追跡⑥
「トリスト、どうしてさっきの子は演技をする必要があったんだ?」
すぐに口を割るだろうと踏んだのか、トリストとかいう女に狙いを定めて質問をする。
「にゃ!? それはだにゃ……」
トリストとかいう女は躊躇いを見せながらも話し始める。
「ゆ、勇者様に近づくためだにゃ」
「勇者……俺に近づくため?」
「そうだにゃ。勇者様に選んでもらえたら、富と名声が得られるにゃ」
「富と名声? 名声はなんとなくわかるけど、富ってなんだ? 俺が与えられる富ってないと思うけどな」
勇者様がまた考え込んでいる。話しかけるのも憚れる。
「勇者様!」
リアとかいう女が突然勇者様に訴えた。
「ごめんなさい。私は勇者様を騙すような行為をしました。ですが、勇者様の優しさ、強さに惹かれているのは事実です。どうか私を選んでください」
抜け駆けだ。これは看過できない。
「私も謝るわ」
リアとかいう女の好きにさせるわけにはいけない。
「本当にごめんなさい。悪いとわかっていても、どうしても勇者様と出会いたくてしてしまったわ。でも私は勇者様と共に歩んでいきたいと思っている」
よし、これで良いだろう。リアとかいう女よりも上手く言えたと思う。
リアとかいう女がこちらを睨んでくるので、睨み返す。絶対に負けない。
「僕ちゃんも謝るにゃ!」
トリストとかいう女も応戦する。
「僕ちゃんは考えが及ばなかったにゃ。でもシーフとしてしっかり仕えたいと思っているにゃ」
勇者様は少し困惑したように眉をひそめている。
「ま、まあ、わかったよ……。でもまだ聞きたいことがあるから、少し話を聞きたい。トリスト、ここら辺でゆっくりできる場所はないか?」
「にゃ!」
トリストとかいう女が、また指名されて驚いている。
「そ、それにゃらクルミカフェはどうかにゃ?」
この街の真ん中にあるクルミカフェ。知らない者はいないだろう。
「よくわからないが、他の二人も知ってそうな感じだな。わかった。そこにしよう。案内してくれ」
それにしてももやもやする展開だ。今朝までは順調だと思っていたのに。
勇者様が家を出ていってしまうし、リアとかいう女とトリストとかいう女にも出くわすし、そして馬車の一件が仕組んだことだとばれてしまうし……。しょうがない。誠意を持って説明しよう。
しかし勇者様を騙したのは申し訳ないと思っているが、三夜連続やり逃げ事件については話が別ではないだろうか。勇者様からも誠意を持って説明してもらいたい。
それも含めてクルミカフェでじっくり話せば良いと考え直す。
トリストとかいう女がクルミカフェへ歩きは出したので、三人はついていく。
話をしているときは勇者様と乱入してきた女二人に神経を使っていたので、気がつかなかったが、いつの間にか周りには人が集まっていた。四人の修羅場は良い見世物になっていたようだ。
トリストとかいう女の歩く速度が早いなと思ったが、恐らくできるだけ早くこの場を立ち去りたいのだろう。それには賛成だ。三人ともそう思っている違いない。
四人はそそくさとクルミカフェに向かった。