引きずられ、そこにいたのはお兄ちゃん
商業施設を出た後、帯広駅を通り抜け、北側のバスターミナルを横目で見ながら西二条通りを二人で歩く…いや、連行されて着いた場所には『戦句喫茶』の看板があり、見た目はカラオケ屋みたいな店だった。
そう言えばこれから行くみたいな話をしていたなと俺は苦笑した。
中に入るとフロントがあり、益々カラオケ屋みたいな雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいま…あれ、成実?」
「来たよー、お兄ちゃん♪」
「来たのは分かるけど、その人は?」
「…俺にもちょっと説明してくれ」
連行されて入った戦句喫茶の店員と親しげに話す成実に向かって、龍也は心底ウンザリした顔で言った。
その店員は二十代位の男で、グレーのスーツに白いエプロンを着用してる。
顔はちょっと気弱な雰囲気があるけど、清潔感がある。
「ああ、まずは紹介するね。こちら『赤木哲太』私の10個上の兄で、この店のマネージャー…という名の雑用やってるわ」
「そんな紹介があるか」
哲太と呼ばれた男は脱力しながら妹である成実を窘めた。
「こっちは蒼月龍也って中学2年の男の子で、将来のニート予備軍ね」
「そんな紹介があるか」
俺も脱力しながら突っ込む。
「まあ、細かい話は取り敢えず置いといて。お兄ちゃん、予定変更していい?」
「どうしたの?」
「15時から指導対局を2時間やって終わりだったでしょ?それは予定通りやるけど、その後にこの子にも指導対局したい」
「う~ん、うちからは予定通り2時間分の報酬しか出せないぞ?」
「うん、分かってる。それで構わないよ」
成実は何やら楽器ケースみたいな物から機械を取り出しながら哲太と話を進めていく。
「だから何の話か教えてくれよ。確か、成実が詠人なのか?って話だったよな?」
「成実?」
いきなり兄である哲太の前で、俺が成実を呼び捨てにした為、哲太に不信感抱かせる。
しかし、その話でここに何をしに来たのか分かったようだ。
「何故妹を呼び捨てにしてるか分からないけど、成実がそこの…蒼月君と言ったかな?彼に詠人の実力を見せつつ、戦句の世界を見せてあげるって話でいいのかな?」
「そうそう♪流石お兄ちゃん♪」
「…いや、成実がちゃんと説明すれば良かった話だよ」
どうやら、哲太にとっても成実は厄介な妹みたいだ。
「それなら、成実は予定通り指導対局やってきて。俺は蒼月君と話をしとくから」
「りょーかーい♪」
そう言いながら、成実は左腕にケースから取り出した機械を装着していた。
「その機械は何?」
「これ?これは戦句入出力装置、通称『ユニット』と呼ばれる装置で、これを使って戦うんだよ♪」
「いや、それじゃ分からん…っておい!もういねぇよ!」
既に居なくなった成実にまたもや脱力していたら、哲太に肩を叩かれた。
「…どうやら、君も妹に振り回されているみたいだね。細かい話は抜きにして、戦句の説明をしようか?」
「…お願いします」
すると哲太はヘッドセットで他のスタッフを呼び、俺を別室に連れて行った。
「さて、まずは戦句についてどれくらい知ってるか教えて貰えるかい?」
「えっと…川柳や俳句を使って1VS1で戦う位しか知りません」
「そっかそっか。じゃ、その辺りから説明するね」
哲太はいつの間にかトレイに乗せていた烏龍茶を2つテーブルに置いて、ソファに腰掛けた。
「まず、戦句には通称『五句』と『七句』と呼ばれる形式の対局がある。五句は五・七・五の十七音の俳句又は川柳形式。七句は五・七・五・七・七の三十一音の短歌形式で対局する」
「俳句とか短歌と言ったけど、季語は特に問わない。使っても使わなくてもいい。但し、テーマとクリティカルワードと言うのがあるけど、取り敢えず説明は後回しにするね」
すると哲太は部屋のロッカーの鍵を開けて、さきほど成実が腕に装着していた物と似たようなユニットを取り出す。
「戦句はこのユニットと呼ばれる装置で作成し、送信する。そしてその戦句が対局相手の心に届いたら、相手のライフに1ポイントダメージを与える。この時、相手に届かなかった時はノーダメージ。これを回避と言う」
