みたいだ。
ユニットの方は、どのみち使うだろうから既に電源は入れている。
メニューが表示されたので、コードを引っ張り出して端子に接続する。
接続したら、キーボードを叩いて『有線』を『実行』する。
ユニットの画面を確認すると無事接続されたようだ。
「接続が終わったら、メニューの『設定』を開いてね」
キーボードを再び叩き、『設定』を開く。
「開いたね。今回は『練習』ではなく『一般』を選んでね。『練習』と違い、『一般』と『プロ』の『時間』はそれぞれ『3分』と『2分』で固定されてるから気をつけてね」
げっ、3分!?プロに至っては2分!?
そんなに短いの!?
「何首も戦句を詠むから時間を短くしないとダメなんだよ。特に詠人は1日10局分対局が行われるからね。で、詠人を目指す人も多いから一般も3分で設定されてるんだよ」
確かに1局に何時間も時間を取る訳にはいかないか。
それにしても短い。
詠人の入力時間が1分切るのも分かる話だ。
「それと『ポイント』も『一般』は『5』、『プロ』は『3』で固定されてる。『テーマ』と『クリティカルワード』は使っても使わなくてもOKだよ。あっ、今回は使ってね」
改めて詠人は凄いな。
そう思うと、目の前で待ってる女がますます詠人とは思えなくなってきた。
俺とあまり年が変わらないのに、出来るとは思えない。
「『設定』が終わったら、メニューの『カード』でsenabaが使えるか確認してね。たまに、アイテムの装着忘れ等で対局出来ない人もいるから。確認したら、『senabaを使用』を選んでメニュー画面で待っててね」
『カード』を開くと、地面に降りて白い息を強く吐いている青白い翼竜と『senaba使用可能』というメッセージが表示されていたので、『senabaを使用』を選ぶ。
するとメニュー画面に戻ったので、そのまま待つ。
「最後に、対局の様子はこちらの画面に映されるから、ユニットに視線を戻すのは入力する時だけ。ライフポイントやクリティカルワードを確認したい時はこっちを見てね」
そう言って、哲太はテレビ画面を指さした。
それで、コードをこの端子に繋げたのか。
「成実、待たせたね。そっちはどう?」
「おっけーだよ!」
「龍也君もいいね?」
「いつでも!」
「それじゃ二人共立って、お互いに礼」
俺と成実が立つと、哲太は軽く息を吸う。
「それでは対局開始!」
俺は『対局』を『実行』した。
先攻は俺か。
ポイントは俺が『5』、成実は『3』。
テーマは『恋愛』でコモンワードが『未来』。
五音とは限らないんだな。
マイワードは、俺が『やがて来る』で成実が『過ぎ去った』。
コモンワードと成実のマイワードは組み合わせが悪そうだな。
逆に俺はやりやすそう。
…いや、俺は初心者なんだ。そんな事考えてたら惨敗するだろう。
とにかく全力でやるしかない!
チラッと時間を確認すると、残り2分46秒。
戦句は相手の心に届かせるのが肝要。
ならば!
「“せつなくて 伝えられない この想い”」
完全にクリティカルワードを外した戦句。
どうだ?
「…ルミ。行って。」
成実は静かにそう言うと、ルミ(恐らく成実のsenabaの名前だろう)が走り出し、派手に俺のドラゴンを何度も斬り裂いた。
「えっ…何が起き…た?」
呆然としてると、画面に表示されてる俺の戦句の下には、『せつなくて』の文字が表示されていた。
カウンターを受けたので、俺のポイントは『3』になってる。
「『恋愛』がテーマなら『せつなくて』なんて使われやすいでしょ。工夫しないと簡単に読まれるよ?」
成実は入力しながら返事する。
確かにありきたりかも知れないけど、いきなり当ててくるとは……じゃなくて!
次は防御しないと!
何とか『未来』と送信し、防御を試みる。
しかし、哲太の時より凄まじい体験をする羽目になった。
「…“過ぎ去った その気持ちは 今はもう”」
成実が戦句を静かに詠み、その声が俺の耳に入った瞬間、俺は全身でやりきれない気持ちを感じていた。
それは本気の恋愛をした事の無い俺には理解出来ないはずなのに、何故か心の底から理解した。
そして、次の恋愛を渇望するかのような強い想いを抱いた。
何故だ?何故、俺はこんなに苦しいんだ。
…気付いたら俺の番になっていて、既に時間は残り2分切っていた。
ライフは残り『1』で、どうやらクリティカル攻撃がヒットしたらしい。
「…はっ!急がないと!」
俺は直ぐに戦句を送信した。
「“やがて来る 新たな愛に 想い馳せ“」
まるで操られるかのように、俺はマイワードを組み込んだ戦句を送信し…また俺のsenabaは切り裂かれた。
「…あれは何だったんだ」
「あれが詠人の力だよ。自分の気持ちを戦句と声に乗せ、相手にぶつける。更にそのまま相手の心を自分の世界に引きずり込み、切り裂く」
呆然としてると、哲太が解説してくれた。
「そんな大層な物じゃないよ。ただ詠人として、私はやるべき事をやっただけだから」
なんて事のないように成実は語るけど、正直理解の範疇を超えている。
「でも、これで私が詠人って証明出来たかな?あっ、言っとくけど私より上手い詠人はいくらでもいるからね♪」
悪戯っぽく笑う成実の事を、初めて尊敬した。
「おっ……」
「「おっ?」」
「俺も詠人になりたい!何あれ!カッコよすぎる!」
興奮した俺を二人は最初鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で見てたが、直ぐに二人共笑いだした。
「あはは♪どうやら私のお節介は成功したみたいだね♪」
「そうみたいだね」
「けど、今のままじゃ一般でも戦っていけないのは分かってるよね?」
「ああ!」
「なら、ドンドン対局しよう!おっと、二人共喉が渇いているだろう?何か持ってくるよ」
その後、哲太が持ってきてくれた烏龍茶を飲みながら休憩し、成実、時には哲太と何度も対局した。