人の声、一喜一憂、無理も無い
「さて。次は戦句の肝と言える要素を入れて対局しようか」
「肝…ですか?」
「そう、肝」
他に何か必要だろうかと思って考えたけど、よく分からない。
「戦句は作って終わりじゃない。詠んで相手の心に届かせてこそ、詠人の本領発揮だね」
そう言われて気付いた。
ただ画面の文字列を見ただけでは、なかなか相手の心に届きにくい。
相手の目を見て、耳に戦句を直接叩きつけなくてはならない。
…と言いたいのだろう。
「それと『テーマ』も使ってみよう。プロの舞台でもそうだけど、一般の戦句でもテーマは必須。作った戦句がテーマに沿ってなければ、無効の判定になってしまうんだ」
「慣れないと難しいかも知れないけど、これも練習しよう。さっきの要領で設定してみて」
メニューの『設定』を開き、『テーマ』の項目を『使用』に切り替えて、『対局』を実行する。
「こちらは準備OKです」
「分かったよ。いいかい?詠むのは攻撃側だけ。戦句を入力し、送信したら、画面にマイクのマークが表示されるタイミングで詠むんだよ」
そんなの表示されていたのか。
全然気付いていなかったよ。
「はい、こちらも準備OK。画面で色々確認してね」
画面には『防御』の文字。
他には『ライフ』が『5』。
『時間』が『無制限』。
『テーマ』が『春』。
『コモンワード』が『せせらぎに』。
『マイワード』は俺が『旅立ちの』で、哲太は『咲き乱れ』。
『テーマ』も含めると難しく感じる。
しかし、相手は間違いなく最初から本気だ。
なら、俺も全力でいかないと瞬殺される。
「いつでもどうぞ!」
「行くよ。“桜散る 花びらの風に 包まれて”」
今回はクリティカルワードは無し。
しかし、哲太が詠んだ時に一瞬だけその状況が見えた。
画面には自分が1ポイントのダメージを受けた事が表示されている。
「…凄い。一瞬自分自身が花びらを浴びてるかのような錯覚を覚えましたよ」
「ふふ、凄いだろう?でも、一瞬だけだから俺は詠人になれなかったんだよね」
哲太は苦笑してたが、俺は戦慄していた。
詠人ってそんなに凄いの!?
「次は俺ですね…“雪解けに つくしの顔を のぞかせて”」
画面を見ると『Miss!』の文字。
続いて哲太の顔を見ると不敵な笑みを浮かべている。
「うん、クリティカルワードに拘らずきちんと自分の言葉で戦句を詠んだのはいいね」
「でも、気持ちが入っていなければ、相手には届かない」
「いいかい?気持ちを込めるってのは想像以上に難しい。だから、詠人は詠人足りえるんだよ」
諭すように言われるけど、正直理解出来ない。
気持ちは込めたつもりだ。
しかし、実際にはそうじゃなかったから哲太はダメージを受けなかった。
…面白い!
やってやろうじゃないか!
「こちらの番だね。“月明かり 桜の花びら 咲き乱れ”」
まさか連続で桜の戦句を詠むとは思わなくて、俺は『せせらぎに』を入力。
だが、連続だったからこそ、さっきのように情景はみえなかったからか、画面には『Parry!』の文字。
「そう、そういう事だよ!熱くならず冷静に相手の戦句を躱してしまえば、ダメージを受ける事は無いんだよ!」
何故か哲太が喜んでいるけど、初めて躱したから俺も嬉しい。
でも、正直偶然のような気がする。
次は俺の攻撃だけど、ここでクリティカルワードを使用してもカウンターか防御されるだろう。
かと言ってテーマから離れるのは論外だし、山はさっき詠った。
ならば!
「“憧れの あの人を追い 次の旅”」
マイワードを匂わせつつ、進学の戦句。
画面には『Hit!』と哲太が入力した『旅立ちの』の文字。
「よし!」
「いいね、いいね!何もマイワードをスルーしなくてもいい。逆に捻る事で武器になる!」
「はい!」
そして俺は浮かれていた。
哲太の戦句“せせらぎに 聞こえる声は 目覚めの唄”でクリティカル攻撃を受けてしまった。
山はさっき俺が詠ったのに、それを利用されてしまった。
現在、俺のライフは2ポイント。哲太は4ポイントだ。
「油断大敵。クリティカルワードに拘る必要はないけど、頭の中から完全に消したらダメ」
ぐうの音も出ない。
完全に油断していたよ。
気持ちを切り替え、俺の攻撃!
「“春の風 体に浴びて 新たな旅”」
哲太の入力したのは『旅』。
俺の攻撃は防御された。
「読み切れない時は、こういう感じで単語だけに絞ると防御出来るよ。同じ攻撃は通用しないって事だね」
そう言えば、俺もさっきの連続で詠われた桜の戦句は回避出来たな。
ん?じゃ、哲太はわざとやったって事?
うわぁ、浮かれていた俺超恥ずかしい!
多分、俺に回避の事教えてようとしてくれたんだな。
一気に頭が冷静になっていくが、心の中の炎はガンガン燃えていく。
「次は…“ランドセル 共に眠るは 我が娘”」
俺は『せせらぎ』と入力していたので防御失敗。
残りライフは1ポイント。
一気にダメージを稼ぎたいけど、まずは確実に1ポイント。
「哲太さん…“学校で 友と喜ぶ 発表日”」
「おっと。1ポイント食らってしまったね。俺も負けていられない」
これで哲太のライフは残り3ポイント。
哲太は嬉しそうに次の戦句を入力していく。
俺は『咲き乱れ』を入力。
「“発表日 祝福の声 乱れ咲き”」
えっ?俺の戦句!?
しかも、クリティカルワード使っているのに順番が入れ替わっているからカウンター不発!?
画面に表示されるているのは『Lose!』の文字。
また負けてしまった。
「どうだい、龍也君。同じ負けでも内容は違うよね?それは君が成長した証だよ」
穏やかに話しかける哲太に対して、俺は力強く頷いた。
負けは負けだけど、手応えが感じられた。
「今回は途中からアドバイスしたから感想戦は無しね。その代わり、もう一つ戦句にとって無くてはならない要素を教えてあげるよ」
もう一つ?
「それこそが戦句を国民的人気競技に引き上げた要素さ」
哲太はニヤリと含み笑いをした。