どこにでも、こんなカードがありますね
対局していた部屋を出て、フロントへ戻る…と思いきや、通り過ぎる。
すると壁際に何かの自販機があり、近くにはゲームセンターにある音楽ゲームのような筐体が3台並んでいた。
「まずは下準備だね。ユニットのメニューにもあったけど、『カード』って項目は覚えているかい?」
「そう言えばありましたね」
「カードと言うのは…おや?」
話してる途中で哲太は何かに気付いたようで、俺も振り返ると成実がこちらに小走りで近付いて来るのが見えた。
「こっちにいたんだ!事務室に行ってもいなかったから探したよ」
「これからカードの説明して、システムに接続しようと思っていた所だよ」
「それなら私が龍也君に教えるよ。てか、事務室にメイカーあったよね?」
「あるけど、時間かかるし、そもそも龍也君がカード作るとは限らないんじゃないか?」
「カードそのものは安いし、作って損は無いでしょ」
「それにメイカーは一般的じゃないよ」
「いいじゃない。ちゃんとお金払っているし、戦句に使えば問題無いはずよ」
「ま、待った待った!とにかく落ち着いて!」
目の前で俺を置いてけぼりにして続く兄妹の会話に呆気に取られていたけど、ようやく止められた。
「ああ、ゴメンゴメン。つい、実家にいた時の調子で話していたよ」
「私もゴメン。じゃ、私から改めて話をしていい?」
「その前に移動した方がいいか?」
「あ、それは待って。カードを売ってるのはそこの自販機だし、ここで軽く説明するよ」
すると成実は自分の左腕に装着してるユニットから、何やらカードを取り出した。
「これは『アカウントカード』って呼ばれている物なんだけど、簡単に言えば戦句の対局の成績を記録したり、『senaba』の画像データも保存するためのカードね」
「正確に言うと、サーバにアクセスする為のカードだけど、詳しくは割愛するね。とにかく戦句を100%楽しむ為には必要なカードって覚えてくれればいいよ」
ああ、よく音楽ゲームやダーツマシンで使うようなカードね。
音楽ゲームはやらないけどあるのは知ってるし、ダーツカードは持ってる。
「無くても戦句は楽しめるけど、作っておいて損は無いよ」
成実がアカウントカードを渡してくれたので、観察してみる。
「音楽ゲームとかにあるカードに似てるね…ん?この『PRO』って書いてあるのは?」
カードの裏面には何やら数字と、その横に『PRO』と小さく刻字されていた。
「それは詠人専用のアカウントカードだからね。通常のと違いはカード紛失時の補償かな?通常のは紛失したら再発行出来ないから事実上のアカウント廃止なんだけど、このカードは再発行が可能。また、『senaba』で使えるアイテムも圧倒的に多いの」
「そうなんだ。ところでさっきも言ってたけど、そのセナバって何?」
「あっ、それなら見た方が早いね。ちょっと貸して」
言うが早いが、アカウントカードを摘んでユニットに差し込む。
その後、ユニットを起動するとメニュー画面を見せてきた。
「ここに『カード』ってあるでしょ?これを選ぶと…ほら!可愛いミニキャラが表示されたよね?このキャラを戦句のアバターで『senaba』って呼ぶの」
そこには白いドレスを着て、大きな剣を振り回している赤い髪のお姫様をデフォルメしたキャラクターが表示されていた。
「へえ!面白そう!でもこれがどうしたの?戦句のアバターってのは分かったけど、戦句とどう関係するの?」
すると成実はニヤニヤし始めた。
「対局中ね、このsenabaが大きな画面で暴れるのよ!攻撃したり、防御したりクリティカル攻撃したりね♪このsenabaのおかげで子供達にも川柳が受け入れやすくなり、最早戦句には無くてはならない存在よ!」
ほほう!それは是非見てみたい。
「どうしたらいい?」
