女神①
□◇■◆(幸助)
目が覚めると、幸助は暗い部屋にいた。
いつの間にやら椅子に座っていたようだ。
ダークブラウンのアンティーク調の木製の椅子。
造りのいい椅子で、座り心地はもちろんのこと、インテリアとしても十分機能するだろう。
派手な装飾のある椅子ではなく、かなりシンプルなものだが、猫脚の曲線美がたまらない。
手触りはなめらかで、職人の技が光っている。これは機械で作られたものではないと指の感覚でわかる。
椅子というのはそもそも人が座ることを前提に作られているはずだ。だが座られていないときには部屋を彩るアイテムとして機能する。
人間工学と工芸品の融合が椅子というアイテムの素晴らしさだ。
その点でこの椅子を見てみると、やはりそのどちらにおいても高い基準で満たしている。
幸助は家具のプロではないのでちゃんとした査定はできないが、普段使っている、ネットで買った安価なテーブルとセットの簡単な造りの椅子とは大違いだ。
座っているだけで、高価なものだと感じる。
あ、いやいや、椅子の分析はどうでもいい。今の状況を把握しなくては。
幸助はあたりを見渡す。
暗い部屋といったが、実際は、スポットライトのような光が当たり、幸助を中心に半径一メートルは明るくなっている。
しかしそれ以外は真っ暗で、すぐ壁があるのか、とてつもなく広い部屋なのかは測りかねる。
天井を見上げてみても、永遠に闇が広がり、スポットライトの光源も見えない。
床は白と黒のタイル。チェスボードの上にいる気分だ。
まだ夢の中なのだろうか。
しかし夢の中で、ここは夢の中かと疑問に思うだろうか? そんな回りくどい夢などあるのだろうか。
だとしたら現実か?
いやいや、これは現実ではないと断言できる。こんな真っ暗な部屋に来た覚えもないし、心当たりもないからだ。
よって結論は夢だ。
夢の中で、ここは夢の中かと疑問に思い、夢の中ではないと一度は思ったが、現実であるわけがないと判断し、夢の中であると結論付ける夢だ。
だが意識がはっきりしている。夢の中のはずなのに。
え、まさか現実か?
いやいや、やはり夢の中だろう。
夢の中で、ここは夢の中かと疑問に思い、夢の中ではないと一度は思ったが、現実であるわけがないと判断し、夢の中であると結論づけたが、意識がはっきりしているところ考慮したところ、結論が間違っているかもしれないと自信を無くしかける夢だ。
ただ、現実であるということも視野に入れて考えておこう。
そもそもなぜここにいるのだろうか。考えられるのは、誘拐、拉致……。どれも犯罪のにおいがする。
誘拐だとしたら、なぜ選ばれたのだろうか。資産家の息子ではない。高い身代金は見込めない。それに子供ならまだしも、成人男性を誘拐するのはかなりリスクがある。
拉致だとしたら、労働力として他所の国に連れていかれるのだろうか。海沿いで暮らせていたらもしかしたらありえたかもしれないが、関東ではまずありえないだろう。
労働力ではなくて臓器を売られるという可能性がある。これは今までの仮説の中では一番リアリティがあるかもしれない。それはそれで正解であってほしくないけれど。
「何難しい顔しているのよ」
いきなり話しかけられ幸助はビクッと体を強張らせる。
「いつの間に」
目の前に女性が座っていた。