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「すみません」


 突然の来訪だった。最初それが自分に対しての呼びかけだとは思わず無視していた。


「すみません」


 最初より少し大きくなった声で、初めてそれが自分に対してものであると認識した。シートを開き、外を見る。そこには女性が一人立っていた。

 やせ細った病弱そうな女だった。年齢は読めないが少なくとも三十後半以上だろうか。


「なんだ?」


 尋ねても彼女はすぐには答えなかった。何やらバツの悪そうな表情を浮かべもじもじするだけで、その姿に俺は苛立った。


「用がないなら消えろ。冷やかしは御免だ」


 そう言って戻ろうとした時、


「卵」


 彼女が慌てたように答えた。


「今、なんて言った?」

「……卵、ありますよね?」


 沈黙が流れた。何故こいつは卵の存在を知っている。こいつ、まさか勝手に俺の家に入りやがったのか。


「すみません、実は、ずっと見ていました」

「ずっと?」

「あなたが、卵を拾った日から、ずっと」


 なんてことだ。最初から見られていたのか。しかもずっとだと?

 という事は、ここ数か月俺は知らぬ間にこの女に監視されていたというのか?

 途端にマグマのような怒りが腹の底から湧いてきた。

 確かに俺は人権もクソも失ったようなホームレスかもしれない。だがだからと言ってこんな気味の悪い女に付き纏われるなんて許せる事ではない。俺は思いっきり女を睨みつけた。


「てめえ、一体何なんだ?」


 場合によっては手をあげる事も厭わないつもりだった。警察などいらない。自分の手で処理してやる。しかし、次に女の口から出てきた言葉は、あまりにも異様なものだった。


「それは、私が産んだ卵です」


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