「『PRO』は詠人でないと購入出来ないけど、通常のアカウントカードはその自販機で買えるよ。1枚300円だね。その後は近くの機械にカード入れてsenabaのアイテムを買ったり、着替えたり出来るし、全てのアイテムを使える訳じゃないけど『セナバメイカー』ってソフトでオリジナルのsenabaを作成出来るよ」
「さっき言ってた、事務室にある『メイカー』って『セナバメイカー』の事か」
「そうそう!」
取り敢えず自販機でアカウントカードを購入。
メイカーに興味があるので、3人で事務室に向かう。
事務室に到着し、俺は哲太に促されて近くの椅子に座り、哲太はパソコンを立ち上げてる。
その間、成実は事務室の奥からコードと名刺入れのような機械を持ってきていた。
「成実、メイカー立ち上がったぞ」
「サンキュ、お兄ちゃん♪」
成実は哲太と入れ替わりに椅子に座り、コードと名刺入れのような機械を接続した。
「それじゃ、俺は店に戻るよ」
「うん、ありがとー。えーと…カードライタはOK。ネットも繋がってるね。龍也君、さっき買ったアカウントカード貸して」
アカウントカードを渡すとカードライタ(名刺入れのような機械)に差し込んで、キーボードを叩く。
「龍也君、ユーザー登録するからこっちに来て」
言われて成実の隣の椅子に座ろうとすると、チラッと見えた成実の鎖骨と仄かに香る成実の体臭に、思わずドキッとしてしまった。
「ん?なしたの?早く座りなよ」
「あっ、ああ」
うっ、コイツ無防備過ぎだろ。
もうちょい何とかしろよ…
「本名とプレイヤーネーム入力してね。あっ、本名は任意で表示か非表示選べるから安心して。あと、住んでいるエリア…北海道でOKだね。それと性別と生年月日も忘れずに。パスワードは4桁、入力してる間は私は席を外してるね」
「分かった」
「それと、設定する項目は無いけど、senabaに名前を付けると愛着が増すよ♪」
成実は事務室を出ようとしながら、そんな事を言った。
全ての項目を入力してる間に、成実は飲み物を持ってきてくれた。
「出来たみたいだね。そしたら私と交代して」
交代すると、キーボードとマウスで操作し、グラフィックエディターのような画面に切り替わった。
「さて、これからsenabaを作るけど、どんなのがいい?ドラゴンやユニコーンみたいな想像上の生物とか、ゲームにあるような戦士や魔法使い、他にもライオンや狼のような動物タイプもあるよ。勿論普通の人間にして、様々な衣装を着せる事も可能だよ」
結構色々あるんだな。
うーん…こういうのは楽しいけど悩むなぁ。
よし、決めた。
「そしたらドラゴンにして欲しい。青白い翼竜に出来る?」
「うん、出来るよ。ただデフォルメされてるから迫力はないけどね」
「それで構わない。他にも何かある?」
「取り敢えずサンプルを利用して作るから、変更したい部分があったら教えて。全ての希望を叶えられるか分からないけど、出来るだけやってみるよ」
ニコッと笑う成実に、初対面のマイナスの感情は無くなった。
その後軽く世間話をしながらsenabaを微調整していく。
「『PRO』と違ってアニメーションのパターンは少ないけど、十分楽しめるからね」
「おー、ありがと。ところでさ、senabaってメイカーじゃないと作れないの?」
「そんな事無いよ。さっきもちょっと話したけど、自販機近くにあった機械で作れるよ。ただ、サンプルは少ないし、微調整もしにくいからメイカーの方がいいね…結構高いけど」
指で輪っかを作りながら、成実は苦笑した。
やっぱお金かかるんだ。
「それに詠人となると、人気とかも意識しなきゃならないから、高くてもsenabaに手をかけなきゃならないしね」
「手をかける?」
「そ。自分でアニメーションを編集したり、デザインを洗練させたりね。だから、有料だけどそういう事やってくれる業者もいるんだよ」
詠人って戦句だけ考えていてもダメなんだな。
「これで、龍也君のsenabaは完成!で、早速このsenabaで対局してみたいんだけど、どう?」
無邪気に笑いかけてくるけど、返事は決まってる。
「やりたい!」
…いや、ホントに対局したいんだよ。