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 ――なんだ、これ?


 河原で釣りをしていた俺は妙なモノが水の流れに乗ってやって来るのを見つけた。手を伸ばせばなんとか届いたそれを拾い上げ、まじまじとそいつを眺めた。


 なんだこれ。


 分からねえ。こんなもの見た事がない。ぶよぶよとしたゴムのような感触の膜に覆われたそれを一番近い表現で言うなら卵だった。だが中に何が入っているかは分からない。川の中にいたせいかそれは少し冷えてしまっていた。


 ――非常食程度にはなるか。


 俺は深く考えずにそれを持ち帰る事にした。







 四十代ならまだまだ本来なら働き盛りだろう。だがそれは本人の意思だけでは決められない事で、何かに属する生き方を選んだ俺はあっさりと経営の傾いた会社からクビを切られた。独り身だった事がせめてもの救いだったかもしれないが、人生という意味で絶望の淵に立たされたことに変わりはなかった。


 ――くだらねぇ。


 浮かんできたのはただその言葉だけだった。そして全てが馬鹿らしく思えた。何に今まで必死になってきたのだろう。一体何にしがみついてきたのだろう。あまりにもあっさりとした幕切れ。何もかもの価値を失った瞬間だった。

 死んでやろうかとも思った。既に天涯孤独の身。自分が死んだ所で迷惑をかけるものなど何もない。だが、もう死ぬことも馬鹿馬鹿しく思えた。

 

 金はなくなり、家賃も払えなくなっても俺は死ぬことを選ばななかった。ホームレスとなり、地べたに這いつくばるような命になっても尚、気持ちは変わらなかった。


 ――いらねえ奴は、簡単に壊して捨てられるんだよ。


 自分の前を通り過ぎていくスーツを着た人間達を見て俺は笑った。

 頑張っているのだろう。必死なのだろう。だが相応の見返りをずっと与えてくれるわけではない。安心などそこにはないのに、自分は立派な社会人だと、真っ当に生きているのだという顔を見ておかしくて仕方がなかった。

 そんなものはない。何かに使われている限りは。自分がそうだったように。


 





「マジでなんなんだこりゃ」


 ブルーシートで囲われた家の中に戻り改めてそれを眺めた。非常食にとでも思ったが、こうやってまじまじと見ると気味の悪いものを持ち帰ってしまったと少し後悔した。

 ダチョウの卵だか、でかい卵を何かで見た事があるがそんな所だろうか。だが何にしてもすぐに料理して腹の中に入れるには少し抵抗があった。


「卵だとすりゃ、育つのか?」


 膜の中をなんとか見ようとするが、ぼんやりと黒い小さな影しか見えない。果たして中に何かしらの生物が宿っているのかどうかは分からないが、もしこれが本当に何かの卵だとすればいずれその答えも分かるかもしれない。


 ――おもしれぇな。


 どうせ毎日する事などない。ただ世界を見てあざけ笑いながらなんとか腹を満たすだけの日々だ。こいつを育ててみるもの悪くはないかもしれない。


 そして俺は、その卵らしきものを育て始めた。


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