異世界到着①
□◇■◆(幸助)
眠りから覚めるとき、人は寝る前の記憶を思い起こす。記憶の辻褄を合わせて、その続きを始める。
幸助も例にもれず、その一連の流れを試みる。
しかし何度行っても辻褄が合わない。
過去に辻褄が合わないことがあった。そういう場合はその原因を見つけ対応してきた。例えばお酒のせいにするなどして。
つまり原因を見つけることは辻褄が合わないことの安心材料となる。
だが今回は原因すら見つからない。
今いる場所は、木々の生い茂る、少し開けた自然の中。全くもって心当たりのない場所だ。
そして寝る前の記憶は、スタイルのいいサイコな自称女神と薄暗い部屋で、転移するとかしないとかよくわからないことを対面で話したものだ。
スタイルのいいサイコな自称女神との対面が夢だとしたら、その前の記憶は、彼女と部屋でまったり過ごしているものだ。
どちらにしても現状との整合性はない。ちなみにどちらの記憶でもお酒は飲んでいない。
この状況を説明できるのは、スタイルのいいサイコな自称女神が言っていた、転移が実際に起こったということになるだろうか。
しかしそれは幸助にとって安心材料にはなりえない。むしろ不安が大きくなる。
いくら考えても答えは出そうにない。一度考えることはやめよう。
それにここまで考えられている時点で幸助自身、かなり冷静でいられていると判断できる。それほど取り乱していないと自己判断をする。
「それにしても、ここはどこだ?」
思ったことを口に出してしまう。普段はそんなことはしないが、状況が状況なので、少し大げさになっているのかもしれない。
空はさわやかな水色で、白い雲とのコントラストがきれいだ。太陽の光がまぶしいが、暑いわけではなく、湿度もないので、かなり快適な気候だ。感覚的にまだ午前中だろうか。
日光浴も悪くないが、ここは自然の中だ。夜になれば何が起こるかわからない。熊のような獣が出るかもしれないし、毒を持った虫が襲ってくるかもしれない。それに何より霊的な意味で暗い森は怖い。
それに現状を知るために情報収集も必要だ。
この場に留まっていることは得策ではないと幸助は考え、散策をすることにした。
見たところ、あたり一面大自然といったところだ。恐らくここは東京ではないだろう。いや、言い換えよう。八王子市、青梅市、あきる野市、瑞穂町、日の出町、奥多摩町、檜原村以外の東京都ではない。該当住民の方々、大変申し訳ございません。
そんな一部地域として除かれた東京都民への無礼を考えたりしながら、散策を楽しむことにした。
スタイルのいいサイコな自称女神の言っていたことが本当だったとしたら、部屋で彼女に殺され、転移させられたことになる。
だが幸助はスニーカーを履いていた。転移を信じているわけではないが、スタイルのいいサイコな自称女神の心遣いだろうか。
少し値が張ったが、勢いで買った黄色のニューバランス。数回しか履いていなかったので、このまま死んでいたら無駄な出費となって、買わなきゃよかったと後悔していただろう。
いや、買わずに死んでいたら、お金を使っておけばよかったと後悔していたかもしれない。
お金を使って死のうが、残して死のうが、結局どちらにしても後悔は避けられない。つまり死ぬことは後悔することなのかもしれない。
しかしこれは死んだ後に意識がある場合に限る。
散策をしながら、頭を軽くたたいたり、腕を回したり、飛んだり跳ねたりしてみたが、幸助の身体に異変はなさそうだった。
この状況全てが、頭に異常があるという可能性は残されているが。
だがこの空気感、このリアルな現状、そして何より五感で感じ取れる刺激全てが本物だと訴えかけてくる。
しかしそれもまた妄想、という可能性は残されている。
いつまで考えても妄想なのか現実なのかの答えは出ないだろう。
とにかく今は情報収集。思考をしながらも歩みを止めることなく進み続ける。