「この『届く』と言うのは、戦句を聞いた対局相手が激しく動揺し発汗量や脈拍数の変化量をユニットが計測し、一定の基準を超えた事を言う」
「また、こちらが戦句を入力してる時に相手もユニットで入力し、送信する。これは防御と呼ばれる行動なんだけど、入力するのは一節、つまり五音か七音だけでいい。それで一節に使われている単語単位で合致したら防御、一節丸々合致したらカウンターとなり、逆にこちらが1ポイントダメージを負う」
「それが終わったら、攻守交代となり、相手が戦句を作って攻撃してくる」
「そうして、対局が終わった時にライフが多い方が勝利って寸法さ」
一気に説明された為、頭に入り切らずに混乱していたら、哲太は苦笑してもう一つユニットを取り出した。
「ははは。言葉だけじゃ分からないよね。取り敢えず、『習うより慣れろ』って事でまずはやってみようよ」
そう言いながら哲太はテキパキとユニットをお互いの左腕に装着する。
「まずはユニットの手前にある『ツマミ』を上に上げて、ゆっくりとフタを開けてね」
言われた通りにするとフタの部分がゆっくりと持ち上がっていく。
そして上の部分にはディスプレイ、下にはキーボードが現れた。
「そのキーボードはパソコンやスマホとは配置が違うから気をつけてね。アルファベット入力も出来るけど、戦句用に特化した物だから」
確かにパソコンやスマホと違っていて、『て』『に』『を』『は』が比較的右側にある。
更にその右側に改行キー、その下に決定/実行キーがある。
そして、一番右側には十字キーが配置され、直ぐ上には一つだけ赤いボタンがあり、恐らく電源ボタンなんだろうなと思う。
「まずは右上の赤いボタンを5秒位長押ししてね。システムが立ち上がりメニュー画面が表示されたら教えてね」
そう言われて電源ボタンを長押しすると、画面に『Senku System OS ver.5.7』と表示され、『Waiting』の文字に切り替わる。
1分位待つと『対局』『成績』『カード』『接続』『設定』『終了』の文字が表示される。
これがメニューなんだろうと思い、哲太に声を掛ける。
「多分メニューが出たと思うんですが…」
「分かったよ。そしたら『接続』を十字キーでカーソルを合わせて、実行キーを押してね」
言う通りにすると『有線』『戻る』の文字が表示される。
「あれ、これってもしかして無線接続も出来るんですか?」
「ごめん。このユニットは出来ないんだ。別のモデルか無線接続のパーツを組み込まないとダメなんだよ。そういう訳でキーボードの右側面にある端子にこのコードを接続してね」
そう言ってコードを渡されたのでキーボードの右側面を見ると、それらしい端子と同じようなコードが見えた。
「こっちのコードは使わないんですか?」
「今回みたいにユニット同士を接続する時はどちらかのコードだけでOKだよ。コード繋いだら『有線』を選んで実行キーを押してね」
コードを繋ぎ『有線』を実行すると『Waiting』の文字が表示され、やがて『Success』の文字に切り替わり、メニュー画面に戻った。
「どうやら無事に接続完了したね。次に『設定』をいじってから対局するから、そしたらさっき説明してない部分も合わせて話をするね」
「分かりました」
「では、メニューの『設定』を実行してね」
『設定』を実行すると『一般』と『プロ』、そして『練習』が表示されている。
「この『プロ』ってのは何ですか?」
「それは文字通り『プロ』…つまり詠人用の事だよ。たまに詠人以外の人も詠人のルールでやりたい人もいるから『プロ』って表示になっているんだ。今回は『練習』を実行してね」
『練習』を実行すると、今度は『時間』『ポイント』『テーマ』『クリティカルワード』『実行』が表示される。
「次は、『時間』を『無制限』、『ポイント』は『5』、『テーマ』は『不使用』、『クリティカルワード』は『使用』をテンキーの上下で選んで、『実行』してね」
「『時間』が…『無制限』、『ポイント』は『5』。それで、『テーマ』が『不使用』で『クリティカルワード』が『使用』…と。うん、出来ました」
「じゃ、いよいよ対局だね。『対局』を実行してね」
我ながら珍しくドキドキしながら対局を選び実行した。