追跡⑤
「あ! あんなところで女の子が倒れている!」
レスティはどうせ勇者様のくだらない冗談だろうと思った。どうせ気をそらせてその隙に逃げ出す魂胆だろうと。
「大変だにゃ!」
トリストとかいう女は疑いもしなかったのだろうか。
一応レスティも確認してみる。視線を向けると、実際に女の子が倒れていた。そしてその後ろから暴走した馬車が向かってきている。どこかで見たことのあるシチュエーションだ。
「このままでは危ない! 助けなくては!」
勇者様がそういうと走り出す。
「「「行っちゃだめ!」」」
女性陣の声が重なる。
びくっと体を強張らせ、止まる勇者様。
その間にも馬車は倒れた女の子に向かって走る。
目をそらす勇者様。
馬車はぎりぎりのところで女の子を避け走り抜ける。
勇者様は安堵の表情を浮かべる。
女の子は地面にうなだれたまま、悔しそうな表情でこちらを睨みつける。
勇者様が困惑した表情に変わる。
女の子は舌打ちをして、立ち上がり走り去っていった。
「あの……えっと……。これはどういうことかな?」
勇者様が誰とでもなく問いかける。
当然の疑問だ。大惨事を救おうとした勇者様を止めたのだから。そしてその後、女の子の思いもよらない行動を見たのだから。
リアとかいう女も心当たりがあるのだろう。勇者様を止めたということは私と同じ境遇だ。当然トリストとかいう女も同じと考えていいだろう。
なのでこの勇者様の問いかけには答えにくい。たぶん誰も答えないだろう。実際リアとかいう女もうつむき加減だ。
「それはだにゃ。演技だったからだにゃ」
しかしトリストとかいう女は違ったようだ。たぶん馬鹿だ。いや、確実に馬鹿だ。
「「トリスト!」」
トリストとかいう女の話を止めようと叫んだが、リアとかいう女も同じように考えたようだ。
「にゃ! にゃんでもにゃいにゃ……」
時すでに遅し。
勇者様は目を閉じ、あごに手を当て考えている様子だ。
「確かに事故が多いと思った……すべて演技だとしたら説明がつくが……動機が分からないな」
ぶつぶつと独り言を言いながら勇者様は頭の中を整理しているようだ。
勇者様は目を開ける。さっきまではおどおどとしていたが、凛々しくなった。形勢逆転だ。




