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立川と卵と俺という奇妙な生活が始まった。立川は毎日のように俺の元に訪れ、食料や生活品を持ってきてくれるようになった。
事情は分かったものの、始め得体の知れない立川という女の存在を完全に受け入れる事が出来なかったが、毎日のように顔を合わせ話しかけられてくると嫌でも彼女の存在に慣れてしまった。次第に彼女からの一方的な会話が対話になり、二人して卵を穏やかに見守る日々へと変わっていった。
不思議な感覚だった。まだ自分が社会で働いていた頃、一緒に生活をしていた女がいた。結婚とまではいかなかったが、同じ時間を重ねてきた。立川との間に恋愛感情などは存在しなかったが、もはや生活の一部となっている事は否定出来なかった。
「もうそろそろなのかな」
卵は彼女と出会ってからも肥大を続けたが、最近になってその成長は緩やかになり、やがて肥大は止まった。シルエットは赤ん坊よりも大きくなっていた。膜を破った瞬間に直立歩行を始めても不思議ではない姿だった。
膜の上に掌を置いた。どく、どくと鼓動が伝わってきた。生きているのだ。この子は。
気味が悪いという気持ちはもうなかった。ただ、産まれた瞬間に俺達はどうしたらよいのか、この子はどうなるのかという不安は日増しに大きくなっていた。ただ結局見守る以上の事は出来ず、その瞬間を待つしかなかった。
*
季節は冬になった。
ホームレスの自分にとっては厳しい季節だ。暖房器具などない。ほとんど野ざらしに近い中どうやって身体を暖めればよいかというのが毎年の悩みだった。だが今年は違った。立川が持ってきてくれた質のいい毛布と湯たんぽで身体を暖める事が出来た。それでも立川にとっては寒い場所だろうに、彼女はいつもすぐに帰らず俺の家の中で時間を過ごした。
「忠雄さん、私の部屋来ても大丈夫だけど」
そんなふうに声をかけられた事もあったが、俺は断った。それは自分の中では越えてはいけない一線のように思った。俺は既にこの世を捨てている。だが彼女は違う。彼女の申し出を受ける事はお互いの境界線を壊す事に等しい。
俺達を繋いでいるのはあくまでこの卵があるからだ。それだけなのだ。それ以上のものはない。意地になっていたのかもしれない。だが譲れない意地だった。いずれまたお互いの関係性はどこかを区切りに元に戻る。そう自分に言い聞かせていた。
ぶちっ。
そうして一年が過ぎた頃、とうとうその日は訪れた。