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とは言えどうしていいかも分からない。なんとなく卵と言えば鶏を思い浮かべ、鶏がどうやって卵を育てるかと言えば自分の体温で温める図だけが頭にあった。ならばこいつもとりあえず温めてやればいいんじゃないかと思い、余っていた毛布をそいつにくるんでやる事にした。
本当にこれだけでいいのだろうか。人間ならば母胎の中で栄養を取り込むが、こいつの場合は既に外に出てきてしまっている。膜を破って何かあったら怖いので変に手を出す事も出来ない。とりあえずは見守る事しか出来なかった。たまに膜を突いて様子を窺ったが膜の中から返答が返って来ることはなかった。
そうして日々は過ぎていった。
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――でかくなってねぇか?
気のせいとも思ったが、卵全体はもちろん膜の中のシルエットが少し大きくなっている気がした。気のせいかとも思ったがやはりでかくなっている。つまり順調に成長しているという事なのだろう。
「頑張ってるじゃねえか」
言いながら俺は卵を突いた。不思議な事に俺はこいつに少し愛着が湧いていた。ホームレスになってからまともに同じ人間と接してこなかった。ホームレス同士でもコミュニティが存在していて、普通なら日々の生活の為に情報や物資等共有するものだが、俺は同じホームレス達すらも仲間意識ではなく嘲笑の的として見ていた為、全く交流を持つ事もなかった。
そんなふうに閉ざし続けた環境と心をこの奇妙な卵は壊したのだ。狂っている。そんな自分自身を気味悪くも思ったが、これは俺が拾ったものだ。俺がどうしようとどう思おうと関係ない。他人にとやかく言われる筋合いもない。
俺と卵の生活は変わらずしばらく続いた。
しかし数か月が過ぎた頃、俺は認識を少し改めざるを得なくなった。
卵は順調に成長を続けた。外膜と共に中にいるそれも成長を続け、卵は肥大を続けた。初めはダチョウの卵程度だった大きさも今ではその二倍程に膨らんでいた。そして中にいるシルエットが前に比べてはっきりとしてきた。成長と共に同じく肥大したはずの俺の愛着はそこで急速に萎んだ。
――嘘だろ?
シルエットを何度も確認した。そんな馬鹿なと思いながら色んな角度から。だがやっぱりそうだ。これはどう見ても……。
――人間じゃねえか。
それはまるで母胎の中に浮かぶ赤ん坊のようなシルエットだった。頭があり、身体がある。両腕、両脚もついている。
卵の中に入った赤ん坊。途端に背筋が寒くなった。最初非常食などと思って拾った時、何かの動物の卵程度にしか考えてなかった。まさかその中に人間が入っているなんて露とも思わなかった。
そして俺は当たり前の事を考える。
――これ、産まれてくるんだよな?
膜を破って赤ん坊が飛び出してくる絵を想像して俺は震えた。
俺は、とんでもないものを拾ってしまったらしい。




