追跡①
□◇■◆(レスティ)
レスティは人生で一番早く身支度を済ませた。
大昔の学生の頃、寝坊で学校に遅刻しそうになって大急ぎで準備をして家を出たことがあったが、その時よりも早かった。未だ自分にこんな瞬発力が残っていたのかと再確認する。
「いやいや、そんな再確認をしている暇はない。それよりも勇者様を追わなくてわ」
自分で考え、自分でツッコミをする。それくらい動揺している。
しかしこんなにも早く身支度ができたのは、裸だったからだと言えるだろう。寝間着を着ていたら、脱ぐ必要があったが、裸であったため、その動作が省略され、服を着るだけで済んだのだ。裸で寝るということは案外メリットがあるのかもしれない。
「いやいや、そんな分析をしている暇はない。それよりも勇者様を追わなくてわ」
自分で考え、自分でツッコミを入れる。それくらい焦りを感じている。
今日のレスティはすっぴんだ。化粧をしている余裕がなかった。久しぶりにすっぴんで街に出る。少し恥ずかしいな。
「いやいや、そんな恥ずかしがっている暇はない。それよりも勇者様を追わなくては」
自分で考え、自分でツッコミを入れる。それくらい混乱している。
一人頭の中で何度かこんなやり取りをしながら街を走るレスティ。
冷静にならなくてはと思い、一度立ち止まって考えてみる。
「勇者様は転移されたばかり。まだこの街にも詳しくはないはず……。やっぱり大通りに向かうはずだわ」
レスティは空を見上げる。
「勇者様が家を出てから十分くらいかしら。どうせ裏道も知らないだろうし、私の方が早くつけるはず」
頭が回ってきた。調子が戻ってきたようだ。
気合を入れなおし、再び走り出すレスティ。
日ごろから魔法剣士として訓練を怠ることなく積み重ねてきた。体力には自信があった。こんな形で披露することになるとは思わなかったが。
「それにしてもあのヤリチン勇者め」
思い出すと怒りがわいてくる。
「まったく、いい度胸しているわ。なかなかの大物だわ」
この「大物」に関してはダブルミーニングだ。
昨日の夜は話をした後、甘い空気に包まれて身を任せてしまった。
別に後悔はしていない。あれはあれで素敵な夜だった。
しかしそのまま勇者様と結ばれて……いやいや、そうではなくて……一緒の冒険のパーティとして行動を共にできると思っていたけれど、上手くいかなかった。空気以前に考えが甘かったとしか言いようがない。
そして恥じるべきは今朝の行動。ベッドの上での裸の自己紹介。色仕掛けでは一緒になれないと思い、魔法剣士であることをアピールしようと方向転換したつもりが、ただの変態的行動になってしまった。反省。猛省。
無我夢中過ぎて裸であることを失念していた。勇者様が大したリアクションもせず、スルーしたのも気にくわない。プロポーションには自信があるのに。
後悔と羞恥心に押しつぶされそうになったところで、大通りに到着した。
レスティはあたりを見わたす。
「たしかTシャツとジーパンだったわね」
レスティは今朝家を出て行くときの勇者様の格好を思い出す。
日本では普通の格好らしいが、この街では目立つことこの上なし。
以前別の勇者様に貸してもらったことがあった。Tシャツは生地が薄く着心地がよく、ジーパンはしっかりとした素材でできている。日本はこの世界にない素晴らしいもので溢れていると感じた。
大通りを捜索するとすぐにそれらしき姿を発見した。後ろ姿だったが、あのシルエットは勇者様で間違いないだろう。
「待ちなさい!」
レスティが声をかけると、目の前の男がこちらに振り返る。
人違いであるはずがない。こんな格好をしているのは勇者様以外他にいない。